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西の大陸蹂躙
西の大陸に伝わる伝説
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***
魔王はなんの前触れもなく里に現れた。
華奢な体躯に長い黒髪。控えめな巻き角を頭に携えおり、青い瞳に切れ長の目が特徴的な精悍顔。そして、豪華な留め具と複雑な刺繍で飾られた、細身で一枚物の白いローブを身に纏っていた。
その姿は弱々しく見えた。
魔王はいつものように里の娘を犯していたクザンの下へと向かった。
魔王はクザンに殺されると思った。
しかし、あのクザンを赤子の手を捻るようにあっさりと捕らえてしまった。
我々は一様にして驚いた。
そして、魔王が連れて来た者たちを見てさらに驚いた。
そこには、連れ去られたエルフたちと、公爵様と、裸の男がいたからだ。
なにを話しているかは聞こえなかったが、やがて、クザンと一騎打ちを果たすことになったようだ。
そして、魔王は言った。
呪われた運命の鎖を断ち切るのだと。
この里を、エルフを救うのだと。
恨みを晴らしてくれるのだと。
なにを馬鹿なことを……などと思う者も少なくなかったはずだ。
たとえクザンを倒せたとしても、永らく積もり積もった積年の恨みが晴れることなどない。
心に傷を負ったエルフたちが癒えることはない。
そう思っていた。
しかし……
魔王は一つ一つ掲げた誓いを成し遂げていった。
その誓いの刹那、呪われた運命の鎖は呆気なく断ち切られた。
誰もがなにが起きたかわからなかったが、クザンがはっきりとわかるくらいに敗北したのだ。
魔王は我々に配下としたクザンの手当てを命令し、今度は裸の男を民衆の集まる中に差し出した。
そこでは、エルフたちに行われていた恥辱の数々を男が誇らしく語っていた。
何度も何度も慰み者にされた赤裸々な過去を嘲り、罵られた。
汚れていると……
しかし、魔王はその全てを聞き届けてから、我らのために語ってくれた。
やつらが誇れば誇るほど、我が同胞の美しい心が証明されていくのだと……
傷ついた心が癒えることなどないと思っていた。
このまま過去を封印し、枷を背負って生きて行かねばならないと思っていた。
しかし、魔王はそれを枷などではなく、誇りだと証明してくれたのだ。
弱い存在は、強い存在につき従わなくては生きていけない現実。
魔王が価値を認めてくれなければ、なんの意味もない誇り。
それを、誰にも負けない強者であるにも関わらず、慈悲深い心で我々の価値を認めてくれた。
魔王はエルフたちの心の傷を癒すばかりか、思い出すたびに誇り高く生きる勇気を与えてくれたのだ。
……そう、ここまでは英雄譚だった。
ここですんなり二人の首を落としていれば、エルフを救った魔王の英雄譚として語り継がれたはずだ。
しかし、彼は紛れもなく魔王だと思い知らされた。
最後に一つ、彼が誓った言葉。
恨みを晴らす。
これに関しては、元凶が死ねば晴れるというものでもない。
やりきれない思いは少なからず残るだろう。
そう思っていた。
しかし……
魔王の断罪は……生き地獄だった。
裸の男は恥辱に塗れ、見ているのが辛いくらいおぞましい醜態を晒した。
公爵は我々の恨みによって一人孤立し、我々全員がまくしたてるように殺せと裁きを下した。
そして、エルフの里の者が殺されたやり方で、それ以上の恐怖、苦しみ、後悔、無念、恨みを抱いて死んだことだろう。
魔王は見ていられないほど残酷で、残忍で、慈悲のかけらもなく、我々が受けた屈辱をそっくりそのままやり返したのだ。
そう、まるで我々がそう殺せと願ったと言わんばかりに。
そして、猛々しくその二人の死を嘲笑い、命の尊厳すら踏みにじり、まるでゴミを片付けるかのように大蛇に飲み込ませた。
魔王は、我々の心の中に住まうどす黒い恨みを完膚なきまでに消し去ってしまった。
きっと我々は、誰かを恨んだ時、恨んだ自分に恐怖するだろう。
きっと我々は、誰かに恨まれた時、恨まれた自分に恐怖するだろう。
なぜなら……
恨みの代償として差し出されるのは、魔王の断罪なのだから。
そして……その行いを是としたのは、他ならぬ、殺せと願った我々なのだから……
これは都合のいい英雄譚などではない。
我々を救った魔王の生ける伝説である。
***
魔王はなんの前触れもなく里に現れた。
華奢な体躯に長い黒髪。控えめな巻き角を頭に携えおり、青い瞳に切れ長の目が特徴的な精悍顔。そして、豪華な留め具と複雑な刺繍で飾られた、細身で一枚物の白いローブを身に纏っていた。
その姿は弱々しく見えた。
魔王はいつものように里の娘を犯していたクザンの下へと向かった。
魔王はクザンに殺されると思った。
しかし、あのクザンを赤子の手を捻るようにあっさりと捕らえてしまった。
我々は一様にして驚いた。
そして、魔王が連れて来た者たちを見てさらに驚いた。
そこには、連れ去られたエルフたちと、公爵様と、裸の男がいたからだ。
なにを話しているかは聞こえなかったが、やがて、クザンと一騎打ちを果たすことになったようだ。
そして、魔王は言った。
呪われた運命の鎖を断ち切るのだと。
この里を、エルフを救うのだと。
恨みを晴らしてくれるのだと。
なにを馬鹿なことを……などと思う者も少なくなかったはずだ。
たとえクザンを倒せたとしても、永らく積もり積もった積年の恨みが晴れることなどない。
心に傷を負ったエルフたちが癒えることはない。
そう思っていた。
しかし……
魔王は一つ一つ掲げた誓いを成し遂げていった。
その誓いの刹那、呪われた運命の鎖は呆気なく断ち切られた。
誰もがなにが起きたかわからなかったが、クザンがはっきりとわかるくらいに敗北したのだ。
魔王は我々に配下としたクザンの手当てを命令し、今度は裸の男を民衆の集まる中に差し出した。
そこでは、エルフたちに行われていた恥辱の数々を男が誇らしく語っていた。
何度も何度も慰み者にされた赤裸々な過去を嘲り、罵られた。
汚れていると……
しかし、魔王はその全てを聞き届けてから、我らのために語ってくれた。
やつらが誇れば誇るほど、我が同胞の美しい心が証明されていくのだと……
傷ついた心が癒えることなどないと思っていた。
このまま過去を封印し、枷を背負って生きて行かねばならないと思っていた。
しかし、魔王はそれを枷などではなく、誇りだと証明してくれたのだ。
弱い存在は、強い存在につき従わなくては生きていけない現実。
魔王が価値を認めてくれなければ、なんの意味もない誇り。
それを、誰にも負けない強者であるにも関わらず、慈悲深い心で我々の価値を認めてくれた。
魔王はエルフたちの心の傷を癒すばかりか、思い出すたびに誇り高く生きる勇気を与えてくれたのだ。
……そう、ここまでは英雄譚だった。
ここですんなり二人の首を落としていれば、エルフを救った魔王の英雄譚として語り継がれたはずだ。
しかし、彼は紛れもなく魔王だと思い知らされた。
最後に一つ、彼が誓った言葉。
恨みを晴らす。
これに関しては、元凶が死ねば晴れるというものでもない。
やりきれない思いは少なからず残るだろう。
そう思っていた。
しかし……
魔王の断罪は……生き地獄だった。
裸の男は恥辱に塗れ、見ているのが辛いくらいおぞましい醜態を晒した。
公爵は我々の恨みによって一人孤立し、我々全員がまくしたてるように殺せと裁きを下した。
そして、エルフの里の者が殺されたやり方で、それ以上の恐怖、苦しみ、後悔、無念、恨みを抱いて死んだことだろう。
魔王は見ていられないほど残酷で、残忍で、慈悲のかけらもなく、我々が受けた屈辱をそっくりそのままやり返したのだ。
そう、まるで我々がそう殺せと願ったと言わんばかりに。
そして、猛々しくその二人の死を嘲笑い、命の尊厳すら踏みにじり、まるでゴミを片付けるかのように大蛇に飲み込ませた。
魔王は、我々の心の中に住まうどす黒い恨みを完膚なきまでに消し去ってしまった。
きっと我々は、誰かを恨んだ時、恨んだ自分に恐怖するだろう。
きっと我々は、誰かに恨まれた時、恨まれた自分に恐怖するだろう。
なぜなら……
恨みの代償として差し出されるのは、魔王の断罪なのだから。
そして……その行いを是としたのは、他ならぬ、殺せと願った我々なのだから……
これは都合のいい英雄譚などではない。
我々を救った魔王の生ける伝説である。
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