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1-2: 蜂蜜色の村(Alderwick)
3. 川辺
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キッチンではヘステルが待ち構えていた。フライパンとヘラを構えている。お菓子づくりはまだ途中だった。それ知ってクララはがっかりと項垂れた。
二人がお菓子を作っている間に、リベルは用事を済ませることにした。リベルは長老セロンと「師匠」に挨拶へ行くと二人に告げ、家を後にした。
オルダーウィックの中央を通る川沿いを歩いていると、子どもたちの姿が見えた。素足で川に入っている。小石を集めて積み上げたり、間に合わせの釣り竿ではしゃいだりしていた。
「おどりゃこのクソガキが!川にゴミを捨てるんじゃないよ!」声の方向を見ると、杖を振り上げる老婆がいた。
「やばい!マーラ婆だ!」子どもたちが悲鳴を上げた。
「私はね、あんたたちみたいに小さい頃からこの川と一緒に育った。時々、川の精霊の声が聞こえたり、姿が見えたりするんだよ。この川を大切にしていれば、私たちは病気になることもないし、麦が不作になることもないんだ。分かるかい?」マーラは素早く子どもたちの逃げ道を塞ぎ、説教を始めた。
「でも俺、まだ川の精霊とか見たことないし」
「川にゴミは捨てないけど、うちのお父さんこの前風邪引いてたよ」
「俺は未だ良く分かんないけど、向かいの家の兄ちゃんがこの前強そうな精霊を見たって言ってた!」
「マジで!?すげえ」
「どれくらい強そうだった!?」
「親父の10……1,000……1万26倍くらい強そうだった!」
「ヒュー!やるぅ!」
子どもたちは次々に口答えした。
「精霊が見えないのは、あんたたちに敬いが足りないから。自然を大切にして、あと数年もすれば見たり聞いたりできるようになるはずさ。さ、川の掃除をするんだよ!遊びの続きはそれから!」すかさず、マーラが話題を戻した。
「ババア、ごめんなさい」子どもたちが口を合わせた。
「誰がババアだ! それに謝るのは私にじゃないよ! 分かるね?」
「はーい」やる気の無い返事をではあったが、子どもたちは川のゴミを片付け始めた。
リベルが更に進むと、川縁の椅子に座り絵を描いている男性の姿があった。芥子色の髪の毛を束ね、インクや絵の具が跳ねた服を着ている。「こんにちは、サディアスさん」
リベルの挨拶に画家は微笑んだ。彼はリベルらより十年早くこの村に移住し、以来オルダーウィックの様々な風景を描いていた。
キャンパスを覗くと、中央からやや右側に桜の木あった。その周りに飛び交う不思議な光の線が、淡く繊細な水彩の筆致で描かれていた。
その向こう、川にかかる石造りの橋では、若い夫婦が手を繋いで歩いていた。この村に唯一ある宿に止まっている観光客だろう。
橋の麓には木製の小さな社が建てられていた。中には人間を象った小さな石像が備えられている。
通りがかった老夫婦が、石像の前に置かれた石皿の上に、一房の果物と一輪の花を添えた。そのまま跪き祈りを捧げていた。彼らはフェントン夫妻の呼び名で親しまれている。このお祈りは彼らの日課だった。
リベルはこの村で育った日々の事を思い返していた。
十年前、孤児であったリベルらが村に来ても、嫌な顔をする村人は一人も居なかった。まるで最初からこの村の仲間であったかのように優しく、時に厳しく受け入れてくれた。今では、リベルにとっても村の人々の顔と名前はほぼ全員一致するようになった。孤児であったリベルら兄妹にとって、この村は唯一故郷と呼べる存在であるのかもしれない。
その一方で、この村をどこか遠くに感じてもいた。この村に長く住み、村の人達に愛着を持つ程、その感情は不思議な輪郭を強めていく。
リベルはサディアスの描いた桜の絵画を思い返した。光の帯に包まれる桜。彼らには何が見えているのだろう。
「故郷……」
空へ登る朝日の光が、川の流れに反射されゆらゆらと輝いた。朝のオルダーウィックの風景を美しく煌めかせていた。
二人がお菓子を作っている間に、リベルは用事を済ませることにした。リベルは長老セロンと「師匠」に挨拶へ行くと二人に告げ、家を後にした。
オルダーウィックの中央を通る川沿いを歩いていると、子どもたちの姿が見えた。素足で川に入っている。小石を集めて積み上げたり、間に合わせの釣り竿ではしゃいだりしていた。
「おどりゃこのクソガキが!川にゴミを捨てるんじゃないよ!」声の方向を見ると、杖を振り上げる老婆がいた。
「やばい!マーラ婆だ!」子どもたちが悲鳴を上げた。
「私はね、あんたたちみたいに小さい頃からこの川と一緒に育った。時々、川の精霊の声が聞こえたり、姿が見えたりするんだよ。この川を大切にしていれば、私たちは病気になることもないし、麦が不作になることもないんだ。分かるかい?」マーラは素早く子どもたちの逃げ道を塞ぎ、説教を始めた。
「でも俺、まだ川の精霊とか見たことないし」
「川にゴミは捨てないけど、うちのお父さんこの前風邪引いてたよ」
「俺は未だ良く分かんないけど、向かいの家の兄ちゃんがこの前強そうな精霊を見たって言ってた!」
「マジで!?すげえ」
「どれくらい強そうだった!?」
「親父の10……1,000……1万26倍くらい強そうだった!」
「ヒュー!やるぅ!」
子どもたちは次々に口答えした。
「精霊が見えないのは、あんたたちに敬いが足りないから。自然を大切にして、あと数年もすれば見たり聞いたりできるようになるはずさ。さ、川の掃除をするんだよ!遊びの続きはそれから!」すかさず、マーラが話題を戻した。
「ババア、ごめんなさい」子どもたちが口を合わせた。
「誰がババアだ! それに謝るのは私にじゃないよ! 分かるね?」
「はーい」やる気の無い返事をではあったが、子どもたちは川のゴミを片付け始めた。
リベルが更に進むと、川縁の椅子に座り絵を描いている男性の姿があった。芥子色の髪の毛を束ね、インクや絵の具が跳ねた服を着ている。「こんにちは、サディアスさん」
リベルの挨拶に画家は微笑んだ。彼はリベルらより十年早くこの村に移住し、以来オルダーウィックの様々な風景を描いていた。
キャンパスを覗くと、中央からやや右側に桜の木あった。その周りに飛び交う不思議な光の線が、淡く繊細な水彩の筆致で描かれていた。
その向こう、川にかかる石造りの橋では、若い夫婦が手を繋いで歩いていた。この村に唯一ある宿に止まっている観光客だろう。
橋の麓には木製の小さな社が建てられていた。中には人間を象った小さな石像が備えられている。
通りがかった老夫婦が、石像の前に置かれた石皿の上に、一房の果物と一輪の花を添えた。そのまま跪き祈りを捧げていた。彼らはフェントン夫妻の呼び名で親しまれている。このお祈りは彼らの日課だった。
リベルはこの村で育った日々の事を思い返していた。
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その一方で、この村をどこか遠くに感じてもいた。この村に長く住み、村の人達に愛着を持つ程、その感情は不思議な輪郭を強めていく。
リベルはサディアスの描いた桜の絵画を思い返した。光の帯に包まれる桜。彼らには何が見えているのだろう。
「故郷……」
空へ登る朝日の光が、川の流れに反射されゆらゆらと輝いた。朝のオルダーウィックの風景を美しく煌めかせていた。
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