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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
96話 そして、精霊少女と孫の帰宅 下
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リビングでゆっくりしたのち、就寝する事になって寝室に移動した。
メイベルとしても、人間魔法だけでなく精霊魔法も使ったので、実のところかなり疲れてもいた。だから、全員で最後にココア一杯分で話が済んだのは有難かった。
――のだが、歓迎できない事が、一点。
「おいエインワース、あんまりデカい孫を甘やかすんじゃないよ……」
メイベルが、思わず乾いた笑みを浮かべて呟けば、大きな枕を三つ、ぽふぽふと楽しげに並べていたエインワースが「ん?」と呑気に振り返る。
「何か言ったかい?」
「だーかーら、さっきから孫を甘やかしまくるんじゃない」
あまりのふわふわとした幸せそうな感じにイラッときて、メイベルは、一緒に寝室まで来たスティーブンにビシリと指を向けてそう教えた。
風呂の前にココアを作ってやり、風呂を上がるとどこか懐かしそうにニコニコと傷の手当てをした。メイベルが風呂を上がってみると、夜食を作ってやっていたのだ。
そしたらそしたで、今度はこの始末である。
『じゃあ、スティーヴも一緒に寝るかい? ふふっ、昔に戻ったみたいだねぇ』
彼が学生時代、一人でここに通って泊まっていた頃の事だ。やんちゃでよく怪我をしていて、そのたびに自分と妻で手当てをしたものだと、先程エインワースは嬉しそうに語ってもいた。
提案されたスティーブンは、一言で返事をしてオーケーを出していた。おかげで全員で消灯したのち、エインワースの寝室に来ている。
「お前もさ、『新婚夫婦なのに?』とか遠慮くらいしろよ」
メイベルは思い返すと、今度はスティーブンを軽く睨み付けた。
良識を持った大人だというのなら、それくらい配慮してもいいと思う。彼女としては、寝心地のいいベッドの、自分のスペースが狭くなるのが嫌だった。
するとスティーブンが「ふうん」と言う。
「どうお前の事だから、寝床の取り分の事しか考えてないんだろうな」
口を開いたかと思ったら、図星を言われた。
メイベルは、ナメんなよと言わんばかりに仁王立ちし、かなり年下の彼に、堂々と手振りを交えて告げる。
「当然だろ! このふかふかベッドでのいい眠りを、お前に邪魔されるかと思うと心底腹が立つぞっ」
「はぁ。どうせお前小さいんだからさ、爺さんのベッドはダブル以上の大きさがあってデカいし、俺一人くらい入るって。ちゃんと端に寄ってやるって言ってるだろ」
「寝転がれないだろうが!」
「お前っ、まさか普段から爺さんを潰しているんじゃないだろうな!?」
そこでスティーブンが、それまでの落ち着いた感じも飛ばして煩くなった。
誰かと眠るなんてしていなかったから、彼女が勝手に少し気にしているだけだ。エインワースは、大人しいんだよと彼女の寝相について教えず、「ははは」と笑っていた。
外は、とても静かな夜が広がっている。
少し前まで、精霊の騒動があったなんて思えないくらいに、いつもの日常的な穏やかな空気が流れていた。
「おい、待て。なんで私が真ん中なんだよ」
就寝スタイルについたところで、ふとメイベルがイラッとした声を上げた。
もう少し早めに主張できなかったのは、ベッドに上がってもそもそとやっていたら、自然と真ん中においやられてしまっていたせいだ。
彼女は、むすっとして左隣を見た。
「お前だって、エインワースの隣がいいだろう」
そこにいたスティーブンが、秀麗な眉をやや上げてみせる。すると右隣で「よいしょ」と毛布を首まで引っ張り上げたエイワースが、彼女を見て言う。
「でもメイベル、君が端に行ってしまったら、小さいから私かスティーヴが寝相で動いたら、落ちてしまわないかい?」
……確かに。その可能性は、ある。
メイベルは、人間の食事のづに貴重な『ふわっふわのベッド』について真剣に考える。気付いたら落っこちて床で寝ていた、なんて事になるのは非常に勿体ない。
その様子をしばし祖父と揃って眺めていたスティーブンが、頭の後ろに手をやった。
「チビは、大人しく真ん中で寝てろ」
「…………」
カチーンとくる言葉だが、今は子供の体をしているので事実ではある。メイベルが「ふんっ」と寝入る体勢で毛布にきちんと手を入れれば、エインワースがくすりと微笑んだ。
「それじゃあ、ベッドサイドの灯りも消すよ」
そうエインワースが声をかけて、ベッドのサイドテーブルに置かれている灯りの紐を引っ張って、寝室も消灯した。
両隣が、とても温かい。メイベルは欠伸が込み上げて、小さくやってしまった。やはり今日はひどく疲れたなと思う。思い返せば、日中は祭りにも参加したんだった。
「メイベル、今日は、祭りに一緒に参加してくれて、ありがとう」
ふと、こんな言葉をエインワースから投げかけられる。
メイベルは、頭を少し動かして隣の彼を見た。エインワースは、とても満足そうに天井を眺めている。
その表情を見ていたら、メイベルも自然と少しだけ微笑んでしまっていた。
「ううん、いいんだ。私も、多分、それなりに楽しめたよ」
柔らかな声が、その唇から吐息交じりに紡がれる。
不意に、ギシリ、とベッドが少しだけ軋んだ。なんだと思って目を向けたメイベルは、横向きになったスティーブンと視線がぶつかった。
目が合ったら、彼がもっと身を寄せてきて、毛布の上に腕をのせてくる。
「なんだよ、近寄ってくるなよ」
メイベルは、なんだかたじろいでしまって強がる声でそう言った。まるで半ば抱かれているみたいな錯覚を受けてしまう。
「爺さんが、お前の向こうにいるんだから、これくらい許せよ」
あっさりキスでも奪えそうな距離で、スティーブンはメイベルを見つめたまま述べた。それでも納得しない様子の彼女を前に、チラリと考える。
「それにな、お前、さっき言っただろ」
「何を?」
「爺さんが、俺を甘やかしてくれているって。実をいうと、俺も都会での仕事疲れを癒してもらおうと思って、甘えてる」
んな事だろうとは、お前がやってきた初日に分かっていたよ。
メイベルは安易に推測される考えが脳裏をよぎって、ははっと口角が引き攣った。この爺さんラブの孫、ほんと、どうにかなんねぇかな……。
そんな事を思っていると、説得するみたいにスティーブンが追って言ってきた。
「だから、お前にも、『孫』として『祖母』に甘えているだけだが?」
まるでそうであると証明するみたいに、毛布越しに感じる腕の重みに、軽く引き寄せられた気がする。
祖母に甘えていると言われも、信じられない。彼は、エインワースとの結婚を嫌がっている男なのに、いきなり『甘えさせろ』なんて言うか?
それにと思って、メイベルは顔を顰めてしまう。
「そもそも、私は【精霊に呪われしモノ】なんだが」
「でも一緒にいる爺さんも問題ねぇだろ。いつも、こうやって寝ているんじゃないのか?」
言いながら、毛布越しに片腕でぎゅっとされる。その吐息まで耳元に感じたメイベルは、なんだか一瞬、どうしてだか声が出なくなってしまった。
「だ、だから離れろってば」
「俺、寝付きが浅いんだ」
「もっと寄ってくるなっ。頑張って一人で寝ろ」
「ははは、孫が甘えるのはいくつになっても変わらないものだよ、メイベル」
「いやそうじゃなくて。こいつが私に甘えるとか、おかしいだろ」
メイベルは、毛布の下でぴくともしないスティーブンの胸板を押し返しながら、エインワースに言った。
エインワースは「仲がいいなぁ」と微笑まし気に言うと、天井を眺めて思い返す。
「私もね、寝付きが悪い時があるんだ。そういう時はね、いつもメイベルが付き合って、ぐっすり眠らせてくれたりするんだよ。子守歌とか――」
「おいエインワース、孫を甘やかすな」
メイベルは、遮るようにぴしゃりと口を挟んだ。
だがスティーブンは、止める気はないらしい。枕に頬杖をついて「ふうん」と祖父の方を見ると、話しを促す。
「それ、すごく気になるな。爺さん、昔はとても寝付きがよかっただろ」
「うん。妻が亡くなってから、少しね。多分、としのせいだろう」
痛む足の事は言わず、エインワースは孫に微笑みかけるると、話を変える。
「大丈夫だよ。今は、全然平気なんだ。メイベルはね、私がいつもよく眠れるように、私を甘やかすんだよ」
「ほぉ」
「おいコラっ、いい加減腕を下ろせよ。重いし暑っ苦しい」
「俺は全然暑くないし、離したら爺さんとの距離が遠くなるだろ」
しれっと適当な感じでメイベルに答えた彼が、「それで?」とエインワースに続ける。
「この、孫の名前もろくに覚えない祖母は、どうやって甘やかすんだ?」
「おや、なんだか根に持っているみたいな笑顔だ。メイベル、君、何かしたのかい?」
そこでエインワースに問われ、メイベルは途端にむすっとして静かになる。
おやおやと彼が首を捻る。してやったスティーブンへ目を戻すと、エインワースは思い返しながら笑顔で教えた。
「こうやってベッドについたら、眠れるまで話しをしてくれるんだ。そうして気付いたら眠っていたりする」
「いつも?」
「そう、いつも、二人でお喋りに耽る。それが少し長くなったりすると、彼女はそんな私に寝ろと言って、子守歌で寝付かせようとしたりするんだ」
「ふうん――で? どうなんだ、メイベル?」
滅多に名など呼ばないのに、確認するように目を向けて名指しされる。
二人の視線が、じっとこちらを見ているのをひしひしと感じた。なんだか、顔を隠したくなってしまったメイベルは、仕方なしに告白する事を決めた。
「……だって、エインワース……子供みたいなんだもの」
素直に認めて、ぽつりとそう口にした。
ようやくエインワースとスティーブンの目が離れていく。何やら二人が、いつもはメイベルがやっているようになんでもない思い出話を始めた。
ああ、もういいのかなと思った途端、緊張が抜けて瞼が重くなった。交わされる会話も頭に入ってこなくて、うつらうつらしてしまう。
「ふふっ、メイベルも頑張ったんだねぇ」
そんなエインワースの声が聞こえた。
「どうせ、また、無茶したんだろ」
またって、何……?
そうスティーブンに言おうと思ったものの、どちらの手かも分からない温もりに、頭や毛布の上からぽんぽんとされて一層心地良い眠りが込み上げてきた。
「それじゃあ、私達も眠ろうか」
「おやすみ、爺さん」
「うん、おやすみスティーヴ。おやすみ、メイベル」
とてもとても大切そうに挨拶される。労いだと気付いた。彼は、私が【首狩り馬】を個人的に思って、放っておけなくて助けようとした事を悟っている。
――ああ、でも、まぁいいか。
メイベルは、考えるのを途中でやめる。エインワースがどこか鋭いのはいつもの事だし、引っ付いてくるスティーブンの事より、何よりとても眠いのだ。
「おやすみ」
この暮らしで、口に慣れてきた言葉を返したのち、メイベルは深い眠りへと落ちていった。
気づけば三人、本当の家族みたいに並んで朝日が昇るまで安心して熟睡していた。
メイベルとしても、人間魔法だけでなく精霊魔法も使ったので、実のところかなり疲れてもいた。だから、全員で最後にココア一杯分で話が済んだのは有難かった。
――のだが、歓迎できない事が、一点。
「おいエインワース、あんまりデカい孫を甘やかすんじゃないよ……」
メイベルが、思わず乾いた笑みを浮かべて呟けば、大きな枕を三つ、ぽふぽふと楽しげに並べていたエインワースが「ん?」と呑気に振り返る。
「何か言ったかい?」
「だーかーら、さっきから孫を甘やかしまくるんじゃない」
あまりのふわふわとした幸せそうな感じにイラッときて、メイベルは、一緒に寝室まで来たスティーブンにビシリと指を向けてそう教えた。
風呂の前にココアを作ってやり、風呂を上がるとどこか懐かしそうにニコニコと傷の手当てをした。メイベルが風呂を上がってみると、夜食を作ってやっていたのだ。
そしたらそしたで、今度はこの始末である。
『じゃあ、スティーヴも一緒に寝るかい? ふふっ、昔に戻ったみたいだねぇ』
彼が学生時代、一人でここに通って泊まっていた頃の事だ。やんちゃでよく怪我をしていて、そのたびに自分と妻で手当てをしたものだと、先程エインワースは嬉しそうに語ってもいた。
提案されたスティーブンは、一言で返事をしてオーケーを出していた。おかげで全員で消灯したのち、エインワースの寝室に来ている。
「お前もさ、『新婚夫婦なのに?』とか遠慮くらいしろよ」
メイベルは思い返すと、今度はスティーブンを軽く睨み付けた。
良識を持った大人だというのなら、それくらい配慮してもいいと思う。彼女としては、寝心地のいいベッドの、自分のスペースが狭くなるのが嫌だった。
するとスティーブンが「ふうん」と言う。
「どうお前の事だから、寝床の取り分の事しか考えてないんだろうな」
口を開いたかと思ったら、図星を言われた。
メイベルは、ナメんなよと言わんばかりに仁王立ちし、かなり年下の彼に、堂々と手振りを交えて告げる。
「当然だろ! このふかふかベッドでのいい眠りを、お前に邪魔されるかと思うと心底腹が立つぞっ」
「はぁ。どうせお前小さいんだからさ、爺さんのベッドはダブル以上の大きさがあってデカいし、俺一人くらい入るって。ちゃんと端に寄ってやるって言ってるだろ」
「寝転がれないだろうが!」
「お前っ、まさか普段から爺さんを潰しているんじゃないだろうな!?」
そこでスティーブンが、それまでの落ち着いた感じも飛ばして煩くなった。
誰かと眠るなんてしていなかったから、彼女が勝手に少し気にしているだけだ。エインワースは、大人しいんだよと彼女の寝相について教えず、「ははは」と笑っていた。
外は、とても静かな夜が広がっている。
少し前まで、精霊の騒動があったなんて思えないくらいに、いつもの日常的な穏やかな空気が流れていた。
「おい、待て。なんで私が真ん中なんだよ」
就寝スタイルについたところで、ふとメイベルがイラッとした声を上げた。
もう少し早めに主張できなかったのは、ベッドに上がってもそもそとやっていたら、自然と真ん中においやられてしまっていたせいだ。
彼女は、むすっとして左隣を見た。
「お前だって、エインワースの隣がいいだろう」
そこにいたスティーブンが、秀麗な眉をやや上げてみせる。すると右隣で「よいしょ」と毛布を首まで引っ張り上げたエイワースが、彼女を見て言う。
「でもメイベル、君が端に行ってしまったら、小さいから私かスティーヴが寝相で動いたら、落ちてしまわないかい?」
……確かに。その可能性は、ある。
メイベルは、人間の食事のづに貴重な『ふわっふわのベッド』について真剣に考える。気付いたら落っこちて床で寝ていた、なんて事になるのは非常に勿体ない。
その様子をしばし祖父と揃って眺めていたスティーブンが、頭の後ろに手をやった。
「チビは、大人しく真ん中で寝てろ」
「…………」
カチーンとくる言葉だが、今は子供の体をしているので事実ではある。メイベルが「ふんっ」と寝入る体勢で毛布にきちんと手を入れれば、エインワースがくすりと微笑んだ。
「それじゃあ、ベッドサイドの灯りも消すよ」
そうエインワースが声をかけて、ベッドのサイドテーブルに置かれている灯りの紐を引っ張って、寝室も消灯した。
両隣が、とても温かい。メイベルは欠伸が込み上げて、小さくやってしまった。やはり今日はひどく疲れたなと思う。思い返せば、日中は祭りにも参加したんだった。
「メイベル、今日は、祭りに一緒に参加してくれて、ありがとう」
ふと、こんな言葉をエインワースから投げかけられる。
メイベルは、頭を少し動かして隣の彼を見た。エインワースは、とても満足そうに天井を眺めている。
その表情を見ていたら、メイベルも自然と少しだけ微笑んでしまっていた。
「ううん、いいんだ。私も、多分、それなりに楽しめたよ」
柔らかな声が、その唇から吐息交じりに紡がれる。
不意に、ギシリ、とベッドが少しだけ軋んだ。なんだと思って目を向けたメイベルは、横向きになったスティーブンと視線がぶつかった。
目が合ったら、彼がもっと身を寄せてきて、毛布の上に腕をのせてくる。
「なんだよ、近寄ってくるなよ」
メイベルは、なんだかたじろいでしまって強がる声でそう言った。まるで半ば抱かれているみたいな錯覚を受けてしまう。
「爺さんが、お前の向こうにいるんだから、これくらい許せよ」
あっさりキスでも奪えそうな距離で、スティーブンはメイベルを見つめたまま述べた。それでも納得しない様子の彼女を前に、チラリと考える。
「それにな、お前、さっき言っただろ」
「何を?」
「爺さんが、俺を甘やかしてくれているって。実をいうと、俺も都会での仕事疲れを癒してもらおうと思って、甘えてる」
んな事だろうとは、お前がやってきた初日に分かっていたよ。
メイベルは安易に推測される考えが脳裏をよぎって、ははっと口角が引き攣った。この爺さんラブの孫、ほんと、どうにかなんねぇかな……。
そんな事を思っていると、説得するみたいにスティーブンが追って言ってきた。
「だから、お前にも、『孫』として『祖母』に甘えているだけだが?」
まるでそうであると証明するみたいに、毛布越しに感じる腕の重みに、軽く引き寄せられた気がする。
祖母に甘えていると言われも、信じられない。彼は、エインワースとの結婚を嫌がっている男なのに、いきなり『甘えさせろ』なんて言うか?
それにと思って、メイベルは顔を顰めてしまう。
「そもそも、私は【精霊に呪われしモノ】なんだが」
「でも一緒にいる爺さんも問題ねぇだろ。いつも、こうやって寝ているんじゃないのか?」
言いながら、毛布越しに片腕でぎゅっとされる。その吐息まで耳元に感じたメイベルは、なんだか一瞬、どうしてだか声が出なくなってしまった。
「だ、だから離れろってば」
「俺、寝付きが浅いんだ」
「もっと寄ってくるなっ。頑張って一人で寝ろ」
「ははは、孫が甘えるのはいくつになっても変わらないものだよ、メイベル」
「いやそうじゃなくて。こいつが私に甘えるとか、おかしいだろ」
メイベルは、毛布の下でぴくともしないスティーブンの胸板を押し返しながら、エインワースに言った。
エインワースは「仲がいいなぁ」と微笑まし気に言うと、天井を眺めて思い返す。
「私もね、寝付きが悪い時があるんだ。そういう時はね、いつもメイベルが付き合って、ぐっすり眠らせてくれたりするんだよ。子守歌とか――」
「おいエインワース、孫を甘やかすな」
メイベルは、遮るようにぴしゃりと口を挟んだ。
だがスティーブンは、止める気はないらしい。枕に頬杖をついて「ふうん」と祖父の方を見ると、話しを促す。
「それ、すごく気になるな。爺さん、昔はとても寝付きがよかっただろ」
「うん。妻が亡くなってから、少しね。多分、としのせいだろう」
痛む足の事は言わず、エインワースは孫に微笑みかけるると、話を変える。
「大丈夫だよ。今は、全然平気なんだ。メイベルはね、私がいつもよく眠れるように、私を甘やかすんだよ」
「ほぉ」
「おいコラっ、いい加減腕を下ろせよ。重いし暑っ苦しい」
「俺は全然暑くないし、離したら爺さんとの距離が遠くなるだろ」
しれっと適当な感じでメイベルに答えた彼が、「それで?」とエインワースに続ける。
「この、孫の名前もろくに覚えない祖母は、どうやって甘やかすんだ?」
「おや、なんだか根に持っているみたいな笑顔だ。メイベル、君、何かしたのかい?」
そこでエインワースに問われ、メイベルは途端にむすっとして静かになる。
おやおやと彼が首を捻る。してやったスティーブンへ目を戻すと、エインワースは思い返しながら笑顔で教えた。
「こうやってベッドについたら、眠れるまで話しをしてくれるんだ。そうして気付いたら眠っていたりする」
「いつも?」
「そう、いつも、二人でお喋りに耽る。それが少し長くなったりすると、彼女はそんな私に寝ろと言って、子守歌で寝付かせようとしたりするんだ」
「ふうん――で? どうなんだ、メイベル?」
滅多に名など呼ばないのに、確認するように目を向けて名指しされる。
二人の視線が、じっとこちらを見ているのをひしひしと感じた。なんだか、顔を隠したくなってしまったメイベルは、仕方なしに告白する事を決めた。
「……だって、エインワース……子供みたいなんだもの」
素直に認めて、ぽつりとそう口にした。
ようやくエインワースとスティーブンの目が離れていく。何やら二人が、いつもはメイベルがやっているようになんでもない思い出話を始めた。
ああ、もういいのかなと思った途端、緊張が抜けて瞼が重くなった。交わされる会話も頭に入ってこなくて、うつらうつらしてしまう。
「ふふっ、メイベルも頑張ったんだねぇ」
そんなエインワースの声が聞こえた。
「どうせ、また、無茶したんだろ」
またって、何……?
そうスティーブンに言おうと思ったものの、どちらの手かも分からない温もりに、頭や毛布の上からぽんぽんとされて一層心地良い眠りが込み上げてきた。
「それじゃあ、私達も眠ろうか」
「おやすみ、爺さん」
「うん、おやすみスティーヴ。おやすみ、メイベル」
とてもとても大切そうに挨拶される。労いだと気付いた。彼は、私が【首狩り馬】を個人的に思って、放っておけなくて助けようとした事を悟っている。
――ああ、でも、まぁいいか。
メイベルは、考えるのを途中でやめる。エインワースがどこか鋭いのはいつもの事だし、引っ付いてくるスティーブンの事より、何よりとても眠いのだ。
「おやすみ」
この暮らしで、口に慣れてきた言葉を返したのち、メイベルは深い眠りへと落ちていった。
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