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1-9: スヴィリタリフの雨(Rain of "Sebewitalif")(後編)
3.空想上の生き物及び言語士が来た理由
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炎が上がっている。
厚く頑丈な石造りの基礎。石を埋め込んだ重厚な木造建築。精霊術で風通しを改善された煙突。山際に切り立ったこの街は、ケーブルカーを利用して垂直に広がっている。
随所に懲らされた建築と加工の技術。そこには街を作った職人の誇りが見えるかのようだった。
山の国の首都、モンタルト。経緯を込めて『山頂の冠』と呼ばれるこの街は、文字通り国の支柱であった。
その街で炎が踊っている。
各所で火の手があがり、人が逃げ惑い、砕けたガラスとガスの匂いが散乱している。
離れた丘に避難した数百の住民は、街の上空を舞う一匹の生物に見とれていた。
蛇のような首と尾。コウモリのようでありながら、分厚く力強い翼。全身を覆う鱗は、鈍い鉄のように光を放っている。翼を広げ、まるで自らの庭であるかのように悠々と空を泳ぐ姿。その全長は家屋の数倍はある。地にできた巨大な影が横切る度、モンタルトの人々は恐怖の悲鳴を上げた。
図鑑や絵本の中以外で、彼らが竜を見たのは初めてだった。山の国のみならず、アルマトリア全域で、竜は神話と空想の生き物であると思われていた。
その常識と見慣れた街並みは一夜で一変した。モンタルトに古くから住む人々にとって、その光景はまるでこの世の終わりであった。
その時、避難民の中の一人の子どもが、燃え盛る街を指さした。気付いた大人が目を凝らすと、その先には黒いローブを着た一人の女性が立っていた。
街の人々の多くが既に逃げ出している。逃げ遅れかもしれない。そこに空を飛んでいた竜がゆっくりと近づいた。その光景を見ていた人々の間に、不吉な光景が思い起こされた。「炎だ。やつはまた炎のブレスを吐き出す」見守っていた誰かがそう言った。
竜がその巨大な顎を開けた。目前には黒いローブの女性。避難民が悲鳴を上げた。炎を吐くとき、天空の王は体内でガスを混合する。その独特の刺激臭が、遠く離れた避難場所まで漂ってくるようだった。
人々は、ローブの女性が炎に包まれる、悲惨な光景を予想した。ある老婆は手を合わせ祈り捧げた。ある母親は我が子を抱きしめた。ある男性は逃げろと叫んだ。
そして……緊張を破ったのは子どもだった。
「あのお姉ちゃん、竜とお話してる」
竜がブレスを吐くことはなかった。口は閉じられ、剣のように鋭い歯は見えなくなっていた。突き出た鼻孔はゆっくりと何かを吐き出している。街の破壊者はローブの女性の正面に着陸し、その翼を丁寧に折りたたんでいた。頭を差し出すその仕草はどことなく品があった。それはまるで騎士が主に頭を垂れているかのようだった。
「竜言語士……」老人が呟いた。
モンタルトの警備兵が集まり、ローブの女性に近づき始めた。精霊術士による街の消火が始まった。
混乱は徐々に収束し始め、丘に避難していた人達も少しずつ街へ移動を始めた。移動しながら、ローブの女性や竜の正体についてあれこれ話を始めた。不安を少しでも紛らわすためだった。
どこからか情報を入手したのか、噂好き者が何やら騒ぎ始めた。
「彼女は何者だ?街をこんな目に遭わせた、その、竜なのか?竜と何か関係があるのか?」
「分からん。今取り調べを受けているようだ。聞こえたのはただ一言、『この国にあるかけらを寄越せ』と」
状況は不明だが、どうやら街の破壊は終わったらしかった。
夜空を見上げた誰かが、一つ二つの流星が流れるのを見た。しかし、ほとんどの者が竜の恐ろしさに気を取られ、流星の始まりと終わりに気が付かなかったようだ。
モンタルトの喧噪は一晩中続き、夜が明けても終わることはなかった。
厚く頑丈な石造りの基礎。石を埋め込んだ重厚な木造建築。精霊術で風通しを改善された煙突。山際に切り立ったこの街は、ケーブルカーを利用して垂直に広がっている。
随所に懲らされた建築と加工の技術。そこには街を作った職人の誇りが見えるかのようだった。
山の国の首都、モンタルト。経緯を込めて『山頂の冠』と呼ばれるこの街は、文字通り国の支柱であった。
その街で炎が踊っている。
各所で火の手があがり、人が逃げ惑い、砕けたガラスとガスの匂いが散乱している。
離れた丘に避難した数百の住民は、街の上空を舞う一匹の生物に見とれていた。
蛇のような首と尾。コウモリのようでありながら、分厚く力強い翼。全身を覆う鱗は、鈍い鉄のように光を放っている。翼を広げ、まるで自らの庭であるかのように悠々と空を泳ぐ姿。その全長は家屋の数倍はある。地にできた巨大な影が横切る度、モンタルトの人々は恐怖の悲鳴を上げた。
図鑑や絵本の中以外で、彼らが竜を見たのは初めてだった。山の国のみならず、アルマトリア全域で、竜は神話と空想の生き物であると思われていた。
その常識と見慣れた街並みは一夜で一変した。モンタルトに古くから住む人々にとって、その光景はまるでこの世の終わりであった。
その時、避難民の中の一人の子どもが、燃え盛る街を指さした。気付いた大人が目を凝らすと、その先には黒いローブを着た一人の女性が立っていた。
街の人々の多くが既に逃げ出している。逃げ遅れかもしれない。そこに空を飛んでいた竜がゆっくりと近づいた。その光景を見ていた人々の間に、不吉な光景が思い起こされた。「炎だ。やつはまた炎のブレスを吐き出す」見守っていた誰かがそう言った。
竜がその巨大な顎を開けた。目前には黒いローブの女性。避難民が悲鳴を上げた。炎を吐くとき、天空の王は体内でガスを混合する。その独特の刺激臭が、遠く離れた避難場所まで漂ってくるようだった。
人々は、ローブの女性が炎に包まれる、悲惨な光景を予想した。ある老婆は手を合わせ祈り捧げた。ある母親は我が子を抱きしめた。ある男性は逃げろと叫んだ。
そして……緊張を破ったのは子どもだった。
「あのお姉ちゃん、竜とお話してる」
竜がブレスを吐くことはなかった。口は閉じられ、剣のように鋭い歯は見えなくなっていた。突き出た鼻孔はゆっくりと何かを吐き出している。街の破壊者はローブの女性の正面に着陸し、その翼を丁寧に折りたたんでいた。頭を差し出すその仕草はどことなく品があった。それはまるで騎士が主に頭を垂れているかのようだった。
「竜言語士……」老人が呟いた。
モンタルトの警備兵が集まり、ローブの女性に近づき始めた。精霊術士による街の消火が始まった。
混乱は徐々に収束し始め、丘に避難していた人達も少しずつ街へ移動を始めた。移動しながら、ローブの女性や竜の正体についてあれこれ話を始めた。不安を少しでも紛らわすためだった。
どこからか情報を入手したのか、噂好き者が何やら騒ぎ始めた。
「彼女は何者だ?街をこんな目に遭わせた、その、竜なのか?竜と何か関係があるのか?」
「分からん。今取り調べを受けているようだ。聞こえたのはただ一言、『この国にあるかけらを寄越せ』と」
状況は不明だが、どうやら街の破壊は終わったらしかった。
夜空を見上げた誰かが、一つ二つの流星が流れるのを見た。しかし、ほとんどの者が竜の恐ろしさに気を取られ、流星の始まりと終わりに気が付かなかったようだ。
モンタルトの喧噪は一晩中続き、夜が明けても終わることはなかった。
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