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1-6: 伝い手(Contezio)
2.あの日の顛末(1)
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「これが推薦状だ。私とセロン長老2名分の署名がある。学院は形式に五月蠅い。くれぐれも無くさないように」
サイラスはまるで試験の教官のように、きびきびと言った。
ここは「小鳥の泊まり場」、サイラスの部屋だった。
それほど広い部屋ではなかったが、使い込まれたワードローブや調度品がセンス良く配置されている。
大きめに作られた窓からは、昼下がりの暖かい陽がさんさんと注いでいた(宿のご主人は、「窓がたくさんあるせいで税金が高くなったよ!」と先日ぼやいていた)。そこからは村の景色と、綺麗に手入れされたハーブガーデンが見える。
ルミニタは、いつか家族でこの宿に泊まってみたいと、小さな時から思っていた。
サイラスは何日も前からここに宿泊していだが、ルミニタからすると、荷物が少ないように見えた。代わりに、机の上には無造作に山積みされた本がある。彼の学者気質を表しているようで、ルミニタは少し面白かった。
部屋には四柱式のベッドが二台ある。部屋の隅には、サイラスの荷物とは別に、小さくまとめられた鞄があった。その上には貝殻で作られたアクセサリーのようなものが置かれていた。同居人の荷物だろうか?ルミニタはまだ会ったことがなかった。
サイラスが推薦状を取り出すのを見て、ルミニタは本来の目的を思い出した。そして、ホシワタリを目指すという実感が次第に沸いてくるのが分かった。この署名を受け取るまでの日々を思い出し、彼女は思わず涙を流しそうになった。
二人が長老の家で報告をしたあの後、サイラスはすぐに地方の司法局へ状況報告を行った。
セロン長老は村の大人たちで集会を開き、遺跡について自治的に管理するための組合とルールを作り、詳細な状況が分かり次第地方議会へ報告を行うことになった。
二人がこうした動きをする間も、ルミニタは森の精霊の話を何度も報告に行っていた。内容が変わるわけでもなく、同じ話が何度も繰り返されるので、サイラスは最終的に「もういい、分かった」と根を上げた。
ルミニタが「本当ですか?」と詰め寄ると、サイラスは「少なくとも君のしつこさについてはな。これ以上の注釈は不要だ」と答えた。
「地方監視員が遺跡の森周辺の巡回を行うこととなった。時間はかかるかもしれないが、違法伐採のような動きがあればすぐに分かるだろう。要件によっては中央裁判所へ訴状が出される。あとは大人に任せると良い」
後にサイラスからこの言葉を聞いて、ルミニタは漸く安心した。森で出会った彼らの姿を思い浮かべ、彼らの幸せを願った。
その後はルミニタの論文執筆の日々だった。ホシワタリになるための訓練を受けるだけでも、受験資格として実績(論文)と推薦状が必要だったためだった。
四つ葉遺跡の歴史的経緯を記録した資料をランディニウムから取り寄せ、事実関係をまとめ、文章にするまで何日もかかった。
「この結論はきみでなくとも書けるな。まったく独自性がない。そもそも先行研究は調べたのか?この結論が何に貢献するのか、ちっとも言語化できていない」
草稿ができてからも、サイラスのこのような執拗な指摘が続いた。細かい誤字の指摘や資料の引用誤りも含め、ルミニタは何度草稿を書き直したか覚えていなかった。
儀式が終わった後、ランディニウムへ戻る予定だったリベルも、予定を変更し精査に付き合っていた。
ルミニタは、サイラスから厳しい指導があると決まってリベルに相談した。そうした時、リベルは夜にお茶を煎れてくれたり、愚痴に付き合ってくれたり、様々な方法でルミニタを支えた。
ルミニタがあまり愚痴を言いすぎると、リベルは静かに怒り出すこともあった。一度は、「やつめ、次ルミに何かしたら、川に沈めてやろうか……」等と言い出すこともあった。冗談か本気か分からなかったので、それ以来ルミニタは愚痴を控えるようにしていた……。
こうしたやりとりが何日も続き、いよいよルミニタは論文を完成させ、晴れてセロン長老とサイラス調査官から推薦状をもらう運びとなった。
(これでいよいよホシワタリを目指すことができる……。)着実に歩みを進めているという実感が、ルミニタを高揚させた。
「それからこれが追加の必要書類だ」
サイラスはそれまでと変わらない様子で淡々と述べた。
「出生証明書または身元証明書。君は幼い頃に平野の国へ引き取られたとのことだから、公的な出生証明は難しいかもしれない。この書類に身元引受人のヘステル・ユミス氏の署名を書いてもらうこと。続いて学業証明書。本来、君たちくらいの子どもは公的な教育を受ける義務がある。精霊術の基礎的な訓練を受けたことを、師であるアヤメ・ブラッケン氏に一筆書いてもらいたまえ」
「出生……え?まだやらなきゃいけないことがあるんですか?それに、アヤメ・ブラッケンさん?」
ルミニタは薄緑色の目を忙しく瞬きした。
サイラスはまるで試験の教官のように、きびきびと言った。
ここは「小鳥の泊まり場」、サイラスの部屋だった。
それほど広い部屋ではなかったが、使い込まれたワードローブや調度品がセンス良く配置されている。
大きめに作られた窓からは、昼下がりの暖かい陽がさんさんと注いでいた(宿のご主人は、「窓がたくさんあるせいで税金が高くなったよ!」と先日ぼやいていた)。そこからは村の景色と、綺麗に手入れされたハーブガーデンが見える。
ルミニタは、いつか家族でこの宿に泊まってみたいと、小さな時から思っていた。
サイラスは何日も前からここに宿泊していだが、ルミニタからすると、荷物が少ないように見えた。代わりに、机の上には無造作に山積みされた本がある。彼の学者気質を表しているようで、ルミニタは少し面白かった。
部屋には四柱式のベッドが二台ある。部屋の隅には、サイラスの荷物とは別に、小さくまとめられた鞄があった。その上には貝殻で作られたアクセサリーのようなものが置かれていた。同居人の荷物だろうか?ルミニタはまだ会ったことがなかった。
サイラスが推薦状を取り出すのを見て、ルミニタは本来の目的を思い出した。そして、ホシワタリを目指すという実感が次第に沸いてくるのが分かった。この署名を受け取るまでの日々を思い出し、彼女は思わず涙を流しそうになった。
二人が長老の家で報告をしたあの後、サイラスはすぐに地方の司法局へ状況報告を行った。
セロン長老は村の大人たちで集会を開き、遺跡について自治的に管理するための組合とルールを作り、詳細な状況が分かり次第地方議会へ報告を行うことになった。
二人がこうした動きをする間も、ルミニタは森の精霊の話を何度も報告に行っていた。内容が変わるわけでもなく、同じ話が何度も繰り返されるので、サイラスは最終的に「もういい、分かった」と根を上げた。
ルミニタが「本当ですか?」と詰め寄ると、サイラスは「少なくとも君のしつこさについてはな。これ以上の注釈は不要だ」と答えた。
「地方監視員が遺跡の森周辺の巡回を行うこととなった。時間はかかるかもしれないが、違法伐採のような動きがあればすぐに分かるだろう。要件によっては中央裁判所へ訴状が出される。あとは大人に任せると良い」
後にサイラスからこの言葉を聞いて、ルミニタは漸く安心した。森で出会った彼らの姿を思い浮かべ、彼らの幸せを願った。
その後はルミニタの論文執筆の日々だった。ホシワタリになるための訓練を受けるだけでも、受験資格として実績(論文)と推薦状が必要だったためだった。
四つ葉遺跡の歴史的経緯を記録した資料をランディニウムから取り寄せ、事実関係をまとめ、文章にするまで何日もかかった。
「この結論はきみでなくとも書けるな。まったく独自性がない。そもそも先行研究は調べたのか?この結論が何に貢献するのか、ちっとも言語化できていない」
草稿ができてからも、サイラスのこのような執拗な指摘が続いた。細かい誤字の指摘や資料の引用誤りも含め、ルミニタは何度草稿を書き直したか覚えていなかった。
儀式が終わった後、ランディニウムへ戻る予定だったリベルも、予定を変更し精査に付き合っていた。
ルミニタは、サイラスから厳しい指導があると決まってリベルに相談した。そうした時、リベルは夜にお茶を煎れてくれたり、愚痴に付き合ってくれたり、様々な方法でルミニタを支えた。
ルミニタがあまり愚痴を言いすぎると、リベルは静かに怒り出すこともあった。一度は、「やつめ、次ルミに何かしたら、川に沈めてやろうか……」等と言い出すこともあった。冗談か本気か分からなかったので、それ以来ルミニタは愚痴を控えるようにしていた……。
こうしたやりとりが何日も続き、いよいよルミニタは論文を完成させ、晴れてセロン長老とサイラス調査官から推薦状をもらう運びとなった。
(これでいよいよホシワタリを目指すことができる……。)着実に歩みを進めているという実感が、ルミニタを高揚させた。
「それからこれが追加の必要書類だ」
サイラスはそれまでと変わらない様子で淡々と述べた。
「出生証明書または身元証明書。君は幼い頃に平野の国へ引き取られたとのことだから、公的な出生証明は難しいかもしれない。この書類に身元引受人のヘステル・ユミス氏の署名を書いてもらうこと。続いて学業証明書。本来、君たちくらいの子どもは公的な教育を受ける義務がある。精霊術の基礎的な訓練を受けたことを、師であるアヤメ・ブラッケン氏に一筆書いてもらいたまえ」
「出生……え?まだやらなきゃいけないことがあるんですか?それに、アヤメ・ブラッケンさん?」
ルミニタは薄緑色の目を忙しく瞬きした。
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