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1-1: 春嵐(Spring Storm)
1. 曇空
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薄暗い灰色の雲が空を覆っている。時折、雲の合間を縫って太陽の陽が差し込むが、一呼吸もする前に隠れてしまう。
まるで、一日の中に何度も昼と夜が繰り返しているようだと、リベルは思った。それは彼が生まれてからの8年間で、初めて見る景色だった。
荷馬車の隙間から見える外には、なだらかな平原の風景が続いている。豊かな起伏の曲線を見せつつ、彼方まで広がっているようだった。一陣の風が地面を揺らし、小さな草木を舞い上げる。そのままどこまでも飛んで行きそうに思えた。
曖昧な空模様と平和な平原のコントラストは、世界の終わりのようにも見え、不思議な調和を為しているようにも見える。リベルはじっと外を眺めていた。
「平野の国の景色が珍しいのか? ここは年中曇っているからな」
馬車の運転手がリベルの様子に気が付き話しかけた。
リベルは少しの間、彼が何を言っているか分からなかった。リベルたちが普段使っている言葉と同じではあったが、発音や単語に微妙な違いがあったからだった。
「新体制が始まって40年くらいか。今じゃこんな所まで、こんな立派な馬車が走っているなんてな」
運転手は自分のことのように自慢気に言った。
ルミニタとクララにもこの景色を見せてあげたい、リベルはそう思って、すぐ横で寝息を立てている二人を見た。
二人はずっと前から同じ服を着ていた。髪も肌も、埃と泥でかさついている。頬は痩せ、青白い顔をしている。リベルもそうだった。舟に乗り、馬車で運ばれ、どこか分からないほど遠くまで来た。でも、その辛い道のりも間もなく終わるはずだ。
ルミニタとクララの鞄から古びた本と筆記具が覗いていた。3人の荷物はこれを除いてほとんど無い。ルミニタは物語を書くのが好きで、クララはルミニタのお話に絵を描いて遊んでいた。三人兄妹の幸せな一時。
まもなく馬のいななきが聞こえ、馬車が止まった。
運転手は、馬車から降りて外に出るように、三人へ言った。リベルはルミニタとクララを起こして、一緒に外に降りた。
気が付くと西の空に日が沈みかけていた。灰色の空がみるみるうちに朱に染まりかけていく。もうじき日が暮れる。
「絶景だろう。天気が変わりやすくて曇りばっかりなのがこの国の悪いところだが、それがまた魅力でもある」
リベルは景色よりも二人の妹の事が気になった。ルミニタは目を丸くして空に見とれていた。クララは口を開けてぼんやり景色を眺めていた。その様子を見て、リベルはここに来て初めて安堵した。
二人にはもっと世界の美しさを見せてあげたいと思った。しかし、港から出発したこの馬車は、夜までに次の街へ向かう予定だったはずだ。
「素敵な景色をみせていただいてありがとうございます。でも……もうじき日が暮れるようです。そろそろ出発しなくても大丈夫ですか?」
「まあ、まちな」
リベルが疑問を投げかけると運転手の男が答えた。
「俺の馬車を見ろよ。夕焼けの街道に佇んで綺麗だろ。荷物を運ぶためのものだが、快適に進めるようスプリングもついてる。他の車より乗り心地が良かっただろう?」
「ええ……確かにそうだったかも……」リベルは馬車に乗ること自体が初めてであったが、話しを併せた。
「この仕事は助成金がたくさん出る。その金でこの馬車を新調したんだ!どうだ、かっこいいだろう!……だがそれも孤児を全員新しい親元へ送り届けたらの話だがな。一人あたりの単価と人数を計算しないといけない。勉強は必要なんだな」
リベルは御者の意図が分からず尋ねようとした。その時、視界の端で風が草を巻き上げるのを見た。風音は、先ほどまでの穏やかな音色では無くなり、まるで狼がうなりをあげるような風切り音に変わっていた。
「ようやく気が付いたか?どうやらおまえらが精霊を感じ取ることができない、というのは本当だったらしいな。俺の祖父の村はおまえらの国にめちゃくちゃにされたんだ。遺物の国の蛮人どもめ……」
まるで、一日の中に何度も昼と夜が繰り返しているようだと、リベルは思った。それは彼が生まれてからの8年間で、初めて見る景色だった。
荷馬車の隙間から見える外には、なだらかな平原の風景が続いている。豊かな起伏の曲線を見せつつ、彼方まで広がっているようだった。一陣の風が地面を揺らし、小さな草木を舞い上げる。そのままどこまでも飛んで行きそうに思えた。
曖昧な空模様と平和な平原のコントラストは、世界の終わりのようにも見え、不思議な調和を為しているようにも見える。リベルはじっと外を眺めていた。
「平野の国の景色が珍しいのか? ここは年中曇っているからな」
馬車の運転手がリベルの様子に気が付き話しかけた。
リベルは少しの間、彼が何を言っているか分からなかった。リベルたちが普段使っている言葉と同じではあったが、発音や単語に微妙な違いがあったからだった。
「新体制が始まって40年くらいか。今じゃこんな所まで、こんな立派な馬車が走っているなんてな」
運転手は自分のことのように自慢気に言った。
ルミニタとクララにもこの景色を見せてあげたい、リベルはそう思って、すぐ横で寝息を立てている二人を見た。
二人はずっと前から同じ服を着ていた。髪も肌も、埃と泥でかさついている。頬は痩せ、青白い顔をしている。リベルもそうだった。舟に乗り、馬車で運ばれ、どこか分からないほど遠くまで来た。でも、その辛い道のりも間もなく終わるはずだ。
ルミニタとクララの鞄から古びた本と筆記具が覗いていた。3人の荷物はこれを除いてほとんど無い。ルミニタは物語を書くのが好きで、クララはルミニタのお話に絵を描いて遊んでいた。三人兄妹の幸せな一時。
まもなく馬のいななきが聞こえ、馬車が止まった。
運転手は、馬車から降りて外に出るように、三人へ言った。リベルはルミニタとクララを起こして、一緒に外に降りた。
気が付くと西の空に日が沈みかけていた。灰色の空がみるみるうちに朱に染まりかけていく。もうじき日が暮れる。
「絶景だろう。天気が変わりやすくて曇りばっかりなのがこの国の悪いところだが、それがまた魅力でもある」
リベルは景色よりも二人の妹の事が気になった。ルミニタは目を丸くして空に見とれていた。クララは口を開けてぼんやり景色を眺めていた。その様子を見て、リベルはここに来て初めて安堵した。
二人にはもっと世界の美しさを見せてあげたいと思った。しかし、港から出発したこの馬車は、夜までに次の街へ向かう予定だったはずだ。
「素敵な景色をみせていただいてありがとうございます。でも……もうじき日が暮れるようです。そろそろ出発しなくても大丈夫ですか?」
「まあ、まちな」
リベルが疑問を投げかけると運転手の男が答えた。
「俺の馬車を見ろよ。夕焼けの街道に佇んで綺麗だろ。荷物を運ぶためのものだが、快適に進めるようスプリングもついてる。他の車より乗り心地が良かっただろう?」
「ええ……確かにそうだったかも……」リベルは馬車に乗ること自体が初めてであったが、話しを併せた。
「この仕事は助成金がたくさん出る。その金でこの馬車を新調したんだ!どうだ、かっこいいだろう!……だがそれも孤児を全員新しい親元へ送り届けたらの話だがな。一人あたりの単価と人数を計算しないといけない。勉強は必要なんだな」
リベルは御者の意図が分からず尋ねようとした。その時、視界の端で風が草を巻き上げるのを見た。風音は、先ほどまでの穏やかな音色では無くなり、まるで狼がうなりをあげるような風切り音に変わっていた。
「ようやく気が付いたか?どうやらおまえらが精霊を感じ取ることができない、というのは本当だったらしいな。俺の祖父の村はおまえらの国にめちゃくちゃにされたんだ。遺物の国の蛮人どもめ……」
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