ホシワタリのあなたへ

Kotoh

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1-3: 四つ葉遺跡(Fourfold Grove)

1. 静謐

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ルミニタの成人の儀当日となった。日が上がる前の早朝、ルミニタとリベルは出発した。

二人を見送るため、ヘステル、クララ、そして師匠が村の出口まで来ていた。クララは時折目をこすり、今にも立ったまま寝てしまいそうな様子だった。

「ルミニタ、本当に大丈夫? 忘れ物はない? お弁当やハンカチ、地図にコンパス、全部持った? セロン長老への挨拶は?」
「リベルが村に来た最初の日に、二人で一緒に行ったよ。もう、何度話したと思ってるの、へステル」ルミニタは優しく言った。ヘステルは二人を引き留める理由を、思いつく限りで言おうとしているようだった。
「まぁいいじゃないか、ヘステルさん。私の国では『若い時旅をせねば老いての物語がない』というよ。土産話を楽しみに待とう」師匠が宥めるとヘステルは漸く落ち着き、二人は出発することとなった。

オルダーウィックから北へ、徒歩で一時間程度進む。ここは通称"四つ葉遺跡"の森と呼ばれている。
静謐な森だった。オルダーウィックで見るよりも細く、背の高い緑樹が周囲を囲んでいる。
ルミニタはその内の一本の木に手で触れた。僅かにひんやりとした冷たさを感じたが、同時にまるで何千年も前からそこにあるような存在感が伝わってきた。

二人は森の中へ慎重に歩みながら、ゆっくりと呼吸した。すると、体の中から指先まで清廉な空気が巡り、全身が澄み渡っていくような気持ちに包まれた。
「すごい、私にも分かる。とても神聖な気持ち……」ルミニタは自然と呟いていた。
風に吹かれると古木の葉が静かに歌うように騒めき、その合間には鳥のさえずりが賑やかに響き渡った。足元を見ると、ブルーベル、サクラソウ、スミレなど季節の花々が鮮やかに咲いている。

二人は時折、森の中の小さな清流で喉を潤しながら、森の中をゆっくりと進んだ。間もなく木立が開けた場所にたどり着き、ルミニタはそこに広がる光景を見て息を飲んだ。
それはまるで石で作られた寺院のようだった。ルミニタの三倍から四倍の背の高さを持つ石造りの寺院は、静謐な森を背景に神秘的な存在感を放っていた。寺院の柱には細かな彫刻が施されており、ルミニタはその内容を確かめようと近づいた。装飾を施された大きな円と、その周囲に小さな鳥のような図柄が掘られている。近づくにつれ、その模様がいかに複雑に掘られたものであるかが明らかになり、ルミニタは目眩を起こしそうになった。
石造りの寺院の入り口を覗くと、中央に通路があり、左右に二つずつ、計四つの部屋が見えた。
「四つ葉遺跡……四つの部屋……」ルミニタは一人で呟きながら周囲を歩いた。「もう一つ、どこにある暗室を含めると、全部で五つの部屋があるんだね」ルミニタの独り言が寺院内に反響し、まるで何人もの人々が囁き合っているかのように響いた。

一通り遺跡の外観を調べた後、ルミニタとリベルは少し離れた場所でキャンプの準備を始めた。
「あれは何を書いたものなんだろう?」
ルミニタは岩窟の柱の一つを見ながらリベルに聞いた。
「学院でもまだよく分かってないみたいだね。平野の国プラトーの宗教的建築なら、ルクス=ノクタ信仰に関連している可能性が最も高いはずだけど。アルマトリアの国々が今の形になる前……かつての大融合戦争より前に作られたものかもしれない、そういう説もあるよ」
ルミニタは腕を組んで何度も頷いた。
「私、この場所のこと、とても好きになれそう。静かで、とても清らかな気持ちになれる。見たことのない景色、未知の建造物……昔の人はどんな気持ちでこの建物を造ったんだろう?」
目を輝かせてしゃべるルミニタを見て、リベルにも自然と笑みが零れた。

リベルはポケットから懐中時計を取り出して時計盤を眺めた。
「ルミ、今日の僕は同行者だよ」
「うん! 儀式の準備を始めるね」
ルミニタは跳ねるように答えた。
「今ならきっと……」
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