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学校の七不思議 編
十六話 市川咲樹 『霊視鏡』
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……ふむふむ。
なるほど、先輩が次に集めているのは、この学校に伝わる「七不思議」……ですか。
もちろん、私も知っています。
他の人から聞いているかもしれませんけれど、この学校にはとにかく怪談が多くて……。でもわたしも当然、「七不思議」に該当するお話は持っていますよ。
これでも、怪談マニアを自称していますからね、それくらい知ってなきゃ恥というものです。
……ふふ、そうです。
わたしの知っているお話だから、当然『呪物』……。
『物』に関する七不思議です。
今回は七不思議のお話ということなので、わたしの所有物ではありません。
でもわたし、その『物』が大好きで、よく見に行ったりしているんですよ。
普段は特に何の変哲もない『物』ですから。いつか不思議なことが起きないかなぁ、って少し期待しながら見に行っているんですけれど……実際に見たことはありません。
……ふふ、気になりますか?
それじゃあ実際に行って、見てみましょう。
折角だからその『物』の場所でお話をさせてください。
今もそれは、この校舎にあるんです。
ただ、今は……あまり使われていないみたいなんですけどね。
それは、今は美術室の倉庫にカバーをかけられて眠っています。わたしはたまにそれを外して中を見てみるんですよ。
怪異の噂がなくても、とても綺麗なんです。先輩にも、一見の価値はあると思うので、一緒に行って見てみましょう。
……『霊視鏡』を……!
―――
……大分校庭も薄暗くなってきましたね。
ふふ、何故わたしが美術室の倉庫に出入りできるか、不思議ですか?
実はわたし、絵を描くのが好きなんですよ。
美術部で描くようなものとは少し違って、なんというか……もっとくだけた、アニメとか漫画に近いイラストなんですけどね、あはは。
だから美術室の道具とかたまに使いたくて、美術部の顧問の先生にお願いをしてみたんです。
そしたら美術部の先生、生徒思いですごく良い先生で。この美術部倉庫にある道具は好きに使ったり、借りていってもいいって言うんです。
普段鍵はかけていないから、許可もいらないって……本当に、良い先生ですよね。
だから、キャンバスや絵の具を借りる以外に……この鏡を見に来るんですよ。
カバーとして布がかかっていますよね。今、外します。
……あはは、大丈夫ですよ。布をとったからって襲ってくるわけじゃありませんから。
先輩って、怪談を集めているのに怖がりなんですね……。不思議だけれど……ふふふ、なんだか可愛いです。
……ほら、よく見てください。
綺麗な鏡ですよね。手のひらより少し大きいくらいなんですけれど、後ろにスタンドがあって立てかけて自分が見られるようになっているんです。卓上鏡、っていうんですかね。
鏡の周り、金属で縁取られているんですけれど綺麗なお花の形をしています。ツタが伸びて咲いている……バラ、ですかね?そしてバラの花の部分には、赤い宝石のようなものが埋め込まれています。
かつてこの鏡は『霊視鏡』と呼ばれていました。
……ええ、つまりは、今はそう言われていないということです。
なんで美術倉庫にあるかというと、時折生徒が自画像をデッサンする時なんかに使うそうですよ。美術部以外にも、以前は美術の授業なんかで自画像を描かせる先生もいたそうです。
生徒全員が自画像を描くとなると、それだけ多くの卓上鏡が必要になりますよね?それで、とにかく鏡を数多く集めようとして……寄贈されてきた鏡の中に、これも紛れていたみたい。
少し古びてはいますけれど、綺麗な鏡ですよね。自分の顔なんかより周りの装飾の方に見とれてしまいそうです。
……さて、そろそろ本題に入りましょうか。
『美術室の霊視鏡』。これが、学校七不思議の正式な名前です。
霊視……。つまりは、この鏡を使って、幽霊が見えるという意味になりますよね。
何故そんな名前がついたか。
当然、この鏡が、特殊なものだからです。『霊視鏡』という名前は、この鏡が見えざるもの……ある特別なものを見られることに由来しているんです。
では、なにかが見えるか。
……先輩は、背後霊、というものをご存知ですか?
名前の通り、人……生きている者の背中に取り憑く霊のことを指します。
お話によって様々ですが、良い背後霊というのは守護霊、なんて言い方もしますよね。
ご先祖の霊や、その人が生まれ持って守られている精霊のようなものが背後からその人を包み込むように見守り、災害や悪いことから守ってくれる……。
逆に、悪い霊が背後霊になるというお話も存在しています。
生前からなにかその人に恨みのようなものを抱き、常に取り憑いている人を不幸にするような出来事を招き入れる忌むべき存在……。
まあとにかく、背後霊、という存在には色々な性質があるということです。
良いものを招き入れ、悪いものから護る……はたまた、悪いものを招き入れ、良いことを掻き消していく……。
……本題に戻りましょう。
この『霊視鏡』は、そんな背後霊を見ることができるんです。
いつからでしょうか、この鏡はそんな噂が時折生徒達の間に流れていたんです。
自分の今の運勢。特に、悪いことが連続して起きていたりする時は、自分の後ろにいる背後霊が関係をしているんだって。
だからその背後霊を見ることが出来る……この『霊視鏡』を使って、普段は見ることのできない自分の後ろの風景に注視してみる。
よーく集中して見てみれば……自分の背後の風景が、段々歪んだように見えてくる。
いつしかその歪みは人の形となり、影となる。それこそが自分の背後に今住んでいる霊の姿なんだ、って……。そんな噂です。
自分の背後に住まう霊が、良いものなのか悪いものなのか……。それは、分かりません。
ただ、もしも自分の今の状況を変えてみたいのならば。なにか、自分の人生において大きな転機を迎えたいのならば。
自分の背後に住まう霊を、『交代』する必要があるんですって。
だから、霊視鏡で映った自分の背後霊に、お願いをするんです。
どうか、自分から離れてください。
別の場所にお住まいください。
……そう言って背後の影に、塩を撒くんです。
……くすくす。単純なおまじないですよね。
でも、こんな噂でも信じる人は多かったみたいです。
塩田、という女生徒が昔この学校にいました。
彼女は、ある男性に恋をしていたんです。
それは学校でも一、二を争うとびきりの……今で言う、イケメンですね。
生徒会長を務めて、部活動はサッカー部のエース。成績優秀で爽やかな性格、誰にでも優しく接する……まさに、完璧な男子生徒でした。
それで、塩田さんといえばそれほど容姿は悪くはなかったのですが、とびぬけて美人というわけでもありませんでした。
自分より可愛くて、美人で、スタイルのいい女子生徒はたくさんいます。しかも学校には、自分以外に何人もその生徒会長を狙うライバルが存在するのです。
成績は中の中、部活動では補欠、家はお金持ちでも貧乏でもない……。彼女には、そのライバル達を出し抜くようななにかが……自分でも、浮かびませんでした。
そんな時です。
彼女はこの『霊視鏡』の噂を、どこかから聞きつけました。
自分の今の状況は決して最悪というわけではない。
けれども、もし自分になにかの『転機』を起こしたら……状況が、変わるかもしれない。
背後に住まう霊をもしも取り替えられたら、私にも……あの生徒会長と付き合うチャンスがくるかもしれない。
そんなことを考えたんです。
塩田さんは学校にこっそりと夜遅くまで残り、この美術倉庫に忍び込みました。
鏡に霊が映るのは……満月の晩。月明かりに鏡を照らすように置いて自分を映せば、霊が見えやすくなる……。そんな噂も出回っていました。
彼女はその通りに満月の晩を選び、自分の姿をこの鏡に映し出します。
特出して可愛いわけでもない自分の顔が、そこにありました。
ですがその後ろに……自分の背後、首筋あたりに、なにかが見えるのです。
まるでマフラーのように塩田さんの首に巻き付く、靄のようなものが……。
塩田さんは確信しました。
これこそが、自分の背後霊の形なのだと。自分に今取り憑いているものなのだと。
それが良いものなのか、悪いものなのかは分かりません。
けれども……自分の首に、なにか得体の知れないものが巻き付くように鏡に映っていたのだとしたら……誰だって不気味ですよね。
それに塩田さんは、自分の人生を転換させたいと願っていました。
平凡で、特出したものはなにもなく、このまま何もなく過ぎていくであろう、当たり前の人生を……変えたかったんです。
だから塩田さんは、躊躇いなく自分の首に持ってきた塩を撒きました。
そして、願ったんです。
どうか自分から離れろ。別の場所へ行け。
……心の中で、強く、何度もそう唱えました。
霊視鏡に映ったその白い靄は、塩をかけられるとまるで蒸発するように消えていきました。
瞬間、なにか自分の首や肩が軽くなったような感覚もあります。
塩田さんは思いました。
ああ、やはり霊視鏡に映っていたアレは、悪いものなのだと。
自分の人生がこんなに平凡でつまらないのも、あの白い靄が憑いていたせいなのだと。
塩田さんは満足をして、霊視鏡を元の場所へしまい、自分の家へと戻っていったそうです。
……翌日から、塩田さんの人生は、変わり始めました。
「きゃあっ!?」
朝、登校をしようと家を出た瞬間です。
彼女の目の前を、一台の車が……彼女の足先、鼻先を掠めるように通り過ぎていきました。
年配の方の運転で、ふらついていた車だったようで……あと数センチずれていたら塩田さんは、轢かれていたことでしょう。
彼女はへなへなとその場に座り込み、そして……。
こう、思ったそうです。
「……あの悪いものを取り払ったから、助かったんだわ……。……きっとあのままだったら、私、轢かれていた……」
…………。
くすくす。
それからも塩田さんには、そんな出来事が続きました。
自転車での通学中、ブレーキの効きが悪くて車道に飛び出しそうになったり。
何気なく街を歩いていれば、近くのマンションから強風で植木鉢が落ちてきて自分の目の前に落ちてきたり。
普段通り学校の階段を降りていたはずが、足を踏み外して転げ落ちて……幸い、軽い捻挫だけで済んだり……と。
……それで、塩田さんはこう思ったそうです。
「すごいわ!あの悪いものを取り払ってなければ、全部死んでしまっていたところだった……!」
…………。
くすくすくす。
彼女は、確信したんです。
自分には新しく、良い背後霊が取り憑いたのだと。
そしてその良いものが自分に幸運をもたらし、災厄から危ういところで自分の身を守ってくれているのだと。
……だから今の自分は、とても……幸せなんだって。
塩田さんはその確信を止めませんでした。
彼女は今の自分であれば、意中の彼に告白しても、受け入れられるだろうと。本気でそう信じていたみたいです。
だから……彼女は、彼に思いの丈を伝える事にしました。
時間は放課後。告白をしようか悩み、一人で教室で物思いをしていましたが……踏ん切りがついたみたいですね。
彼は、サッカー部の部活動をしているはずの時間帯です。
でも、今の自分ならば問題ない。
どんな時間でも、どんな場所でも……この幸運さえあれば、彼は私に振り向いてくれるはずだと、信じて疑いませんでした。
彼女は意気揚々と教室を出て、グラウンドへと向かうことにして……階段を駆け下りていきました。
…………。
周りの事など、何も見えていなかったんでしょうね。
どんっ。
誰かにぶつかった気がしたけれど、彼女は気にも留めませんでした。
「あっ……!あ……!ああああっ……!」
男の人の叫ぶ声が、どんどん大きくなっていきます。
続いて……。
「に、逃げろ、逃げろーーー!!」
その絶叫を聞いて、彼女は初めて…… 今自分がぶつかって通り過ぎた人達の方を、振り返りました。
階段を駆け下りようとしてぶつかったけれど気にも留めず、彼らより数段下に下がってしまった塩田さん。
塩田さんがぶつかったせいで手を滑らせ、慌てて彼女に声をかける……作業服を着た数人の男性。
そして…… それは、彼女の目の前まで迫っていました。
ローラーのついた巨大なピアノは、まるでスピードを上げていく車のように……彼女の身体を轢き、そしてそのまま彼女の身体と一緒に階段を駆け下りていき……。
そして、壁に激突しました。
ぐしゃぐしゃに壊れたのは、ピアノだけではなく……塩田さんの身体の、あちこちもそうでした。
辺りにはおびただしい量の血と、そして先ほどまで生き生きとしていた彼女かあらは到底考えられないような無残な死体がそこにあったそうです……。
―――
……音楽室のピアノ……。
昔、一度壊れてしまったみたですね。
それで、業者の人達が生徒の少ない放課後に運び出していたみたいだったんです。
まさか生徒がまだ校舎にいて、しかも階段を慎重に降ろしているその時にぶつかってくるなんて……想像もしていなかったのでしょう。
……くすくす。
本当に塩田さんは……『不幸』でしたね。
先輩も、お気づきの通りです。
塩田さんは、背後霊を霊視鏡で追い払ったことで自分が幸運になったと信じ込んでいました。
だから事故が未然に防がれ、自分は生きているのだと。本当だったら危なかったところを、助かっているのだと。
……信じ込む、という事はあまりに不思議ですよね。
客観的に聞けば、塩田さんのそれは……どう聞いても、『不幸が招かれ続けて』いるのに間違いないのに。
そうなんです。
彼女は、霊視鏡で自分を守護していた霊を追い払ってしまったんです。
それで、次に彼女に取り憑いたそれは……彼女に次々に不幸を運んでいました。
車に轢かれそうになったのも、上から何か重いものが落ちてきて危うく当たりそうになっていたのも、自転車事故を起こしそうになったのも……。
全部『たまたま』無事だっただけ。
それで今回は……その『たまたま』が起きなかった。それだけなんです。
……人間は、常になにかに護られているものなのかもしれません。
いつ死の危険が迫るかもわからない社会の中で生きながらえているのは、自分の後ろから護るなにかがいるのから、かも……。
だから、その存在にはいつも感謝をしないと。
それを見るだけならとにかく、追い払うだなんて…… くすくす。わたしなら、しませんけれどね。
これが、わたしの知っている七不思議…… この霊視鏡の噂です。
今ではこの鏡の不思議を知っている人もほとんどいなくて……一部の先生方と、わたしくらいでしょうか?
どうですか?先輩も、満月の晩に自分に取り憑いているものを……見てみたくなりましたか?
もし試してみて、それでなにか見えたのなら……わたしに、教えてくださいね。
……わたしですか?あはは、大丈夫です。
わたしは、今の生活にとても満足していますから。
わたしを護ってくれている存在がいる。そう思って、今日も幸せに生きていますよ。
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