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1-7: 星の夜の告白(Magianicus)
2.家族の形(2)
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何故このタイミングでこあったのか,それともこの疑問を意図的に閉じ込めていたのか,16歳の彼女にはまだ自分の心が分からなかった。ただその時は,大事な事なのですぐに言わなくてはならないと思った。
「ヘステル,あのね」
「ほらほら,おしゃべりなら料理をしながらしようじゃないの!手を洗ったら,そこのお野菜を取ってくれる?畑から取れたばかりだよ!」
「私ね,ホシワタリになりたいの。論文も書いたの。精霊術はまだまだ使えないけど,きっと学べることがたくさんあるの。それでね,ランディニウムへ行って勉強したいんだ」
ヘステルはエプロンで手を拭きながら「そうかい」と言った。「早く手を洗っちゃいな」
「それで,ヘステルに書いてもらわないといけない書類がたくさんあるんだ。論文を書くの,すごく大変だったんだよ。私こんなに勉強を頑張ったの初めて!ええと,書類はね,身元の証明証とか旅行の証明証とか,あとなんだっけ」
ルミニタは手帳を出してその内容を目で追った。「そうそう,学業証明証……これは師匠にサインをもらうんだった。そういえば,師匠ってアヤメさんって言うんだって」
ヘステルはルミニタには答えず,自分でジャガイモを取って,黙って皮をむき始めた。
ルミニタはヘステルの態度を見て,何かを言わなければならないと思った。しかし何を言うべきなのかが分からなかった。ゆえに,言えることを全部言おうとした。
「ランディニウムでは,リベルのお部屋に一緒に泊めてもらおうと思うの。ちょっと狭くなっちゃうからリベルには悪いけど。未だ見たことはないけど,きっと本でいっぱいなんだと思う。ヘステルもそう思うでしょ?」
ヘステルは答えなかった。
ルミニタは困って,ふと暖炉の上を見た。そこには小さな頃,ルミニタが途中まで書いて断念した小説や,クララがどこからか拾ってきた謎の石が飾ってあった。
子どもの頃のお宝達は,いつからかずっと,暖炉の上が指定席だった。
「お金も必要みたいだけど心配ないよ。私,平野の国の孤児基金のお金,全部取っておいてるし。成績が良ければ奨学金もあるみたいだし」
「あんたなんか,絶対無理に決まってるよ」
ヘステルの声ははっきりとしていて,端的だった。いつもの,暖炉で燃える火のような明るさや楽しさは,そこには無かった。ルミニタが今まで聞いた事の無いような声色だった。
ルミニタは一瞬何を言われているのか混乱した。ヘステルの言葉が文字と単語になって,ルミニタの頭の中を駆け巡った。そのうちに顔が熱くなって,この場には居られないと思った。
「泣こうが何しようが,あんたには無理だよ」
ヘステルはもう一度言った。
そのままじゃがいもの皮むきに戻り,手早く2個3個と作業を進めた。
嗚咽が漏れそうになる中,ルミニタはかろうじて「そうかな?」の一言を絞り出した。声が小さかったのでヘステルに聞こえたかどうかは分からなかった。
そのまま二階に駆け上がって,自分の部屋に滑り込み,ベッドに飛び込んだ。そのまま声を殺して泣いた。部屋の外に声が漏れないよう,枕に顔を押しつけた。
キッチンには野菜の皮むきをするヘステルだけが残っていた。
ルミニタが自室のドアを閉める勢いで,壁に掛けられていたフライパンやオレガノが僅かに揺れていた。
暖炉の上には,小説と石が静かに佇んでいた。
***
夕方になると,出かけていたクララとリベルが戻ってきた。
いつのまにか晩ご飯の時間になった。ルミニタは自室でモヤモヤした想いに苛まれていた。キッチンに降りたくないと言う気持ちと,リベルやクララに心配をかけてはいけないという気持ちが,繰り返し心で戦った。結局,彼女は一階へ降りて皆と夕食の席についた。
ジャガイモとカブの暖かいスープに,たっぷりとハーブが入っていた。
一口飲んだが,ルミニタはほとんど味を感じなかった。それでも彼女は忙しくスプーンを動かした。いつも通り振る舞おうとした。
「クララは今日,どこへ行っていたの?」リベルがスープをよそいながら尋ねた。クララの二杯目の分だった。
「師匠のところで新作の絵を描いていた。でもマジでやばい」クララがスープ皿を受け取りながら答えた。
「塗料を作るのが超面倒くさい。墨っていうのだけど。それを磨るので一日が終わる。精霊術の修行よりきつい。もう無理。止めたい」
「墨って?どんなものなんだい?」ヘステルがスプーンでジャガイモを崩しながら聞いた。
「黒くて固いの。牛のウンコみたい」クララが指で四角形を作りながら言うと,リベルがすかさず「こら,食事中だよ」と注意した。クララはヘステルと一緒になって笑った。ルミニタも無理矢理に笑って見せた。
何事も無かったかのように夕食は終わった。
次の日も同じように過ぎた。
その次の日になると,ルミニタの部屋の机に,いつのまにか書類が置かれていた。全てにヘステルのサインがされていた。
キッチンでの一件以来,ルミニタがランディニムへ行く話は話題に上がることはなかった。
彼女の心に棘を残したまま,そのまま何日か過ぎた。
サイラスが言っていた,流星群の日になった。
「ヘステル,あのね」
「ほらほら,おしゃべりなら料理をしながらしようじゃないの!手を洗ったら,そこのお野菜を取ってくれる?畑から取れたばかりだよ!」
「私ね,ホシワタリになりたいの。論文も書いたの。精霊術はまだまだ使えないけど,きっと学べることがたくさんあるの。それでね,ランディニウムへ行って勉強したいんだ」
ヘステルはエプロンで手を拭きながら「そうかい」と言った。「早く手を洗っちゃいな」
「それで,ヘステルに書いてもらわないといけない書類がたくさんあるんだ。論文を書くの,すごく大変だったんだよ。私こんなに勉強を頑張ったの初めて!ええと,書類はね,身元の証明証とか旅行の証明証とか,あとなんだっけ」
ルミニタは手帳を出してその内容を目で追った。「そうそう,学業証明証……これは師匠にサインをもらうんだった。そういえば,師匠ってアヤメさんって言うんだって」
ヘステルはルミニタには答えず,自分でジャガイモを取って,黙って皮をむき始めた。
ルミニタはヘステルの態度を見て,何かを言わなければならないと思った。しかし何を言うべきなのかが分からなかった。ゆえに,言えることを全部言おうとした。
「ランディニウムでは,リベルのお部屋に一緒に泊めてもらおうと思うの。ちょっと狭くなっちゃうからリベルには悪いけど。未だ見たことはないけど,きっと本でいっぱいなんだと思う。ヘステルもそう思うでしょ?」
ヘステルは答えなかった。
ルミニタは困って,ふと暖炉の上を見た。そこには小さな頃,ルミニタが途中まで書いて断念した小説や,クララがどこからか拾ってきた謎の石が飾ってあった。
子どもの頃のお宝達は,いつからかずっと,暖炉の上が指定席だった。
「お金も必要みたいだけど心配ないよ。私,平野の国の孤児基金のお金,全部取っておいてるし。成績が良ければ奨学金もあるみたいだし」
「あんたなんか,絶対無理に決まってるよ」
ヘステルの声ははっきりとしていて,端的だった。いつもの,暖炉で燃える火のような明るさや楽しさは,そこには無かった。ルミニタが今まで聞いた事の無いような声色だった。
ルミニタは一瞬何を言われているのか混乱した。ヘステルの言葉が文字と単語になって,ルミニタの頭の中を駆け巡った。そのうちに顔が熱くなって,この場には居られないと思った。
「泣こうが何しようが,あんたには無理だよ」
ヘステルはもう一度言った。
そのままじゃがいもの皮むきに戻り,手早く2個3個と作業を進めた。
嗚咽が漏れそうになる中,ルミニタはかろうじて「そうかな?」の一言を絞り出した。声が小さかったのでヘステルに聞こえたかどうかは分からなかった。
そのまま二階に駆け上がって,自分の部屋に滑り込み,ベッドに飛び込んだ。そのまま声を殺して泣いた。部屋の外に声が漏れないよう,枕に顔を押しつけた。
キッチンには野菜の皮むきをするヘステルだけが残っていた。
ルミニタが自室のドアを閉める勢いで,壁に掛けられていたフライパンやオレガノが僅かに揺れていた。
暖炉の上には,小説と石が静かに佇んでいた。
***
夕方になると,出かけていたクララとリベルが戻ってきた。
いつのまにか晩ご飯の時間になった。ルミニタは自室でモヤモヤした想いに苛まれていた。キッチンに降りたくないと言う気持ちと,リベルやクララに心配をかけてはいけないという気持ちが,繰り返し心で戦った。結局,彼女は一階へ降りて皆と夕食の席についた。
ジャガイモとカブの暖かいスープに,たっぷりとハーブが入っていた。
一口飲んだが,ルミニタはほとんど味を感じなかった。それでも彼女は忙しくスプーンを動かした。いつも通り振る舞おうとした。
「クララは今日,どこへ行っていたの?」リベルがスープをよそいながら尋ねた。クララの二杯目の分だった。
「師匠のところで新作の絵を描いていた。でもマジでやばい」クララがスープ皿を受け取りながら答えた。
「塗料を作るのが超面倒くさい。墨っていうのだけど。それを磨るので一日が終わる。精霊術の修行よりきつい。もう無理。止めたい」
「墨って?どんなものなんだい?」ヘステルがスプーンでジャガイモを崩しながら聞いた。
「黒くて固いの。牛のウンコみたい」クララが指で四角形を作りながら言うと,リベルがすかさず「こら,食事中だよ」と注意した。クララはヘステルと一緒になって笑った。ルミニタも無理矢理に笑って見せた。
何事も無かったかのように夕食は終わった。
次の日も同じように過ぎた。
その次の日になると,ルミニタの部屋の机に,いつのまにか書類が置かれていた。全てにヘステルのサインがされていた。
キッチンでの一件以来,ルミニタがランディニムへ行く話は話題に上がることはなかった。
彼女の心に棘を残したまま,そのまま何日か過ぎた。
サイラスが言っていた,流星群の日になった。
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