ホシワタリのあなたへ

Kotoh

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1-4: 現れ(phenomenon)

4. 報告

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「ルミニタ、よく帰ってきた。まずは無事な顔を見せておくれ」
セロン長老はゆっくりと、それでいてよく響く声で言った。少なくとも齢90を越えると言われているが、正確な年齢はオルダーウィックのほとんどの住人が知らない。
「恐れ入ります、おじいさま」ルミニタは長老の前に膝をつき恭しく頷いた。そしてセロンの手を取って自らの頬にあてた。リベルも同じ事をした。
長老は二人を優しく抱きかかえた。ヤナギを思わせる懐かしい香りが仄かに感じられた。
四つ葉遺跡でのルミニタの成人の儀から既に一日半が経過していた。儀を終えオルダーウィックへ帰還したルミニタとリベルは、その顛末について報告するためセロンの家を訪ねた所だった。
「子らよ。超常に見えたと聞く。危険に気が付かず申し訳なかった」
長老はルミニタとリベルへ顔を向けた。セロンは既にほとんどの視力を失っているという。しかしその灰色の瞳は心まで見通しているようだった。
「怪我が無いようで本当に良かった。大凡は伺っておる。詳細を話してくれんか」
「もちろんです、おじいさま」ルミニタは服の襟を正し、四つ葉遺跡で遭遇した存在について話した。

「十中八九、森に住む精霊だが……」
報告が森で出会った存在について触れると,立ち会っていた師匠が呟いた。
「外見ですね」
青白い顔をした、痩身で背の高い男が言葉を引き継いだ。オルダーウィックではあまり見ない刺繍のマントを羽織っており、裾から見える左手の甲には、月を模したであろう文様が見える。鋭い瞳は、知的というよりも抜け目ない光を放ち、どことなく近寄りがたい雰囲気であった。
ルミニタの不思議そうな視線に気付いた男は、口の端を少しだけ上げて会釈した。
「サイラスと申します、お嬢さん。先日よりセロン長老にお世話になっています。……つまりですね、我々の知る精霊の姿は、大きく分けて三つの分類があります。人間に似た姿、野生の動物に似た姿、人と動物の特徴を持つ姿。あなた達が出会った存在の外見的特徴は、どれとも異なっているようだ。お嬢さんのお話が本当ならですが」
「それはディオニスの『精霊全書』に基づく分類だろう? 三十年近く前の著作だし、調査記録が平野の国の精霊に偏っているという批判もある」師匠が反論した。
「なるほど、森の国ヴェルナルの精霊術者らしいご意見だ。これまで同遺跡で同様の精霊を発見したという報告や記録は?」
「……ないな」師匠はサイラスに目を併せず言った。
「未知の精霊の発見。これは驚くべきことだ。お嬢さん、あなたは非常に優秀な精霊術士と見た」
「えへへ……」ルミニタはサイラスの嫌味に気が付かず顔を赤くした。
「これまであなたが見てきた精霊とはどのような違いがありましたか?」
「私は……精霊を見たことはありません。これまで一度も」
「一度も? ではなぜ森で出会ったものらが精霊だと?」
「あの、丸くてかわいくて、私のイメージしていた精霊とそっくりだったので」
サイラスが一瞬驚きの表情を見せた後、大きな声で笑った。
「本件の報告はそのことについてです」リベルが割って入ると、サイラスは値踏みするようにリベルを見つめた。セロン長老は「皆、少し落ち着きなさい」と場を諫めてから、リベルに続きを促した。

「四つ葉遺跡に現れた存在、私たちはこれを四種で一つの精霊であったと考えます」
サイラスは改めてリベルを正面から捉え、小さく「ほう」と言った。
「遺跡で精霊と交信したのはルミニタです。しかし報告は私から致します。より客観的な報告を行うためです。さて、遺跡で精霊に遭遇した精霊達は、確かに希有な姿でしょう。私自身もルミニタと同様に精霊の知覚が不得手です。しかし、既存の資料や記録は見られます。私の知る限り、本件存在と似た姿の記載はありませんでした(ディオニスの『精霊全書』は私も読みました)。そこで私は師匠の力を借り、森の国ヴェルナルの民話研究の文献を見せていただきました。果たして、私たちは類似した姿を見つけることができました。『妖怪』という精霊です」
「それらが森の国ヴェルナルの精霊だとして、他国の精霊がなぜ平野の国プラトーに? 精霊の多くは土着であり、その土地の風土に結びついたものだ。風や水等の自然現象、植物や動物、鉱石等の自然物が精霊を生む」
森の国ヴェルナルは歴史的に我が国と縁の深い国です。ご存じの通り、森の国ヴェルナルと我が国の海洋貿易が本格化するおよそ250年前、我が国には200本余りの桜の木が贈答されています。いわゆる”桜の円卓会議”と呼ばれる通商会談です。オルダーウィックにもそのうちの数十本が植樹されており、毎年の春には見事な花を咲かせています。精霊はその土地の”風土”に根付くものだとすれば、森の国ヴェルナルの植物が根付きつつあるこの地に森の国ヴェルナルの精霊が現れたとして不思議は無いでしょう」
リベルはサイラスの人となりを見て、あえて平野の国プラトーを"我が国"と呼んだ。サイラスが黙ってリベルの話を聞いているのを見て、効果があったと解し話を続けた。
「遺跡に現れた存在が森の国ヴェルナルの精霊だとすれば、それら生む自然現象ないし自然物があるはず。外見的な特徴を振り返ってみましょう。姿の大小はあれど、それらの外見は四種ほどに分類することができます。黄色の頭と緑色の嘴を持つもの、蔓のような鞭を持つ筒状のもの、オレンジ色の球体、巨大な白い円柱」

「まるで化け物の類いだ」サイラスは額に指を当てた。
リベルがルミニタに視線を送ると、ルミニタは無言で頷いてから話を始めた。
「そんなことはありません。よく見るととてもかわいい子達でしたよ。小さな手足を一生懸命動かして……。怖い物ではありません。それは私たちがよく見る植物たちです。精霊さんたちにお許しを得て、遺跡の森からいただいてきました。時期的にとても数が少なくなっていたので」
ルミニタは鞄から一輪の花を差し出した。白い花びらの中央に、鮮やかな黄色い副花冠がささやかに乗っている。小さな花弁を守るように緑色の葉が力強く直立していた。水仙だった。

「黄色い頭と緑の嘴の鳥さんは水仙の精霊。蔓をくるくると巻いた緑の子はキュウリの精霊、オレンジ色のころころした子はカボチャ、白くて大きい子はカブ。あの子達はきっとお花と野菜から生まれたんです」
ルミニタの言葉にすぐに答える者はいなかった。ルミニタの花に視線が集まっている。
「水仙、キュウリ、カボチャ、カブ、これらは全て特定の季節になる植物たちです。つまり遺跡に現れた子達は"四季の精霊"です」
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