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四章『獣人の むら』
四十四話『カエデの かたな』
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「はぁッ… はぁ、はぁ…!」
必死で、走る。
モミジちゃんの居る洞窟からは遠ざかった。これでキラーコング達がモミジちゃんを狙う事はないだろう。
匂いを記憶しているのは、ボクの筈だ。あいつらの狙いは…ボク、ただ一人。
視界の隅に、ヤツらの姿が映る。
逃げるボクを嘲笑うような表情。涎を垂らした口。クリーム色の毛と、発達した筋肉。
その数は、次第に増えていくようにも思える。
(――― 怖い)
ボクの目から涙が少し落ちる。
圧倒的な、恐怖。これからこの魔物達に自分が襲われ…食べられるという危機感。死への絶望。それらがボクを包み込み、支配しようとする。
この恐怖に身を任せたい。
今すぐ立ち止まり、身体を縮こまらせて、悲鳴を上げたい。
… … … ダメだ。
それだけはしてはいけない。
ボクが死んだら、キラーコング達が次の獲物としてモミジちゃんを見つけてしまうかもしれないのだから。
ボクが、此処で食い止めなければいけない。
ボクが、恐怖を支配しなくてはいけない。
ボクが… 戦わなくてはいけない…!!
「ギィ、ギィーーーッ!!!」
「あ、ッ…!」
逃げ出した、視界の先。
先回りをしたキラーコングが、木の上からボクの前へと落ちてくる。待ち構えた獲物が来たとばかりに、歓喜を含んだ声をあげて。
ボクは足を止める。
後ろからも、キラーコング達がボクに迫ってくる足音が複数聞こえる。
逃げ場は… なくなってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁッ…!!」
ダメだ。怖さを感じちゃダメだ。立ち向かうんだ、立ち向かうんだ、立ち向かうんだ…ッ!!!
ボクは震える手で腰に差しているカタナに触れる。
だが、その瞬間。
「ギャギャギャーーーーーッ!!!」
キラーコングが、ボクに飛びかかってきた。
その鋭い爪を、ボクに突き立てようと。
ダメだ。
間に合わない。
死ぬ。
ボクは… 瞳を閉じて、身体を… … …
「目を瞑っちゃダメだ。そんな事をしたら… 待っているのは死だけ」
「怖くても、どうしようもなく怖くても… 目だけはしっかり開けておいて。そうすれば攻撃を防ぐ事も、逃げる事もできるから…!」
「だから… 目を開けて!!!」
「ッ!!!」
頭に昨日聞いた、男の人の声が響いた。
瞬間。まるでボクの周りの時間が止まったように、ボクに飛びかかってくるキラーコングの動きが… 物凄く『遅く』感じた。
(――― あれ…?)
(知らなかった。… 今まで、敵の攻撃を受けたコト、なかったから…)
(… 気付かなかった。コイツら… こんなに遅いんだ…!!)
初めて… 自分に殺意を持つ者に対して、目をしっかり開いた。そして、ボクは気付く。
(… これなら、ボクのカタナでも… 間に合う!!!)
目で見る動きは、飛びかかってくるキラーコングも、ボクの動きも、スローなものだった。
しかし… だからこそ、冷静な判断ができる。
こちらに向かう敵の正確な位置。振り下ろされる二本の腕。そして… そこにどうカタナを振るえば、この敵を無力化できるのか。
そのすべてが、見える。
「――― ッ!!」
「でやあああ――――ッ!!!」
弧を描くように、鞘から抜かれた銀に光るカタナは、地面から天空へ閃光を放つ。
そしてその閃光は、自分に向かってくる相手に向けて。ただ真っ直ぐに、伸びていく。
斬撃は、鋭く、一瞬で… キラーコングの頭から大きく開いた股まで、一直線に走った。
「ギ、ッ… … !?」」
ボクに前方から飛びかかってくるキラーコングの身体は…。
2つに分かれて、ボクの背後に、転がった。
そして、地面に転がった2つの身体から、鮮血が噴き出た。
「ギィィッ!?」
「ギェァアッ!?」
一瞬の出来事に、背後からボクに忍び寄っていたキラーコングは驚愕し、立ち止まる。
楽な相手だと思っていた相手の力量に恐れおののき… 一気に距離をとって様子を伺う態勢をとった。
ボクは、そのキラーコング達に振り返り、カタナを構える。
「… … … 見えた…」
「ボクでも、見えた…ッ!ボクでも… 戦えた…!!」
その事実に驚く。
未だに信じられない。ボクが、斬ったのか。ボクのカタナが。ボクの斬撃が。…敵を、斬ったのか。
マコトさんの声が、頭で響いた。
目を開けば。
見極めようとすれば。
恐怖に打ち勝てさえすれば。
「ボクでも… 戦えたんだッ…!!!」
ボクは、その事実を再確認して… キラーコング達に構えをとる。
もう恐れはない。
明確な戦う意思を、目の前の敵たちに、向けた。
「ギャアアアアーーーッ!!!」
同じように飛びかかってくる一体に、今度はカタナを横にして胴体に向け、斬り込む。
やはり、遅い。そして… 単純だ。
その胴体は真っ二つに裂け、ボクの横に転がる。
「ギギギィーーーッ!!!」
斜め後ろから迫ってくるキラーコングの気配を察知して、ボクはそちらの方向を向き、カタナを突き出す。
上空に突き出された剣先は、鋭くキラーコングの脳天に突き刺さった。
「ギ… …!!」
カタナを大きく、思いきり縦に振って、突き刺さったキラーコングを放り投げる。
稽古の時と同じだ。
師匠がいつも言っていた。
『まず、自分の位置を知れ』
『そして、敵の位置を知れ』
『あとは自分がどう動けば、敵の動きに対応できるのかを考えろ』
『難しい話じゃない。カエデ、お前にはその才覚があるんだ。恐怖さえ乗り越えれば… 自然に身体は、普段の稽古の通りに動いてくれる』
『見て、感じる。お前はそれだけが出来れば… 立派な、剣士になれるんだ』
「… … … ありがとう、ございます…!!!]
それに気付かせてくれた、マコトさん。そして、クヌギ師匠にボクは大きな声で言って、再びカタナを構えた。
もう、逃げる必要なんてない。
ボクは… 戦える!!
――― …
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