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四章『獣人の むら』
四十五話『平穏 そしてそのおわり』
しおりを挟む――― …
「こっちだ!気配がする!」
クヌギさんが、森を駆けていく。
草木を避け、樹木の根を飛び越え、石に躓かないように… だが、その速度は尋常じゃなく速い。森を知り尽くしてなければ出来ない移動速度だろう。
速度強化の術は俺にもかけたが、追いつくのに必死な俺はとにかく前方のクヌギさんを見失わないように走っていた。
疲れもしたが、今はそれどころではない。カエデとモミジちゃんが危ないのだ。
「クヌギさん!笛は聞こえるんですか!?」
「いや…!だがあっちの方向の木が騒めいている! 何かが起きている可能性が高い、とにかくあちらに向かおう!」
クヌギさんが指さす前方。俺にはさっぱり分からないが、そういった事も長年の勘か何かで分かるのだろう。流石守護剣士といったところか。
…と、今はとにかくカエデの方へ向かわなければ!
「…!?」
少し走った先、信じられないものをクヌギさんと俺は見つける。
それは、両断されたキラーコングの死体だった。
クヌギさんは足を止め、その死体を確認し、判断する。
「… カタナによる斬撃。血が滴っている、まだ新しいぞ。 … まさか、カエデが…?」
「え、ええ…!?まさか…!」
だが、そうとしか考えられない。カエデの獣笛が聞こえた方向で、カタナによる攻撃が行えるのは…カエデしか考えられないのだ。
「… 誰がやったにしろ、まずキラーコングがこの辺りをうろつく事はまず例がない。…カエデとモミジもこの付近にいるはずだ。…うまく逃げれているといいが…」
「… !?」
クヌギさんの耳がピクリ、と動く。どうやら何かの音を探知したようだ。
素早く振り返り、視線の先には木々に隠れるようにある洞窟があった。
「…あそこだ!笛の音がする!」
「… いや、待て…!?」
洞窟に向かおうとしたところで、クヌギさんは足を止めた。クヌギさんはまた振り返り、森の先を指さす。
「だとしたらあちらの騒ぎはなんだ…!?笛の音は確かに洞窟の中からする。だが… あちらの木々が騒めいている。どういうことだ…!?」
「… カエデと、モミジちゃん。二手に分かれているというコトでしょうか?」
「そう考えるのが妥当だな。…くそ、どちらに向かう…!?」
珍しくクヌギさんが焦っている。
洞窟で笛を吹き助けを呼んでいる方か、草木を騒めかせている方か…。
俺は判断をし、クヌギさんに伝えた。
「俺が、森の方へ行きます! クヌギさんは洞窟の方へ! お互い、何かあったら大声で知らせましょう!」
キラーコングなら、俺がどうにか処理できる。森に詳しいクヌギさんが洞窟の方へ行った方が危険は少ない筈。なんとなくだが、咄嗟にそう判断して俺はそう言った。
俺の意見に、クヌギさんも頷く。
「分かった。…恩に着る、マコトくん!」
短く一礼して、クヌギさんは洞窟の方へ駆けていった。
一方の俺も、クヌギさんの指さした方向へ急ぎ走る。
近づくほど、その場所に何かの気配があるのが分かる。
キラーコングの鳴き声、草木の揺らめき、何かの叫び声、金属の音…。
これは…。
カエデ…!?
――― …
「キィィヤァアアアーーーーーッ!!!」
「――― ッ!!」
背後から襲い掛かるキラーコングの気配に気づき、素早く振り返る。
振り返った勢いで、そのままカタナを横に薙ぎ払い… その獣の胴体を斬る。
「ギ、ッ… !!!」
短い断末魔を発して、キラーコングは血を噴出し… 地面に倒れた。
「… … …」
これで、全員。
カエデはそう判断して、カタナについた血を振り払って落とした。
「――― ふゥゥゥッ… !!」
残心。
荒くなった息を整えて、気持ちを落ち着かせ筋肉を緩和させつつ… 周囲への警戒は怠らない。それはいつもの稽古でしている最後の動作だった。
カタナを鞘にしまい、瞳を閉じて周囲の音を聞く。 気配はもう無い。カエデの周囲には斬られた魔獣の死体が散乱していた。
「… カエデ…?」
「!!!」
俺はその姿を見て驚愕する。
気配の先にいたのは… やはりカエデだった。
しかしそれは、俺の知っているカエデではない。恐怖に怯え、魔物を恐れ、身体を縮こまられていた… あの少女ではなかった。
俺を見るその目は、剣士そのものだった。
戦いを終えたがまだ緊張はしていて… 気配を察知すればすぐにでも斬りかかる。そんな殺気に溢れた剣士。
しかし、俺の顔を認識すると…。
カエデは、俺の知っているカエデに戻った。
「ま…」
「マコトしゃああああん… ご、ごわがったよぉぉおお…」
両手を伸ばして、安堵の場所を求めて近づいてくる少女。
俺はその身体を少し驚きながらも支えた。
「か、カエデがやったのか、コレ…」
辺りにはキラーコングの死体が… おそらくは10体以上。これを全て、カエデ1人で…!?
「… たぶん。 …ボク、無我夢中でさっぱり分からなかったけれど…」
「昨日、マコトさんに言われた言葉を思い出したんです。目を閉じるな、って」
「そうしたら… なんだか身体が勝手に動いて。攻撃が避けられて。ボクのカタナが当てられて。それを繰り返していたら… いつの間にか…」
「… … …」
クヌギさんが言っていた。カエデは、剣の腕だけなら私を凌駕する存在になれる、と。
それを確信した。
カエデは単に、戦いの経験が無くて、ただただ脅えているだけだった。
しかし、内に秘めた才覚が開花すれば、あとは勝手に身体が動くのだ。一度恐怖を克服してしまえば、あとはその才能にだけ従えばいい。
考える必要もない。避け、斬り、動作する。それはカエデの身体にしっかり染みついているのだろう。
「… 頑張ったな、カエデ…!」
俺はとにかく、腕の中にいるその少女の頭を無茶苦茶に撫でた。
無事でよかった…!それだけが、何より嬉しかった…!
「… にゃにゃ…っ! う、うううう…!! ぐすっ、ううう…!!」
カエデは頭がボサボサになりながらも、泣きながら俺の服に顔を擦り付けてきた。
――― …
「… お恥ずかしいところを」
「… いや、俺も… すまん」
冷静になると何をしていたんだろう。抱き合って、撫でて…。 それが恥ずかしくなって、俺達は顔を合わせないようにして洞窟の方へ歩いていった。
その間に、俺はカエデに状況を聞いていた。
「ポポンの実を採ったところで、キラーコングに襲われて… モミジちゃんは洞窟に隠れています。笛を鳴らしていたのもモミジちゃんです」
「キラーコングの狙いがボクだって分かったから、ボク、急いで洞窟から離れて… でも、その時はすごく怖かったんです。ここで食べられて… 死んじゃうんじゃないか、って」
「きっと… 昨日、マコトさんがボクの前で戦ってくれて、ボクに言ってくれたから… 勇気が出せたんです」
「マコトさんと会わなければ、ボク… 死んでた、かもしれません…」
… だが、生き延びることができた。俺だけのおかげではない。クヌギさんがカエデの才能に気付き、日々の鍛錬を欠かさなかったから、あれだけのキラーコングと戦えたのだろう。
「カエデがスゴイんだよ」
「俺は、そのカタナを抜くきっかけになれただけだよ。…本当に頑張って、勇気を出して、スゴイのは…カエデ自身なんだ」
「自信をもてよ。…お前のカタナが、モミジちゃんを助けられたんだから」
「… … …」
「はいっ!!」
俺の言葉に、カエデはにっこりと笑って頷いた。
それは、幼い少女のとびきり明るい笑顔だった。
「さ、洞窟で師匠とモミジちゃんが待ってる筈だ。早く行ってやろう、カエデ… …」
「ギィオオオオオオオーーーーーーーーーッ!!!!!」
耳を劈くようなその鳴き声に、ひと時の平穏は掻き消された。
森が震え、大地が動くようなその雄叫び。
それは、その獣の大きさ。 そして強さを誇示しているかのような轟きだった。
「…ッ…!?」
「この鳴き声… な、なんだ…!?」
キラーコングのものではない。だが… 声は似ている。
カエデは頭の耳をピク、と動かして、声の方向を察知し… そして、驚愕した表情を浮かべた。
「… 洞窟の、方から…ッ…!? も、モミジちゃんが… !!!」
カエデは腰元のカタナに手をかけ、慌てて洞窟の方へ駆けだした。
「か、カエデ…!! 待て…ッ!」
俺も慌ててその後ろについていく。
洞窟の方にはクヌギさんも行っている筈だ。…大丈夫だと信じたいが…。
だが、今の咆哮は… 一体…!!
――― …
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