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サタン様からのお願いは代理戦争介入!

南の大陸の大戦 ヘレの思い

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 勝敗は呆気なく決してしまった。

 黒い小隊が勇猛果敢に走り回り、それにつられてデガンニーク軍はなぜあんなにも深追いをしてしまったのか……。

 有利なのは地の利があったからこそ……たったそれだけのこともわからないデカンニーク軍は、たかが小隊に全部隊を動かしてしまった。

 町には火が放たれ、町民だろうが無差別に殺されていく。
 それもそうだろう……これだけの連合軍だ……荒くれ者がいてもおかしくはない。
 逃げ惑う騒音と悲鳴、ぽつぽつと侵入し始めてきた波……

 そして、私は戦利品としてバランの下へと戻らなければならないのだろう……

 結局、彼が言っていたとおりになった。

 なにもしなければ、その運命に抗うことはできない。
 自らの足で動かなければ、呪われた鎖は断ち切れない。

 しかし、ヘレは怯えて声も出せない状況だ……
 こんなか弱い娘が戦乱の最中にできることなどほとんどない。
 逃げ延びるくらいで精一杯だろう。

「……」

 ヘレは物見台で祈るように蹲る。
 このままなにも起きずにやり過ごせますようにと。
 今のヘレがやれることなどこの程度。

 怯えて、震えて、必死に恐怖心と戦いながら物陰に隠れ、断末魔と、戦火が鳴り響く音、そして、そこらじゅうから聞こえる悲鳴に涙しながら、祈ることしかできない。

 ヘレは神に祈っていた。
 早く終わりますようにと。

 ヘレは神に祈っていた。
 犠牲者が少なくて済むようにと。

 握りしめた手を震わせながら……



「見つけたぞ……」

 

 不意に響いた人の声。
 その声を聞いて恐る恐る顔を上げれば、そこには見知った顔があった。
 もう見たくなかったその顔は醜悪に笑い、黒い装備に身を包んだあの小隊長を携えている。

「ほら……もう、おまえをたぶらかす輩はもういない」

 ゴトッという音と共にヘレの目の前に放られたのは……パレスの首。
 息を飲み、かつて愛した者の最後を目の当たりにする。
 顔は酷く汚れていたが、何度も間近で見たその顔を忘れるわけがない。

 それは、最後の夜、愛してあげられなかった男の最後だった。

 なにも思わなかったわけじゃない。
 悲しくはあったと思う。
 でも、それ以上にこの人からは逃れられないのだと恐怖した。
 私を取り戻すためだけに軍を動かし、大勢の人の命を駒のように扱い、戦争に参加しなかった町の人々を殺した。

 きっと……詩人が歌えばこうだろう……

 ラスフェリカの王子は、デガンニークの王子に拐われた姫を奪還するため、その深い愛のもとに聖戦を決意し、苦難を乗り越え見事救い出すことに成功した英雄なのだと。
 きっと、その後はそのお姫様と仲睦まじく愛し合いながら余生を過ごしたことになるのだろう。

 手を取られ、その華奢な身体は強引に引き上げられる。
 見上げた英雄の顔はひどく醜悪に見えた。

 ……嫌だった。

 このままラスフェリカに帰り、この男と人生を共にすることが堪らなく嫌だった。
 そして、耳にするのだろう心無い英雄譚を聞かされるのが嫌だった。
 その情熱的な英雄譚に熱狂する民の姿を想像するだけで吐き気がした。

 自分は何のためにこんなにも心を痛めていたのだろうか?
 私が犯した罪とはいったいなんであったのだろうか?

 わからない……この戦争に勝利した国民は、きっと喜ぶのだろう……こんなにもたくさんの悲劇を生んでおきながら……私は……立場が違うだけで他人の悲劇を喜ぶ民のために心を痛めてきたのだ。
 ならば……私の罪とは?


 私がずっと感じてきた罪の意識なんて……


 ただただ、戦争のおもちゃとして生まれてきただけに過ぎない人生だった。

「ほら! 歩け! せっかく助けに来てやったというのに……その態度はなんだ!!」

 いつもこんな風に私を縛るバラン……
 高圧的なその態度は、女の私が逆らえるようなものではなかった。
 なかなか子を成さない私を責め立て、罵られながら抱かれ……涙を流すことさえ責めらた日々……。

「おお……そうだろう……辛かったな。大丈夫、もう大丈夫だ……もう泣かないでもよい。笑ってくれ……なあ、ヘレ?」

 私は泣いていたようだ。
 先ほどまでグズグズと縮こまる私に罵声を浴びせていた癖に、私の涙を嬉し涙とでも勘違いしたのだろう……急に態度を軟化させ、自惚れに浸っている……嫌だった……嫌で、嫌で、仕方なかった。
 なによりも嫌だったのは……

 ……私が笑っていたこと。

 満足気に笑みを浮かべる彼の姿を見て……心底ホッとしている自分がいた。

 でも……なにもできない……そんな自分が悔しくて……悔しくて……わなわなと震える唇も涙も止まらない……そして、また腕を引かれて歩かされる……また……繰り返してしまうのだろう……きっとこれからも、何度も、何度も……

 ……その時、私は彼のことを思い出していた。
 私の前に現れて、おどけた態度で私を救うと言った占い師のことを。
 彼の言ったとおり、無意味な戦争だった。
 周りはみんな愚者ばかりだった。
 私が感じていた罪の意識なんてなんの意味もなかった。
 ただただ滑稽に思えた。

 彼は本当に来てくれるだろうか?
 
 助けてと叫べば来てくれるだろうか?

 ……そう思った時には口に出していた。

 叫ぶことはできなかったが、震える唇を必死に動かし、誰にも聞こえないようなか細い声で一言だけ……



「助けて」と。



 すると、私の腕を引いていた彼が急に止まり、何事かと顔を上げて見れば……


 目の前に占い師の彼が笑顔で立っていた。


「約束どおり、あなたを救いに参りました」

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