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北の大陸蹂躙
フローテ補完計画
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「所詮下界の者と神とでは相手にならなかったな」
「……」
勝利の余韻に浸るアメスがゆっくりと近づいてくる。
構えたところでさして意味はないのだが、拳を握り腰を落とす。
あまりこういう格好をしたくはないが、私が扱える物理攻撃は体術のみなので仕方ない。基本的には精神を破壊して相手を弱らせることを生業としている。
だが、相手は神で、私の技が通用するのかすら怪しい。
下手に怒らせるより、自尊心を傷つけない方が得策といえた。
「俺の力を解放すれば、魔王など他愛のない存在でしかないと証明された。下界で二度も俺をコケにしたことを思い知らせてやらなければ気が済まないからな! あっはっはっは!」
高らかに笑うプライドの塊のようなアメス。
二度も魔王にやられて根に持っているらしい。
思わぬところでこの状況の打開策がもたらせれ、表情には出さないが、内心ほくそ笑んでいた。
「魔王様は私のマスターよ。軽々しく思い上がったことを言わないで!」
少し怒ったようにあの化け物を擁護すれば、アメスの憎しみの炎は燃え上がって魔王へと向くはずだ。
なんなら、アメスの勘違いに乗っかってもいい。
私が魔王になにかされたと勘違いを起こせば、きっとアメスは逆上して魔王に怒りをぶつけに行くだろう。
「なに? 魔王がマスターだと? フローテ、おまえまさか魔王になにかされたんじゃないか?」
「私は魔王に何かされたわけじゃないわ。ただ、魔王の力で天界から降ろされ、用意された器に収められただけ、勘違いもほどほどにしなさい。私はあなたのことなんて知らないし、知りたくもないのよ」
「なんだと!? なんでそんなことになったんだ! おまえの記憶がないのはそのせいに決まってるじゃないか! おのれ魔王め……神だとわかってやっているのだとしたら、それ相応の罰を与えてやらねば!」
予想どうり……というか、これじゃあ罠にハメた内にも入らない。
アメスがわかりやすい性格をしていて助かった。
それに、あの化け物と対峙してくれるのなら好都合だ。
この男では絶対に勝てない。
あの全能神ですら手篭めにする理解不能な力を持った魔王。
アメスは魔王の気分次第で天界へと引き戻されるだろう。
あの化け物は、どこまでも残忍であり、どこまでも善人であるという馬鹿げた存在。
気持ちが悪いし、気味が悪い。
感情のない傀儡のような、壊れたおもちゃのような、形容しがたい理りを壊す者。
この世界が創り出した特異点とでも言った方がいいだろうか?
そうだ……あの化け物はまるで……
「おいおい、勝手に殺すんじゃねぇよ。てめぇの攻撃なんざ、俺の体に触れてもいねぇんだからよ」
「クザン様!!」
闇夜に隠れ、アメスの背後にひっそりと現れたのは、装備を外し、黒い素肌を晒したクザン様だった。
炎に照らされた真っ赤な瞳が宙に浮いているかのように、アメスのすぐ後ろに鎮座していた。
「かはっ! 貴……様……燃え尽きた……はずじゃ……」
苦しそうに項垂れるアメスをよく見れば、クザン様の手がアメスの心臓を貫いていた。
「馬鹿言うな。おまえは俺の技を解けるのかもしれないが、放たれた攻撃まで俺の技が効かないなんてことはないだろう?」
「な……に? あれは、重力操作じゃ……なかったのか?」
「まあ、そんな感じじゃねぇか? 知ったところでおまえには関係ないだろうよ」
「クソ! 貴様ら……覚えておけよ……いつか必ず……俺が……」
ガックリと項垂れるアメス。
器の限界が来たようだ。
「クザン様! 生きていると信じておりましたわ!」
駆け寄ってクザン様の腕に抱きつく。
この状況で瞳を潤ませて見上げれば、クザン様も……きっ……と……。
心を躍らせて見上げたクザン様の顔は、思わず息を飲んでしまうほど醜悪な笑みを浮かべていた。
「クックック……ああ……まただ。あの街の人間を殺し尽くした時のように……血がたぎってきやがった……ヒヒヒ……殺し尽くしてやる……人間どもが……あーっはっはっはっは!」
クザン様があの化け物と同じようなことを言っている。
アメスを倒した後、体つきがより洗練されているように感じる。
触れた肌の感触が、今までのものとは違うと、すぐにわかるくらいに柔らかさが失われてしまっている。
「クザン様! ダメです! このままではますます異形の者へとなってしまいます!」
「だからどうした? どうせもうミラに会っても俺だとわかっちゃくれねぇだろうよ。だったら魔王様のために働くのが下部の本分だろ?」
「クザン様!」
「うるせぇな。おまえは俺の部下だろうが。神だかなんだか知らねぇけど、嫌ならついてくるな。俺一人で十分だからな」
掴んでいた腕に、グッと力が入る。
あの化け物のようにはなって欲しくなかった。
どうしても、心の奥底にある魔王への嫌悪が拭えない。
それは日を追うごとに激しさを増し、夢にまで出てくるほどになっていた。
ざわつく思いを抑えるのがやっと、といった具合で、なにも答えられないまましがみつく腕に力ばかりが入ってしまっていた。
「はぁ……」
深い溜息とともに、クザン様の腕が緩やかに弛緩する。
私がまだ思いを抱いていないころの優しいクザン様との旅で、よく吐いていた深い溜息を思い出す。
あのころはなんとも思っていなかったが、思い返してみれば、私はあの時のようなクザン様を求めているのかもしれない。
なにも着飾ることなく、ただ時の流れに身を任せる空気のように過ごせたひと時。
こんなにも長い時間を生きている私にとって、退屈な時間は酷く苦痛なはずなのに、対して面白くなかったはずのあの時間は不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
一緒に寝たヘレという魔王の妻にも、嫌な感情は湧かなかった。
退屈だったはずなのに、心は穏やかにいられていた不思議な感覚。
それが今、音を立てて崩れ去ろうとしている。
私は、私の中に潜む恐怖の根源が、こんなものだったことに驚いたのだが、そんなことより、今はクザン様を案じる方が先決だった。
「魔王様もこんな思いなのかねぇ。手のかかる部下を持つ気持ちがわかったよ」
「クザン様?」
クザン様は優しく私の手を解き、精一杯笑って見せてくれた。
きつい顔つきとなった今では、無理して笑顔を作っているようにも感じて、とても可笑しく私も笑ってしまった。
「なんだおまえ、笑えるんじゃねぇか。いつも真顔で人形かと思ってたぞ」
「なんですかそれ! クザン様酷いです」
そう言われても仕方ないくらい、私は今まで感情を殺していたと思う。
右も左もわからないまま魔王の仲間となり、クザン様の部下として配属された。
今の状況から思えば、魔王が下した判断はとてもありがたいとものだった。
魔王の妻たちの世話係という線が一番あり得そうなものなのに、そういった話はまったく出てこなかった。
なぜ魔王はクザン様に仕えろなんてことを言ったのだろうか?
「はは! 怒った顔もいいが、笑った顔のほうが断然美人だな」
「……そんなこと言って、私のことなんてなんとも思ってないんでしょ?」
「いや、美人だし、神様だし、笑顔も可愛い。俺の部下にしておくのはもったいないくらいだと思ってるよ。……こんな感じでいいか?」
「もう! 本当はどう思っているんですか? 嘘は許しませんよ!」
「全部嘘じゃねぇよ。本当のことだ」
そういえば、クザン様から誇張とか、嘘とかを聞いたことがない。
できないことはできないとちゃんと伝えるし、なにかを間違えたとしても、それを隠そうともしない。
そんな性格の持ち主が嘘じゃないと明言したのなら、間違いなく本当のことだろう。
可愛いとか、美人だとかは飽きるほど聞かされていたはずなのに、まるで、初めてそんなことを言われたウブな乙女のように、新鮮な嬉しさと恥ずかしさが心を満たしてしまっていた。
「……じゃあ、私が好きだと言ったら側に置いてくれるのですか?」
「じゃあもなにも、ずっと言ってたじゃねぇか。それに、おまえは俺の部下だからずっと俺の側にいることになるんじゃねぇか?」
「そういうことじゃなくて!」
「わかった、わかった。いたけりゃいればいい。俺はもうそういったことには鈍感な老いぼれだからな、おまえの意向に沿うことはできねぇが、それでもいいなら頑張って俺を籠絡してみろ。おまえはそういう神様なんだろ?」
「わかりました。絶対にクザン様を振り向かせてみせますわ!」
「ふん、こんな初老の男に付き纏うなんて物好きな奴もいたもんだ。ま、話が長くなる前に、一旦ここで終わりにしようや。またお使いを失敗したら魔王様になにを言われるかわかったもんじゃねぇからな。いくぞ、フローテ!」
クザン様は話を強引に切って走り始めた。
たしかに魔王様のお使いを失敗するわけにはいかないが、今はもっとクザン様とお話しをしていたかった。
だから、そんなクザン様との会話を繋げるために布石を打っておく。
今しなければいけないことは継続への布石。
会話を楽しむのも大事だけれども、それ以上にこの次のきっかけを作っておくことがとても大事なのだ。
会話する機会があれば楽しく過ごせるのに、次に繋げるきっかけを疎かにしたせいで進展しない……なんてことはよくある話だ。
しかし、ただダラダラと過ごす予定を取り付けたところでプラスにはなりにくい。
だから、欲を言えば二人とも楽しめるイベント的なものがベストな選択ではある。
だが、そうそう大きなイベントなんてものは難しい。なので、二人だけの約束みたいなもので次に繋げる方法が一般的だ。それは小さなことで問題ない、しかし、相手がその日までドキドキしてくれるだろう確率が高い約束がおススメとなる。
側からみれば理詰めのしたたかな恋愛だと言われてしまうかもしれないが、そんなことは知ったことではない。
私は全部わかった上で好きな男性のために選択している。
それを不純だと言うのなら、そんな男はこっちから願い下げで、さっさと切り替えた方がいい。
だからと言って、純粋で、不器用な愛が悪いとは言わない。
でも、両思いのまますれ違うなんて、悲しいだけで楽しくない。
そんなことに縛られ、時間を潰す暇がある者なら、大いにやればいいだけのこと。
大抵は時の流れに逆らえず、悲劇となって終幕する。
そんなの私は絶対に嫌。
それに、そんな恋を割り切れずにグダグダ続けるのであれば、それはもう恋の域を超えて、執念とか、執着、依存という言葉がよく似合う陰鬱なものとなるだろう。
「もう! なら、仕事がうまくいったら部下にはなにかしてくれるんですか?」
「そうだな……なにがいい?」
「……なんでもいいですか?」
「俺ができることならな」
「ふふ……言いましたね。なら、考えておきます。約束ですよ!」
「ああ、部下を労うのも上司の仕事の内さ」
「あら、頼もしい上司様ですね!」
「ふん、言ってろ」
思いの外うまい具合に次の約束を取り付けることができたと思う。
なにをお願いしようか……クザン様をドキドキさせるつもりが、私の方がドキドキしている。
やはり、恋愛とはこうじゃなきゃつまらない。
双方が楽しめてこそ、喜びは跳ね上がる。
だから、早くこんなお仕事は終わらせて、クザン様に甘えたかった。
「……」
勝利の余韻に浸るアメスがゆっくりと近づいてくる。
構えたところでさして意味はないのだが、拳を握り腰を落とす。
あまりこういう格好をしたくはないが、私が扱える物理攻撃は体術のみなので仕方ない。基本的には精神を破壊して相手を弱らせることを生業としている。
だが、相手は神で、私の技が通用するのかすら怪しい。
下手に怒らせるより、自尊心を傷つけない方が得策といえた。
「俺の力を解放すれば、魔王など他愛のない存在でしかないと証明された。下界で二度も俺をコケにしたことを思い知らせてやらなければ気が済まないからな! あっはっはっは!」
高らかに笑うプライドの塊のようなアメス。
二度も魔王にやられて根に持っているらしい。
思わぬところでこの状況の打開策がもたらせれ、表情には出さないが、内心ほくそ笑んでいた。
「魔王様は私のマスターよ。軽々しく思い上がったことを言わないで!」
少し怒ったようにあの化け物を擁護すれば、アメスの憎しみの炎は燃え上がって魔王へと向くはずだ。
なんなら、アメスの勘違いに乗っかってもいい。
私が魔王になにかされたと勘違いを起こせば、きっとアメスは逆上して魔王に怒りをぶつけに行くだろう。
「なに? 魔王がマスターだと? フローテ、おまえまさか魔王になにかされたんじゃないか?」
「私は魔王に何かされたわけじゃないわ。ただ、魔王の力で天界から降ろされ、用意された器に収められただけ、勘違いもほどほどにしなさい。私はあなたのことなんて知らないし、知りたくもないのよ」
「なんだと!? なんでそんなことになったんだ! おまえの記憶がないのはそのせいに決まってるじゃないか! おのれ魔王め……神だとわかってやっているのだとしたら、それ相応の罰を与えてやらねば!」
予想どうり……というか、これじゃあ罠にハメた内にも入らない。
アメスがわかりやすい性格をしていて助かった。
それに、あの化け物と対峙してくれるのなら好都合だ。
この男では絶対に勝てない。
あの全能神ですら手篭めにする理解不能な力を持った魔王。
アメスは魔王の気分次第で天界へと引き戻されるだろう。
あの化け物は、どこまでも残忍であり、どこまでも善人であるという馬鹿げた存在。
気持ちが悪いし、気味が悪い。
感情のない傀儡のような、壊れたおもちゃのような、形容しがたい理りを壊す者。
この世界が創り出した特異点とでも言った方がいいだろうか?
そうだ……あの化け物はまるで……
「おいおい、勝手に殺すんじゃねぇよ。てめぇの攻撃なんざ、俺の体に触れてもいねぇんだからよ」
「クザン様!!」
闇夜に隠れ、アメスの背後にひっそりと現れたのは、装備を外し、黒い素肌を晒したクザン様だった。
炎に照らされた真っ赤な瞳が宙に浮いているかのように、アメスのすぐ後ろに鎮座していた。
「かはっ! 貴……様……燃え尽きた……はずじゃ……」
苦しそうに項垂れるアメスをよく見れば、クザン様の手がアメスの心臓を貫いていた。
「馬鹿言うな。おまえは俺の技を解けるのかもしれないが、放たれた攻撃まで俺の技が効かないなんてことはないだろう?」
「な……に? あれは、重力操作じゃ……なかったのか?」
「まあ、そんな感じじゃねぇか? 知ったところでおまえには関係ないだろうよ」
「クソ! 貴様ら……覚えておけよ……いつか必ず……俺が……」
ガックリと項垂れるアメス。
器の限界が来たようだ。
「クザン様! 生きていると信じておりましたわ!」
駆け寄ってクザン様の腕に抱きつく。
この状況で瞳を潤ませて見上げれば、クザン様も……きっ……と……。
心を躍らせて見上げたクザン様の顔は、思わず息を飲んでしまうほど醜悪な笑みを浮かべていた。
「クックック……ああ……まただ。あの街の人間を殺し尽くした時のように……血がたぎってきやがった……ヒヒヒ……殺し尽くしてやる……人間どもが……あーっはっはっはっは!」
クザン様があの化け物と同じようなことを言っている。
アメスを倒した後、体つきがより洗練されているように感じる。
触れた肌の感触が、今までのものとは違うと、すぐにわかるくらいに柔らかさが失われてしまっている。
「クザン様! ダメです! このままではますます異形の者へとなってしまいます!」
「だからどうした? どうせもうミラに会っても俺だとわかっちゃくれねぇだろうよ。だったら魔王様のために働くのが下部の本分だろ?」
「クザン様!」
「うるせぇな。おまえは俺の部下だろうが。神だかなんだか知らねぇけど、嫌ならついてくるな。俺一人で十分だからな」
掴んでいた腕に、グッと力が入る。
あの化け物のようにはなって欲しくなかった。
どうしても、心の奥底にある魔王への嫌悪が拭えない。
それは日を追うごとに激しさを増し、夢にまで出てくるほどになっていた。
ざわつく思いを抑えるのがやっと、といった具合で、なにも答えられないまましがみつく腕に力ばかりが入ってしまっていた。
「はぁ……」
深い溜息とともに、クザン様の腕が緩やかに弛緩する。
私がまだ思いを抱いていないころの優しいクザン様との旅で、よく吐いていた深い溜息を思い出す。
あのころはなんとも思っていなかったが、思い返してみれば、私はあの時のようなクザン様を求めているのかもしれない。
なにも着飾ることなく、ただ時の流れに身を任せる空気のように過ごせたひと時。
こんなにも長い時間を生きている私にとって、退屈な時間は酷く苦痛なはずなのに、対して面白くなかったはずのあの時間は不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
一緒に寝たヘレという魔王の妻にも、嫌な感情は湧かなかった。
退屈だったはずなのに、心は穏やかにいられていた不思議な感覚。
それが今、音を立てて崩れ去ろうとしている。
私は、私の中に潜む恐怖の根源が、こんなものだったことに驚いたのだが、そんなことより、今はクザン様を案じる方が先決だった。
「魔王様もこんな思いなのかねぇ。手のかかる部下を持つ気持ちがわかったよ」
「クザン様?」
クザン様は優しく私の手を解き、精一杯笑って見せてくれた。
きつい顔つきとなった今では、無理して笑顔を作っているようにも感じて、とても可笑しく私も笑ってしまった。
「なんだおまえ、笑えるんじゃねぇか。いつも真顔で人形かと思ってたぞ」
「なんですかそれ! クザン様酷いです」
そう言われても仕方ないくらい、私は今まで感情を殺していたと思う。
右も左もわからないまま魔王の仲間となり、クザン様の部下として配属された。
今の状況から思えば、魔王が下した判断はとてもありがたいとものだった。
魔王の妻たちの世話係という線が一番あり得そうなものなのに、そういった話はまったく出てこなかった。
なぜ魔王はクザン様に仕えろなんてことを言ったのだろうか?
「はは! 怒った顔もいいが、笑った顔のほうが断然美人だな」
「……そんなこと言って、私のことなんてなんとも思ってないんでしょ?」
「いや、美人だし、神様だし、笑顔も可愛い。俺の部下にしておくのはもったいないくらいだと思ってるよ。……こんな感じでいいか?」
「もう! 本当はどう思っているんですか? 嘘は許しませんよ!」
「全部嘘じゃねぇよ。本当のことだ」
そういえば、クザン様から誇張とか、嘘とかを聞いたことがない。
できないことはできないとちゃんと伝えるし、なにかを間違えたとしても、それを隠そうともしない。
そんな性格の持ち主が嘘じゃないと明言したのなら、間違いなく本当のことだろう。
可愛いとか、美人だとかは飽きるほど聞かされていたはずなのに、まるで、初めてそんなことを言われたウブな乙女のように、新鮮な嬉しさと恥ずかしさが心を満たしてしまっていた。
「……じゃあ、私が好きだと言ったら側に置いてくれるのですか?」
「じゃあもなにも、ずっと言ってたじゃねぇか。それに、おまえは俺の部下だからずっと俺の側にいることになるんじゃねぇか?」
「そういうことじゃなくて!」
「わかった、わかった。いたけりゃいればいい。俺はもうそういったことには鈍感な老いぼれだからな、おまえの意向に沿うことはできねぇが、それでもいいなら頑張って俺を籠絡してみろ。おまえはそういう神様なんだろ?」
「わかりました。絶対にクザン様を振り向かせてみせますわ!」
「ふん、こんな初老の男に付き纏うなんて物好きな奴もいたもんだ。ま、話が長くなる前に、一旦ここで終わりにしようや。またお使いを失敗したら魔王様になにを言われるかわかったもんじゃねぇからな。いくぞ、フローテ!」
クザン様は話を強引に切って走り始めた。
たしかに魔王様のお使いを失敗するわけにはいかないが、今はもっとクザン様とお話しをしていたかった。
だから、そんなクザン様との会話を繋げるために布石を打っておく。
今しなければいけないことは継続への布石。
会話を楽しむのも大事だけれども、それ以上にこの次のきっかけを作っておくことがとても大事なのだ。
会話する機会があれば楽しく過ごせるのに、次に繋げるきっかけを疎かにしたせいで進展しない……なんてことはよくある話だ。
しかし、ただダラダラと過ごす予定を取り付けたところでプラスにはなりにくい。
だから、欲を言えば二人とも楽しめるイベント的なものがベストな選択ではある。
だが、そうそう大きなイベントなんてものは難しい。なので、二人だけの約束みたいなもので次に繋げる方法が一般的だ。それは小さなことで問題ない、しかし、相手がその日までドキドキしてくれるだろう確率が高い約束がおススメとなる。
側からみれば理詰めのしたたかな恋愛だと言われてしまうかもしれないが、そんなことは知ったことではない。
私は全部わかった上で好きな男性のために選択している。
それを不純だと言うのなら、そんな男はこっちから願い下げで、さっさと切り替えた方がいい。
だからと言って、純粋で、不器用な愛が悪いとは言わない。
でも、両思いのまますれ違うなんて、悲しいだけで楽しくない。
そんなことに縛られ、時間を潰す暇がある者なら、大いにやればいいだけのこと。
大抵は時の流れに逆らえず、悲劇となって終幕する。
そんなの私は絶対に嫌。
それに、そんな恋を割り切れずにグダグダ続けるのであれば、それはもう恋の域を超えて、執念とか、執着、依存という言葉がよく似合う陰鬱なものとなるだろう。
「もう! なら、仕事がうまくいったら部下にはなにかしてくれるんですか?」
「そうだな……なにがいい?」
「……なんでもいいですか?」
「俺ができることならな」
「ふふ……言いましたね。なら、考えておきます。約束ですよ!」
「ああ、部下を労うのも上司の仕事の内さ」
「あら、頼もしい上司様ですね!」
「ふん、言ってろ」
思いの外うまい具合に次の約束を取り付けることができたと思う。
なにをお願いしようか……クザン様をドキドキさせるつもりが、私の方がドキドキしている。
やはり、恋愛とはこうじゃなきゃつまらない。
双方が楽しめてこそ、喜びは跳ね上がる。
だから、早くこんなお仕事は終わらせて、クザン様に甘えたかった。
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