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三章『世界への たびだち』
二十七話『夢現の まくあけ』
しおりを挟む――― …
「ふあ…」
窓から入ってくる朝の光を感じて、俺はカーテンを開けた。
本日も晴天。
眩く光る太陽が、人々を照らしている。
行き交う人々の表情は明るく、平和という幸せを享受している。
街は今日も活気づいていた。
行き交う人達を俺は二階の窓からのんびりと眺めている。
「… … … 平和だ」
それを半分眠りの中にまだ落ちている頭の中で感じる。
この街には平和が満ちている。それは窓の下の人々の顔を見ればすぐに分かった。
だからこそ、守らなくてはいけない。
プレーヤーである、俺が。
このムークラウドの街を。
この、ムゲンセカイから。
人々を守らなくてはいけない。
――― …
「おはよーっス!マコトセンパイ、起きてるっスかー?」
部屋のドアを朝から元気いっぱいに開け放して声をかけてくるのは、他でもない長谷川悠希だ。
ここは、ムークラウドの街の宿屋の2階。
俺達は丁度3部屋ある宿屋の2階を1部屋ずつ使って、この街に滞在していた。
今日で2日目。
それは、この街の…いいや、『この世界の住人』になってから、2日目の朝だった。
「朝から元気だな。何時から起きてるんだよ」
「ついさっきっス!」
「それでよくそんなテンションあげられるよ…。…目覚まし時計には最適かもしれないな、悠希は」
「商品化希望っス!」
腕を腰に当てて謎の威張りを見せる悠希に俺は笑って、ベッドから身体を起こした。…そういえば寝間着のままなんだが、コイツはお構いなしなんだな。つくづく兄妹のようだと感じる。
時計を見れば… 朝の8時を指していた。
現実の世界では… 夜の20時。
夕飯を食べ終わって、テレビを見たり、スマホをだらだら弄ったりしている時間だったな…。ふとそんなことを懐かしく感じる。
…悲観はしていなかった。
なぜなら、この世界に居る事を決めたのは、他の誰でもない、自分自身だからだ。
「… センパイ?どうしたんスか?」
時計を見て黙っている俺の顔を悠希が覗き込んで、心配そうに声をかける。
「… … … 悠希は、なんでこの世界に来たんだ?」
「え…?」
この質問は何回か悠希にしている。
…しかし、どうしても、もう一度。俺は悠希に聞きたかった。
俺の問いかけに悠希は少し時間を置いて答える。
「… センパイが、きっといると思ったからっス」
「私がセンパイと同じ同好会に入ったのは、センパイと一緒にゲームがしたかったからっス。だから…」
「ムゲンセカイも、一緒だから。同じゲームを、同じ空間で、プレイする。それは現実でも夢の中でも変わらないからっス」
「センパイがこのゲームをやるって、信じてたから。きっとこの世界の中にいるって、信じてたから。だから私も、同じゲームをやりたい、って」
「それでセンパイの手伝いをして… ゲームクリアして、学校のみんなを助けられたらって… そう思ったからっス」
「… … …」
「ありがとう、悠希」
何回かしている質問に、悠希はいつも真剣に答えてくれる。違う答えを必ず答えてくれる。
未だ、俺はこのゲームをプレイした選択をしたことに対してモヤモヤとした感情が渦巻いていた。
後悔はない。必ずこのゲームを終わらせると誓ったのだから。
しかしその感情は、俺が俺に言い聞かせるための感情だ。本心は違う場所にある。
心のどこかでは、このゲームから逃げ出したい。このゲームを誰かが終わらせてくれる事を期待したい。そんな思いがどこかに存在している。
でも、悠希は俺達の事を信じてくれている。
俺が。敬一郎が。このゲームを、終わらせるためにこのゲームの中に入っていると信じて、イシエルの選択肢を躊躇わず決定した。
悠希を…いや、自分の決定を、裏切るわけにはいかない。
俺が、俺達が、このゲームを終わらせるのだ。
「…ありがとうな」
俺は立ち上がって、悠希の頭にポン、と手を乗せる。
背丈の低い悠希の頭は、手を乗せるのに丁度いい高さだ。ショートカットの黒髪を少し撫でて、俺は手を離した。
「… もー、私、犬じゃないっスよ」
そういう悠希は少し嬉しそうに照れていた。
「ありがとうは、こっちのセリフっス。…私の信じたセンパイは、ちゃんとこのゲームの中に、居てくれました」
「頑張りましょうね!マコトセンパイ! 絶対、このゲームを終わらせましょう!」
「… ああ!」
悠希の力強い言葉に、俺も勇気づけられた。
そこへ… ドアからもう1人の仲間の声がする。
「朝から何イチャついてるんだよお前ら」
ドアを塞ぐ体格の男が1人。じとーっとした目で俺と悠希を見ている。
「あ… で、デブセンパイ…」
「い、いつからそこにいたんだよ…」
俺達の少し慌てた様子に、浅岡敬一郎は鼻息を鳴らした。
「少し前。お前らが頭ナデナデしてイチャイチャしてるところから」
… … …。
恥ずかしい。ものすごく。
「声くらいかけてくれよ。頼むから」
「俺はお前ら兄妹の御守り役だからな。不純異性行為を取り締まるため、観察に専念する場合があるのだ」
「こんな世界に入ってきてまでお前らは… それでいいのか!?」
「魔王を倒す事が俺達の使命なんじゃないのか!?自分の命を守ることが何より大切なんじゃないのか!?」
「知っているか、恋愛はゾンビ映画において最大の死亡フラグなんだぞ!貞操観念の喪失が命の喪失に繋がるのだ!それを肝に銘じておけよ!?」
「これゾンビ映画じゃないっスし…」
「恋愛でもないと思うんだけど…」
俺達のツッコミに敬一郎は余計に感情を高ぶらせる。
「うるせぇ!! とにかくイチャイチャは俺の見ていないところでこっそりやれ!! オタクへの一番のダメージは3次元の恋愛だ!!」
「こんな夢の中のゲームにまで入って貴様らのリア充っぷりに殺されてたまるか!! 浅岡敬一郎様をなめるなよっ!!」
「俺だって… 俺だって… ナイスバディの猫耳メガネメイドさん(17さい)を見つけるまで、お前らに殺されてたまるかってんだよっ!!」
「朝飯いくぞ貴様ら!!」
そう言って敬一郎は涙を煌めかせて部屋から飛び出して1階へ降りていった。
俺と悠希はその様子を呆然と見送って… 一言。
「「 勝手に覗いてきたのそっちじゃん… 」」
――― …
少し前。
【夢現世界を 続けますか?続ける場合 貴方はゲームクリアまで夢現世界から戻ることは できません】
【それとも… ここで夢現世界を終わらせて 現実の世界に戻りますか?戻る場合 二度と夢現世界に行くことは できません】
【 → 夢現世界の住人になる 現実世界の住人になる 】
『さあ、プレイヤーのみんな。決めておくれ』
『 君達の、運命を 』
「… … …」
「一つだけ確認しておきたい」
『どうぞ、マコト』
「モブとしてムゲンセカイにいる…900人の生徒は、どうなるんだ?」
…質問しておいてなんだが、俺にはその答えが分かりきっていた。
この鳥の事だ。
こんな選択肢を出すということは、きっと… 何か裏があるに決まっている。
臆面もなく、イシエルは答えた。
『モブとして参加している生徒は、そのまま夢の時間は夢現世界に居てもらう。今までと変わりないよ』
『この選択肢は、あくまでプレイヤーの君達に対してだけ行われる質問だ』
『モブの生徒達を助けるか。それとも自分の命を救うか』
予想していたとはいえ、やはり…。
怒り狂い、目の前にいるこの鳥を殴り潰してやりたい衝動にかられるが… コイツは分身だ。それも出来ない。
コイツはいつもそうだ。
安全なところから高みの見物をして、俺達を嘲笑うような選択をさせる。それはもう、分かっていることだった。
今までの数日だけでもこの夢の、このゲームの性質。そしてこの禍々しい『ゲームマスター』の性格は理解できている。
だから、怒りこそすれど…驚きはなかった。
それに、俺の答えはもう決まっているのだ。
プレイヤーとして、俺の成すべきことは、もう決意したはずなのだから。
俺は目の前のウインドウをタッチした。
【 → 夢現世界の住人になる 】
『本当にそれでいいんだね?』
イシエルの問いかけに俺はそちらを見ないで答える。
「ああ」
『嬉しいよ。マコトを失う事は、ボク達にとっても痛手だからね。君から決断してくれるなんて』
「単純な話だよ。モブの生徒達は、人質だ。自分で助かる術を持たず、ただ牢屋に捕えられている人質」
「俺達プレイヤーは、その牢屋を見つけて人質を解放する力を持っているんだろ。それなら… 俺達がどうにかするしかないじゃないか」
「お前の手のひらの上だろうが何だろうが構わない。俺に力があるのなら、俺がやる」
「俺1人でも構わない。例え99人のプレイヤーが俺だけになったって… 俺のやることは絶対に変えない」
「じゃないと… 俺の決意を、俺が裏切ってしまう」
『分かった』
『それじゃ、簡単なルールを言っておこう』
『1 君はこれから夢現世界にゲームクリアまでずっと入っている事になる。ゲームクリアの条件は『魔王』の討伐だ』
『2 現実世界に君の存在は消えてなくなる。家族も、友人も、知り合いも、全員が君の存在を忘れ去る。これはゲームクリアまで継続される』
『3 君の肉体は夢現世界に飛ばされる。現実のこの世界からは完全に消え去り、夢現世界でのみ存在する』
『4 夢現世界での死は、現実世界での死。HPが0になれば、君の存在はどちらの世界からも消え去る』
『… 基本的にはね』
「特殊なケースがあるってことか?」
『それを探すのもゲームの楽しみの一つさ。さあ、それじゃあゲームを始めようか』
『夢の中で、また会おう。 マコト』
「次に会った時は… お前を殺すかもしれないけどな」
『楽しみにしておくよ』
俺は選択をした。
あちらの世界に、誰がいるかは分からない。
99人のプレイヤーは… どちらを選択したのだろうか。
…でも。
例え俺一人だって、やるしかない。
みんなを助けるために、俺ができることを、出しきるしかないのだ。
俺の意識は、白色に変わる。
眠りに落ちるように、ゆっくりと。意識は溶けるように沈んでいき、夢の世界が始まる。
それが悪夢でも。それが理想の夢でも。眠りは訪れるものなのだ。
しかし、かならず目覚める時を信じて。
――― …
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