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三章『世界への たびだち』
三十二話『船旅の おわり』
しおりを挟む――― …
魔力船は、東へ。
速度は空を飛ぶ鳥と同じくらいか、少し速いくらい。並ぶように飛ぶ見たこともない姿の鳥たちを船は追い越す。
執事さんの運転技術は確かなものらしく、一定の安定した速度で進む運転に俺はとりあえず安心をした。
飛行機ほどの速さはないが、歩くのよりは確実に効率的だ。これなら一日かからずにクラガスの街へ到着できるというのは嘘ではないだろう。
「あ、センパイ!前の方になんかすごい森が見えてきたっスよ!」
悠希が指さす前方には、一面の緑が広がっていた。
それは俺が想像していたよりずっと広く、巨大な森。
ムークラウドの街を出て2時間ほどの場所にその森林地帯は広がっていた。
「これが、神樹の森か」
草原地帯の先に突如として現れる大森林は寄り固まるような木々に覆われ、中身はさっぱりと見えない。
背の高い樹木達は現実世界で見ることのないものばかり。
俺達は機体の下に広がる圧倒的なスケールの森をしばし呆然と眺めていた。
「これから2時間はこの森の上を飛行しますからね。歩き旅でなくて幸運だと思いますよ、皆さん」
執事さんの言葉にゾッとする。
確かにゆっくりとしたスピードではあるが、普通道の車くらいの速度を出しているこの魔力船で、2時間…。この鬱蒼とした森の中を、徒歩だとどれくらいの期間歩かなければいけないのだろう。
景色を見ると、夕日が沈んできて夜が近づいている。
「執事さん、今何時ですか?」
俺が聞くと執事さんは片手で懐中時計を開き、時刻を確認してくれた。
「17時…半ですな。冬が近いので日が落ちるのも早いものですね」
その辺りは現実世界と同じか。季節も… 俺がこの世界にくる前、現実世界でも確か秋だった。
現実では、もう少しで朝日が上り… 夢の中ではもう少しで、日が沈む。
神秘的な森の、夕日が沈みゆく風景。そして現実世界への思い。俺はなんだか少し物悲しい気分に包まれながら、窓の外の景色をぼーっと見ていた。
執事さんは懐中時計を懐にしまい、言った。
「クラガスの街へ到着するのは深夜になると思われます。それまで少し仮眠でもとられるのがよろしいかと」
「お腹がすきましたら後ろのケースの中に保存食の干し肉やパンが入っていますのでお召し上がりください。ウークのミルクも瓶に詰めておきましたから、喉を潤してくださいね」
「なにからなにまですいません、執事さん。こんな長い時間運転してもらったうえに、ご飯まで」
俺が言うと執事さんは小さい声で笑った。
「街を救った勇者様達にこれくらいのもてなしは当然です。それに…久々に魔力船の運転が出来て楽しいですからね、私も。正直あの屋敷で町長の世話をするのもなにかと退屈で」
「ははは、そういうもんですか」
「ええ。 安全運転で、しっかりとクラガスの街までお送りしますからどうぞくつろいでいてください、マコトさん」
「… では、お言葉に甘えて。 敬一郎、悠希、後ろのケースを開けて… …」
いつの間にか後ろの座席に2人で座っていた敬一郎と悠希は、俺達の会話をしっかり聞いていたようで既にパンを食べ、干し肉をかじり、瓶のミルクを飲んでいた。
「うめーっ、この干し肉もウークの肉!?牛肉より少し獣臭さがあるけど脂がのってて美味しいですね執事さん!噛みごたえもしっかりあってサイコー!」
「このパンもいけるっスー!やっぱ小麦粉も現実世界と違うんスかね!?ほのかに甘いっス!!」
「… … … お前ら、少しは遠慮ってことをしろよ…!」
ガツガツと保存食を貪る後部座席の2人を見て、俺は呆れて、執事さんは嬉しそうに笑っていた。
――― …
保存食を食べると、疲れが溜まっていたのだろうか。
敬一郎は後部座席を使って横になり、がーがーと五月蠅い寝息を立てている。
悠希は先に寝た敬一郎を気遣って俺の隣に引っ越してきてしばらく話をしていたのだが、やがてウトウトとしはじめて、今は俺の肩に頭を預けて眠っている。
俺は眠気はなく、まだ外の景色をぼんやりと眺めていた。
まだ俺達の下には、神樹の森が広がっている。辺りはすっかり暗くなり、暗闇の中に溶け込むように広がる大森林は不気味な光景だ。
… この世界は、どこまで広がっているのだろうか。
既にムークラウドの街を出て3時間。休む間もなく空を駆ける魔力船。それでも世界の果ては見える気配がない。
ムークラウドにすべての生徒達がいるとは限らない。あの街に揃っていたのはプレイヤーだけだ。
このどこまでも広い夢現世界の中に生徒達は散らばっているかもしれない。…そしてその生徒達の安全が確保されているとも限らないのだ。
ムークラウドはイベントが起きるまでは平和な街だったが…他の街でも平和が保証されているわけではない。
早く、このゲームを終わらせなければ。
無限に広がるように思える世界のどこかにいる魔王を探し出し、倒す…。途方もない作業にも思えるが、もう決意したことだ。
ゲームは確実に進んでいる。あとは流れにのってさえいれば、魔王に到達できる。
死なないように。生き延びるように。そして… この仲間達を、守れるように。
それだけをしっかりと肝に銘じておけば… 俺達ならきっと、このゲームをクリアできるんだ。
俺は拳を握って、決意を固めた。
その時。
「… !?」
グラリ。
今まで揺り籠のように安定していた魔力船の機体が大きく揺れた。
まるで何かに掴まれたように、大きく…!
なにかの警報装置が作動したようで、耳障りなアラート音が狭い船内に響く。その騒がしさに悠希も敬一郎も慌てて目を覚ました。
「なんだなんだ!?」
「センパイ…!?ど、どうしたんスか…!?なにが…?」
「お、俺にも分からないって! 執事さん、何かあったんですか!?」
慌てて俺は運転席の執事さんに聞いた。執事さんは操舵輪をしっかり握ったまま、少し焦っている。
「分かりません、急に何かに掴まれたような…! 機体が止まってしまったんです!」
「掴まれるって、そんな馬鹿な…!」
空を飛ぶこの魔力船を掴む何かって… そんな事があるわけない!
俺は船の周りを見回して、その『何か』を探してみる。
… いた。
それは、あまりにも巨大な、船。
この魔力船がカヌーなら… その船は、客船だった。数百人は収容できるであろう、大きな客船。
先頭に大きな髑髏のマークをつけたその巨大な魔力船は、遊園地なんかでみる海賊船に似ていた。
その海賊船から伸びた二本の機械の腕が、俺達のカヌーの機体をクレーンゲームのクレーンのように掴んでいたのだ。
「な… なんですか、執事さん、アレは…!」
俺の言葉に執事さんは振り返り… そして顔が一気に青ざめた。
「ま…」
「魔王軍の、艦です…!あれは…!」
「え… えええええええっ!?」
クラガスの街まで順調と思われていた船旅は。
突如としてその安寧を奪われたのだった。
――― …
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