声を聞いた

江木 三十四

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プロローグ

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 東日本の一角にある倉里市は、人口40万人の中核市である。市の背後には「日本の背骨」と呼ばれる3000m級の山脈が連なり、そこから流れ出した河川が肥沃な大地を作り出し、太平洋に流れ込んでいる。また、歴史は古く、武士が権力を握った当時から人々が町を形成していた。そのため、市内には神社仏閣が多く、観光地として全国的に有名である。
 そんな倉里市には、中央と東の二つの警察署があり、東署に勤務しているのが、益子君と福田君の二人の同級生刑事。
 ある日、上司の山田係長から呼び止められる。
 「里見署長がお呼びだ。二人で署長室に行け」
 益子君が山田に聞く。
 「何ですか?」
 「行けば分かるさ。とても重要な仕事だそうだ」
 そう言うだけで、あとはニヤニヤ笑っている。
 署長室に二人が入っていくと、里見署長が待っていた。やはり、顔が笑っている。
 「益子と福田、お前たちに重要な命令だ」
 「はい?」
 「今度、特殊詐欺防止キャンペーンを行う。お前たちに手伝ってもらいたい」
 「何を手伝うんですか?」
 福田君の質問に里見からこう答えが返って来た。。
 「寸劇だ」
  里見はこれだけ言うとあごをしゃくる。
 「はあ。寸劇ですか?・・」
 顔を見合わせて戸惑う二人。
 「二人に協力してもらいたいそうだ。生活安全の高草木係長のところに行ってこい。 
 嬉しそうにそう言う里見を後にして、二人は生活安全課に向かう。歩きながら益子君が福田君を見る。
 「俺たちに寸劇をしろってよ?」
 「らしいな」
 高草木の所で話を聞いて二人はやっと用件を理解した。
 「話というのはな、君らにその特殊詐欺の劇をして欲しいんだよ」
 地域のお年寄りに特殊詐欺についての講習と、その後に実際の場面を想定した劇をするということらしい。
 「講習はぼくがするからな。その後、君らに寸劇をしてもらうという段取りさ。どうだい、漫才師希望だった君らにうってつけの仕事だろ。思いきり能力を発揮してもらいたいな。これはな署長命令だかんな」
 署長命令では断れず、それどころかコントと聞いてやる気になる二人だった。
 「はい」
 返事をする二人の声は嬉しそうだった。
 10日後の当日。会場の集会所には高齢者が大勢集まってきた。
 皆大声でおしゃべりをしている。
 その時、市役所が屋外に設置したスピーカーから、男性の声でお知らせが流れる。
 「こちらは、広報倉里です。今月は特殊詐欺防止月間です。不審な電話、知らない人からの電話は詐欺を疑ってみましょう。こちらは、広報倉里です」
 益子君が、福田君に向かってウインクする。
 「タイミング良く詐欺防止の放送だな」
 すると福田君が益子君に笑いかける。
 「お前と二人でこんなことやるのも久しぶりだな」 
 「高校以来じゃないか。セリフ間違えるなや」
 「お互い様だよ」
 まず、高草木が、詐欺被害について講演を行った。
 「犯人たちの手口も巧妙かつ悪質になっています。皆様もお聞きになったことがあるでしょうが、ロマンス詐欺や電話番号が+で始まるものには詐欺を疑ってください。さらに、従来の『おれおれ詐欺』もなくなった訳ではありません。最近も市内で、被害額が200万円という詐欺事件が発生しています。皆さんも騙されないように十分ご注意ください」
 高草木はそこで舞台のそでに合図を送る。
 「それでは、実際にどんなふうに詐欺が行われているのか、分かりやすく劇にしました。さっそくご覧ください」

 劇は婦警が妻、福田君が夫の高齢者世帯に、益子君扮する詐欺犯から電話がかかってくるという設定だった。最初は、寸劇のつもりがいつの間にかコントになる。まず、一緒に出演していた婦警が吹き出してしまい、真剣に見ていた観客からも笑いが起こり、ヤジが飛ぶ。
 「犯人、親が知ったら泣くぞ」
 「おーい、犯人。それじゃすぐにばれるぞ」
 「ここに座っているワカさんのほうが犯人らしいや」
 「失礼ね。あたしは女だよ」
 「女の犯人もいるんでないか?」
 会場は爆笑の渦に包まれ、一気に盛り上がった。そして、割れんばかりの拍手で幕を閉じた。
 「良ーく分かったよ。詐欺には気をつけるよ」
 「すぐに警察に電話するぞ」
 お年寄りたちの反応は上々だった。二人は汗だくになったが、熱演は報われた形になった。

 終了後、二人が小道具を片付けていると一人の男性が近づいてくる。
 「刑事さん、ちょっといいですか」
 声をかけられた福田君が振り向く。
 「はい、何でしょう?」
 「私、登坂と申します。実は・・」
 相談の内容は、最近かかってきたある電話についてだった。
 「それが怪しい電話なんです」
 それを聞いた二人が表情を引き締めると登坂が続ける。
 「3日前に男から電話があり、うちの資産や銀行の通帳について聞いてきたんです」                               
 「それで、教えたんですか?」
 福田君が聞くとこう答える。
 「いえ、最初は妻が電話に出たんです。そのうち、通帳を箪笥から出してきたので、おかしいなと私が代わったんです。そしたら、相手の男が、預金残高について聞いてきたので、何で必要なんですかと聞くと切ってしまいました」                  
 今度は、益子君が登坂に向かって説明する。
 「それは、特殊詐欺の予兆電話ですね」
 福田君、登坂に質問する。
 「他に何か言ってましたか?」    
 「名前は、確か市役所の田中と言ってましたね」 
 「危ないところでしたね。犯人がお宅にやってきたかもしれません」
 益子君がそう伝えると登坂は真剣な顔になる。
 「そう思うと怖いですね」     
 益子君がさらに続ける。
 「今後も、その男から電話があるかもしれません。その場合は、ご自分で対応せず、すぐに切ってから警察に連絡をください」
 登坂はうんうんと頷いている。
 「とにかく、騙されないように気をつけてください。私たちもすぐに調べてみます」
 登坂の住所を教えてもらい、警察からあらためて連絡すると伝える。
 そこに高草木がやって来て満足そうに二人の肩を叩く。 
 「お前たちのコントはおもしろかったよ。お年寄りの評判も上々だったぞ。次回もコンビでやってもらおうと思っているよ。山本には俺から礼を言っておくよ」
 「それは良いんですが実は・・」
 福田君の話を聞いた高草木は表情を引き締めた。
 「さっそく、効果が表れたな。市役所には誰かやっておくよ」
 それをさえぎり、益子君が高草木に提案する。
 「いえ、乗りかかった舟ですから我々が行ってきます」
 益子君の隣で福田君が頷いている。
 「じゃ、そうしてもらうか」

 二人は、さっそく倉里市役所に出向いた。総合案内で自分たちの身分と訪問の目的を伝え、担当者に取り次いでもらう。  
 応対してくれた課長の安田は用向きを聞いていたらしく、抱えて来た職員名簿を見ながら答える。
 「田中という職員は4人いますね。でも、そのうち2人は女性です」
 二人顔を見合わせ、益子君が安田に向かって言う。
 「女性は違うと思います。男性2人と話ができますか?」
 「いいですよ。呼んでまいりましょうか?」
 「お手数をおかけします」
 二人が礼を言うと安田は部屋を出ていく。
 しばらく待っていると、30代半ばと思われる男性職員を伴ってくる。
 「この者は、田中健一です。すいません、もう一人の田中はただ今、外出しております」
 紹介された田中は、ニコニコと名刺を差し出す。
 「初めまして、田中と申します」 
 差し出された名刺には、名前と係長という肩書が記載されていた。
 益子君が、詐欺の電話について説明する。
 「はあ、そんなことがあったんですね。僕の名前が使われたんですか。イヤー、参ったな。迷惑な話ですねー」
 口ではそう言ってはいるが、あまり迷惑そうではなく笑っている。               
 「まあ、犯人が使ったのは偶然かもしれませんね。田中さんはそんなに珍しい名前ではないですからね」
 益子君も笑顔で答える。
 「ドラマなんかでも、犯人の名前で『田中』なんて出てくることが多くて、外聞が悪いんですよね」
 そう言いながらも、さらに嬉しそうに手を振っている。               
 福田君、スマホを取り出すと田中に依頼する。
 「お手数ですが、あなたの声を録音させていただいても構いませんか?一応、通報者に聞いてもらいたいと思います。あくまでも任意ですから」                   
 「いいですよ。私でお役にたつのならお安い御用です」                   
 「このスマホに話してかけてください」
 田中は、エヘンと咳ばらいをして福田君に言われたセリフを言う。 
 「ご協力ありがとうございました」
 話を聞いていた安田が福田君にたずねる。
 「もう一人の田中はどうしますか?」
 「ぜひ、お会いしたいですね」
 「それでしたら、彼は午後には帰ってくると思いますから、帰り次第こちらからご連絡します」
 「ありがとうございます」
 そう言うと福田君、警察の直通電話番号を伝える。

 市役所を出ると、その足で登坂の家に向かう。市役所から車で5分ほどの住宅地にある一軒家だった。車が止まると庭にいた登坂が迎えてくれる。
 「やあ、刑事さん何か分かりましたか?」
 さっそく、録音した田中の声を聞いてもらう。                      
 「どうですか?」
 益子君が聞くと登坂は答える。          
 「う~ん、違うと思いますよ。もっと若い声だった。妻にも聞かせましょう」
 「お手数ですがお願いします」
 登坂の妻も録音を聞いた感想は同じだった。
 「違うわね、この人じゃないわね」
 夫に同意を求める。
 「うん、そうだな」 
 二人で頷いている。                       
 福田君、当然だろうなと思う。
 「そうですか。いずれにしろ、犯人はまた連絡してくるかもしれません。十分に気をつけてください」
 「分かりました。何かあったら電話します」
 二人は署に戻ると高草木に報告した。
 「そうか、手間をとらせてすまなかったな。あとはこちらで対処するよ」
 その日の午後、市役所の安田から連絡がある。もう一人の「田中」が帰ってきたというものだった。
 高草木が部下をやって話を聞いたところ、59歳と定年間近の職員だった。一応、登坂に声を聞いてもらったが、こちらは声がさらに低く該当しないとのことだった。
 このことから、警察は電話をかけてきた男は適当な名前を使って、市役所の職員を騙ったものと結論付けた。

 同じ日の夕方、市内にあるアパートで村瀬みさとが、仕事に行く準備をしている。
 「今晩のあたしの運勢を占っておかなくちゃ」
 占い師のみさとは、商売道具であるカードを机に並べる。シャッフルしたり、並べたり、めくったりしていた。5枚ほど並べるとひとりごとを言う。
 「今日は、仕事に行っても問題ない。吉だって。お金になるのかしら。そして、意外な出会いがあり、その出会いは立体的になる。フーン、なんだろこれ?」
 しばらく、カードを見ていたがこう結論する。
 「要するに、行って損はないってことね。ハイハイ、がんばりましょ」
 商売道具を携えてのほほんと部屋を出ていく。



つづく
 ★この物語はフィクションです。人物や場所等が実在したとしても一切関係ありません。 

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