ムゲンセカイ - 異世界ゲームでサポートジョブに転生した俺の冒険譚 -

ろうでい

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二章『まおうぐんとの たたかい』

二十話『けついを むねに』

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――― …

「…なるほどな」

時計塔の針は、朝の九時を指していた。
夢現世界の時間は、現実世界とは昼夜がぴったりズレているらしい。つまり、この世界で朝の九時なら現実世界では夜の九時。小さな良い子が寝始めるくらいの時間か。
ログアウトの時間は起床と同じくらいだから…夜の18時から19時くらいになる。

時計塔広場は今日も快晴。芝生の上に胡坐をかいた敬一郎は、腕組みをして頷いた。

敬一郎には、イシエルから聞いたすべてを話した。
夢現世界の死と現実世界の死は繋がっていることと…モブの生徒にもそのルールが適用されるということ。そしてその死は、プレイヤーもモブも同じように現実世界では当然のこと・・・・・と認識されてしまうこと。

「まあ、大体予想していたけどさ。いざイシエルにそう言われたと聞くと怖いもんだな」

笑みを浮かべる敬一郎は、余裕ぶっているのだろう。心に余裕がある、と自分自身にすら嘘をつかなければ正常な精神が保てないからだ。

「しかし、なんでイシエルは真の所に姿を現したんだろうな。俺のところには結局今の今まで来なかったぞ」

「…分からない。ただ、俺だけじゃなくて他のプレイヤーにも会ってきたとは言っていた。怒鳴り散らされたとかなんとか…」

「はは、当たり前だな」

「… … …」

何故俺のところに、か。そういえば考えもしなかったな。イシエルは…俺の事を最重要職業・・・・・とか言っていたけれど…それが関係しているのか?

「…じゃあ、今までの話を、すべて整理したうえで、真に聞くぞ」

考え込んで項垂れる俺の頭を、芝生から立ち上がった敬一郎がポンと叩いて言った。


「お前は、どうするんだ?」


どうする。

それは、イシエルの話を聞いてからここに来るまで、ずっと俺が考えていた質問だった。

プレイヤーは自由に活動してもいい。つまり、二日後に襲来する魔王軍に備えて、今のうちに遠くに逃げることも。
それ以外にもとれる行動は色々ある。出来る限りのプレイヤーやモブキャラにイベントのことを話して、この街から遠ざけることもできる。ただその場合、すべての人に二日間で声をかけるのはこの広大な街では絶対に不可能。必ず犠牲がでる。
誰か勇敢なプレイヤーが出てきてくれることを信じて、この街に待機しているのもいいだろう。一応、俺の職業『僧侶』はサポートジョブだ。少しくらい手助けも… … …。

… … …。

勇敢なプレイヤーとは、誰だ。

そんな生徒がいるという確証はあるのか。

そんなアテもない勇者の出現を待つことしか…あるいは、犠牲が出ることを承知で逃げることしか、俺には出来ないのか。
死を恐れて、人として生きることを捨ててしまうのが…このゲームの正しいプレイの仕方なのか。

… 違う。

そんなことは、間違っている。
なぜなら…俺はイベント攻略の突破口を知っている、数少ないであろう人間の一人だからだ。


「…俺は」
「戦う。この街から逃げずに…この街の人間すべてを、守ってみせる」


学校では陰キャの俺に、見知った生徒は少ない。敬一郎より、この街の住人に対する思い入れはずっと小さいだろう。
でも。
それでも。

この街にはシャーナがいる。キオがいる。俺のいる学校の生徒がいる。
そしてこの街には夢現世界の住人がいる。これから起きる事を何も知らずにいる、無垢に、平和に暮らす住人達が。
それは…夢の世界とはいえ、確かに『人間』なのだ。

そして俺には。プレイヤーである、俺達には、その人達を救う力が、あるのだ。

「僧侶として、出来ることをしてみせるよ。…死ぬのは怖いけれど、諦めるのだけは、嫌だ」
「こんなゲームに付き合わされて…そのうえで人間としての当たり前の行動ができなくなって、死ぬほど後悔させられるのなんて、絶対に嫌なんだ」

俺は敬一郎に、そう告げた。
敬一郎は俺の言葉を聞いて少し驚いたような顔をしていたが…やがて腕組みをして、満足そうにウン、と頷く。

「さすが俺の一番の親友だ。真顔でクサいセリフを平然と言ってのける。俺が認めた男だけはあるな」

「褒めてるのか貶してるのか分からないぞ」

…でも、顔の広い敬一郎に『一番の親友』と言われたことは少し嬉しかった。

敬一郎は俺の目の前に拳を出した。

「やりきろうぜ。僧侶のマコトと、武闘家のケーイチロー。二人で、このムークラウドの街を救う、勇者になろう」

「… ああ!」

俺は散々苦悩したってのに…敬一郎は、既に逃げないという選択肢を決断してここに来ていたということらしい。攻略法をまだ見つけてもいないのに。
それがたまらなく嬉しかった。
どんな苦境でも、どんな状況でも明るく、活路を切り開こうとする、このデブが親友だということが、何より心強かった。

俺は右の拳を、敬一郎の右の拳に合わせて、共闘を誓った。

「…で、だ」

敬一郎は拳を離すと俺の方を微笑みながら見つめて聞いた。

「なんか見つかったか、いいレベル上げ」

「… やっぱり、見つけてないんだな」

本当にそれでよく街を守るなんて決断ができるよな…と尊敬する。

俺は教会の掃除をして一気にレベルが上がったことを、敬一郎に話した。

――― …

「はあ!?教会の掃除ィ!?」

…まあ、確かに信じてはくれないだろうな。最も効率のいいレベル上げが掃除なんて。
証拠として俺は敬一郎に自分のステータス画面を見せる事にした。

「レベル…9…。ま、マジかよ…」

「敬一郎。お前、確か最初のスタート地点は道場みたいな場所だったって言ってたよな?そこにムゲンモブの師範みたいなキャラがいたとかなんとか」

「あ、ああ…」

「一度、その師範キャラに教えを乞うてみるといい。多分…俺みたいに強くなるためにどうすればいいか、指導を受けるはずだ」
「道場の掃除だろうが、修行だろうが…職業によって内容は違うだろうけど、根本的には同じはずだ。言われたことを、やる。これで経験値が一気に入ると思う」
「そうじゃなきゃ、あまりにも不平等だからな」

「う、ううむ…なるほど…」

まだ信じられないであろう敬一郎は、しばし腕組みをして考え込む。しかし、なにか結論に至ったようで顔を見上げて俺の目を見た。

「…なるほどな。この世界は夢であり、ゲームだ。わざわざ現実世界と同じように掃除やらお使いやらするより、人は自然と何かを探索するほうに意識がいくだろう」
「そこが罠だってことか。すすんで教会の掃除に二時間も三時間もかけるバカはいないけど…それこそがもっとも効率がいい、と。そういう罠なワケだな」

「バカが余計だ。おかげでレベル上げの方法が分かったんじゃないか」

「…とにかく」

敬一郎はコホン、と咳払いした。

「じゃあ俺も道場に戻って、師範代に聞いてみるよ。強くなるために、か」

「イベントまであと二日。正確な時間はまだアナウンスがないけど…必ずイシエルから情報があるはずだ。今のままじゃ何も分からな過ぎてお話にならない」
「本当かどうか分からないけど…アイツの仕事は、プレイヤーのやる気を引き出すことらしいからな」

「ふーむ…」

あの鳥を信用していいのかは分からないが、ほかに頼るところもないだろう。
推奨レベルは10、二日後の魔王軍襲来。この情報を、今は信じるしかないのだ。でないと、多くの人が危険に晒されてしまう。

「詳しいことが分かるまで、他のプレイヤーにレベル上げの話はしないほうがいいかもしれないな」

敬一郎は神妙な面持ちで言った。

「なんでだ?」

「今のところ、自分の出身地の掃除やらをしてレベル上げに成功しているのは真だけだと俺は思う。俺や、他のプレイヤーも同じくそうなる保証がないというのが一つ」
「もう一つは、イベントの詳細をイシエルが語っていない。アイツが言っていたのは『推奨レベルが10』というだけだ」
「敵の数は?イベントの時間は?敵はどうやってこの街に攻めてくる?そういったことが分からないうちから全員に同じ行動をさせるのは危険だ」

「… … … そうかもしれないな」

例えば…俺と同じ方法をとっても、レベルが全く上がらないのであれば大問題だ。全プレイヤーがレベル10未満でイベントに臨むことになってしまう。
そもそも…俺が今日、教会の手伝いをしたところでレベルが上がる保証すらないのだ。
それに、敵の攻め方が分からない。単にレベルを上げただけではいかない場合もある。この街の構造を知る者。敵の状況を分析できる者。それぞれのジョブの特性を活かさないといけなくなる。
それには…俺達にはまだまだ、仲間が足りないように思えた。

「真。お前はとりあえず、ひたすら安田先生の言う事を聞きまくれ。時間がない。レベル10を超えられる可能性があるのなら、それに賭けてみるしかないしな」

「敬一郎はどうするんだ?」

「道場のおつかいクエストをやってみながら、イベントに一緒に参加してくれそうな仲間を探してみる。…とはいっても、あんまり危険な事もさせられないけどな」
「人の生死がかかってるんだ。誰だって死ぬのは怖い。無理に集めようとはしないで、少なくとも見張りや状況の監視、状況報告を俺達にしてくれそうな奴を集めてみる」
「だから、多分真よりレベルは下になっちまう。…頼りになるのはお前しかいないってことだな。頼んだぜ」

人集め、か。俺には出来ない仕事だ。敬一郎に任せるしかないだろう。

頼りになるのは、俺だけ。
戦いの最前線に立つのは、レベルの一番高いであろう、俺。

そう言われると一気に緊張感が増し…再びあの恐怖が心と頭にのしかかってきそうになる。
だが、思い出す。
ここには、宮野さんが、安田先生が、敬一郎がいる。クラスの、学校のみんながいる。

負けられない。犠牲を出せない。
そのためには…誰かを頼ってはいけない。俺がやるしかない、そう思い込むしか…ないんだ。

「分かった。…っても俺の職業は僧侶だから、どこまでやれるかわかんないけどな…」

「なあに、いざとなりゃ撲殺でも出来るくらいレベル上げとけばいいんだよ。魔法が駄目なら物理だ、物理」

「…まあなあ」

そういうゲームも聞いたことがあるけれど…とは言っても、俺に敬一郎みたいに人集めをする事は出来ないし…俺がレベルを上げるしかない。
しかしサポートジョブである俺が最大レベルで唯一の頼り…となるのは、どうも心もとない。

「せめてもう一人…戦ってくれる奴がいたらな」

俺がぼやくと、敬一郎もその意見に賛同する。

「そうだな…。広い街だ。最悪戦うのが俺と真だけになると…どんなスキルを身に着けても、カバーできない部分が出てくるだろうしな」

「でも…他の奴に命を賭けて戦う事に協力してくれ、なんて頼めるわけないし…」

誰か。
俺も敬一郎も信頼が出来る、仲間。せめてもう一人、いてくれれば…。


…その時。

まるで俺と敬一郎のその思いに応えるかのように、声が聞こえた。

「いたーーーーッ!!!」

「「 え 」」

俺と敬一郎は声がした方向に振り向く。
時計塔広場に人はいるが、大声を出してこちらに近づいてくる人は、いない。
確か…女の声だったとおもったが…。あの声は…。

「もーッ!センパイたち、どこ見てるんスかー!ここっスよ、ここー!」

「…この口調は…」

「この声は…」

俺と敬一郎は…時計塔広場の中央辺りにある、大木を見上げた。
その木の上。木の葉に隠れて、こちらに手を振る、女の子が一人。
黒装束に身を纏い、まるで何かから『忍んでいる』ような格好だが…全く忍んでいない。元気いっぱいにこっちに声を投げかけてくる。

「やっぱりこのゲーム、やってたんスねーッ!絶対そうだと思って探してたんスよーッ!」

… … …。

「「 ゆ 」」

「「 ゆうき(ちゃん)ーーー!? 」」

それは、文芸同好会、影の一員。

長谷川悠希の姿であった。

――― …
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