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北の大陸蹂躙

北の大陸 リッカ・フェリside ー 誤算

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「待て! 早まるな! 騒ぐんじゃない!」

 冒険者に取り囲まれ、今にも手を出してしまいそうな状況をダンが一喝した。

「この方は魔王である可能性が非常に高い! おまえたちが束になってかかろうとも勝てる相手じゃないんだ! 噂くらいは聞いているだろう? その噂はギルドが調査したものとほぼ一緒なんだ。人間が残っているのは中央の大陸と、この北の大陸のみ。ここに魔王が来た理由……言わなくてもわかるだろう!!」

 ダンは冒険者に言い聞かせるように状況を説明した。
 理解あるものなら、ここで無闇に事を起こすことはないだろう。しかし、今は美味しい獲物が手に届く範囲にある。そう簡単に引き下がる者たちではなかった。

「けっ! そうだとしても、魔族になってエルフの使い走りにされるなんざ御免だね!」

「ふふふ……じゃあ、死ぬか?」

 冒険者の威勢のいい啖呵に肩を震わせて答えるルーシェ。
 そう言って見据えた冒険者もヘラヘラとした態度を見せていた。

「馬鹿! やめろ!」

「うるせぇ! テメェらはエルフを庇った罪人だ。構うことはねぇ! やっちまえ!」

「おお!!」

 ダンの抑制も虚しく終わり、掛け声勇ましく畳み掛けるように全員が一歩を踏み出した。
 しかし、その一歩より先へは誰も近づけなかった。

「お……おい。体が……どうなってんだ!」

「俺も……クソ! なんで動かねぇんだ!」

「クックック……ヒヒヒ……」

 ルーシェが楽しそうに冒険者の前まで行き、男の顔に手を掲げた。

「テメェ! いったいなにをした!」

「答える必要なんてないだろう? 死——」

「——待ってくれ! 頼む! こいつら頭の悪い連中だからあなたの強さがわからないだけなんだ! 頼む!」

 ルーシェの言葉を遮って、ダンが慈悲を願い叫んだ。

「なんだ? 邪魔するつもりか?」

「うっ……いっいや、邪魔したいわけじゃない……でも、そいつらの意見が全員の意見じゃない……この国を……そいつらと同じに見ないで欲しい」

「ふん……そうか。なら、もういいだろうか?」

 ルーシェは不機嫌にダンを見据える。
 これ以上の嘆願は危険だと悟ったダンは、小さく頷くと、静かに溜息を吐いた。
 ダンは冒険者を見ることはなく、安堵のせいか、力なく項垂れていた。

 ドン……。

 鈍い音がした。
 見れば、門兵の時と同じく、冒険者の首が落ちた音だった。

 ドン……ドン……ドン……。

 動けない冒険者たちの首が落ちていく。
 あまりに呆気なく行われたあり得ない光景に、冒険者たちからの悲鳴は遅れて騒ぎ出す。

「うわぁぁぁああ!!! やめろ! やめろ! 来る——」

「嫌だ! やめ——」

「うわぁああ——」

 ドン……ドン……ドン……。

 悲鳴を上げた者から処理されていく命。
 その規則性を冒険者たちが理解したのは半数の首が落ちてからのことだった。
 場に静寂が訪れる。

「……どうした? もう威勢のいい者はいないのか? ほら……僕たちを処刑したいんだろう? エルフは多額の報酬が出るんだろ? こんなに静かになって……いったいどうしたんだ?」

 ルーシェはとても楽しそうな表情を浮かべていた。
 冒険者は固唾を飲み、恐怖に震える声を必死に押さえ込んでいる。
 力の差を見せつけられ、己の無力さを身をもって痛感させられているのだろう。
 ルーシェの問いに答えられる者は誰一人としていない。
 どうしたらいいのかもわからず、じっと死の恐怖に耐えることしかできないようだった。

「ふん!」

 ルーシェが振り返ると、冒険者たちの拘束は解かれ、皆が地に手を突いた。

「ダン……これで満足か?」

「え? ……あ……ありがとうございます」

 唐突にルーシェから話しかけられて混乱したのか、冒険者が殺されたというのに感謝を述べるダン。
 しかし、そんな場違いな答えのおかげか、ルーシェの顔は曇ってしまった。 

「ッチ! で? この落とし前……どうつける? ギルドマスターなんだろう? 冒険者の粗相はおまえにも責任があると思うのだが」

「あ……えっと……どうしたら……いいでしょうか?」

「はぁ……魔王の脅威が知れるのも考えものだな。なら、おまえが庇ったこの国の王に会わせろ。すぐここに連れて来なければ、この国の蹂躙を始める……わかったらさっさと行け!」

「は……え!? いや、そんなこと私では不可能です! 王に謁見する場を作るのですら難しく……」

「謁見だと? それは王が僕に対してすることだ。ああそうか。わかった。おまえがそういう態度なら——」

「——お待ちください!! わかりました! すぐに向かわせていただきます!」

「最初からそうすればいいんだ。早く行け!」

「はい!!」

 ダンが慌ててギルドを飛び出していく。
 ギルドマスターとはいえ、国の王をこんなところへと連れて来られるかどうかは、ほとんど不可能に近かいだろう。
 ルーシェがなにか考えを持っているとは思えず、単なる癇癪なのだろうことは十分に伝わっていた。

「ルーシェ……さすがに王様をここに連れて来るなんて無理なんじゃないかな?」

 静寂を破ってリッカがもっともな疑問を投げかける。

「やっぱ無理かなぁ。でも、ギルドマスターが血相変えて来たとなったら無視はできないんじゃないかな?」

「そうだとしても……あ……もしかして……ルーシェは兵隊でも呼び寄せるつもりなんじゃ……」

「お! リッカ、よくわかったな」

「なるほど。それで返り討ちですか……」

「そ! それで、人間は皆殺し! ってね!」

 あまりにスケールの大きい算段にリッカとフェリは溜息を吐いた。 
 くだらない茶番だが、ルーシェが人間を殺す時は必ず行う儀式のようなものだ。
 人間を殺す口実をはっきりとしたものにする行為。
 それでいて、ガーゴイルたちには無差別テロのようなこともするのだから、いまいち理解できないお遊びだった。

 そして、ダンが飛び出してからしばらくが経ち、静かなギルド内で冒険者たちの胃に穴が開きそうなころ、ゆっくりと音を立ててギルドの扉が開いた。
 皆が注目してドアを開けた者の姿を見れば、そこには豪華な衣装に身を包んだ少年。傍には厳つい甲冑を身につけた兵士が並んでいた。

「嘘……アリフォール王様……」

 受付のお姉さんがあり得ない物でも見たかのように呟く。
 ルーシェの思惑は外れ、王自らがギルドへと足を運んで参上したのだ。
 それを見たルーシェは少し驚いた風だったが、やがて口角を上げて破顔しだす。

「……こちらです」

 付き人のようにダンが王様を先導してルーシェの前まで連れて来る。

「魔王様、お約束どおり、アリフォール王を連れて参りました」

 ダンが深々とルーシェへと頭を下げると、続けて王様と兵士が跪いた。
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