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北の大陸蹂躙

苦悩中の魔王様、その影に潜む暇を持て余す者

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「大丈夫かい? 君ができないのなら、僕が代わりに殺してあげてもいいよ?」

 今、僕は国民集会に出席するため、リッカとフェリが居なくなった部屋にいる。
 ライラがポットの水を追加するために席を立った時、サタン様が僕を心配して声をかけてくれた。

「表に出さないようにしていたつもりなんですがね」

「僕は君の過去を知っているからね。こうやって人間と楽しく語り合うなんて苦痛でしかないだろう?」

 唯一、僕の過去を知るサタン様には隠し通すことはできなかったようだ。
 サタン様の言ったとおり、人間と楽しそうに会話する演技は苦痛でしかなかった。
 そして、人間と楽しそうに会話するリッカとフェリを見ることは、なぜだかとても辛かった。

 そう、これは、リッカとフェリに課した試練なんかじゃない。
 僕が人間以外の種族を守ると決意したことへの答え合わせだ。
 だから、本当の意味で、ただのわがままであり、人間の命を使った実験でもある。

「そうですね。植えつけられたトラウマってことなのでしょうか」

「どうだろう。君は人間の浅ましさを知りすぎているだけなんじゃないかな?」

「そうかもしれませんね。ライラがどんなにいい子だろうと、クソどもの同類にしか見えません。でも、それは偏見なんかじゃなくて、必然だと理解しているからこそ……やめましょう」

 聞き上手なサタン様に要らぬことまで話し出している自分に気づいた。

「どうしたんだい? 僕に遠慮することなんてないんだよ?」

「大丈夫です。そういうつもりではありません」

「そうかい? 言ってくれればいつでも僕が人間を殺すからね」

「はは、ありがとうございます」

 物騒な会話が終わったころ、ライラがお湯を沸かせて戻って来た。

「お待たせいたしました。ハーブティです」

 柑橘系の香りが漂うハーブティが出された。
 さっきのお茶といい、ここはいいお茶が豊富にあるようだ。

「ライラは見に行かなくていいのか?」

「はい。私は魔王様のお世話をさせていただけるのであれば、これほど光栄なことはありませんので」

 ライラのその物言いに虫唾が走った。
 なぜなら、僕が大嫌いだった奴らもそうだったからだ。
 ボスには絶対逆らうことはしない。
 しかし、その後、僕に八つ当たりをしてクソみたいな暴言を吐いていた。
 僕みたいな社会不適合が行き着く先は決まって裏社会だ。
 奴隷のように扱われ、鬱憤を晴らすための道具でしかない。
 ライラの受け答えは、そんな下っ端の奴の言動とよく似ていた。

「うまいな」

「お口に合ったようでよかったです」

 朗らかな笑みでライラは答える。
 僕の人間嫌いは病気みたいなもので、薬漬けになった人間がなにもかもを捨てて縋り付くような感覚と似ているかもしれない。
 人間を殺さずにはいられない。
 近くにいれば尚更、殺したいという欲求が溢れ出してくる。

「ライラ、僕の世話をすることが光栄だと言うなら……」

 ……おまえを殺してもいいか?

 危うく口走りそうになった欲求。
 なぜ抑制しなければいけないのか?
 リッカやフェリが悲しむからだろうか?
 いや、ライラを殺したとしても、リッカもフェリも悲しむことはあっても、そこまで執着することはないだろう。

「はい」

「いや……なんでもない」

 言ってしまえば、殺してしまえば楽なのに、まだ答えが出ていないジレンマのためにグッと堪える。
 ライラは「そうですか」と、短く一言だけ答えてそれ以上追求することはなかった。

「ククク、ルーシェ、そろそろ始まるよ。君こそ行かなくていいのかい?」

 僕のぎこちない所作をサタン様に笑われてしまった。
 これ以上ライラ……人間と一緒にいたらボロが出るだろう。サタン様の優しさなのかもしれない。

「そうですね。それじゃあ、そろそろ行きます」

「ああ、そうするといい。僕はライラとお茶を楽しむとするよ」

「そうですか。ライラ、頼めるかい?」

「はい」

「じゃあ、よろしく」

 そう言って、僕は民衆が集まる城内の広場へと向かった。
 王様はそこで大々的に今回のことを発表するようだ。

***

 ルーシェも出て行った部屋にはサタンとライラが二人きりの時間を過ごしていた。
 ハーブティを飲み終えたサタンは対面に座ってハーブティを啜るライラに目を向ける。

「さて……ルーシェもいなくなって、二人きりとなったわけだけど、いつまでそうしているつもりなんだい?」

「……どういうことでしょうか?」

 ライラはカップを置いてサタンに微笑みかけた。

「僕を騙せるとでも思ったのかい? なぜ君がここにいる。……ミカ」

「ふっ、さすがですね。いつから気づいていたんですか?」

 ライラは驚いた表情などの所作を見せることはなかった。サタンの言葉をすんなりと肯定する。

「見た目は完璧だけど、全然役になりきってないよ。性格は君そのものだ」

「しばらく会っていないというのに、よく覚えているのですね」

「忘れるわけがないじゃないか。僕と君は兄弟なんだから」

「そうでしたね」

「それにしても、僕が居なくなって大天使長とはうまくやったもんだね」

「ええ、兄さんのおかげです」

 ミカはサタンのやっかみに動じることはなく、言い終わると残ったハーブティを口にした。

「ふん。それで、なんでここにいるんだい?」

「まあ、全能神から暇を出されましてね。やることがないんですよ」

「人間を守ることが君の務めだろう?」

「そうなのですが、彼のおかげで解放されました」

「なるほど。奴は本当に停戦するつもりなのか」

「停戦というか、興味を失ったようですね。そもそも、人間なんて気まぐれに作ったおもちゃですから。それがたまたま兄さんを押さえ込むのに都合がよかっただけの代物なので、もう十分に楽しんだということでしょう」

「それで、君は興味本位でここにいるってわけだ」

「そうですね」

「クックック、君は本当に嘘が下手だね。嘘だって顔に書いてあるよ」

「そうですか?」

「ああ、君は僕に執着しているだけなんだろう? 自分より強くなってしまうかもしれない兄が許せないんだ。違うかい?」

 ミカは答えない。しかし、その沈黙がサタンに問われた質問への答えに他ならなかった。

「せいぜいルーシェを怒らせないよう気をつけるんだね」

「それは問題ありませんよ。現にうまくやってるじゃないですか。所詮彼は元人間なんですから、私が扱えないことなんてありませんよ」

「ああ、そうかもしれないな」

「せいぜい見ていてください。私が彼を手駒としてみせますから」

 サタンは軽く口角を上げて短く二回頷くと、空になったカップへハーブティを注いで口へと運んだ。

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