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二章『まおうぐんとの たたかい』
十六話『にちじょうの 崩壊』
しおりを挟む――― …
掃除は今日でおしまいにしておこう。
俺にとって夢の中で安定して出会えるのはキオ司祭しかいないから、今は命令に従っているけれど…明日からは教会には立ち寄らないでおこう。そうすれば掃除も頼まれないはずだ。
今は一分一秒でもレベル上げに注いでおきたいのだが、そもそも有効な経験値稼ぎが分からないのだから、どう時間を使えばいいかすら分からない。
…敬一郎の情報を待つしかない。俺は教会に戻って、掃除の続きをする事にした。
時刻は、夕方。そろそろログアウトの時間だろう。
俺は残り時間で全力で畑の落ち葉をかき集め、灯りのついた教会の中へ足を踏み入れる。
「マコト」
「うわぁっ!?」
入り口で待ち構えていたキオ司祭に俺は驚いて大声を上げた。だがキオは構わずに俺に話す。
「随分時間がかかったな。落ち葉拾いに」
「え、えーと…その…。ぷ、プレイヤーに召集がかかりまして…」
「ぷれいやー?なにを訳の分からないことを…さてはサボっておったな」
…やはり、モブキャラにプレイヤーとかそういう概念はないか。
キオ司祭に怒られるかと思って俺は身構えていたが、教本を軽く頭に乗せられるように叩かれて、キオは奥へと進んでいった。
「まあ、いいだろう。教会の中の掃除はキチンとしてくれた。今日は大目にみてやろう」
「…あ、ありがとうございます…」
…本当はこんなことしなくてもいいんだろうけどな…。
「きなさい、マコト。今日の報酬を与えてやろう」
「…え?」
その言葉に俺は反応し、キオ司祭の所へ早足で歩み寄った。
「報酬…?」
「サボった分は与えられないがの。今日の成果に応じた報酬をくれてやると言っておるのじゃ」
「それって、どういう…」
俺の質問を聞かずに、キオ司祭は祭壇に上り、俺の前で銀の杖を天に掲げ、何やらブツブツと唱えている。
俺はポカンと間抜けな表情でその様子を見る事しかできなかった。
「…天におわす、全知全能の神よ…。僧侶、マコトに…どうか神の申し子たるマコトに、恵みを与え賜わんことを…!」
頭上にあるステンドグラスが、眩く光る。差し込むような光が俺の身体を照らす。
「ま、まぶし…!」
「神の恵みを、マコトに―――ッ!!」
「うわああああっ!!」
光で、目の前が真っ白になった瞬間。頭の中で、あの音が響いた。
『パッパパーパパパパー!!♪♪』
それは、以前に聞いたファンファーレの音より、ずっと大きくけたたましい音に聞こえた。
そして、俺の目の前に、有り得ない文字のメッセージが表示される。
【マコトは修行をした!経験値:800 を入手】
【マコトはスキルを覚えた!】
「… は」
「はっぴゃくうううううッ!?」
「これ、やかましいぞマコト、なにが800なんじゃ」
「す、すいません、つい…。で、でもキオ司祭、こ、これはいったい…?」
有り得ない。
PvPのレベル3同士の戦いの勝利で得られた経験値が500だった。
こちとら、二時間少々の掃除と落ち葉拾いをしただけなのに。その報酬が…経験値800!?
キオ司祭は怪訝そうな顔で俺を見たが、やがてにっこりと微笑んで俺に告げた。
「お前に言ったであろう。清潔な教会は、人々の安心を得ると。人々の安心が、お前の強さなのだと。お前が強くなったと感じたのなら、それは神からの褒美だと思うがよい」
「人々が神に寄り添いやすくなり、神も人々に触れやすくなった。…サボった分は引かれているとは思うが、何らかの恩恵はきっとあるじゃろうよ」
そう言うとキオ司祭はルーペをかけて、教本を読みふけり始める。
俺はその隙に自分のステータスを開き、現在のレベルを確認する。
「え… えええっ…!?」
【マコト 職業:僧侶(ランクC)
レベル:9(次のレベルまで経験値172)
HP :55
MP :34
攻撃力:18
防御力:30
素早さ:19
魔力 :36】
「す…すげぇ… レベル、9になってる…!」
思わず笑みがこぼれた。
レベルは一気に跳ね上がっていた。魔王軍討伐イベントの推奨レベルまで、一気にあとレベル1まで近づいている。
サボった分、『恩恵』を引かれてもコレ、って… じゃあログイン中まるまる掃除したらどのくらいの経験値がもらえるんだ…!?
イシエルは言っていた。
『ムークラウドの街には、レベル上げの方法が幾つも存在する。それを発見するのも、この夢現世界での楽しみ方の一つさ』
つまりは、経験値上げの『攻略法』を見つけろって話だ。
間違いない。
これが、レベル上げの攻略法だ。
スライミー狩りやPvPは経験値上げのダミー。街を探索すれば、更にそういったダミーのようなレベル上げ方法が点在しているのだろう。
だが、本質的な事は最も身近にあるという事だ。
自分の職業のあるべき場所の、しかるべき修行をすること。俺の場合はそれが、教会の掃除だったっていう事で…。
とにかく、それこそがイベント攻略の最良手段なのだ!
「やった… やったぞぉーーッ!! これで俺も無敵だああああーーーッ!!」
「うるさいと言っておろうがこの馬鹿僧侶が」
先生に教本で頭を叩かれた。
「もう夜じゃ。騒いでないで夕飯の準備でもしておくれ」
「え、夜…?」
ち、ちょっと待って…そろそろログアウトか?
まだ、俺にはさっきの経験値の数字の続きが気になっている。【スキルを覚えた】と書いてあった。
狩人のショウタが闘技場で使っていた剛力の一撃みたいなスキルを、俺も覚えたはずだ。確認しなければ。
「え、ええと…ちょっと待って…」
俺は慌ててステータス画面を表示して、自分のスキルを確認しようとする。
だがそうこうしているうちに、俺の身体が俄かに光りはじめる。いかん、ログアウトの時間だ。
「ちょっと、せめて確認だけでも…!」
だが、ステータスウインドウは自分の視界までも眩く光りはじめてしまったのでほとんど見えなくなってしまった。
そして、俺の意識は現実世界へと向かいはじめる。
「まだなのにぃぃぃぃぃっ!!!」
――― …
「… … …」
「まあ、いいや」
俺はベッドからむっくりと起きて、呟いた。自分で、自分の表情が自然とニヤニヤしているという事が分かる。
夢現世界の中で、自分の道場や教会の掃除を頼まれたかといってそれに応じて二時間も三時間も掃除をする奴はまずいないだろう。
折角の夢の中なのに現実でしているような行動をしようとはまず思わないはずだ。だからたとえレベル上げの方法が見つからないとしてもそこにたどり着く奴は存在しない。
…俺を除いて。そう、夢の中でまで馬鹿正直に担任の先生に言われたままに掃除をさせられた、俺を除いて。
…考えると悲しくなってくる話だが、それがこのレベル上げの方法を見つける という迷路の出口にたどり着く事に繋がったのだから、安田先生には本当に感謝したい。記憶ないけど。
レベル9。ここに到達している奴はまず俺以外、そうはいないだろう。偶然だが、俺はおそらく現時点で最も強いプレイヤーになったという事だ。
敬一郎に早くこの事を教えなければ。
あいつのスタート位置は、道場とか言ってたな。そこにムゲンモブがいたらしいから…その師匠的なキャラの言う事をこなせば、俺と同じようにレベルが上がるはずだ。
俺は学校へ行く準備をしながら考えを巡らせ、いつの間にか朝食を済ませ、自転車に跨っていた。
足取りは軽い。学校に着いた俺は、意気揚々と教室に向かっていく。
昨日までのような陰鬱な感じはない。ゲームの攻略方法を掴んだのだ。
今日からの目標も決まっている。二日後に迫ったイベントに向けて、キオ司祭の言うおつかいクエストをとにかくこなしていこう。
掃除だろうが座禅だろうがなんでもこいだ。レベルが上がるならなんだってやってやる。早く眠って、スキルを確認したくて仕方がない。
俺はすっかり、夢現世界の虜になっていた。
「おはよー!!」
いつもの自分では信じられないくらいのバカでかい声量で、俺は教室に入る。
だが… そこには誰もいなかった。誰一人として。 無人の、静まり返った教室の風景だけが目の前に広がっていた。
「… … … あ」
そして俺は、思い出した。
「…今日、全校集会の日だった」
俺は思いっきり、遅刻していたのだった。
――― …
「ち、ちょっと、ごめ、ん…!通して、通して…!」
俺は人の間を縫うように自分の並び位置のところまで忍者のように気配を殺して進んでいく。
ウチの学校の生徒数は、およそ1000人。一般的に言う、マンモス校ってやつだ。
体育館もかなりでかく作られてはいるが、その中にびっちりと生徒が並ぶ全校集会は、舞台から見れば壮観なものであろう。
既に白鬚の恰幅のいい校長先生が最近の学校の様子や功績を挨拶している。
入り口までびっちりと並んでいるので自分の並ぶ位置まで先生に気付かれずに移動するのは、案外容易い。
俺は難なく、何食わぬ顔で列に並ぶ事に成功した。
隣に並んでいる宮野沙也加さんが、俺に気付いて顔をこちらに向け、こっそりと話し掛けてくる。
「おはよ、名雲くん。遅刻?」
「あ、ああ、ちょっと寝坊しちゃって…」
「よく潜り込めたね…安田先生に見つからなかったの?」
「余裕余裕。みんな半分寝てるし、大丈夫だったよ」
朝早くからの朝礼は、先生ですら意識が飛んでいる時がある。影の薄い俺にはその間を縫う事など朝飯前よ。ちょっと悲しいけど。
「――― それでは、以上で私の話をおしまいにしたいと思います。みなさん、くれぐれも勉学に励み、遊びに夢中にならないように」
…忍び込んだところで、校長の話は終わったらしい。この後はいつもの、生活指導の教師のお説教タイムだ。こなけりゃよかったと少し後悔しはじめている。
早く敬一郎にレベル上げの方法を伝えなければ。そうすれば、二日後のイベントだってきっと無事に終わる。
「…ああ、そうだ。言い忘れておりました。一つだけ、追加させていただきます」
校長が、壇上から降りようとしたところで何かに気付き、マイクにゆっくりと戻っていく。
ああ、もう、なんだよ…!早く終わらせてくれよ…!
俺の頭の中は、ゲームを早く進めたい衝動でいっぱいだった。
早く学校を終わらせて、早く敬一郎に会って、早く寝て、夢の続きを…!!
「二年生、水泳部の、冴木勇馬くんですが…」
「今朝未明に、死亡しました」
早く… … …。
… … …。
え…?
その言葉に、俺の頭は、一気に冷静さを取り戻した。
俺の生活は、ここで、日常という安寧をぶち壊されたのだった。
――― …
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