ホシワタリのあなたへ

Kotoh

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1-8: スヴィリタリフの雨(Rain of "Sebewitalif")(前編)

4.魔術士

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「ルミ、君の記憶だ。『くじら歌』が魔術マギアニクスであるのか、歌を通して魔術マギアニクスが発現しているのかはまだ定かではない。しかし、きみは『くじら歌』を使用したあと、すくなくともその前後の記憶を失っている」

ルミニタが考えたくなかった事実に対し、リベルが言葉を与えた。
それでもルミニタは、どうしてもそれを否定したかった。
「でも、みんなとの思い出は私の中にある。私はちゃんと覚えている」
風が地上から空へ舞い始めた。

「ルミ、君は少なくとも二度『くじら歌』を使った。その度に君は、その後体調を崩して、一人では歩けないほどにふらふらになっていた。そしてその間の記憶が曖昧になる。思い出して。十年前に竜巻から逃げようとした時、遺跡で精霊と接触した時。時間が飛び去ったような、そんな感覚は無かった?」

ルミニタは必死に思い出した。自分の記憶が一つの直線となっていて、『ルミニタ』という存在が、人間として一貫した存在である確証を得ようと、必死に記憶を探った。

6歳の頃平野の国に来てから、遺跡で試験を受けるまでの間。遺跡で精霊と出会ってから、セロン長老たちへ会いに行くまでの間。確かに記憶が曖昧な気がした。
しかし、人間の記憶とはそういうではないだろうか?昨日食べたごはんや、話した事をうっかりと忘れていることだってあるはずだ。何がおかしいというのか。

「ないよ、私はそんなことを感じたことなんてない。覚えている。馬車のおじさんが私たちを置いて行っちゃって、怖かったけど、クララを心配させないようにしっかりしなきゃ。そう思っていた。精霊術ファズマニクスができなくて、師匠に申し訳なくなって、お詫びのクッキーを持っていたら、そんなものいらないって怒られたことも。ヘステルの作ってくれたお弁当を、桜を見ながら皆で食べたことも……」

ヘステル?その時ルミニタの言葉が詰まった。
ランディニウムへ行くことを告げた時。どうしてヘステルはあんなに冷たかったのだろう?

それは一つの可能性だった。

ランディニウムへ行くという打ち明け話。これは本当に、あの時が初めてだったのだろうか。もしあれが、既に何度もされた相談だったとしたら?二人の間でとっくに決着していた話だったとしたら。それをルミニタだけが忘れ、何度も何度も同じ話を繰り返していたのだとしたら……。

ルミニタはその場面とヘステルの気持ちを想像して、背筋が凍るようだった。
ヘステルはルミニタを不憫に思うだろうか。かわいそうだと思うだろうか。狂ってしまったと思うだろうか。きっとヘステルは、悲しい思いをしたに違い無い。だけどルミニタだけは別だ。自分がやりたいと思うことを、何度だって繰り返せば良いだけだから。二人で話した事なんて、何一つ覚えていないのだから。

不安が止まらなくなった。
記憶の中の自分が、急に他人のように感じられた。水の上に立っているかのように足元がぐにゃぐにゃした。

急な吐き気に襲われ口を押さえた。リベルが彼女の肩を抱いて支えた。

「私は魔術士なんかじゃない。そんな怖い力は持ってない。私は……!」気が付くとルミニタは叫んでいた。

彼女の声に反応するように、突風が吹いた。

僅か一瞬のことだった。草が舞い上がり、木々がたわみ、石礫が吹き上がった。
空に打ち上げられたそれらが、雨のように落下を始めた。

ぶつかる。ルミニタは反射的に目を閉じた。

転んだような感触があった。しかし痛みはなかった。

「君はルミニタ・ユミス。世界で一番大切な、たった二人の、僕の妹だ」
ルミニタが目を開けると、そこにはリベルがいた。
覆い被さるように、体全体で彼女を庇っていた。ルミニタを素早く突き飛ばし、その上に覆い被さったのだ。
リベルの額には血が滲んでいた。もう風は吹いていなかった。

「私がやったの……?リベル、ごめんなさい。ごめんなさい……」ルミニタの目から、ポロポロと涙が零れた。リベルはその手を握って、一言ずつゆっくりと、語りかけた。

「ルミ、辛い話かもしれないけど、まだ続きがある。最後まで話をしよう。大丈夫、僕が着いている」
ルミニタはリベルの胸の中で、泣きながら頷いた。

「石碑に書かれていた後半部分」

リベルはチュニックのポケットから一枚の紙を取り出した。そこにはさきほどの四行詩が書かれていた。ルミニタはもう一度、その後半部分を読んだ。

ノクタの天幕、光を隠し、
夜の大地、黒日に照らす。

求めよ、死と冷の抱擁。
喪失の呪いは破壊の恵み。
絶望の力は両刃の剣。
試練と勝利が痕跡を刻む。

「天幕、光、夜の大地」ルミニタは目に入った言葉を呟いた。くしゃくしゃになった顔でリベルを見上げた。

「閉架図書室の片隅、僕はその中である本を見つけた。それは伝い手コンテジオと呼ばれる一族について書かれていた。彼らは文字を使用せず、独自の神話を口伝するという。どこに住んでいるか、何を食べどんな風に過ごしているのか。記録はほとんど残っていない。体のどこかに太陽と月を模した入れ墨をいれていて、それが彼らの一族であることを証明する唯一の証だという。不思議な一族だけど、僕が本当に興味を持ったのは次のことだ。この伝承の名は『スビウィタリフの雨』」

「『スビウィタリフの雨』……」

「その本には、こんな風に書かれていた。『1000年に一度、天より星が降り注ぎ、百八のかけらが世界に別れる。そのかけらを巡って、世界に試練が訪れる。しかし、かけらを集めたものは、己の望みを叶えるだろう』……」

リベルはルミニタを抱き上げて、砂埃を払ってから座らせた。そしてもう一度ルミニタの手を握った。その存在を、この世に留めるかのように。

「その本がどこまで信用できるものかは分からない。でもきっと一部の真実がある。今日のこの流星がそうだ。これがその『スビウィタリフの雨』なんだ。ルミニタ、この伝承について調べよう。そして百八のかけらというのを集める。そうすればきっと、きみの魔術マギアニクスを消し去ることができる」
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