ホシワタリのあなたへ

Kotoh

文字の大きさ
上 下
37 / 37
1-9: スヴィリタリフの雨(Rain of "Sebewitalif")(後編)

5.評議会プラトー支部局長は『確信の剣』に命じる

しおりを挟む
平野の国プラトーの首都、ランディニウム。この街中心部の小高い丘の上から、一際大きな施設が街を見下ろしている。

整えられた庭園では、宝石のように美しいバラが咲いている。荘厳な二重の扉を開けると、エントランス中央に大階段が見える。その三階の一角、ある執務室の前に、一組の男女が佇んでいた。

銀髪の髪をやや無造作に結んだ痩身の男。髪型は施設にやや不釣り合いであったが、コートの胸に縫われた天秤と剣の紋章は優雅であった。それが彼をこの場に相応しい存在にしている。

もう一人は背の低い少女だった。幼く、丸みを帯びた顔立ちは、十を過ぎて間もないあどけなさを感じさせる。短く整えられたダークグレーの髪には、花柄の髪飾りが刺さっている。痩身の男同様に、天秤と剣の紋章のコートを着用していた。

痩身の男がドアをノックすると、オーク材の乾いた心地よい音がした。部屋から中に入るよう声がした。真鍮の美しいハンドルをひねり、二人は恭しく入室した。

「魔術士が現れるはずだ」
執務室の奥に座る男性が、開口一番に言った。
「お仕事の話しでしょうか?局長」
痩身の男が礼儀正しく質問した。

「外行きの態度は止してくれ、ライアン。敬礼もいらない。知っての通りだ。一週間前の流星、どうやらあれが『スヴィリタリフの雨』で間違いなさそうだ」
執務室の主はそう言って立ち上がり、机の上に報告書の束を置いた。

「じゃあ遠慮無く」痩身の男、ライアンが襟を崩した。「まさか本当に起きるとは思いませんでしたね、ジェレミアスさん」
「情報提供者……やはり彼らは伝い手コンテジオ一族だったのだろう。目にするまでは私も半信半疑だったが」
ジェレミアスは戸棚を開けてワインとグラスを取り出そうとした。そしてライアンの隣の少女に気が付き「失礼、ミスリリス。ご希望はあるかな?」と優しく微笑んだ。

「ぶどうジュース。海の国ナビスで採れた、新鮮なものがいい」少女、リリスは答えた。
「こらこらリリスちゃん、わがまま言わないの!」すぐさまライアンが止めた。「すみません、教育が行き届いてなくて」

「教育?ライアン、サボって寝てばっかりじゃない。私は自分一人で勉強してるもん」リリスがライアンを睨むと、彼は静かにするように指でジェスチャーした。
「私もぶどうジュースで……。ほら、まだ仕事中ですから」ライアンが取り繕うように言った。

「しっかりしている。さすがは若き秀才だ」
ジェレミアスは二人の様子を楽しそうに見ながら、飲み物を入れた。ライアンは、彼がリリスを『天才』と言わず『秀才』と表現したことに、ジェレミアスの『らしさ』を感じ取った。

三人は応接セットに腰掛けた。

「世界が大騒ぎだ」ジェレミアスが緊張の面持ちで切り出した。「ドラゴン、シーオーグ 、セイレーン……。森の国ヴェルナルでは『妖怪』というそうだが。これまで物語の中にしかいなかったような存在が溢れかえっている。予言が正しければ、精霊だけではない。眠っていたアーティファクトや魔術が復活する可能性もある」
「報告は上がっているのですか?」ライアンが訪ねた。
「いや。まだなのかもしれないし、隠れているだけかもしれない。杞憂の可能性もある」ジェレミアスが冷静に言った。「最も恐ろしいのは、権力の座を狙い隠れていたハイエナどもだ。この世界的混乱を狩りの好機と捉えている」

ライアンは、ジェレミアスの瞳の奥で燃える炎を見た気がした。十年以上の付き合いだが、ジェレミアスのこうした性格はまったく変わっていなかった。
「苦しむのはいつも平穏に暮らす人々だ。彼らの生活は、野生の狩り場にするには素朴すぎる。我々アルマトリア評議会が目指すのは普遍的人間の権利だ」
「何をすればいいんです?」
「評議会は混乱の収拾を果たすため、すでにいくつかの方針を議決している。その一つが、出現するかもしれない魔術士の捕縛または討伐だ。ルクス=ノクタ信仰において魔術士は混乱の象徴だからな。国教によるイデオロギーの統一を図るつもりだろう。その全てに賛同できるわけではないが……」
「予言によれば、魔術士には特有のサインが現れるんでしたね。そいつらを探して連れてくれば良い訳ですね?」
「そうだ」
「抵抗されたらどうしましょう?」
ジェレミアスはライアンの瞳を見た。「君たち確信の剣ソード・オブ・コンヴィクションに依頼するというのは、そういうことだ」
「分かりました」ライアンは了解して立ち上がった。「やるだけやってみますけど、あんまり期待しないでくださいよ」

「もちろんだ、友よ」ジェレミアスは緊張を解いた。
「ほら、リリスちゃん行くよ。俺たちの仕事は分かったよね?」
「いや、全然分からない。なんか知らない単語が多すぎるし。でもジュースはまあまあ美味しかった」リリスはジュースを最後まで飲みきりながら答えた。
「部屋に戻ったら皆にも説明するから……」執務室を出たライアンの声が遠ざかった。

一人になった執務室で、ジェレミアスは窓の外を眺めた。アルマトリア連合評議会の中に、魔術士を強く警戒する勢力がいる。特にルクス=ノクタ信仰を厚く信仰する団体だ。以前から彼は、その動きに不自然さを感じていた。

『スヴィリタリフの雨』以降、多発する精霊現象的混乱の中でも、彼らだけは執拗に魔術士の危険性を訴えていた。おそらくここには何か秘密がある。

そして伝い手コンテジオの伝承。『スヴィリタリフの雨』以後、百八のかけらが世界に出現し、審判が始まるという一節。それが具体的に何であるのか、真偽すらも、今のジェレミアスには不明だった。

しかし、彼が目的とするのはそれらの真実ではない。彼にとって、真実はあくまでも利用するものにすぎない。真に目指すべきは、公平で平和な社会だった。

執務室の窓から見上げる平野の国プラトーの空は、薄暗い灰色の雲で覆われていた。時折覗く太陽の陽が、視線の先を明るく染める。だがそれもすぐに隠れてしまう。

まるでこの国の未来と同じだ、ジェレミアスはそう思った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

約束の子

月夜野 すみれ
ファンタジー
幼い頃から特別扱いをされていた神官の少年カイル。 カイルが上級神官になったとき、神の化身と言われていた少女ミラが上級神官として同じ神殿にやってきた。 真面目な性格のカイルとわがままなミラは反発しあう。 しかしミラとカイルは「約束の子」、「破壊神の使い」などと呼ばれ命を狙われていたと知る事になる。 攻撃魔法が一切使えないカイルと強力な魔法が使える代わりにバリエーションが少ないミラが「約束の子」/「破壊神の使い」が施行するとされる「契約」を阻む事になる。 カタカナの名前が沢山出てきますが主人公二人の名前以外は覚えなくていいです(特に人名は途中で入れ替わったりしますので)。 名無しだと混乱するから名前が付いてるだけで1度しか出てこない名前も多いので覚える必要はありません。 カクヨム、小説家になろう、ノベマにも同じものを投稿しています。

秋月の鬼

凪子
ファンタジー
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい
ファンタジー
 メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ  超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。  同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

黙示録戦争後に残された世界でたった一人冷凍睡眠から蘇ったオレが超科学のチート人工知能の超美女とともに文芸復興を目指す物語。

あっちゅまん
ファンタジー
黙示録の最終戦争は実際に起きてしまった……そして、人類は一度滅亡した。 だが、もう一度世界は創生され、新しい魔法文明が栄えた世界となっていた。 ところが、そんな中、冷凍睡眠されていたオレはなんと蘇生されてしまったのだ。 オレを目覚めさせた超絶ボディの超科学の人工頭脳の超美女と、オレの飼っていた粘菌が超進化したメイドと、同じく飼っていたペットの超進化したフクロウの紳士と、コレクションのフィギュアが生命を宿した双子の女子高生アンドロイドとともに、魔力がないのに元の世界の科学力を使って、マンガ・アニメを蘇らせ、この世界でも流行させるために頑張る話。 そして、そのついでに、街をどんどん発展させて建国して、いつのまにか世界にめちゃくちゃ影響力のある存在になっていく物語です。 【黙示録戦争後に残された世界観及び設定集】も別にアップしています。 よければ参考にしてください。

処理中です...