ホシワタリのあなたへ

Kotoh

文字の大きさ
上 下
21 / 37
1-6: 伝い手(Contezio)

3.あの日の顛末(2)

しおりを挟む
「なんだ、自分たちの師匠の名前も知らなかったのか?彼女の名はアヤメ・ブラッケン。プラトーの管理局には登録しかしていないようだが、まあそれなりに名の知れた精霊術士だ」
ルミニタは初耳だった。
「それから旅行許可証。オルダーウィックからランディニウムまでに使用する交通手段と旅行目的をできるだけ正確に記載し、成人の保護者と君の署名を添える。次に願書。ランディニウムに行った後、もし万が一、ホシワタリの認定仮定へ進むことができれば、君は専門のアカデミーに通うことになる。そのためのものだ。ちなみにその際は志望動機書の提出と面談があるので、今のうちに準備をしておくように」

「許可証?動機書?ええと、ちょっと待ってください」
師匠の本名を知った衝撃が冷める間もなかった。ルミニタは使い古した手帳になんとかメモをしながら、疲れが倍になるような気分を味わった。あれほど苦労して終えた論文の後に、さらにまだ作文があったとは……。

「次。経済的支援の証明書。幸運にもきみがアカデミーに通うことになった場合、当面の生活費と学費を支払わねばならない。飢えて死なないことを約束する書類だ。つまり養母であるヘステル・ユミス氏の資産状況と財産目録だが……」

「お金は……あります。孤児への支援金をいだたいているので」
「そうか」
サイラスは少しの間沈黙して、部屋の額縁に飾られていた古い絵画を眺めた。

「後は健康証明書。きみの病歴や、伝染病の罹患経験の有無だ。この村のお医者様に頼めば良い」
「それは大丈夫です!私、体だけはとっても丈夫なので!」ルミニタは、やっと自分の強みが来たと言わんばかりに答えた。
サイラスはダークブラウンの瞳で、一瞬だけルミニタの目を見つめてから「必要な書類は概ね以上だ」と言った。

「サイラスさん……あの」ルミニタは恐る恐る言った。「どうもありがとうございました」
「何が?」
「論文のご指導から、申し込みの手続きまで教えていただいて」
「私は昔、セロン長老にお世話いただいた。そのお返しであって君のためではない」
「でも……」
「せっかくだから言わせてもらうが、私はきみに同情したわけでもないし、ホシワタリになってもらいたいわけではない。きみに……きみたちに現実を知らせたいだけだ。精霊現象を侮り、または不用意に精霊へ接触し、危険に遭う者が毎年大勢居る。そうしたバカどものために、私は調査官として呼び出しがかかるのだ。まったく、非常に困ったものだよ!ホシワタリの認定考査は、試験であると同時に精霊現象の基本的知識を身につける場でもある。世の中の有象無象と同じことをしないよう、そこでせいぜい社会の厳しさについて勉強してきたまえ」
サイラスは早口に捲し立てた後、咳払いをして興奮を抑えた。
「……その基本的知識には精霊現象への対処法も含まれる。その中には、知覚能力が不十分な者向きへの対応訓練もある。君たちにとって無用なものではないだろう」
そう言ってサイラスは窓の近くまで歩きルミニタに背を向けた。

サイラスの表情が見えなくなった代わりに、ルミニタは机の上に無造作に摘まれた本を見た。どれも難解な専門書ばかりだった。その中の一つに『天体の力学と地上の影響』という題名があった。
「星を研究されているんですか?」
「それはただの趣味だ」サイラスは振り返らずに言った。「子どもの頃から今まで続いている、ただの趣味だ」
サイラスのそう言って振り返り、右頬にある小さな傷跡に触れた。

「興味があるのか?」
「はい。名前や星座は詳しくないですけど。この村に来た最初の頃は、まだ余り馴染めなくて。夜にクララとリベルと三人で丘の上に行って、ずっと空を見上げてました」
「そうだな。遙かに素敵だろう……人間や精霊の相手をするより、星を相手にしている方が」サイラスはそう言って小さく笑った。
「星のことばかり追いかけていた。俺も……」
皮肉な物言いだったが、その顔はいつもより楽しげだった。ルミニタは彼の顔から、ほんの少しだけ、優しげな空気を感じ取った。

「君はアルマトリアのルクス=ノクタ信仰については知っているな?」サイラスは姿勢を正し唐突に尋ねた。
「はい……、ええと」ルミニタは以前リベルに教わった物語を思い出しながら答えた。「闇の神ノクタの力を受け継いだ魔術師を、光の神ルクスの使わした12人の使徒様が、精霊術と神器で打ち破ったというお話しですね。現在のアルマトリアを治める5つの大国は、使徒様たちの血を引く末裔だと言われています」
「優秀なお兄さんだ。私がこの村に来た理由は、捜査官としての仕事とは別にもう一つある。それがこれだ」
サイラスはルミニタに一枚の紙を見せた。見る限りそれは四行詩のようだった。

「これは山の国ペトロで発見された石版に書かれた詩の一部、それを写したものだ。その石版は世界の各地で15年ほど前から発見され始めた。評議会はそれをロゼッタシリーズと名付けている」
「……?」ルミニタは突然の話題に首を傾げた。
「今ここで見る必要はない。そうだな、後で君の優秀なお兄さんに見せてあげるといい。きっと喜ぶだろう」

含意は分からなかったが、ルミニタはその紙を受け取った。
「それから、今日からちょうど七日後の夜、世界各地で大きな流星群が見られる。首都ランディニウムの星読み士の予測によるものだ。この村からはきっと美しい景色が見られる。お兄さんと一緒に観測にでかけると良い。良い思い出になるだろう」
サイラスはそう言って、机の上の書類の片付けを始めた。話はもう終わりだという合図のようだった。

「色々とありがとうございました」ルミニタは丁寧に頭を下げた。
「礼は不要。きみがもしホシワタリとして活動を始めるのであれば、どこかでまた合うかもしれないな。達者で」
ルミニタは頭を下げて部屋を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

約束の子

月夜野 すみれ
ファンタジー
幼い頃から特別扱いをされていた神官の少年カイル。 カイルが上級神官になったとき、神の化身と言われていた少女ミラが上級神官として同じ神殿にやってきた。 真面目な性格のカイルとわがままなミラは反発しあう。 しかしミラとカイルは「約束の子」、「破壊神の使い」などと呼ばれ命を狙われていたと知る事になる。 攻撃魔法が一切使えないカイルと強力な魔法が使える代わりにバリエーションが少ないミラが「約束の子」/「破壊神の使い」が施行するとされる「契約」を阻む事になる。 カタカナの名前が沢山出てきますが主人公二人の名前以外は覚えなくていいです(特に人名は途中で入れ替わったりしますので)。 名無しだと混乱するから名前が付いてるだけで1度しか出てこない名前も多いので覚える必要はありません。 カクヨム、小説家になろう、ノベマにも同じものを投稿しています。

秋月の鬼

凪子
ファンタジー
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい
ファンタジー
 メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ  超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。  同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...