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1-8: スヴィリタリフの雨(Rain of "Sebewitalif")(前編)
3.喪失の呪い
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「呪い?その後?リベル、いったいどういうこと?」
不安が徐々に高まりつつあった。リベルはルミニタの手を優しく握った。
「ルミ、落ち着いて。大丈夫だから」
ルミニタはゆっくりと息を吸おうとした。しかし、体が強ばって、逆にむせてしまった。リベルに背中を叩かれながら、あの日のことを懸命に思い出した。
「『くじら歌』をうたって、森の精霊さん達の話を聞いた。その後、私たちはオルダーウィックへ帰った。セロンおじいさまに遺跡の報告をした。あれ?」
何かがおかしい。冷たい夜風が吹いた。夜が深まって来ている。
「ルミ、思い出して」
「私たちは精霊さん達の話を聞いて……。地下の」
地下?自分の言葉に、ルミニタは驚いた。
ルミニタの頭の霞が少しずつ晴れ、あの時の光景が蘇ってきた。
そうだ、私たちはあの後……。
「そうだ、私たちは地下の暗室へ行った。四つ葉遺跡の石造りの寺院。そこには四つの部屋と、もう一つの暗室があると聞いていた。私たちは精霊さんたちの手助けでその暗室に行った。寺院から少し離れた草むらの中。膝くらいの高さの草がたくさん生えていた。私はブーツが引っかかって、うっかり転んでしまいそうなくらいだった。リベルが私の手を取ってくれて、精霊さんが前を歩いてくれた。そのお陰で見つけられたけど、一人ではとても探せないような場所だった」
記憶が徐々に鮮明になった。まるでついこの前の出来事のように。匂いや気温まで思い出せる。
「草を避けて、土を払って、うっすらと石畳の床のようなものが見えた。精霊さん達に協力してもらって、その石の床を持ち上げた。その下には地下への階段があった。草花の青い香りの中に、古い建物のようなつんとした匂いがした。私たちはランプの明かりを頼りに、先を歩く精霊さん達の跡をついて行った。下に降りるにつれて、階段も壁も綺麗に磨かれていて、とても滑らかだった。三十歩くらい降りたその先に、二十人は入れるような空間があった。そこで私たちは……」
でも、だったらなぜ、こんなことを忘れていたのだろうか。
「僕たちはそこで古い石碑を見つけた」
そうだ。私たちは石碑を見つけた。
「詩が彫られた古い石碑だった。でも、古い文字だったから、私たちには意味が分からなかった。そうしたら、精霊さん達が、そこに何が書かれているか、私に教えてくれた。私がそれを読み上げて、リベルが手帳に書き写してくれた。その少しあと、精霊さん達は姿を消して、私たちには見ることができなくなった。オルダーウィックへ帰ったのはその後だった……」
「全てを書き写すことはできなかったけど、ルミニタが読み上げてくれた内容は次のようなものだった」
終わりなき響きへの恐怖、
神々、正す力求めん。
水のない海の秘めごと、
魔術、深淵より来たり。
人は灯台、刻まれた闇の印。
暗黒が彼らを目掛ける。
(内容を聞き取ることができなかった)
ノクタの天幕、光を隠し、
夜の大地、黒日に照らす。
求めよ、死と冷の抱擁。
喪失の呪いは破壊の恵み。
絶望の力は両刃の剣。
試練と勝利が痕跡を刻む。
「魔術……喪失の呪い……」ルミニタの背中に汗が流れた。最初は現実感の無かったこれらの言葉が、まるで力を持ったかのように、心を蝕み始めた。
「これがルミニタの力と呪いの名前。君の力は、古代より魔術と呼ばれた力。そして、『喪失の呪い』という呪いを宿している」
ルミニタは意味の分からない言葉の力に、体が震え始めた。羽織っていた上着が地面に落ちた。リベルが拾って、上着を掛け直してくれた。しかし、彼女の震えは止まらなかった。
分からない。魔術?『喪失の呪い』?それが私になんの関係があるの?
「リベル、私、よく分からないよ。私はそんな力なんて持っていない。呪いなんて持っていない」
ルミニタの気持ちに応えるかのように、周囲の草むらがざわざわと音を立て始めた。
「ルミニタ、どうか落ち着いて。僕は学院に行った当初、精霊術のことを調べていた。どうしたら精霊術を使えるようになるのか、知るために。僕らの過去や祖先が関わっているのかもしれないとも考えた。そのうちに、アルマトリアには精霊術とは異なるもう一つの力があるらしいことが分かった。学院の図書室の中の閉架室、その最も奥の、埃が積もって日が当たらないような古びた一角。そこに小さなコーナーがあった。魔術と呼ばれる力の研究だった。かつて神話の中で、使徒達に討たれた魔術士が使っていたとされる能力。闇の神ノクタから借り受けたという、禁じられた力。千年以上もまともに研究されておらず、使えるものがいるかどうかも分からないという未明の力。でも、僕はなぜかこの力が創作であるとは思えなかった。そしてこの推測は地下の石碑を見たことで確信に近づいた」
ルミニタにはだんだんと内容が理解できなくなってきた。ただ、使徒に討たれた魔術士、闇の神ノクタ、こうした単語に対する恐怖だけがわき上がった。
「なぜなら、それらの文献の中で見つけた一つの言葉が、どうしても僕の頭の中から消せなかったからだ。魔術の使用が術者に引き起こすという『喪失の呪い』。それは術者から大切なものを奪う呪いであると書かれていた」
「大切なもの、私の」
リベル、クララ、ヘステル、オルダーウィックの町の人々、美しく賑やかな川辺の光景、朝方に見える太陽の輝き、季節で彩られる美しい景色。大切なもの。
ルミニタはここに来てようやく、リベルが言おうとしていることが理解できた。そして、自分の身に起きたことも。
不安が徐々に高まりつつあった。リベルはルミニタの手を優しく握った。
「ルミ、落ち着いて。大丈夫だから」
ルミニタはゆっくりと息を吸おうとした。しかし、体が強ばって、逆にむせてしまった。リベルに背中を叩かれながら、あの日のことを懸命に思い出した。
「『くじら歌』をうたって、森の精霊さん達の話を聞いた。その後、私たちはオルダーウィックへ帰った。セロンおじいさまに遺跡の報告をした。あれ?」
何かがおかしい。冷たい夜風が吹いた。夜が深まって来ている。
「ルミ、思い出して」
「私たちは精霊さん達の話を聞いて……。地下の」
地下?自分の言葉に、ルミニタは驚いた。
ルミニタの頭の霞が少しずつ晴れ、あの時の光景が蘇ってきた。
そうだ、私たちはあの後……。
「そうだ、私たちは地下の暗室へ行った。四つ葉遺跡の石造りの寺院。そこには四つの部屋と、もう一つの暗室があると聞いていた。私たちは精霊さんたちの手助けでその暗室に行った。寺院から少し離れた草むらの中。膝くらいの高さの草がたくさん生えていた。私はブーツが引っかかって、うっかり転んでしまいそうなくらいだった。リベルが私の手を取ってくれて、精霊さんが前を歩いてくれた。そのお陰で見つけられたけど、一人ではとても探せないような場所だった」
記憶が徐々に鮮明になった。まるでついこの前の出来事のように。匂いや気温まで思い出せる。
「草を避けて、土を払って、うっすらと石畳の床のようなものが見えた。精霊さん達に協力してもらって、その石の床を持ち上げた。その下には地下への階段があった。草花の青い香りの中に、古い建物のようなつんとした匂いがした。私たちはランプの明かりを頼りに、先を歩く精霊さん達の跡をついて行った。下に降りるにつれて、階段も壁も綺麗に磨かれていて、とても滑らかだった。三十歩くらい降りたその先に、二十人は入れるような空間があった。そこで私たちは……」
でも、だったらなぜ、こんなことを忘れていたのだろうか。
「僕たちはそこで古い石碑を見つけた」
そうだ。私たちは石碑を見つけた。
「詩が彫られた古い石碑だった。でも、古い文字だったから、私たちには意味が分からなかった。そうしたら、精霊さん達が、そこに何が書かれているか、私に教えてくれた。私がそれを読み上げて、リベルが手帳に書き写してくれた。その少しあと、精霊さん達は姿を消して、私たちには見ることができなくなった。オルダーウィックへ帰ったのはその後だった……」
「全てを書き写すことはできなかったけど、ルミニタが読み上げてくれた内容は次のようなものだった」
終わりなき響きへの恐怖、
神々、正す力求めん。
水のない海の秘めごと、
魔術、深淵より来たり。
人は灯台、刻まれた闇の印。
暗黒が彼らを目掛ける。
(内容を聞き取ることができなかった)
ノクタの天幕、光を隠し、
夜の大地、黒日に照らす。
求めよ、死と冷の抱擁。
喪失の呪いは破壊の恵み。
絶望の力は両刃の剣。
試練と勝利が痕跡を刻む。
「魔術……喪失の呪い……」ルミニタの背中に汗が流れた。最初は現実感の無かったこれらの言葉が、まるで力を持ったかのように、心を蝕み始めた。
「これがルミニタの力と呪いの名前。君の力は、古代より魔術と呼ばれた力。そして、『喪失の呪い』という呪いを宿している」
ルミニタは意味の分からない言葉の力に、体が震え始めた。羽織っていた上着が地面に落ちた。リベルが拾って、上着を掛け直してくれた。しかし、彼女の震えは止まらなかった。
分からない。魔術?『喪失の呪い』?それが私になんの関係があるの?
「リベル、私、よく分からないよ。私はそんな力なんて持っていない。呪いなんて持っていない」
ルミニタの気持ちに応えるかのように、周囲の草むらがざわざわと音を立て始めた。
「ルミニタ、どうか落ち着いて。僕は学院に行った当初、精霊術のことを調べていた。どうしたら精霊術を使えるようになるのか、知るために。僕らの過去や祖先が関わっているのかもしれないとも考えた。そのうちに、アルマトリアには精霊術とは異なるもう一つの力があるらしいことが分かった。学院の図書室の中の閉架室、その最も奥の、埃が積もって日が当たらないような古びた一角。そこに小さなコーナーがあった。魔術と呼ばれる力の研究だった。かつて神話の中で、使徒達に討たれた魔術士が使っていたとされる能力。闇の神ノクタから借り受けたという、禁じられた力。千年以上もまともに研究されておらず、使えるものがいるかどうかも分からないという未明の力。でも、僕はなぜかこの力が創作であるとは思えなかった。そしてこの推測は地下の石碑を見たことで確信に近づいた」
ルミニタにはだんだんと内容が理解できなくなってきた。ただ、使徒に討たれた魔術士、闇の神ノクタ、こうした単語に対する恐怖だけがわき上がった。
「なぜなら、それらの文献の中で見つけた一つの言葉が、どうしても僕の頭の中から消せなかったからだ。魔術の使用が術者に引き起こすという『喪失の呪い』。それは術者から大切なものを奪う呪いであると書かれていた」
「大切なもの、私の」
リベル、クララ、ヘステル、オルダーウィックの町の人々、美しく賑やかな川辺の光景、朝方に見える太陽の輝き、季節で彩られる美しい景色。大切なもの。
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