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四章『獣人の むら』
四十三話『助けを よぶこえ』
しおりを挟む――― …
「遅い」
時刻は、昼に差し掛かろうかという時間。クヌギさんが森の方角を見つめてそう呟いた。
薪割りを終えた俺は、汗を貸してもらったタオルで拭きながら、その言葉に頷いた。
「… 確かに。カエデとモミジちゃん… 木の実を採りに行ったにしては、戻ってくるのが遅いですね」
「いつもなら用事を終えたら用心のため、すぐに戻って来いと伝えてある。…ルールを破るような奴ではない。不測の事態があったのかもしれない」
クヌギさんは手入れを終えたカタナを腰に差し、麻製のリュックサックのようなバッグを背負う。どうやら、カエデを探しに行く様子だ。
「クヌギさん、俺も行きます」
「いや、マコトくんは… … と言いたいところだが、人手はあった方がいいだろうな。すまないが、よろしく頼む」
「いえ。心配ですから」
普段のクヌギさんなら危険な事に他人を巻き込みたくはないのだろうが… 広大な森での人探しには仲間はいるに越したことはない。
森で歩くのには慣れていないが、回復くらいなら俺でも役に立てる。
それに… もし戦闘になっても。
「しかし、何処へ行ったものかな。普段なら大体の移動の目安はつくが…ポポンの実がなっているところ、か」
クヌギさんは出掛ける準備を早々に整えて、村の出口へと向かおうとして…足を止めて考えた。
今日に限って、モミジちゃんとカエデの普段の行動パターンが違うという事か。
手掛かり無しに森に入っても、余計に2人を見失う結果になってしまう。
「匂いとかで分からないんですか?」
「… すまないが、私の人種は鼻での探索はあまり得意ではなくてな。その代わり…」
そう言ってクヌギさんは、自分の頭に生える2つの三角の耳を指さす。
するとその時。
「… !!」
クヌギさんが何かを感じ取る。
今しがた指さした耳をピク、ピク、と動かし、何かに集中しているようだ。…何かを、聞き取っている。しかし俺には風で森がざわめく音しか聞こえない。
「な、何か聞こえるんですか?」
「… … …」
「笛だ」
「笛?」
「獣人のみ聞き分けられる周波の笛を、獣人はそれぞれ携帯している。自分に何かがあった時、周辺にいる仲間に知らせられるようにだ」
「微かだが…聞こえる。まずいな、大分遠いぞ…」
苦い表情をして、クヌギさんは耳を澄ませ続け… 人にはまず聞こえない、微かな笛の方向を定かにしていく。
やがて方角を定められたようで、そちらの方向へ身体を向けた。
「少し走るぞ。ついてきてくれ」
「わ、分かりました。その前に…」
「速度強化の術」
俺は久しぶりにスキルを自分に、そしてクヌギさんに使う。
「! これは…」
俺とクヌギさんの身体を光が包む。身体が浮くような軽さを覚え、力が漲るこの感覚… クヌギさんも感じてくれているはずだ。
「…すごいな。これがマコトくんの力か…!」
「これなら速く移動できます。急ぎましょう!」
「…ああ、助かるッ!」
クヌギさんは森の中に消え去るように駆けていき、俺も急いでその後ろ姿を全力で追いかけた。
…置いて行かれないように…!!
――― …
「か、カエデおねえちゃん…」
「しっ… 静かにしてね、モミジちゃん…! …いま、獣笛を吹いたから… きっと師匠にも、聞こえているはず…!」
元来より、獣人は気配に敏感で瞬時に状況把握をする事に長けていた。それが、この種族がこの森で生きながらえている理由でもある。
数十分前まで、カエデも、モミジも、森の木の実採りを楽しんでいた。
しかし、そこに感じた僅かな異変。
遠くからくる、複数の足音。木の揺れる音。獣の匂い。 それらを瞬時に察知したカエデは、モミジの手を引いて近くにあった小さな洞穴に逃げ込んでいる。
その気配の主が…洞穴の近くまで、迫ってきている。
複数のキラーコングが、周辺をうろつき始めたのだ。
(…どうして…!?この辺りはまだ集落の近くで、キラーコングがうろつくコトなんてなかったはずなのに…!)
危険がないように、ポポンの実が採れるという場所が安全かどうかを確認したうえで森に出てきた筈だった。
しかし、現に今…この集落近くの森に、キラーコングの集団が徘徊している。少なくとも… 10匹。まるで何かを探すように、匂いを嗅ぎながら…。
(まさか… ボク達を探している…!?ど、どうして…っ…!?)
そこで、カエデは思い出す。
昨日の出来事… マコトと自分が、複数のキラーコングと戦った事。
ひょっとしたらこの魔物の集団は自分の匂いを記憶していて、その復讐にきているのではないかと、その恐怖を思い返す。
(だ、だとしたら… ここがバレるのも時間の問題なんじゃ…!?)
獣笛は数分前に吹いた。しかし、集落の近くとはいえ…ここまで来るのには時間を要する。
第一、笛の音色が聞こえるかどうか微妙な距離の場所だ。誰かと話をしていたりしたら、聞こえないかもしれない。
キラーコングには聞こえない音なので自分の息で精一杯吹いたつもりだったのだが… カエデの心には不安が残ったままである。
村の誰にも笛が聞こえていなかったら。
仮に聞こえていたとしても、ここに助けが到着する前にキラーコング達に見つかってしまったら。
「フゴフゴフゴ…」
「ウギィ…キッ…」
洞穴から身を隠してキラーコングの様子を伺うカエデとモミジ。
…やはり、こちらの方に迫って来ている…!自分の匂いを探知して、近づいてきているのが分かった。
「か、カエデおねえちゃん…!アタシ、こわいよぉ…!」
カエデの小さな身体に身を寄せて身体を震わせる、更に小さな少女。
…カエデは、自分の震えがモミジに伝わらないように、必死で抑えて笑顔を作ってみせた。
「…大丈夫…!絶対、ボクが…守るから…!」
カエデは脇に差していたカタナを強く握り、立ち上がる。
「モミジちゃんは、この洞穴の奥まで行って隠れていて…!アイツらの狙いは、ボクの筈だから、ボクが出ていく…!」
「い、嫌だよ…。カエデおねえちゃん、魔物に食べられちゃうよ…!」
「大丈夫だよ。…剣の修行はしているから… あんな魔物なんかに、負けないから…!」
昨日は、喰われそうになった相手。
しかも今日は、自分1人。
更には自分には…守るべき、小さな命がある。
キラーコング達はもう、洞穴の目前まで迫って来ている。
限界だ。
これ以上魔物を近づけさせれば、モミジの存在まで気付かれてしまう。
(…出来る、出来ないじゃない)
(…やるしか、やるしかないんだ…!)
(ボクなんかのために、モミジちゃんを…危険な目に、合わせられない…!)
キラーコング達は、カエデを目当てに追ってきている。
モミジまで、その危険に晒す事は出来ない。その重責感だけが、カエデを支配していた。
自分が、やらなければ。
… 例え、死ぬ事になっても。
そう思った瞬間、カエデの身体は洞穴から飛び出していた。
「おおおいっ、魔物達ィッ!! ボクは、此処だァッ!!」
鉄製のカタナを抜き、カエデは洞穴から遠ざかりながら、大きく叫んだ。
――― …
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