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一章『ゆめの はじまり』

三話『名雲真の 学校生活』

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――― …

「… … …」

くしゃみで目が覚めたのは初めてだ。なんてタイミングのいい… いや、悪い事だろうか。
俺は掛け布団を身体からどけて、背伸びをして頭を掻く。

… 今日の夢は、いやにはっきり覚えていた。
えらく短い内容だったのでその前に見ていた夢はきっと忘れているのだろうが。

俺の周りを飛び回る、奇妙な黒い鳥。
そして… 最初のジョブの、選択。

俺は確かに『戦士』に手を伸ばしていた。手を伸ばしてはいたが…。

「結局、俺は何を選んじまったんだ…」

くしゃみで手元がブレたところで強制的に夢から目覚めた。
おかげで自分の手がどこにいって、何を選んでしまったのかさっぱり分からない。なんてことだ。

… … …。

「ははは、夢の話じゃん。 何ムキになってるんだ俺は」

真剣に悩む必要などない。俺の頭の中で展開している、俺の夢の話に、俺が頭を悩ませてどうするんだ。バカらしい。
今日見る夢が、さっき見た夢の続きだという確証など何もないのだ。夢に補償も何もない。

「… ったく。おかげで今日も寝た気がしないじゃないか…」

俺はうんざりした笑みを自分に向けて浮かべ、学校に行く準備をはじめる事にした。

…今日も居眠り確定だな。そんな事を思いながら。

――― …

意識が半ば眠りに落ちながら、俺は教室のドアを開けてどうにか自分の席を確認すると、ベッドに寝るように机に突っ伏す。
朝だというのに、疲れ切って家に帰った状態に近い。眠い。眠い。眠い。

「… 朝からお疲れみたいだね、真くん」

俺の耳がその声をとらえる。
頭だけそちらの方向へ向けると、俺の隣の席の宮野沙也加みやのさやかさんが微笑みながら俺の方を見ていた。
太陽の光で輝くように眩しい、セミロングの茶色がかった髪を耳にかける姿が美しい。天使か。

宮野沙也加は入学の時から男子の間で噂になるほどの美貌の持ち主であった。
成績優秀、スタイル抜群、幼さもあり、美しさもある顔…。そしてそれを決してひけらかさないお淑やかさ。まるでテレビの中から出てきたような、絵に描いた美少女だ。

そんな人物の隣がこんな冴えない男とは。オークションにかけて入札してでもこの席を手に入れたい男子生徒などごまんといるというのに。

と、いっても俺は宮野沙也加に対して恋心があるわけではない。
恋心、というのは自分と対等に近い立場にある者に対して初めて抱く感情だ…と、俺は思っている。
俺のような男が、テレビの中のアイドルに近い宮野沙也加という存在と付き合えるなど… 天地がひっくり返っても、明日世界が滅亡したとしても、ありえない。
つまりはだ。宮野さんは完璧すぎて、手に届かない。ゆえに俺の人生とは全く関係のない人物と言える。だから俺は、恋心は抱いていない。

…もっとも、女子とまともに話す事すら難しいのが、自分の情けないところでもあるが。

「お、お、おはようみやのさん」

上ずった声でどもってしまう自分が情けない。一気に眠気が覚めた。宮野さんは微笑みながら、俺に話してくれる。

「昨日も徹夜でゲームしてたの?すごいね」

「いや、違うんだよ。…その… なんか変な夢見ちゃってさ」

「夢?」

「…いやにはっきりした夢でさ。おかげで寝た気が全然しなくて…」

「へえ、どんな夢なの?」

「えーと、その… ゲームのさ、初期のジョブを選ぶ夢でさ…」

宮野さんは俺の言葉に微笑みながら首を傾げる。その目は点になり、頭には?マークが浮かぶ。

「しょき? じょぶ?」

「… … … ごめん。えーと… 忘れてくれるかな」

名雲真と宮野沙也加は、住む世界が違うのであった。

朝一番のチャイムが鳴ると同時に、担任の安田が教室に入ってきた。

「みんな揃ってるかー。寝てる奴は顔あげてー、出席取るぞー」

「あ、先生来たね。…今度詳しく教えてね、真くん」

「… いや、忘れてくれていいよ、宮野さん」

話す事自体、なんだか恥ずかしくて、情けない話だからなぁ。

――― …

… … …。

よく寝た。

いや、あまりいい表現ではないのは分かってはいるが… 本当に、夜に起きていて学校で睡眠をとっている感覚だ。
夢を見るというのはこれほど疲れるのだろうか。…一度、精神科でも受診したほうがいいのかもしれない。

俺は『部室』のドアを開ける。
身体の疲れはどうにか今日一日で回復している。さあ、放課後くらいみっちりゲームでもして気分転換を…。

「ういっス!センパイ、お疲れっス」

「… … … あれ、敬一郎は?」

「もー、なんスかー。浅岡センパイじゃないと不満なんスかー?」

部室に敬一郎の姿はなく、代わりにいたのがこの頬を膨らませた黒髪のショートカットの娘だ。
名前を長谷川悠希はせがわゆうきという。俺と敬一郎の後輩、一年生の女子だ。

そう、信じられない事にこの『文芸同好会』には女子の後輩がいる。
俺達…二年生の名雲真と、浅岡敬一郎。そして一年生の長谷川悠希。これがこの部活…もとい、同好会の正式メンバーだ。

「不満ってワケじゃないけどさ。いないなんて珍しいと思って」

俺は椅子に腰を下ろしながら悠希に言う。

「なんか大切な用事があるって伝言して、さっさと帰りましたよ。浅岡センパイらしからぬ感じで」

「ふーん…。ま、オタ充してるからなアイツは。なんかイベントでもあるんだろう」

「そっスね。あ、昨日は結局顔出せなくてスイマセンでした。掛け持ちの部活が忙しくて…」

「あー…。陸上部だろ?そっち優先しろよ。秋の大会近いんだろ?」

俺の言葉に悠希は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いやー、まー、そうなんですけど。私にとってはこっちの方も大切というか。こっちの方が大切というか」

「なんだそりゃ。スマホゲーなんかやってる場合じゃないだろお前」

そう言いながら、悠希がやっているように俺も懐から自分のスマホを取り出し、ティラクエを起動して共闘プレイの準備をする。

長谷川悠希は、おおよそゲームに熱中するような女の子には見えない。
背は小さいながら運動神経が神がかって良く、部活は陸上部に所属。得意種目は100mハードルと走り高跳びで… どの競技でも、俺の運動テストの記録を抜いている。当たり前だが、身長の違いを考えると少し悲しい。
悠希自身はスポーツに興味はないと言っているのだが陸上部からの熱いスカウトで仕方なく入部をして… そして、この文芸同好会と掛け持ちという形をとっている。

俺と敬一郎は中学からの同級生のよしみでこの同好会を開いたが、悠希に関してはその二人のゲーム趣味の塊であるこの部室にわざわざ足を運んで入会を志願してきた。

『私、ゲーム好きなんです!名雲センパイと、ゲームさせてください!』

… … …。

長谷川悠希といえばその身体能力に加えて可愛らしいルックスで、新入部員歓迎をしている部活から引っ張りだこになっていた存在だったので名前は俺も敬一郎も知っていた。
その噂の人物がまさかゲーム好きで… 俺達のゲーム愛好会にわざわざ入会を申し込んでくるという、ダブルの驚きで俺達は唖然としたものだった。
入会して、半年と少し。今でこそ慣れていたが… 当時は同じ部屋に女子がいるってだけで緊張したものだったなあ。

「ゲームやってる場合っスよ。大会近いからって追い込みかけられて肉体も精神もボロボロっス…。ゲームしか私を癒してくれないんス…」

悠希は机に顔を突っ伏して口を尖らせた。

「そりゃお疲れ」

「あーあー。誰かゲーム以外に私を癒してくれる人はいないんスかねー」

「いい人探せよ。結婚式には参列してやる」

「…話が飛躍しすぎっス。もー、センパイでいいから私を癒してくださいよー。部長からも顧問からも期待の眼差しの雨あられで自分死にそうっスー」

「『センパイでいいから』が余計だから却下。ほら、ティラクエがお前を待ってるぞ。早くルーム入れよ」

俺は近くの友達と共闘ができるルームを開いて、画面のIDを悠希に見せながら言う。悠希は不満顔のまま自分のスマホにそのIDを入力しはじめた。

「… ねえ、センパイ」

「ん?なに?」

「ちょっとした悩み相談というかなんというか… そういう感じの事があるっていうかないっていうか…」

「えらく曖昧だな。聞いてやるから言いなよ。一分100円な」

「えー、ぼったくりー。じゃあいいっスー」

「はははは」

西日が差し込み、ぽかぽかと暖かい部室の中。
俺と悠希は二人でスマートフォンの画面と睨めっこをしながら、しばしの間ゲームに興じた。

その姿は仲の良い兄と妹のようにも…見えるだろうか。

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