ホシワタリのあなたへ

Kotoh

文字の大きさ
上 下
1 / 37
1-1: 春嵐(Spring Storm)

1. 曇空

しおりを挟む
薄暗い灰色の雲が空を覆っている。時折、雲の合間を縫って太陽の陽が差し込むが、一呼吸もする前に隠れてしまう。
まるで、一日の中に何度も昼と夜が繰り返しているようだと、リベルは思った。それは彼が生まれてからの8年間で、初めて見る景色だった。

荷馬車の隙間から見える外には、なだらかな平原の風景が続いている。豊かな起伏の曲線を見せつつ、彼方まで広がっているようだった。一陣の風が地面を揺らし、小さな草木を舞い上げる。そのままどこまでも飛んで行きそうに思えた。

曖昧な空模様と平和な平原のコントラストは、世界の終わりのようにも見え、不思議な調和を為しているようにも見える。リベルはじっと外を眺めていた。

平野の国プラトーの景色が珍しいのか? ここは年中曇っているからな」
馬車の運転手がリベルの様子に気が付き話しかけた。
リベルは少しの間、彼が何を言っているか分からなかった。リベルたちが普段使っている言葉と同じではあったが、発音や単語に微妙な違いがあったからだった。

「新体制が始まって40年くらいか。今じゃこんな所まで、こんな立派な馬車が走っているなんてな」
運転手は自分のことのように自慢気に言った。

ルミニタとクララにもこの景色を見せてあげたい、リベルはそう思って、すぐ横で寝息を立てている二人を見た。
二人はずっと前から同じ服を着ていた。髪も肌も、埃と泥でかさついている。頬は痩せ、青白い顔をしている。リベルもそうだった。舟に乗り、馬車で運ばれ、どこか分からないほど遠くまで来た。でも、その辛い道のりも間もなく終わるはずだ。

ルミニタとクララの鞄から古びた本と筆記具が覗いていた。3人の荷物はこれを除いてほとんど無い。ルミニタは物語を書くのが好きで、クララはルミニタのお話に絵を描いて遊んでいた。三人兄妹の幸せな一時。

まもなく馬のいななきが聞こえ、馬車が止まった。
運転手は、馬車から降りて外に出るように、三人へ言った。リベルはルミニタとクララを起こして、一緒に外に降りた。
気が付くと西の空に日が沈みかけていた。灰色の空がみるみるうちに朱に染まりかけていく。もうじき日が暮れる。

「絶景だろう。天気が変わりやすくて曇りばっかりなのがこの国の悪いところだが、それがまた魅力でもある」

リベルは景色よりも二人の妹の事が気になった。ルミニタは目を丸くして空に見とれていた。クララは口を開けてぼんやり景色を眺めていた。その様子を見て、リベルはここに来て初めて安堵した。
二人にはもっと世界の美しさを見せてあげたいと思った。しかし、港から出発したこの馬車は、夜までに次の街へ向かう予定だったはずだ。

「素敵な景色をみせていただいてありがとうございます。でも……もうじき日が暮れるようです。そろそろ出発しなくても大丈夫ですか?」
「まあ、まちな」
リベルが疑問を投げかけると運転手の男が答えた。

「俺の馬車を見ろよ。夕焼けの街道に佇んで綺麗だろ。荷物を運ぶためのものだが、快適に進めるようスプリングもついてる。他の車より乗り心地が良かっただろう?」
「ええ……確かにそうだったかも……」リベルは馬車に乗ること自体が初めてであったが、話しを併せた。
「この仕事は助成金がたくさん出る。その金でこの馬車を新調したんだ!どうだ、かっこいいだろう!……だがそれも孤児を全員新しい親元へ送り届けたらの話だがな。一人あたりの単価と人数を計算しないといけない。勉強は必要なんだな」
リベルは御者の意図が分からず尋ねようとした。その時、視界の端で風が草を巻き上げるのを見た。風音は、先ほどまでの穏やかな音色では無くなり、まるで狼がうなりをあげるような風切り音に変わっていた。
「ようやく気が付いたか?どうやらおまえらが精霊を感じ取ることができない、というのは本当だったらしいな。俺の祖父の村はおまえらの国にめちゃくちゃにされたんだ。遺物の国サブスタニアの蛮人どもめ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

特殊スキル持ちの低ランク冒険者の少年は、勇者パーティーから追い出される際に散々罵しった癖に能力が惜しくなって戻れって…頭は大丈夫か?

アノマロカリス
ファンタジー
少年テイトは特殊スキルの持ち主だった。 どんなスキルかというと…? 本人でも把握出来ない程に多いスキルなのだが、パーティーでは大して役には立たなかった。 パーティーで役立つスキルといえば、【獲得経験値数○倍】という物だった。 だが、このスキルには欠点が有り…テイトに経験値がほとんど入らない代わりに、メンバーには大量に作用するという物だった。 テイトの村で育った子供達で冒険者になり、パーティーを組んで活躍し、更にはリーダーが国王陛下に認められて勇者の称号を得た。 勇者パーティーは、活躍の場を広げて有名になる一方…レベルやランクがいつまでも低いテイトを疎ましく思っていた。 そしてリーダーは、テイトをパーティーから追い出した。 ところが…勇者パーティーはのちに後悔する事になる。 テイトのスキルの【獲得経験値数○倍】の本当の効果を… 8月5日0:30… HOTランキング3位に浮上しました。 8月5日5:00… HOTランキング2位になりました! 8月5日13:00… HOTランキング1位になりました(๑╹ω╹๑ ) 皆様の応援のおかげです(つД`)ノ

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

いともたやすく人が死ぬ異世界に転移させられて

kusunoki
ファンタジー
クラスで「死神」と呼ばれ嫌われていたら、異世界にSSレア種族の一つ【死神】として転生させられてしまった。 ……が"種族"が変わっていただけじゃなく、ついでに"性別"まで変わってしまっていた。 同時に転移してきた元クラスメイト達がすり寄ってくるので、とりあえず全力で避けながら自由に異世界で生きていくことにした。

処理中です...