ホシワタリのあなたへ

Kotoh

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1-9: スヴィリタリフの雨(Rain of "Sebewitalif")(後編)

2.森の国の童はいかにして鈴の音を聞いたか

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その男は商人だった。

荷馬車には鉄製の農具が積まれている。しかし慎重な者であれば、その奥に別の道具が隠されていることに気が付くだろう。商人は農具の他に二つの商品を扱っていた。

そこに別の男が通りかかった。

「遅い。待ちくたびれたぞ」
商人が不機嫌に話しかけた。
「失礼、道に迷って」
通りがかった男が答えた。背の高い不思議な雰囲気の男だった。木綿の着物の上に紫陽花の模様が縫われた羽織を着ている。着物は年代を感じさせたが、羽織は新しく清潔だった。腰には刀を帯びている。

「お前が用心棒だな?」
商人が懐から扇子を取り出し、顔を仰ぎながら尋ねた。
「ええ、まあ」
「よし。ではすぐに出発する」
「仕事の内容を存じません。何を何から守るので?」
「見て分からんか」
商人は荷馬車と、馬車に繋がれた人影を指さした。
「農具の積まれた馬車と、縄で繋がれた童に見えますが」
「良く見ろ」
商人は荷馬車にかかっていた幕を少しだけ上げて見せた。農具の影に隠された鉄器が、鈍い光を放った。
「剣に槍、随分な数のようで」
「そうだ」
「武器の密売は禁止では?」
「関所の役人に金を握らせる言い訳のことか?そんなものどうとでもなる。それに主力商品はこっちだ」
商人は荷馬車に縄で繋がれた子どもを睨み、足で蹴って立たせようとした。
「奴隷の子で?」
「こいつは人間じゃない。座敷童という妖怪だ」

用心棒は子どもを見つめた。歳の頃は10歳前後だろうか。黒髪は顔を隠すほど長く伸び、手入れがされていなかった。麻を雑に縫った服をまとい、腰縄で無理矢理に締められていた。裸足で地べたに座っていた。手には太い荒縄が巻かれていた。乱暴に連れ回されたのか、そこら中に痣があった。
しかし、その汚れた出で立ちにも関わらず、髪にシラミが居る様子は無かった。そこに不思議な質感のかんざしを着けている。傷があるように見えてどこからも血が出ていなかった。
人間のような姿だが、確かに人ではない様子だった。

商人は自慢気に説明を始めた。
「こんなにたくさんの妖怪をみるようになったのは、最近だ。お前も知っているだろう。何日か前に怪しい星空があったな。それ以来だ。狸やらキツネやら、そしてこんな風に人間様の姿をした化け物をみるようになったのは」

大きく出た腹を更に突き出し、商人は続けた。
「驚いたものだが、商売人にとってこれはチャンスだ。治安が悪くなったのか、武器も前より売れるようになった。極めつけはこいつだ。座敷童は珍しい『商品』でな。居着かせた家の商売が繁盛するという言われだ。金持ちの好事家によく売れる」
「商売が繁盛するならあなたが面倒をみれば?」
用心棒の言葉に商人は激昂した。
「面倒をみる?おれが?冗談じゃない、こんな汚い人間もどき、誰が付き合うものか!俺は売れるからこいつを連れ回しているだけだ」

商人は座敷童に唾を吐き、もう一度蹴りを入れた。童は吹き飛んだが、縄が腕に食い込んだ反動で戻ってきた。表情は無く、痛いのか苦しいのかも不明だった。

用心棒は黙って商人を見つめた。
「何か言いたげだな?用心棒。悪いが俺は何とも思わん。俺は精霊術も大して得意ではない。こういうやつらと上手く付き合いたいなどと思った事もない。俺が付き合いたいのは金だ。金はいい。多く持つ者が強く、金を出した者が偉い。金のない者が悪い。悪いものは何をされても文句を言えない。お前もそう思うだろう?」
用心棒は何も答えなかった。

「さあ、無駄話は終わりだ。出発するぞ。お前の働きにあった金は必ず出す。最近は野党が増えたからな。隣の町へ行くまで、この俺と商品を守れ!」

鈴のような音が響いた。用心棒だ。彼の手元から美しい音が鳴った。商人は見た。彼が刀を納刀した。聞こえたのは、鍔が鞘と当たる、その瞬間の音だ。

「確かに無駄話は終わりだ。あんたの言うとおりなら、悪いものは何をされても文句を言えない。そして人間以上に悪いものなどこの世にはいない」

商人がそれ以上、彼の言葉を聞くことはなかった。彼が刀を抜き、斬り、その刀を納めるまでの動きを、何一つ見ることができなかった。その事を理解する前に、商人の命は潰えた。遅れて舞った赤い飛沫は、まるで季節外れの彼岸花を思わせた。

「おいで」用心棒は座敷童に手を差し伸べた。
童が腕の縄を見ると、それはすでに斬られていた。

「俺の名はホシマ。用心棒だ。妖怪専門の、な。依頼主からお前さんを助けるように言われている」
「お主は人を斬るのか?」
座敷童が言った。ほとんど口を動かさない、不思議な話し方だった。
「そうだ」
「人のみか?あやかしも斬るのか?」
「昔は。でも座敷童を斬ったことはない」
「なぜ今は人を斬る?」
「仕事だから」
「それは理由ではない」
「ある時に比べた。今まで斬ってしまったものたちの命を。そして思った。どうせ斬らねばならないなら、より悪いものにしたい」
「命とはなんだ?」
「そうだな、あまり考えたことがなかった。なんだろうな」
「身勝手な」
「そうだよ、身勝手だ。でも俺は身勝手に生きると決めている。それが俺の……命だ。もう良いだろう、妖怪にまで説教されるとは思わなかったよ。依頼主のところへ帰ろう。歩けるか?」
ホシマが再度手を差し伸べたが、童はそれを取ることは無かった。

「自分で歩く」
今度は童が手を差し出した。
「草鞋を寄越せ。お主が履いているもので仕方なし。裸足で歩かせる気か?」
ホシマは渋々、童に草履を差し出した。草履を履くためにかがんだ時、童のかんざしがホシマの目に入った。
「珍しいかんざしだな」
「拾った」
「ふうん」
童の言葉に反応するように、かんざしが不思議な光を放った気がした。灰色の石のかけらを削り出したような、奇妙なかんざしだった。この国では見たことのない奇妙な材質だった。
「ところで童。名は?」
「無い。好きに呼べ」
「では、くしげという名はどうだ?良い名だろう」
「許す。呼べ」
「お前さん、なんでそんなに偉そうなの……」

ホシマとくしげが去った。
後には商人の亡骸と荷馬車の荷物が残った。その日のうちに野党が現れ、商人の身につけていた衣服と荷物は残らず剥ぎ取られた。
森の国ヴェルナルの片隅では珍しくもない光景であった。
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