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八話 『民宿小話』

(1)祖父:山賀美 恒靖

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――

セミが鳴いている。

午前中の太陽はまだそこまで暑さを感じず、時折吹く風が心地よいくらいの気温。
午後になれば汗ばむくらいの気温になるだろう。本格的な夏が近づいている。

私は、麦わら帽子を被って、家の縁側に座っている。
日向ぼっこをしているワケではない。民宿の手伝いをしているのだ。

「……ふぅ」

カゴの中には、大量のトウモロコシ。
どれも大きく、どっしりとした重さのある立派なものだ。
皮は綺麗な黄緑で、長いヒゲを大量に生やしている。

「今年もいいのができたねぇ、おじいちゃん」

私がそう言うと、隣に座る私の祖父は、嬉しそうに言う。

「そうだなァ。まだ畑にたくさんなっとるから、しばらく食うに困らんぞ」

「お客さん、きっと喜ぶね」

「そうだな。きっと甘くて驚くぞ」

「あはは、都会の人なんかはそうかもね」

祖父と、私。二人で家の縁側に座り、間に置いたカゴからトウモロコシを取り出しては、皮をむいて、ヒゲを引っこ抜く。
今日は日曜。学校は休みで、午前の民宿の仕事も終わったので、おじいちゃんが畑から獲ってきた野菜の手入れ作業をしているところだ。


山賀美 恒靖つねやす。御年、72歳。私の、母方の祖父だ。
この民宿『ヤマガミ』の創始者であり、経営者である。
とはいえ、最近は民宿の主な仕事である料理や掃除、洗濯は父母や私に任せており、おじいちゃんは畑仕事が大きな役割だ。
かつては民宿で料理をしていて、特に祖父の作る鍋料理は絶品だったのだが、今はやらなくなってしまったのが残念なところだが……。
しかし、こうして美味しい野菜や米を作り民宿の食事となっているのだからそのポジションは超がつくほど重要である。

民宿の仕事をしなくなった理由は、歳のせいではない。
長年民宿の仕事をしてきていて、ほとんど休みがなかった祖父と祖母は、70を超えてから旅行三昧の生活を送っている。
村の仲間や、地域の人達でいく旅行、時には祖母と二人きりで旅に出かけることもあり… 悠々自適な老後を過ごしているのだ。
そういう時の畑仕事は父親に任せられる事もあり、月に一度は必ずと言っていいほどどこかに泊まりで出かけてしまう。

そんな健康的な生活のせいもあり、腰も曲がっておらず見ようによってはまるで紳士のようなかっこいいお爺様となっている、白髪の我が祖父。
酒好きで酔っぱらっている事も多いが、自慢の祖父でもあった。


「柚子。皮むいたら、トウモロコシの身の方、しっかり見ておいてくれ」

「え?どうして?」

「虫いるからな。しっかりとっておいてくれ」

「あー……いるね、確かに」

健康な野菜というのは、虫とは切っても切れない関係にあるものだ。
人によっては悲鳴をあげるレベルのグロテスクな見た目の幼虫を、私はつまんで庭へと投げる。
……我ながら、慣れたものだ。

「色々対策はしてるんだけどなぁ。最近はほとんどいなくなったけど、どうしても入り込んじまうんだ」

「ま、仕方ないよ。野菜が健康な証拠だし」

アワノメイガ、という種類らしい。調べることはオススメしない。
昔はトウモロコシといえば必ず虫に喰われていたものだが、最近は管理方法もしっかりしてきたこともあり駆除が進み、見る事も少なくなってきた。
それでもいることはいるわけで、こうして目で見て取り除き、その部分をカットしなくてはならない。
それが、今日の午前中の仕事だった。


――

「お疲れ様、おじいちゃん」

「ああ、柚子もな。ありがとな」

家からおばあちゃんの作ったシソジュースのボトルと、グラスに氷を入れて持ってくる。
おじいちゃんにそれを注いで渡し、私のグラスにも注ぐ。二人でそれを飲み干した。

縁側には、綺麗に皮むきを終えたトウモロコシが数十本並んでいる。太陽の光に黄色の身が輝くようだ。
茹でて塩を振るだけで、きっと最高に美味しい夏の味になるだろう。お昼にでも少し頂こうかな。そう思った。

「もう家で休んでな、柚子。暑くなるだろうしな」

「ああ、うん。もう少しココでボーッとしたら行くよ」

「そうか」

夏になりきらない山の中腹の気温は、心地よいものだった。
ボトルのシソジュースをもう一度自分のグラスに入れて、のんびりと山から見る遥か下の街の景色を楽しむ。
人によっては、なかなか贅沢な時間だと感じられるだろう。そう思うと、なんだか嬉しくなった。

「おじいちゃん」

「ん?なんだ?」

「おじいちゃんは、なんでこの民宿はじめたの?」

「どうしたんだ?いきなり」

「なんとなく、さ。そういえば今まで聞いてなかったなー、と思って」

街の景色を見ていたら、直感のように出てきた疑問を祖父に聞いてみた。

美味しい野菜。美味しい空気。
豊かな山の自然。
見下ろす街の景色。

この場所にあった自分の家を、民宿に祖父が改造して経営を始めた理由を、そういえば私はまだ知らなかった。

生まれてから当たり前のようにこの場所が客商売をしていたので、それに慣れてしまっていた。
お客さんがきて、その人達を泊めて、ご飯を出す。
それがこの家の日常だったのだが……。
それが『特殊』な事なんだ、と思ったのは高校生になってからだ。
日本の……海外からも、この民宿に泊まりにくるお客さんがいる。こんな山の中腹にある、民宿に。
村にある宿は、ここ一軒だけ。目立った観光名所もないこの村で、祖父が民宿をはじめた理由は……なんだったのだろう。

かつては村役場に勤めていた祖父が一念発起して宿を始めた理由を、私は知らないのだ。


……でも、なんとなくその理由が、私には分かった。

きっと祖父は、知ってほしいのだ。

この村を。ここの空気を。この野菜の味を。山の景色を。
そして少しでも、喜んでほしいのだ。
なるべく安価で、手頃に……そして懐かしさを感じてほしいから。 

だからきっと、この民宿を――


「儲かるからだな」


――

「……は?」

山の自然と戯れるように澄み切る私の心は、一瞬にして現実の金の匂いに引き戻された。

「南桑村に宿がなかったからな。ゴルフ場の開発やら電気工事やらで泊まり場所に困ってた客が多くて、こりゃビジネスチャンスだーと思ったワケだよ」

「……」

「結果、ワシの予想は当たった。村唯一の宿泊施設なのに加え、畑で野菜を作っているから食費も浮く。家をそのまま宿にすれば工事費だってそこまではかからんかった。
おかげでここまで経営は順風満帆、ってコトよ。カッカッカ」

「……」

「メシは美味い。宿代は安い。これだけで客はくるもんよ。こっちとしてもコストパフォーマンスはいいし、ウィンウィンってヤツよの。
村役場でセコセコ働くよりこっちの方がワシの性分に合ってたワケだ。カッカッカッカ」

そう言って、祖父は満足そうに、大笑いしていた。

……なんだろう。
言っている事は、決して悪いことではないはずなのに……。

経営者というのは、どうしてこう、私の目には良く映らないんだろう。

隣で笑うおじいちゃんを、私は冷めた笑い顔で、眺めていた。

――
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