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二章『まおうぐんとの たたかい』
二十五話『けっせん! むーくらうど』
しおりを挟む――― …
「く、ッ…! はぁ… はぁ…」
手負いの武闘家、ケーイチローは、荒い息を整えようと必死になっていた。
既に戦闘は行われていた。
ゲームの影響により傷の痛みはプレイヤーにほとんど感じない程度になっている。
しかし、HPが0になれば、それは死を意味する。
腕、足、身体、顔とダメージを受けた箇所は生々しい傷跡になっていた。
ケーイチローは左手を出して自分のステータスを確認した。
「…!」
【HP :19/98】
瀕死に近い状態だった自分に気付き、慌てて敵との距離を遠ざける。
痛みを感じない、ということがマイナスに働いている。自分がいかに死に近い状態なのか、分からないからだ。
「ヒヒヒヒ… 残念だなぁ、武闘家ァ。お前のコイツとの相性は、最悪みたいだぜェ…!」
ゴブリンリーダーは醜い顔をこれでもかという程歪ませて笑みを浮かべ、ケーイチローを見る。
そして、高らかに宣言するのだった。
「キサマではこの『ロックゴーレム』には勝てねェェェェッ!!」
ケーイチローと対峙する、岩の巨人。
人間を遥かに見下ろすその背丈は、5mはあるだろう。泥で出来た身体に付着するように無数の岩や石が覆っている。それは、まさに鎧であった。
岩の隙間から光る白色の目でギロリとケーイチローを睨むと、ズンズンと歩み寄る。
動き自体はスローで、見切れないほどではない。しかし…全てが、大きい。5歩も歩けばもう、その巨体の射程範囲になってしまうのだ。
「グゴオオオオオオオ!!!!」
巨大な身体から繰り出される、巨大なパンチ。
空を切る音が耳元で聞こえるような圧力。ケーイチローはバックステップでその攻撃を避ける。
空振りをしたパンチは地面に叩き付けられた。
敷き詰められたレンガが砕け散り、破片が宙を舞う。すさまじい破壊力だった。
「オイオイオイ!避けるだけじゃあ、いつまでたっても勝てないぜェ、武闘家ァ!」
「このままじゃロックゴーレムは…この街を破壊し尽くしちまうかもしれねェなァ!!」
「グガァッ!!」
その声に呼応するように、ロックゴーレムは自分の近くにある建造物を破壊し始める。
井戸のある東屋を踏みつぶし、自分の隣にあるレンガ造りの家を裏拳で叩き、壁を砕く。一瞬の出来事だった。
「! や… やめろおおおおッ!!!」
距離をとっていたケーイチローも、それを見て慌てて攻撃態勢に移る。ロックゴーレムの方へと走り、飛び膝蹴りの態勢を…。
「今だァ、ロックゴーレムぅぅッ!!」
「ゴオオオオオオーーーー!!!」
それを予想していたゴブリンリーダーはロックゴーレムに叫んだ。
瞬間。巨体からは予想も出来ない素早さの、前蹴りがケーイチローに向かって飛ぶ!
「!!!」
慌ててケーイチローは自分の眼前で腕をクロスさせ、防御の態勢をとった。
蹴りの衝撃が、くる。
巨体から放たれた前蹴りはまるでトラックが衝突したような威力。人間のケーイチローは簡単に走ってきた方向とは反対に、吹き飛ばされた。
「ぐあああ――――ッ!!!」
その身体は家の壁まで吹き飛ばされ、叩き付けられた。
生きている。
生きてはいるが…ダメージを受けた。残り19だったHPは、今いくつだ…!?
それを確認する暇もなく、倒れていた自分の目の前に、ロックゴーレムは近づいていた。
「あ… !!」
「やれェ!! 踏みつぶしちまえ―――ッ!!!」
「グゴオオオオ――――――!!」
太陽が、隠れる。
まるで厚い雲が覆いかぶさるように。
それは、ロックゴーレムの足だった。
そしてそれが、自分の身体の方へ、下がってきて…。
思わずケーイチローは、目をつぶった。自分の、死を覚悟して。
… … …。
死なない。
衝撃は、いつまでもこなかった。
ゆっくりと目を開ける。
そこには… 自分と同じように、倒れているロックゴーレムがいた。
「良かった…!間に合った…!」
自分の後ろから声がする。
それは、幾度となく聞いた、親友の声。親友の顔。
倒れたままケーイチローはその人物に声をかけた。
「… おせーよ…!」
――― …
… 光の聖矢をギリギリで、モンスターに当てられて、敬一郎が踏みつぶされる前に倒す事ができた。
アレが間に合わなかったら、敬一郎は死んでしまっていたかもしれない。そう考えるとゾッとする。
しかし… 間に合った。俺は、守れたんだ。親友を。
北門の状況は散々だった。
見知ったゴブリンはいない。
代わりにいるのは、普通のゴブリンよりガタイのいいゴブリンと…この岩で覆われたバカでかいモンスターだ。
こんなのと…敬一郎は戦っていたのか…!速度強化の術が間に合って、本当に良かった…!
「回復(小)ッ!」
俺は何度も敬一郎に魔法を唱える。
小さな光が敬一郎を包み、腕の、足の、顔の傷をみるみるうちにもとの状態に戻していく。観察で見れば、HPは全回復していた。
続いて、目の前の岩の巨人のステータスを、見る。
【ロックゴーレム レベル:10】
岩で覆われたゴーレム族のモンスター。巨体を活かした圧倒的な攻撃力を持つ。
岩の鎧で打撃攻撃をほとんど受け付けない。
弱点は魔法攻撃。
「… 敬一郎。よく持ちこたえたな…!」
武闘家の敬一郎と相性は最悪というところだな。倒れている親友に手を伸ばして、立ち上がらせる。
敬一郎は身体についた土埃を払って、余裕のない笑みを見せた。
「まいったよ。まったくダメージを受け付けねぇ。俺一人じゃ…死んでたかもしれないな」
「サンキュー、真。出来ればもうちょっと早くに来てほしかったぜ」
「それを言うなって。間に合っただけ、良かっただろ?」
俺達はお互いに顔を見合わせて笑い… ゴブリンリーダーとロックゴーレムに向かって、戦闘の態勢をとった。
ゴブリンリーダーは突如として現れた僧侶の俺に驚いていたが…すぐにその顔に笑みを浮かべる。
「ヒヒヒヒ…。僧侶如きが加わったところで、何が出来るというんだ。状況は何も…変わってねェぜ…!!」
「グゴーッ!」
ロックゴーレムは巨体を地面から起こし、腕を振り上げて雄叫びをあげる。
その時、俺と敬一郎の頭に生徒会長からの通信が入る。
『名雲くん、浅岡くん。いい報告だ。長谷川くん達が街に残っていたゴブリンを殲滅した!残りは目の前のそのゴーレムとゴブリンリーダーだけだ。今そちらに向かっている』
『無理をするな。僕も今からそちらへ向かう!どうにか時間を稼いでくれれば…』
「必要ありません」
『なに…?』
俺の言葉に柊先輩は驚いた声を出す。俺に続いて敬一郎が言った。
「俺らが揃えばこんな敵、どうとでもなるんで。もう終わらせますからご心配なく!」
『な… こ、このゲームは死のゲームなんだぞ!無茶をするな!その敵の弱点は魔法攻撃だ!僕が行けば…』
「すいません。これ以上、街の被害を拡大させるわけにはいかないんです。…もう、倒しますから。すいません、生徒会長」
俺はそう言って生徒会長との通信を切った。そして敬一郎に問いかける。
「いけるよな?」
「当たり前だろ。俺と真にクリアできないゲームはない」
「グオオオオオッ!!」
会話途中の俺達にロックゴーレムが割り込む。二人を巻き込むようなパンチ。俺達は左右に分かれてその攻撃をかわし、ロックゴーレムの横について挟み撃ちの態勢をとる。
「はああッ!!」
「おらああッ!!」
俺は杖での打撃。敬一郎は横蹴りをロックゴーレムに浴びせる。
だが、固い岩の鎧に全くダメージはない。身体の周りに纏わりつくようにいる俺達を振り払うようにゴーレムは腕を振るう。
俺達は後ろに飛んでそれを避ける。2人の表情には、笑顔すらあった。
「やっぱりダメージは早々受けないか…!」
「真!お前の魔法攻撃でなんとかならないのか!」
「俺僧侶だしなぁ。光の聖矢でコイツを吹き飛ばすくらいは出来たけど、ダメージまでは…。…でも」
「矢を貯めて、一点を狙えばそこの岩くらいは壊せるかもしれない!!」
「オッケー!その作戦でいくぜ、真!」
「了解!いくぞ!!」
語らなくても、敬一郎が何を考えているかは分かる。それは敬一郎も俺に対して同じのようだ。
「硬化の術!…持ちこたえてくれよ、敬一郎!」
俺の唱えた魔法で、敬一郎の身体を光が纏う。それはロックゴーレムと同じように、鎧のように身体に張り付いた。
それを見た敬一郎はニヤリと笑って、ロックゴーレムの方向へ駆けていった。
「任せとけ!!…合体攻撃だ!燃えるなぁ、真ッ!!」
自分の足元にきた敬一郎にロックゴーレムの蹴りが飛ぶ。
硬化の術を身に纏った敬一郎はその攻撃を片手で受けとめ、衝撃を逃がすように一回転。身体まで一気に距離を詰め、掌底を腹に叩き込む!
「グオオッ!」
ダメージはない。だが衝撃はある。身体を大きく揺さぶられ、ロックゴーレムはバランスを崩した。
その隙に足に、身体に、敬一郎の蹴り技が炸裂する。
「おらおらおらァッ!!」
そしてその間に…俺は攻撃の準備を完了させる。
杖を上に掲げ、天空に出現する矢は限界の30本。標的に飛びかかりたくて疼くように、矢達はロックゴーレムに焦点を合わせる。
狙いは一点。その岩盤さえ砕ければ…!!
俺は高らかに、魔法を唱えた。
「光の… 聖矢ォォッ!!!」
一斉に矢が飛ぶ。
流れ星のように飛ぶ光の狙う先は…敬一郎。その顔の横スレスレの、ロックゴーレムの腹。
刺さる。刺さる。刺さる。
光の矢は次々とロックゴーレムの岩の鎧に突き刺さり、爆発していく。
1本では岩に衝撃を与えるだけ。
だが連続した小爆発は岩を削り、砕き…散らせていく。
そして、一点だけではあるが…ゴーレムの腹の岩を完全に砕いた。泥の身体がそこから露出する。
その期を待ち、攻撃を待っていた敬一郎は大きく息を吸い込む。
溜めに溜めた一撃を、相手に届かせるように。右手に溜め込んだオーラを、解き放つように。敬一郎は叫んだ。
「虎王撃ィィィッ!!!」
必殺の正拳突きが、ロックゴーレムの腹に突き刺さる。露出した泥の身体に突き刺さった拳。そしてそこから放たれたオーラは、波紋のようにロックゴーレムの身体全体に広がっていく。
「グ、グオオッ、グオオオオオオッ!!??」
この魔物が、初めて感じるであろう、痛み。苦痛。
その感覚に戸惑い、苦しみ… そして悲鳴をあげる。まるで助けを乞うように俺達に向かって腕を伸ばし…。
「グオオ――――――――――――ッ!!」
砂場の砂山が崩れるように、ロックゴーレムの身体は崩れた。岩と泥の塊がレンガの道に脆く散り… 魔物は完全に意思を失った。
「あ、あ、あぁッ…!」
その様子を見ているだけのゴブリンリーダーは、へにゃへにゃと腰を抜かして尻もちをついた。
俺達は2人、歩み寄って拳を合わせて勝利を確認する。
「楽勝だったな、真」
「まぁな。…ちょっと怖かったけど」
そしてゴブリンリーダーに歩み寄り、俺は杖を。敬一郎は拳を、眼前に振り、止める。
「「 どうする? 」」
「… … …」
呆然としていたゴブリンリーダーは口をパクパクさせて、告げた。
「こ… 降参、しますゥ…」
「「「 わあああああああああッ!! 」」」
その瞬間。
家に隠れていた街の人々が。物陰にいたプレイヤー達が。モブとして存在する学校の生徒達が。一斉に飛び出してきた。
俺達はその歓声に驚いて振り向く。
「ありがとうっ!!僧侶さん、武闘家さん!!」
「この街は… ムークラウドは、助かったんだああっ!!」
「貴方たちは勇者だ!!紛れもない勇者だああっ!!」
「「 ありがとう 勇者 マコト!ケーイチロー!! 」」
「…勇者、だってさ。敬一郎」
「は、はは…。なんだか、むず痒いな」
その時。走り寄ってきた人影が、俺に抱き着いてきた。
それは… 長谷川悠希の姿だった。
「う、うわっ…」
俺は突然の事に少しバランスを崩した。しかし悠希は気にせず嬉しそうな声をあげた。
「わあああんっ!!マコトセンパイもデブセンパイも無事で良かったっスゥゥッ!!私が間に合っていればもっとお2人に危険な思いをさせずに済んだのにぃぃっ!!」
「は、はは… もういいよ、悠希…。無事倒せたんだし…」
「ありがとうな、悠希ちゃん。街中のゴブリンは悠希ちゃんたちが片づけてくれたんだろ?そうじゃなけりゃ安心して戦えなかったぜ」
「うわーーーんっ!!お役に立てて良かったっスぅぅっ!!」
「…どっちにしても泣くのね…」
俺達3人が騒いでいると、歩み寄ってくる2人がいた。ふと俺がそれに気付く。
それは… シャーナとキオ司祭だった。
「あ…」
「僧侶さん… よく、ご無事で…ッ」
「よ、良かったです…。宮野… じゃ、なかった。シャーナさんも無事で…」
涙ぐんで瞳を拭うシャーナに俺は顔を赤くする。
…いつの間にか俺から離れて、悠希と敬一郎は口元を手で隠してニヤニヤとこちらを遠目で観察していた。…やめてくれ。
「私…何もできませんでした。ただただ、僧侶さんに守ってもらうだけで…、何も…」
「ごめんなさい、僧侶さん。ありがとうございました…ッ!!」
そう言って深々と頭を下げるシャーナに俺は慌てた。
「い、いいんです!…街の人が無事なら、本当にそれでいいんですっ!!…な、敬一郎!!」
「シャーナさんが無事なら、の間違いじゃねーの?」
「うるせー!止めろ!!」
俺達が騒いでいると、キオ司祭が俺に近づいてきた。
そして俺の頭にポンと手を乗せて…撫でる。
「…よくやった。…信じておったぞ。マコトの、活躍を」
「そして…ワシからも礼を言わせてもらう。…ありがとう、マコト」
一歩下がって頭を下げるキオ司祭にまた俺は慌てた。
違う。違うんだ。
俺はその思いを口にした。
「この街を守れたのは… あなたたち街の人がいたおかげなんです!!」
「キオ司祭が俺に杖を託してくれなければ!シャーナさんが俺の言葉を信じてくれなければ!街の人達が俺達を信じて逃げてくれなければ!きっと…犠牲が出ていた」
「でも、俺達を信じてくれた!だから…俺達プレイヤーは、それを信じて戦う事ができた!」
「ありがとう… おかげでムークラウドの街を、守れました!!」
「本当に… ありがとうございました!!!」
… … …。
「「「 わあああああーーーーーーーーッ 」」」
俺の大声に応じるように、歓声が俺達を包む。祝いの紙吹雪が舞い、生き延びた喜びの声が街を包む。
俺達が… プレイヤーが、この街を、守れたのだ。
学校では冴えなかった俺、名雲真。唯一の親友の敬一郎。後輩の悠希。
俺に協力してくれた生徒会長の柊先輩。街の防衛に尽くしてくれたプレイヤー達。
そして…街の人々。
全ての存在に、俺は心から感謝をしていた。
そして、今までの人生では感じたことのない達成感を得ていた。
それは心が包まれるように暖かく、誇らしく… 何事にも代えがたいほど、うれしかった。
夢の世界に、人々は確かに生きていた。
その息遣いを… 俺達は、守ることができたのだ。
冴えない学生で、しがない僧侶だった、この俺…名雲真が。
この時だけは、『勇者』になれたのだった。
――― …
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