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1-2: 蜂蜜色の村(Alderwick)
2. クララ(1)
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リベルがドアを開けると、甘く柔らかい不思議な香りが広がった。懐かしい自宅の匂い。それは晴れの日の春を思わせる。
キッチンには見慣れた二人がいた。
「クララ! 小麦粉はもっと丁寧に素早くかき混ぜるんだよ! のんびりやるとダマになっちゃうからね!」大柄な女性がテキパキと指示を出すと、クララはのんびりと「はーい」と答えた。
「まったく、なんなのこの燃えさしは!全然火が付かないじゃないの! ヘイ!ヘイ!ヘイ!精霊様!びびってんのかい!」
大柄な女性が火かき棒で火床を叩いた。
「ヘステル、窓を開けて見よう。最近の研究では、火付けには風と空気の精霊が重要と言われている。薪が少し固まりすぎているかも。中に空洞ができるよう積み重ねよう」
リベルは火種の様子を見ながら、大柄な女性、ヘステルに向かって穏やかに話しかけた。
「おやおやリベル!もう帰っていたんだね。やだよこの子は、こんなに早い時間に帰ってきて。まだまだご飯の準備が終わってないよ!」ヘステルはリベルを力一杯抱きしめた。
「部屋に荷物を置いてきな。それともご飯にする?お菓子をつくっているからね。クララ、リベルの荷物を持ってお上げ!小麦粉を混ぜ終わったらね」
ヘステルがまくし立てると、クララは調理中のボウルを放り出して駆け寄ってきた。そのままリベルの胸に顔を埋め、子犬のように鼻先を擦り付けた。
「顔についた小麦粉を拭いたね?」リベルの言葉にクララは「へへへ」と笑った。
「こら、クララ!小麦粉がきちんと混ざってないよ!」
ヘステルは大きな声で注意したが、その顔はどこか楽しげで、怒っているようにはちっとも見えなかった。
リベルとクララは二階の自室へ向かった。クララは彼の荷物の内、最も軽そうなものを持って、着いてきた。
「ねえねえ、リベル、今回はどれくらいこっちに居られるの?」
「ルミニタの儀式が終わるまでだから……7日間くらいかな」
「ふーん」部屋に到着すると、クララはじっと顔を見つめてきた。
「ねえリベル、恋人はできた? 向こうには、おしゃれでかわいい子がたくさんいるんでしょ?」
クララは姉であるルミニタと同じ、薄緑色の瞳をしている。彼女の心の動きと共に、その瞳はほんの小さな輝きの変化を起こす。
「できないよ、クララ。まだ半年しか経っていないし、僕はアルマトリアの歴史を勉強するために行ってるんだ」リベルは荷物の片付けを始めた。
「恋だって人間の歴史だよ」クララはリベルのリュックに入っていた本をパラパラと捲った。
「いいよね、都会には素敵な人や楽しいことがたくさんあって、勉強もできる学校もあるから」
リベルは少し考えてから手を止めた。
「最近はどんな絵を描いているの?」
「興味有る?」
「最近益々上手になっているからね」
「本当に本当?」
「本当」
何度か繰り返すと、クララは満足したように笑った。
「最近ね、油を燃やしてできた煤を塗料にしているの。それを筆で描く。羊とか、川とか。師匠から教わったんだ。そんなに見たいならしょうがないなぁ」
クララはリベルの手を引っ張った。
「その前にヘステルのお菓子を食べよう。桜の葉っぱを巻いて食べるんだって」
部屋の外へ飛び出したクララだったが、ふと立ち止まり、少し考えてからきびすを返した。そして今出たばかりのリベルの部屋の扉を、開け放してからキッチンへ進み始めた。すると、帰宅した時にキッチンで感じた香りが通り抜けた。
桜の香りだった。オルダーウィックは春になると、村の中心を走る川の縁に植えられた桜の木に花が咲く。
リベル達はオルダーウィックに来たばかりの頃を思い出した。慣れない土地に来たばかりで、いつも暗い顔をしていた。ヘステルはそんなリベル達を見かねて、花見に連れ出してくれた。高貴で美しいピンク色の花、そしてこの甘い香りは、森の国ヴェルナルから送られたというこの桜特有のものだった。
リベルがふとクララを見つめると、彼女は小首を傾げて微笑んだ。
クララの表情をリベルは少しだけ不思議に思った。しかし、階下から聞こえたヘステルの呼び声に従ってすぐにキッチンに向かった。
キッチンには見慣れた二人がいた。
「クララ! 小麦粉はもっと丁寧に素早くかき混ぜるんだよ! のんびりやるとダマになっちゃうからね!」大柄な女性がテキパキと指示を出すと、クララはのんびりと「はーい」と答えた。
「まったく、なんなのこの燃えさしは!全然火が付かないじゃないの! ヘイ!ヘイ!ヘイ!精霊様!びびってんのかい!」
大柄な女性が火かき棒で火床を叩いた。
「ヘステル、窓を開けて見よう。最近の研究では、火付けには風と空気の精霊が重要と言われている。薪が少し固まりすぎているかも。中に空洞ができるよう積み重ねよう」
リベルは火種の様子を見ながら、大柄な女性、ヘステルに向かって穏やかに話しかけた。
「おやおやリベル!もう帰っていたんだね。やだよこの子は、こんなに早い時間に帰ってきて。まだまだご飯の準備が終わってないよ!」ヘステルはリベルを力一杯抱きしめた。
「部屋に荷物を置いてきな。それともご飯にする?お菓子をつくっているからね。クララ、リベルの荷物を持ってお上げ!小麦粉を混ぜ終わったらね」
ヘステルがまくし立てると、クララは調理中のボウルを放り出して駆け寄ってきた。そのままリベルの胸に顔を埋め、子犬のように鼻先を擦り付けた。
「顔についた小麦粉を拭いたね?」リベルの言葉にクララは「へへへ」と笑った。
「こら、クララ!小麦粉がきちんと混ざってないよ!」
ヘステルは大きな声で注意したが、その顔はどこか楽しげで、怒っているようにはちっとも見えなかった。
リベルとクララは二階の自室へ向かった。クララは彼の荷物の内、最も軽そうなものを持って、着いてきた。
「ねえねえ、リベル、今回はどれくらいこっちに居られるの?」
「ルミニタの儀式が終わるまでだから……7日間くらいかな」
「ふーん」部屋に到着すると、クララはじっと顔を見つめてきた。
「ねえリベル、恋人はできた? 向こうには、おしゃれでかわいい子がたくさんいるんでしょ?」
クララは姉であるルミニタと同じ、薄緑色の瞳をしている。彼女の心の動きと共に、その瞳はほんの小さな輝きの変化を起こす。
「できないよ、クララ。まだ半年しか経っていないし、僕はアルマトリアの歴史を勉強するために行ってるんだ」リベルは荷物の片付けを始めた。
「恋だって人間の歴史だよ」クララはリベルのリュックに入っていた本をパラパラと捲った。
「いいよね、都会には素敵な人や楽しいことがたくさんあって、勉強もできる学校もあるから」
リベルは少し考えてから手を止めた。
「最近はどんな絵を描いているの?」
「興味有る?」
「最近益々上手になっているからね」
「本当に本当?」
「本当」
何度か繰り返すと、クララは満足したように笑った。
「最近ね、油を燃やしてできた煤を塗料にしているの。それを筆で描く。羊とか、川とか。師匠から教わったんだ。そんなに見たいならしょうがないなぁ」
クララはリベルの手を引っ張った。
「その前にヘステルのお菓子を食べよう。桜の葉っぱを巻いて食べるんだって」
部屋の外へ飛び出したクララだったが、ふと立ち止まり、少し考えてからきびすを返した。そして今出たばかりのリベルの部屋の扉を、開け放してからキッチンへ進み始めた。すると、帰宅した時にキッチンで感じた香りが通り抜けた。
桜の香りだった。オルダーウィックは春になると、村の中心を走る川の縁に植えられた桜の木に花が咲く。
リベル達はオルダーウィックに来たばかりの頃を思い出した。慣れない土地に来たばかりで、いつも暗い顔をしていた。ヘステルはそんなリベル達を見かねて、花見に連れ出してくれた。高貴で美しいピンク色の花、そしてこの甘い香りは、森の国ヴェルナルから送られたというこの桜特有のものだった。
リベルがふとクララを見つめると、彼女は小首を傾げて微笑んだ。
クララの表情をリベルは少しだけ不思議に思った。しかし、階下から聞こえたヘステルの呼び声に従ってすぐにキッチンに向かった。
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