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九話 『五人の、季節』

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――

「はぁ……やっぱり、此処が一番落ち着くね」

「清海ちゃん、ちっちゃい頃からココ好きだよね。なんでなの?」

「んー……空気、かな。この場所が一番、ヤマガミさんのところに来た、って感じがするの。うまく説明できないけどね」

「……空気、かぁ」

ほぼ毎日ココに来ている私には、どうにもピンとこない感覚だ。
その場所は、民宿の食堂。囲炉裏のある大きな部屋に、沢山のテーブルが並べられている。
春先にはまだ使っていた囲炉裏も、夏の間はお休み中で食堂の飾りとなっている。
その近くにあるテーブルに私と清海ちゃん、それに蜜柑は三人で座り、冷たい麦茶を飲んで一息ついていた。

山の中腹とはいえ、夏場は当然、暑い。太陽が近くにある感覚さえあり、冬場の冷え込みが信じられないほどに気温が上がる。
それでも時折、山の方からは爽やかな風が吹いてくる事もあり、窓の外の風鈴を揺らしていた。

清海ちゃんは、この食堂が昔から好きだった。
昔……。私と清海ちゃんが、まだ小学生で、夏は保育園、蜜柑や悠はまだヨチヨチ歩く感じだった時期から、私達5人は夏を一緒に過ごしていた。
清海ちゃんと蜜柑のお母さんとお父さんはバリバリの会社員をしていて、基本的に夏休みは毎年なかった。
この家から嫁いでいった希美叔母さんだったが、お父さんの方もまた、地方から出てきて東京の隣の県に家を建ててそこで暮らし始めたらしい。
ゆえに、市川さん一家の周りに子どもの面倒を見てくれる家がなく、毎年のように夏休みになるとこうして家が商売をしている山賀美家に預けるような形で遊びにきていた。

小さい頃からお淑やかで手がかからず、なんでも器用にこなす清海ちゃんは忙しい夏の民宿の大きな手助けとなり、お母さんは喜んで子守りを引き受けていた。
妹の蜜柑は……昔からこの調子で、男勝りで強気。なにかと二つ年上の夏にライバル心を燃やしていたけれど……逆に一つ小さかった悠とはとても仲がよく、忙しくて構っていられなかった小さい頃の悠の遊び相手としてそれはそれで助かっていたらしい。

清海ちゃんは、私と同じ高校三年生。妹の蜜柑は、小学六年生。
既にもう子守りの必要もなく、夏休みに民宿にくる必要性はなくなってしまった。

それでも、こうして二人は毎年夏休みに顔を出して、市川夫妻の仕事が落ち着く八月の中旬までを民宿ヤマガミで過ごしている。

私は……友達が増える、この夏休みが昔から大好きだった。

「あーあ。今年もまた田舎のタイクツな夏休みがはじまるのかー」

……一部、その感情を共有できないヤツもいるようだけれど。蜜柑は胡坐をかいて退屈そうに窓の外を見ていた。
その様子を見て、清海ちゃんが蜜柑に言う。

「……蜜柑。さっきも言ったけれど……」

「分かってるよおねーちゃん。シツレーのないようにでしょ。へいへい」

「なにかあったらお母さんに言いつけるからね、蜜柑」

「げ。それだけは勘弁」

「あははは。希美叔母さん、結構怖いんだ」

私がそう言うと、蜜柑はふてくされて口を尖らせた。

「柚子とかにはいい顔してるけどねー。ああ見えてすごくおっかないんだから。この間なんかお小遣い25%カットだよ。精神的に嫌な怒り方してくるんだよ、あの人」

「それは蜜柑が男の子とケンカしたからでしょ。まったく……相手の子泣かせちゃったらしいのよ」

「あっちがボクの事バカにするから悪いんだよ。弱いヤツほどそうやって吠えてくるから、力の差を見せてやったのさ」

「……うーむ」

なんだか……私も、似たような事を小さい頃にした気がするが……。よく思い出せないから、まあいいか。


――

「今年は清海ちゃんたち、いつまで民宿にいるの?」

「いつも通りよ。お盆の8月15日まで。その3日前くらいには、お父さんとお母さんもこっちに来れるらしいから」

「そうなんだ。楽しみだなー、叔父さんと叔母さんに会うの」

「ふふふ。お父さんとお母さんも、柚子ちゃんや夏ちゃんに会うの楽しみにしてたよ。どのくらい大きくなったのかなー、って」

「はははは……。大して成長してないから、色々期待外れさせちゃうかも」

「そんな事ないよ。柚子ちゃん、毎年可愛くなってるし、大人っぽくなってる」

「清海ちゃんこそ。……あ、そういえば清海ちゃん、進路決めたんだっけ?」

「あ、うん。都内の大学」

「結構偏差値高いところだったよね……。相変らず清海ちゃんはすごいなー」

「そんな事ないよ。受かるかどうかも分からないし、志望校や進路も他に色々考えてるから」

「わー……。なんか、立派になったねえ。まったく、それに比べて妹の蜜柑ときたら、相変らずおてんばだねえ」

私がやれやれ、とオーバーリアクションに言うと、蜜柑は腕組みをして私を睨むように見る。

「そういう柚子は進路ちゃんと決めたのかよ」

「う」

言葉の剣が私の胸を貫く。

「相変わらずフワフワしてんなー、柚子は。もう高校三年だろ、しっかりしろよ」

「う」

小学六年が放った弓矢の嵐は、私の身体を次々と貫いていく。

「蜜柑」

「はいはい」

清海ちゃんに睨まれて、蜜柑は攻撃の手を下ろした。

「はい、もうお母さんに言う事決定ね。今日の夜にメッセージ送っておくから」

「げげ。勘弁してよおねーさまー。さっきの嘘だからー」

「心が籠ってない。しっかり柚子ちゃんに謝りなさい」


そんなやり取りをしているうちに、民宿のドアが開いた。

「ただいまー。もう二人とも来てるのか?」

「!!!」

その声に反応して、蜜柑はすっくと立ち上がり、民宿の玄関に駆けていく。

「あ、こら!蜜柑!」

清海ちゃんの制止も振り切り、蜜柑は玄関へ行き、仁王立ちをした。
その目線の先には……呆然とした顔の、私の妹。夏が立っていた。

ポカン、とした顔の夏に向けて、蜜柑は右の人差し指を突きつけた。


「勝負だ、夏ッ!! 今年こそ負けないぞ!!」

――
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