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1-1: 春嵐(Spring Storm)
2. 風の渦
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御者は他にも差別的な言葉を吐いていたようだが、風の音がどんどんと勢いを増し、リベルにはうまく聞き取れなかった。リベルは,ルミニタとクララを自分の傍に引き寄せた。二人はリベルの服の裾を強く握り返した。妹たちを心配させないように、リベルは微笑みかけようとした。しかし、風の勢いが強くなるにつれ、その場に立っていることも難しくなってきた。
これから何が起こるのだろうか?御者に助けを求めようとリベルは顔を上げた。三人を置いて、馬車は既に出発していた。もはや走っても追いつける距離ではなかった。
「リベル……怖いよ……。何が起きたの……?」
ルミニタは瞳に涙を滲ませていたが、それはすぐに風に飛ばされて宙に流れていった。強さを増す風に耐えきれず、三人は地面に座り込んだ。
リベルは賢明に考え状況を整理しようとした。しかし、冷静な考えはまとまらず、頭に浮かぶのは、物心ついてから今までの映像ばかりだった。孤児院での、騒がしくもどこか寂しい日々。大人たちが来て仲間と離ればなれになった瞬間。何日も歩いてたどり着いた港町。船で運ばれてついたこの国。引取先の家庭が次々と決まる仲間たちを見送る、ルミニタとクララの寂しそうな横顔。その場に残される恐怖。一縷の希望を抱いて乗った馬車。朱色に染まる空……。
風は更に強まり、ルミニタの持ち物が飛び散った。ルミニタの大事にしていたノートと筆記用具は渦に巻かれ、留め具が外れてバラバラになった。どのページも文字と絵で埋まっていた。遊び道具はこれ一冊だけだったからだ。
この場に何か恐ろしいものが迫っていることだけは確かだった。
「来た道を戻ろう!手を繋いで離さないように、ゆっくり歩くんだ」
風のうなり声にかき消されないよう、できるだけ大きな声で会話した。暴風に巻き上げられた砂埃で、自分たちがどこから来たのか、リベルにはもう分からなかったが、それでも三人は手を繋いで歩きだした。
いつのまにかリベルの臑から血が流れていた。何か鋭利な刃物で切られたようだった。気が付いた瞬間から急に痛みだした。額に何かが衝突し、まぶたに血が流れた。風で巻き上げられた石がリベルたちを打ち付けた。
まるで風の怒りだ。風だけではない。この大地が何かに憤り、その憤怒をリベルたちに叩きつけているかのようだった。
地面には、先ほどリベルの額にあたった破片が落ちていた。よく見るとそれは石では無かった。鉄製の金具だった。
気が付いて辺りを見回すと、周囲には錆びて朽ち果てた兜や鎧、剣や槍のようなものが埋まっているのが分かった。ここは昔、戦があったのかもしれない。
そのうちの一本、真っ黒に染まった短剣が、地面から離れ、竜巻に巻き込まれた。強風の渦の中で短剣がひらひらと舞った。まるで見えない剣士が、闘いの前に武器の具合を確かめているようだった。見えない剣士は間合いを詰め、リベルたちを射程に捉えようとしていた。その刃が彼らを捉えるまで、もはや僅かしかなかった。
リベルは短剣に背を向け、ルミニタとクララを抱きかかえた。ルミニタは心配そうにリベルの名を呼んだが、リベルは返事をしなかった。
リベルは、湧き上がる恐怖と同時に、現実では無いかのような不思議な浮遊感を感じていた。足元が揺れてふわふわしていたが、強風のせいなのか、自分の意識が不安定になっているせいなのか、判断が付かなかった。
せめて、ルミニタとクララの二人には、これ以上辛い思いをして欲しくなかった。せめて、こんな恐ろしい現実を見ないでいて欲しかった。せめて……。
リベルは、自分の考えた言葉を、心の中でもう一度繰り返した。
(せめて、三人一緒に、苦しまずに)
その意味に気が付くと、自然と涙が零れていた。自分は何故、こんなにも弱く無力なのか。二人の妹を助けてあげようと、戦えないのか。
リベルの頬に柔らかいものが触れた。ルミニタの茶色の髪の毛だった。柔らかく暖かく、ふわふわとしていた。
「リベル、辛いの?」
ルミニタは、薄緑色の優しい瞳をリベルに向けた。
「違うよお姉ちゃん。お腹空いたんだよ」
クララはまるで昼食前のひと時のように、のんびりと言った。
いつもと変わらない二人に触れて、リベルは少しだけ落ち着きを取り戻した。
「ごめん、大丈夫だよ」
泣いている場合ではない。この場から三人で助かる方法を考えなければならない。
これから何が起こるのだろうか?御者に助けを求めようとリベルは顔を上げた。三人を置いて、馬車は既に出発していた。もはや走っても追いつける距離ではなかった。
「リベル……怖いよ……。何が起きたの……?」
ルミニタは瞳に涙を滲ませていたが、それはすぐに風に飛ばされて宙に流れていった。強さを増す風に耐えきれず、三人は地面に座り込んだ。
リベルは賢明に考え状況を整理しようとした。しかし、冷静な考えはまとまらず、頭に浮かぶのは、物心ついてから今までの映像ばかりだった。孤児院での、騒がしくもどこか寂しい日々。大人たちが来て仲間と離ればなれになった瞬間。何日も歩いてたどり着いた港町。船で運ばれてついたこの国。引取先の家庭が次々と決まる仲間たちを見送る、ルミニタとクララの寂しそうな横顔。その場に残される恐怖。一縷の希望を抱いて乗った馬車。朱色に染まる空……。
風は更に強まり、ルミニタの持ち物が飛び散った。ルミニタの大事にしていたノートと筆記用具は渦に巻かれ、留め具が外れてバラバラになった。どのページも文字と絵で埋まっていた。遊び道具はこれ一冊だけだったからだ。
この場に何か恐ろしいものが迫っていることだけは確かだった。
「来た道を戻ろう!手を繋いで離さないように、ゆっくり歩くんだ」
風のうなり声にかき消されないよう、できるだけ大きな声で会話した。暴風に巻き上げられた砂埃で、自分たちがどこから来たのか、リベルにはもう分からなかったが、それでも三人は手を繋いで歩きだした。
いつのまにかリベルの臑から血が流れていた。何か鋭利な刃物で切られたようだった。気が付いた瞬間から急に痛みだした。額に何かが衝突し、まぶたに血が流れた。風で巻き上げられた石がリベルたちを打ち付けた。
まるで風の怒りだ。風だけではない。この大地が何かに憤り、その憤怒をリベルたちに叩きつけているかのようだった。
地面には、先ほどリベルの額にあたった破片が落ちていた。よく見るとそれは石では無かった。鉄製の金具だった。
気が付いて辺りを見回すと、周囲には錆びて朽ち果てた兜や鎧、剣や槍のようなものが埋まっているのが分かった。ここは昔、戦があったのかもしれない。
そのうちの一本、真っ黒に染まった短剣が、地面から離れ、竜巻に巻き込まれた。強風の渦の中で短剣がひらひらと舞った。まるで見えない剣士が、闘いの前に武器の具合を確かめているようだった。見えない剣士は間合いを詰め、リベルたちを射程に捉えようとしていた。その刃が彼らを捉えるまで、もはや僅かしかなかった。
リベルは短剣に背を向け、ルミニタとクララを抱きかかえた。ルミニタは心配そうにリベルの名を呼んだが、リベルは返事をしなかった。
リベルは、湧き上がる恐怖と同時に、現実では無いかのような不思議な浮遊感を感じていた。足元が揺れてふわふわしていたが、強風のせいなのか、自分の意識が不安定になっているせいなのか、判断が付かなかった。
せめて、ルミニタとクララの二人には、これ以上辛い思いをして欲しくなかった。せめて、こんな恐ろしい現実を見ないでいて欲しかった。せめて……。
リベルは、自分の考えた言葉を、心の中でもう一度繰り返した。
(せめて、三人一緒に、苦しまずに)
その意味に気が付くと、自然と涙が零れていた。自分は何故、こんなにも弱く無力なのか。二人の妹を助けてあげようと、戦えないのか。
リベルの頬に柔らかいものが触れた。ルミニタの茶色の髪の毛だった。柔らかく暖かく、ふわふわとしていた。
「リベル、辛いの?」
ルミニタは、薄緑色の優しい瞳をリベルに向けた。
「違うよお姉ちゃん。お腹空いたんだよ」
クララはまるで昼食前のひと時のように、のんびりと言った。
いつもと変わらない二人に触れて、リベルは少しだけ落ち着きを取り戻した。
「ごめん、大丈夫だよ」
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