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占い師と刑事
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闇の中から現れた声の主は、まだ若い女性だったので二人は驚く。
「えっ?」二人同時に声を出す。
それに相手はこう答えた。
「だって、あなたたち刑事さんでしょ」
二人は顔を見合わせると女性に近づく。益子君が問いかける。
「ちょっと、話を聞かせてもらえますか?」
女性は「村瀬みさと」と名乗った。目鼻立ちの整った、年齢はまだ30歳になるかならないかくらいだった。
まず、益子君が直球で聞いてみる。
「あなた、何で事件だと知っているの?」
それをみさとは簡潔に打ち返す。
「だって、私の占いに出てるもの」
「それはどういうこと?」
今度は福田君が話に入る。
「まず、私のことから説明するね。私、占い師なの。しかも、当たるって評判なのよ」
『当たる』の部分を力説する。
益子君、みさとを見て笑う。
「なるほど、名占い師さんなんだね」
みさとは当然というように大きく頷く。
「だから、事件らしいと占いに出たの。どう、当たってる?」
「占いに事件て・・出たの?」
益子君が半信半疑の表情をみさとに向ける。
それに対して当然という顔をしたみさとの答え。
「まあね」
「じゃあ、当然何の事件か分かってるんだ」
益子君の揶揄するような物言いにもケロッと答える。
「それは、分からないな」
「何の事件か分からないの?テレビで放送してたよ」
「私、テレビ見ないもの」
それに対して益子君こう畳みかける。
「街中のうわさ話になってるよ」
「うわさ話は嫌いなの」
益子君は埒があかないというように言い放つ。
「へえ、街中の世捨て人みたいだね」
「まあ、そう言う人もいるわね」
こちらはまったく動じない。
益子君、ついていけないぞと頭をかく。
「やれやれ、この会話は難航しそうだな」
それまで二人の話を聞くだけだった福田君が言葉を継ぐ。
「昨夜、この橋の下で若い男性が殺されたんです。それで、我々が捜査しているんです。何か心当たりはありませんか?」
「それがあなたたちの知りたいことだ。ほーら、私の言ったとおり、事件だったでしょ」
そう言うと首を傾げる。
「でも、まだ分からないのよ」
ここで、ふたたび益子君の出番。次のようにつっかかる。
「なにそれ?変な言い方だね。『事件?』と言ったと思ったら、『分からない』って言ったりさ。おれは意味が分からんよ。人が殺されたんだよ。知らなければ普通は、知らないって言うんじゃない?」
「だから、この先のことはこれから占いに出てくると思うのよ。だからとんがらないでよ」
みさともイラっとしたようだ。
「ふーん、ここでの事件について?」
福田君が二人の間に入り、わざとゆっくりと聞く。
「分からないけれど、私に関係すればね」
みさとはすでに気持ちを切り替えたようす。
「福田、もう行こうぜ。時間をつぶしている暇はない」
益子君は本来の職務に戻ろうとする。
「そのほうがいいわね」
福田君、心配なことを聞く。
「ところで村瀬さん、こんな人通りのない暗いところで、商売になるの?そもそも、若い女性が一人というのは物騒ですよ。殺人事件のこともあるしね」
みさと、それが普通のことというようにしれっとしている。
「それは大丈夫。だって占いに『安全』て出てるから来るんだし、『危険』て出れば来ないわ。さらにその占いに、お客さんが来てくれるってことも出るの」
益子君、この占い師ともう少し話す気になる。
「また分からないな、どういうこと?あなたの言ってる占いに出てるって、何が?」
「だから、私のようなか弱い美人が一人でいても、安心ということが私の占いに出るのよ」
今度は『美人』という部分を強調する。
分かったような、分からないような話だな。そもそも、そんなことが占いで分かるの?」
益子君、面白そうな様子。
「私への占いは当たるんだから」
少し大げさに手を広げて福田君を見る。
「それで、昨日はお客さんはいたんですか?」
ここで、福田君が重要な質問をする。
「占いでは商売にはならないって出たの。だから、私は来なかったわ」
益子君、ニヤニヤしながら突っ込む。
「当たるも八卦当たらぬも八卦ってやつか。それが商売だもんな」
「そうよ、商売になるからやってるのよ」
みさとは軽くいなす。
福田君はこの変わった占い師に最後の質問をする。
「それで、今日は営業中?」
「今来たところよ。これから始めるの」
そう言うと小さな机のろうそくに火を点ける。『占い』の文字がボーッと浮かびあがる。
ボーッとした空間に、ボーっとみさとが浮かび上がる。それでも、なにか暖かい空気がかもしだされ、二人は和やかな気持ちになる。
しかし、みさとの営業時間中、二人は付き合ったが、この日客は来なかった。みさともあきらめたのか店をたたみ始める。
「今日は、お客は来なかったみたいですね」福田君が問いかける。
「占いだから、100パーセント当たるわけじゃないのよ。今、占ったら『今日はお帰り』って出たから帰るわ」
益子君、またまぜっかえそうとする。
「なんか、屁理屈を聞かされてるみたいだな」
みさと、無言。もう相手にしないと決めたようだ。
「分かりました。あなたの連絡先を教えてください。」
福田君が手帳を取り出す。
みさと占い用の小机でメモをしたためる。
「住所はここよ」
「電話や携帯は?」
「あいにくそういうものは持ってないわ」
「携帯がないなんて、今どき珍しいね」
益子君が、また口をはさむ。
「そうかしらね」
福田君、みさとを見る。
「どうやったら連絡できますか?」
「家に来るか、営業中に会いに来て」
「僕たちの連絡先は、この名刺に書いてあります。どんなことでもいいので、通報してください」
「じゃあ、帰るわ。さよなら」
「まあ、気をつけて」
益子君がバイバイする。
「ありがとう。刑事さんもがんばって」
そう言い残すとさっさと闇の中に消えていく。
「彼女は事件については知らないようだな」
益子君が問いかけるが、福田君はみさとの去ったほうを見つめている。
「福田、おい、福田。俺たちも行ってみるか」
「ああ、そうだな」
その日は、めぼしい収穫はなかった。
翌日の捜査会議。担当の刑事が一堂に会し今までの捜査の報告と方針について打ち合わせを行う。
まず、被害者の身元確認を担当した刑事からの報告
「コンビニや街角に設置された防犯カメラのいくつかに被害者らしい男が写っています。その記録動画の時間経過から、事件現場に向かっているのが明らかとなりました。
残念ながら現場に近づくに従い、カメラの台数が減っていて、さらに悪いことに現場周辺には全く設置されていませんでした」
記録画像の時間と状況、写っている人物の姿形から被害者の可能性が大きくなり、捜査の上で進展が認められる価値あるものだった。
しかし、犯人については、被害者に結び付くような記録は見つからなかったと刑事は報告を終えた。
捜査員はみなメモをとりながら熱心に聞いている。
つぎに、別の刑事から解剖結果の報告がある。
「死亡時間は午後9時から9時30分と絞り込まれました。
凶器については、現場で考えられたように薄く、幅のない鋭い形の刃物で間違いありません。傷口から、犯人が刺した時に一度肋骨に当たり、骨に傷をつけたが、勢いはそがれず、そのまま心臓に達した。被害者は心停止で、おそらく即死だったろうとの結論です。
また、刃の進入角度とその力の強さから、犯人は男で、身長は175cm程度と推定されます。
凶器についてですが、残念ながら犯人が持ち去ったため、どんな物かまでは分かりません。しかし、市販品ではこのような刺し傷が残る刃物は該当しません。多分、犯人が自作したものと思われます」
目撃者探しについては、益子刑事や他の刑事たちの報告も芳しくなかった。
会議の結論は物盗り、行きずりの犯行、怨恨等のうちのどれとも絞り込めなかった。
今後の捜査方針は次の通りとなった。
まず、継続事項として、被害者の身元割り出しに全力を挙げる。
ついで、犯行の目撃者捜しと凶器の入手方法、さらに犯人に結び付く情報の収集と犯行の動機の解明。そのため、設置されている防犯カメラの対象をさらに広げ、写りの良い画像を印刷したものを持って聞き込みを行う。
行方不明者の情報収集や、半グレや反社会的集団を捜査対象にする。
それに加えて、一般の市民にも情報提供を求めることになった。とにかく、被害者の身元の確認は最重要事項となった。
マスコミに対しては、捜査会議の内容と市民に協力を求めることが発表された。
つづく
★この物語はフィクションです。人物や場所等が実在したとしても一切関係ありません。
「えっ?」二人同時に声を出す。
それに相手はこう答えた。
「だって、あなたたち刑事さんでしょ」
二人は顔を見合わせると女性に近づく。益子君が問いかける。
「ちょっと、話を聞かせてもらえますか?」
女性は「村瀬みさと」と名乗った。目鼻立ちの整った、年齢はまだ30歳になるかならないかくらいだった。
まず、益子君が直球で聞いてみる。
「あなた、何で事件だと知っているの?」
それをみさとは簡潔に打ち返す。
「だって、私の占いに出てるもの」
「それはどういうこと?」
今度は福田君が話に入る。
「まず、私のことから説明するね。私、占い師なの。しかも、当たるって評判なのよ」
『当たる』の部分を力説する。
益子君、みさとを見て笑う。
「なるほど、名占い師さんなんだね」
みさとは当然というように大きく頷く。
「だから、事件らしいと占いに出たの。どう、当たってる?」
「占いに事件て・・出たの?」
益子君が半信半疑の表情をみさとに向ける。
それに対して当然という顔をしたみさとの答え。
「まあね」
「じゃあ、当然何の事件か分かってるんだ」
益子君の揶揄するような物言いにもケロッと答える。
「それは、分からないな」
「何の事件か分からないの?テレビで放送してたよ」
「私、テレビ見ないもの」
それに対して益子君こう畳みかける。
「街中のうわさ話になってるよ」
「うわさ話は嫌いなの」
益子君は埒があかないというように言い放つ。
「へえ、街中の世捨て人みたいだね」
「まあ、そう言う人もいるわね」
こちらはまったく動じない。
益子君、ついていけないぞと頭をかく。
「やれやれ、この会話は難航しそうだな」
それまで二人の話を聞くだけだった福田君が言葉を継ぐ。
「昨夜、この橋の下で若い男性が殺されたんです。それで、我々が捜査しているんです。何か心当たりはありませんか?」
「それがあなたたちの知りたいことだ。ほーら、私の言ったとおり、事件だったでしょ」
そう言うと首を傾げる。
「でも、まだ分からないのよ」
ここで、ふたたび益子君の出番。次のようにつっかかる。
「なにそれ?変な言い方だね。『事件?』と言ったと思ったら、『分からない』って言ったりさ。おれは意味が分からんよ。人が殺されたんだよ。知らなければ普通は、知らないって言うんじゃない?」
「だから、この先のことはこれから占いに出てくると思うのよ。だからとんがらないでよ」
みさともイラっとしたようだ。
「ふーん、ここでの事件について?」
福田君が二人の間に入り、わざとゆっくりと聞く。
「分からないけれど、私に関係すればね」
みさとはすでに気持ちを切り替えたようす。
「福田、もう行こうぜ。時間をつぶしている暇はない」
益子君は本来の職務に戻ろうとする。
「そのほうがいいわね」
福田君、心配なことを聞く。
「ところで村瀬さん、こんな人通りのない暗いところで、商売になるの?そもそも、若い女性が一人というのは物騒ですよ。殺人事件のこともあるしね」
みさと、それが普通のことというようにしれっとしている。
「それは大丈夫。だって占いに『安全』て出てるから来るんだし、『危険』て出れば来ないわ。さらにその占いに、お客さんが来てくれるってことも出るの」
益子君、この占い師ともう少し話す気になる。
「また分からないな、どういうこと?あなたの言ってる占いに出てるって、何が?」
「だから、私のようなか弱い美人が一人でいても、安心ということが私の占いに出るのよ」
今度は『美人』という部分を強調する。
分かったような、分からないような話だな。そもそも、そんなことが占いで分かるの?」
益子君、面白そうな様子。
「私への占いは当たるんだから」
少し大げさに手を広げて福田君を見る。
「それで、昨日はお客さんはいたんですか?」
ここで、福田君が重要な質問をする。
「占いでは商売にはならないって出たの。だから、私は来なかったわ」
益子君、ニヤニヤしながら突っ込む。
「当たるも八卦当たらぬも八卦ってやつか。それが商売だもんな」
「そうよ、商売になるからやってるのよ」
みさとは軽くいなす。
福田君はこの変わった占い師に最後の質問をする。
「それで、今日は営業中?」
「今来たところよ。これから始めるの」
そう言うと小さな机のろうそくに火を点ける。『占い』の文字がボーッと浮かびあがる。
ボーッとした空間に、ボーっとみさとが浮かび上がる。それでも、なにか暖かい空気がかもしだされ、二人は和やかな気持ちになる。
しかし、みさとの営業時間中、二人は付き合ったが、この日客は来なかった。みさともあきらめたのか店をたたみ始める。
「今日は、お客は来なかったみたいですね」福田君が問いかける。
「占いだから、100パーセント当たるわけじゃないのよ。今、占ったら『今日はお帰り』って出たから帰るわ」
益子君、またまぜっかえそうとする。
「なんか、屁理屈を聞かされてるみたいだな」
みさと、無言。もう相手にしないと決めたようだ。
「分かりました。あなたの連絡先を教えてください。」
福田君が手帳を取り出す。
みさと占い用の小机でメモをしたためる。
「住所はここよ」
「電話や携帯は?」
「あいにくそういうものは持ってないわ」
「携帯がないなんて、今どき珍しいね」
益子君が、また口をはさむ。
「そうかしらね」
福田君、みさとを見る。
「どうやったら連絡できますか?」
「家に来るか、営業中に会いに来て」
「僕たちの連絡先は、この名刺に書いてあります。どんなことでもいいので、通報してください」
「じゃあ、帰るわ。さよなら」
「まあ、気をつけて」
益子君がバイバイする。
「ありがとう。刑事さんもがんばって」
そう言い残すとさっさと闇の中に消えていく。
「彼女は事件については知らないようだな」
益子君が問いかけるが、福田君はみさとの去ったほうを見つめている。
「福田、おい、福田。俺たちも行ってみるか」
「ああ、そうだな」
その日は、めぼしい収穫はなかった。
翌日の捜査会議。担当の刑事が一堂に会し今までの捜査の報告と方針について打ち合わせを行う。
まず、被害者の身元確認を担当した刑事からの報告
「コンビニや街角に設置された防犯カメラのいくつかに被害者らしい男が写っています。その記録動画の時間経過から、事件現場に向かっているのが明らかとなりました。
残念ながら現場に近づくに従い、カメラの台数が減っていて、さらに悪いことに現場周辺には全く設置されていませんでした」
記録画像の時間と状況、写っている人物の姿形から被害者の可能性が大きくなり、捜査の上で進展が認められる価値あるものだった。
しかし、犯人については、被害者に結び付くような記録は見つからなかったと刑事は報告を終えた。
捜査員はみなメモをとりながら熱心に聞いている。
つぎに、別の刑事から解剖結果の報告がある。
「死亡時間は午後9時から9時30分と絞り込まれました。
凶器については、現場で考えられたように薄く、幅のない鋭い形の刃物で間違いありません。傷口から、犯人が刺した時に一度肋骨に当たり、骨に傷をつけたが、勢いはそがれず、そのまま心臓に達した。被害者は心停止で、おそらく即死だったろうとの結論です。
また、刃の進入角度とその力の強さから、犯人は男で、身長は175cm程度と推定されます。
凶器についてですが、残念ながら犯人が持ち去ったため、どんな物かまでは分かりません。しかし、市販品ではこのような刺し傷が残る刃物は該当しません。多分、犯人が自作したものと思われます」
目撃者探しについては、益子刑事や他の刑事たちの報告も芳しくなかった。
会議の結論は物盗り、行きずりの犯行、怨恨等のうちのどれとも絞り込めなかった。
今後の捜査方針は次の通りとなった。
まず、継続事項として、被害者の身元割り出しに全力を挙げる。
ついで、犯行の目撃者捜しと凶器の入手方法、さらに犯人に結び付く情報の収集と犯行の動機の解明。そのため、設置されている防犯カメラの対象をさらに広げ、写りの良い画像を印刷したものを持って聞き込みを行う。
行方不明者の情報収集や、半グレや反社会的集団を捜査対象にする。
それに加えて、一般の市民にも情報提供を求めることになった。とにかく、被害者の身元の確認は最重要事項となった。
マスコミに対しては、捜査会議の内容と市民に協力を求めることが発表された。
つづく
★この物語はフィクションです。人物や場所等が実在したとしても一切関係ありません。
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