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北の大陸蹂躙

最後の四魔将軍!

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「大丈夫?」

 リッカが俯いていたライトに話しかけた。

「え? あれ? リッ……カ……リッカ! なん……で?」

 僕の流れるような精神の詰責にハマったライトは、いるはずのないリッカを見て驚きを隠せないでいる。
 ここまでバッチリとハマってくれるとドッキリを仕掛けた側も報われるというものだ。

「どうだったかな? この僕を倒した英雄になった気分は」

「ま……魔王……様。いったい今のは……」

 近くにいたというのに、今気づいた風に驚くライトは忍者としての自覚が足りない。
 しかし、驚愕の表情をコロコロと変化させてくれるライト君は、面白くてとてもよかった。
 今は心底怯えた表情で僕を見ている。

「クックック……僕を倒したところで、おまえが手にする栄光などまがい物だと教えてやったのさ」

「じゃあ……今のは……」

「全て幻覚。おまえは僕の拘束を破れやしない。捕まった瞬間から、おまえに勝ち目なんかなかったのさ」

「は……はは。そう……でしたか」

 ライトは引きつった笑みを浮かべ、宙に浮かされている自分の状況を再確認していた。

「僕が見せた幻覚はどうだったかな? おまえの強さ以外ほとんど差異が出ないよう丹念に作り込んだ代物だ。あれを体験してもまだ、命に変えて僕を倒したいと思っているのか?」

 力なくライトは項垂れた。
 それが安堵なのか、絶望なのかはわからないが、ライトは二の句を考えている。
 ほんの少し、僕への回答に間を空けてライトは語り出した。

「いえ……魔王様を倒した未来があのようになると言うのなら……私にはできません」

 力なく紡がれた言葉は僕に屈する意思表示だった。
 プライドを捨て、命乞いをするでもなく、己の不甲斐なさを憂いているライトはきっと、僕が見せた未来以外の道も思い描いていたことだろう。
 しかし、たとえ幻だったとはいえ、英雄となったライトはその重圧に耐えられなかった。
 なにもできず、英雄としてあるまじき行為にも手を染めてしまいそうだった。
 これでもまだ英雄になることを諦めないのであれば、愚か者と言わざるを得ない。

「クックック……そうか。それにしても、よかったな、あの女を影に引き込まなくて」

「あっ……くっ……はい……」

 僕の言葉を聞いて、ライトの緩みきった表情は引きつり、やがては苦々しい苦悶の表情へと変わっていった。
 架空の女性とはいえ、魔王を倒した英雄だというのに、なんの罪もない女性を亡き者にしようとしていたのだ。
 最終的には行動に移さなかったとはいえ、己の内に宿る心の闇を垣間見たことだろう。

「ねぇ、ねぇ、さっきからなんの話をしてるの?」

 蚊帳の外だったリッカが、少し不満そうに会話に入ってきた。

「ふふ、ライトが僕を倒そうなんて言うから、少し懲らしめてやったのさ。僕はなんだかんだでライトのことを高く評価している。痛みを知る者は、他者の痛みを理解することができる。そして、ライトは自分の都合で誰かを不幸にすることはない。ただ、ライトは少し思慮が足りないだけなんだ」

「んん?? ますますわからない! でも、ライトが短絡的なのは今に始まったことじゃないよ?」

「クックック……だろうな」

 早とちりというか、慌てん坊とでもいうか、冷静に見えて頑固なところがあるライトの本質は、とても普遍的な考えを理解できる優秀な奴なのだ。
 そして、いよいよとなった場面で、天秤にかけた結果を無視して正しさを選択することのできる真人間……真鬼か?
 そんな奴をみすみす殺してしまうわけにはいかない。
 ライトは僕が思い描く世界に必要な人材なのだ。

「どうだライト。僕はおまえのことを高く評価している。これから、僕の庇護下に入り、皆の役に立ってはくれないか?」

「私を評価していただいているのは嬉しいのですが……私は……魔王様の前で、数々の醜態を晒しております。なぜ、私のことをそんなにも評価してくださっているのでしょうか?」

 ライトは僕の提案に簡単には乗ってこなかった。まあ、ライトならこんなもんだろう。とてもわかりやすい性格をしている。

「クックック……仕方ない奴だな。一つ教えてやろう。もしもあの時、女を殺していたらおまえは目覚めることはなかった。それだけのことだ」

「しかし、私は……」

 ライトは悔しそうに顔を歪め、後悔の念に押し潰されそうになっている。
 もう少し、なにかきっかけでもあれば女を闇に引きずり込んでいたとでも言いたげに。
 しかし、それは間違いで、たとえどんなことがあってもライトならあの女を闇に引き込むことはなかっただろう。
 なぜなら、ライトは気の小さいただのビビリだからだ。

「グチグチうるさい奴だな。あまり僕を舐めるなよ? 質問にだけ答えろ。別に、自由奔放に生きていきたいというのならそれでもいい。勝手にしろ。だが、僕に付き従うというのなら、一つ、国の繁栄に貢献してもらう。やるのか? やらないのか? ハッキリしろ!」

「えっ……と」

「ライト! おまえウジウジもいい加減にしないと殺すぞ!」

「ひっ……は、はい! やります! 誠心誠意国の繁栄に貢献させていただきます!」
 

 ……ほらね。


 僕が追い込み過ぎてしまい、真面目な思いが暴走してしまっただけで、本来のライトはただの優男なんだ。

 どんなに邪険にされようと、仲間を見捨てることができなかった。
 どれだけ不遇な運命を強制されようとも、誰かのためなら愚直に成し遂げようとした。
 非常に有利な状況でも、自分の利益のために他人を陥れることができなかった。

 まったくもって損な性格をしている。

 だけど、僕はこんなライトのことをとても評価している。
 だって、こんなにも信頼できる奴なんてそうはいないだろ?

 今までのことの償いというわけではないが、これからはアリフォールで普遍的な生を謳歌してもらおう。

「今まですまなかったな、ライト。恨むなら優秀過ぎた自分を恨め。僕はおまえを高く買い過ぎてしまったようで、いろいろと無理な難題を押し付け過ぎてしまったんだ」

「そっ……そんなことは……」

「だが、最後におまえにはアリフォールという国のことを頼む。そこにいるクロイツという者と一緒に精を尽くしてくれ」

「はい……かしこまりました」

 深々と頭を下げ、ライトはアリフォールに貢献することを誓った。
 クロイツとライトが作る国とはどういったものになるのだろうか?
 クソ真面目な二人のことだ、きっと、僕では想像もつかないような素晴らしい国になることだろう。


 ——魔王様、全ての異種族者をアリフォールへと護送いたしました。


 タイミングを見計らったかのようにガーゴイルから伝令が入った。
 黄金の果実探しを始める前に、魔物たちに下していた命令は達成されたようだ。
 僕はその知らせを聞き、アリフォール以外の世界全土を空間の覇者で覆い、人間っぽい身なりの者を捻り潰す。
 そのあとは索敵スキルを真似てこの世界に存在する人間を探せば完了だ。



「……ようやく、これで終わりだな」



 長かったサタン様のお使いが終わりを告げ、僕は清々しい余韻に浸る。
 
「終わり?」

 なんのことだかわからないリッカが首を傾げて僕に問いかけた。

「ああ……じつは今、この世界の人間を殺し尽くしたんだ。さっきガーゴイルから知らせが入って、異種族者の救出は終わった。そして、魔物たちが撃ち漏らした人間は僕が殺したから間違いない」

「どういうこと? ガーゴイルたちにやらせてたの?」

「いや、僕の使役する魔物たち全てを使った掃討作戦さ」

「そっか……終わったんだ」

 リッカは優しい笑顔を作ると、短くそう答えた。

「おっ……じゃあもう戦いは終わりだな!」

「ああ」

 ちゃんと話を聞いていたクザンも、嬉しそうに笑っている。

「なんだかとても長く感じましたね」

「そうだな」

 少し気の抜けた笑みを見せ、フェリは旅を思い返しているようだ。

「占い師さんだったころが懐かしいですね」

「はは、そんなこともあったな」

 ヘレはとても明るい笑顔を僕に向け、出会ったころのことを嬉しそうに語った。

「本当に人間を殺し尽くしてしまうとは思いませんでしたわ」

 フローテは特に笑顔を見せることもないのだろう。淡白な感想を告げる。
 これからはクザンと仲睦まじくよろしくやってくれ。

「まあ、正確にはたった一人だけ生かしている者がいるけどな」

「殺さないんですか?」

「ああ。獣人を救った者だからな。まっ、そうは言っても百年もしないうちに人間は絶滅するだろう」

 いくらシスターでも、この世界の生活水準で百歳以上の長寿を全うすることは難しいだろう。

「あの……鬼族の生き残りはいたのでしょうか?」

 鬼族に関しては、今さっき知った事実だったが、鼻の効くコボルトたちはしっかりと嗅ぎ分けていたようで、とりあえずよくわからないけど人間じゃないってことで保護してくれていたらしい。コボルトたちのおかげで鬼族を死なせずに済んだようだ。

「ああ、数名見つけたらしいぞ。ただ、おまえと同じで、血は薄くなってしまっているようだがな。そいつらもアリフォールに集めておいたから、後で会いに行くといい」

「そう……ですか……ありがとうございます」

「さ、いつまでもここにいても仕方がない。帰るぞ!」

「おー! って、転移できないんじゃまた来た道戻るの?」

「いや、また来なきゃいけないかもしれないし、面倒だから道を作っておく」

「道? そんなんどうやって作るんだよ?」

「クザン……僕をいったい誰だと思っているんだ? 最強の魔王だぞ?」

「ああ、はいはい。そうでしたね」

「ふん。また、おまえには次元の違いを見せつけてやらなければいけないようだな。見ていろ!」

 僕は地に手をつけて思いっきり魔力を注いだ。

 ゴォゴォゴォ……と、部屋全体が地震のように揺れ動き、やがて、ふわっとした浮遊感を機に、地鳴りとは違う轟音が鳴り響く。

「おい……おいおいおい! 魔王様いったいなにをしてんだ!?」

「クックック……こんなものを地上においておくのはよくないからな。切り取って生を与えた……」

「は? 生を与えたって……なに言ってんだよ?」

「まだわからないのか? こいつは四魔将軍の仲間入りをするってことさ! その名も、浮島将軍だ!」

「四魔将軍!? じゃあ、あいつはどうなるんだよ!」

「ふん! 奴は二軍落ちだ。天候を司る雲将軍もなかなかの出来だったが、今となってはその真価を発揮するのはこの浮島将軍の上でだ。浮島将軍を守る雲の盾としてここに配置する」

「なるほど……そりゃスゲェな! 浮島将軍……めちゃカッケェぜ!」

 クザンはなぜか四魔将軍のこととなると異常に興奮してしまう。
 なにか心をくすぐるものがあるのだろう。
 かくいう僕も負けず劣らず興奮気味だ。

「よし……開け!」

 生を与えられた浮島将軍は、僕たちの下にある地面に穴を開けてくれた。
 その穴の先を見れば、地上がだんだんと小さくなっていく様子が伺える。

「いくぞ!」

 僕は掛け声とともに皆を引き連れて浮島を飛び出した。
 後ろを見上げて浮島将軍の全体像を見れば、ロードローラー将軍が小さく感じるほどのスケールだ。
 なにせ、アインケルンのような巨大な街ですらすっぽりと収まるくらいには切り取って浮かせたので、空の上で一都市を築きあげることも可能だ。

「ルーシェ……さすがにこれはやり過ぎじゃないですか?」

 フェリが呆然と浮島将軍を見上げて小言を漏らす。

「はっはっはっは! ちょっと考えがあってな! まっ、それはアリフォールについてからのお楽しみさ! じゃあ、いくぞ!」

 僕は観賞タイムもそこそこに、アリフォールへと向けて転移した。
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