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1-6: 伝い手(Contezio)
4.リュカ・アルベルティ
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サイラスが部屋の窓から彼女の走り去る様子を眺めていると、階段の床板が軋む心地よい音が鳴った。ノックと共に入ってきたのは、明るい茶色の髪をした少年だった。両手には、彼の体が隠れる程の大きさの紙袋を持っている。その中から固めに焼かれた大きなパンが顔を出していた。
少年は持っていた荷物をテーブルの上に置いた。袖の長い麻のチュニックとゆったりとしたズボンを履き、小さな貝殻で作られたネックレスをしている。夏の海のように青い瞳には、今は少しだけ不機嫌の色が見えた。
「買ってきましたよ、先生のお気に入りのパン。もう、次からは自分で買いに行きましょうよ!歩いて行くのはちょっと遠いんですよ!」少年はサイラスを睨んだが、あどけない顔立ちはむしろ、彼の可愛さを引き立てているようだった。
「ご苦労だった」サイラスは紙袋の中身を確かめながら言った。
「僕、そろそろお魚の料理が食べたいな。故郷では、新鮮で酸っぱいトマトと、お魚の塩漬けをオイルで和えて、パンと一緒に食べるんですよ。この国のお料理はあまり味がしないからなあ……あんまり慣れないなぁ」
「素材の味を楽しむことを知らないとは、だから子どもだと言われるのだ」サイラスは紙袋から水の入った瓶を取り出した。戸棚からグラスを二つ用意して水を注ぎ、片方を少年に渡した。
「失礼なことを仰いますね!プラトーは斬新なお料理が多すぎますよ。この前だって僕、びっくりしましたよ、あの甘くてしょっぱいプリン」リュカをもらった水を飲みながら答えた。
「ところでリュカ、出立の日が決まった。予定通り7日後、我々はここを出る」
「ええ!もうですか?」少年、リュカ・アルベルティは悲しみに眉をひそめた。
「早く出たいんじゃなかったのか?」
サイラスは紙袋の中のパンを一通り検分して、満足そうに言った。「やはりあの店のパンは素晴らしい」
「お料理が苦手なだけです。僕、この国自体はとっても好きですよ!小さくてかわいい家とか、突然かみついてくるリスとか」
「そうか」
「ここを出ると言うことは、お仕事は終わったんですか?」
「まあな」
「あの女の子はホシワタリになれそうなんですか?」
「さあ」
「かわいい子でしたね」
「興味ない」
「失礼ながらサイラス先生は、女性におモテにならないでしょうね、絶対に」
「ランディニウムに居る仲間から情報が入った」
サイラスはリュカの軽口には答えず、話を続けた。リュカは「こうやって自分の言いたい事しか言わないんだから」と小声で付け加えた。
「評議会で『対魔術対応における国家の自治的対応方針』が議決された。歴史的・精神的整合性評議会……」
「今は確か、もっと分かりやすい名前になっていたような気がしますね。ええと」リュカは数秒考えてから思い出した。「確か『確信の剣』」
「それだ。危機への柔軟な対応という建前が、権力の手綱を巧みに緩める。私たちにも、じきに追っ手が来る。『確信の剣』、かつての遺物の国の忌み子、その一人がな」
「ええ、そんなぁ……」リュカはその少年のような顔を歪め、しおれたような声を出した。
「やつらは対異端者専門の実行部隊、始末も請け負う武闘派だ。7日後、すぐに出発するぞ。我々も危うい」
「危うい?」
その時、リュカの持っていたグラスが小刻みに震え始めた。中に入っていた水に破門が広がり波を打ち始めた。振動はサイラスのグラスにも広がり、まだ水が残っていた瓶をも揺らし始めた。
「先生は、僕が彼らに遅れを取る,その可能性があると?」
言葉と共に振動の波紋が広がった。窓が震え丈夫な木の枠を鳴らし始めた。まるで台風の日に雨が打ち付けているかのように、部屋全体を揺らし始めた。
瓶の中の水が渦を巻き始めた。その渦が自らを収める瓶を砕かんばかりに回転しだした瞬間、リュカのグラスが割れ、中の水が床に零れた。
「あ、すみません。やっちゃった」
リュカが床の掃除を始めると、サイラスのグラスも瓶も、全ての振動が収まった。砕けたグラスと零れた水以外、まるで何事もなかったかのように、静かになった。
「指を怪我するなよ」サイラスがリュカを手伝い、ガラス片を丁寧に集め始めた。「こういう所が危ういと言うのだ。誰もお前が国の犬程度にやられる等とは思っていない」
サイラスはこの後も説教を続けた。少年はもう一度「すみません」と謝りつつも、(先生はこういう風にネチネチとしつこいから、異性にモテないんだろうなぁ)と別の事を考えていた。
「ところで先生」大方の片付けが終わった後、リュカは子どものような無邪気さで、不思議そうに尋ねた。
「何故彼女に教えてあげなかったんですか?本当のことを」
リュカが床を拭くためにチュニックの裾を捲ると、そこから腕に刻まれた模様が現れた。天体を模した入れ墨だった。
少年は持っていた荷物をテーブルの上に置いた。袖の長い麻のチュニックとゆったりとしたズボンを履き、小さな貝殻で作られたネックレスをしている。夏の海のように青い瞳には、今は少しだけ不機嫌の色が見えた。
「買ってきましたよ、先生のお気に入りのパン。もう、次からは自分で買いに行きましょうよ!歩いて行くのはちょっと遠いんですよ!」少年はサイラスを睨んだが、あどけない顔立ちはむしろ、彼の可愛さを引き立てているようだった。
「ご苦労だった」サイラスは紙袋の中身を確かめながら言った。
「僕、そろそろお魚の料理が食べたいな。故郷では、新鮮で酸っぱいトマトと、お魚の塩漬けをオイルで和えて、パンと一緒に食べるんですよ。この国のお料理はあまり味がしないからなあ……あんまり慣れないなぁ」
「素材の味を楽しむことを知らないとは、だから子どもだと言われるのだ」サイラスは紙袋から水の入った瓶を取り出した。戸棚からグラスを二つ用意して水を注ぎ、片方を少年に渡した。
「失礼なことを仰いますね!プラトーは斬新なお料理が多すぎますよ。この前だって僕、びっくりしましたよ、あの甘くてしょっぱいプリン」リュカをもらった水を飲みながら答えた。
「ところでリュカ、出立の日が決まった。予定通り7日後、我々はここを出る」
「ええ!もうですか?」少年、リュカ・アルベルティは悲しみに眉をひそめた。
「早く出たいんじゃなかったのか?」
サイラスは紙袋の中のパンを一通り検分して、満足そうに言った。「やはりあの店のパンは素晴らしい」
「お料理が苦手なだけです。僕、この国自体はとっても好きですよ!小さくてかわいい家とか、突然かみついてくるリスとか」
「そうか」
「ここを出ると言うことは、お仕事は終わったんですか?」
「まあな」
「あの女の子はホシワタリになれそうなんですか?」
「さあ」
「かわいい子でしたね」
「興味ない」
「失礼ながらサイラス先生は、女性におモテにならないでしょうね、絶対に」
「ランディニウムに居る仲間から情報が入った」
サイラスはリュカの軽口には答えず、話を続けた。リュカは「こうやって自分の言いたい事しか言わないんだから」と小声で付け加えた。
「評議会で『対魔術対応における国家の自治的対応方針』が議決された。歴史的・精神的整合性評議会……」
「今は確か、もっと分かりやすい名前になっていたような気がしますね。ええと」リュカは数秒考えてから思い出した。「確か『確信の剣』」
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「ええ、そんなぁ……」リュカはその少年のような顔を歪め、しおれたような声を出した。
「やつらは対異端者専門の実行部隊、始末も請け負う武闘派だ。7日後、すぐに出発するぞ。我々も危うい」
「危うい?」
その時、リュカの持っていたグラスが小刻みに震え始めた。中に入っていた水に破門が広がり波を打ち始めた。振動はサイラスのグラスにも広がり、まだ水が残っていた瓶をも揺らし始めた。
「先生は、僕が彼らに遅れを取る,その可能性があると?」
言葉と共に振動の波紋が広がった。窓が震え丈夫な木の枠を鳴らし始めた。まるで台風の日に雨が打ち付けているかのように、部屋全体を揺らし始めた。
瓶の中の水が渦を巻き始めた。その渦が自らを収める瓶を砕かんばかりに回転しだした瞬間、リュカのグラスが割れ、中の水が床に零れた。
「あ、すみません。やっちゃった」
リュカが床の掃除を始めると、サイラスのグラスも瓶も、全ての振動が収まった。砕けたグラスと零れた水以外、まるで何事もなかったかのように、静かになった。
「指を怪我するなよ」サイラスがリュカを手伝い、ガラス片を丁寧に集め始めた。「こういう所が危ういと言うのだ。誰もお前が国の犬程度にやられる等とは思っていない」
サイラスはこの後も説教を続けた。少年はもう一度「すみません」と謝りつつも、(先生はこういう風にネチネチとしつこいから、異性にモテないんだろうなぁ)と別の事を考えていた。
「ところで先生」大方の片付けが終わった後、リュカは子どものような無邪気さで、不思議そうに尋ねた。
「何故彼女に教えてあげなかったんですか?本当のことを」
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