精霊魔女のレクイエム

百門一新

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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編

95話 そして、精霊少女と孫の帰宅 上

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 スティーブンが身体を動かせるようになったあと、メイベルは彼を連れて人間世界へ戻った。どうしてか手を離した時、名残惜しそうな目をされた。

 精霊魔力にあてられて、弱っていたりするのだろうか?

 やけに警戒心がないというか、なんというかスティーブンは子供っぽい。言えば素直についてくるし、唇を尖らせて「もう手を離すのかよ」と妙な事をぶつぶつ言ったりした。

 相変わらず、この精霊も魔法も嫌いな学者は、よく分からない。

 散歩でもするみたいな歩調で、エインワースの自宅へ向かった。するとそこには、庭の前の門ごしに【首狩り馬】と待っている彼の姿があった。

「おかえり、メイベル、スティーヴ。そしてお疲れ様」

 孫を愛称で呼んだエインワースが、労うようににこっと微笑む。

 遅れてじわじわと祖父好きでも思い出したのか、スティーブンがやや遅れて、じーんっときた様子で「爺さん」と顔の下を隠した。

 ――うん。いつもと違うと思っていたのは、気のせいだ。

 なんだいつも通りじゃないかよと思って、メイベルはアホらしくなった。彼と歩み寄りながら、エイワースへ声をかける。

「前にも言ったが、お前、そうホイホイ【首狩り馬】に近付くんじゃないよ」
「彼にね、花壇を教えてあげたんだ。作り方も知らなかったみたいで、スコップという単語も教えたよ」

 何してんの?

 こちらの話を全く聞き流れていると分かったメイベルは、そんな事を思った。すると彼が、【首狩り馬】を指して言う。

「庭に住まわせてくれないかと、お願いされたよ」
「はぁ!? だめに決まってんだろアホかっ」

 メイベルは、がばっと高い位置にある【首狩り馬】へ目を向ける。

「お前もっ、自分のデカい身体を見りゃあ、この庭は無理だと分かるだろ。んなデカい馬、飼えるか。なんでまた、そんな事をエインワースに相談したんだよ?」
「上半身を、馬にすれば、ポニーとでも言えば平気かと」
「そんな禍々しいポニーがいるか! お前っ、ポニーの存在知らないだろう!」

 ポニーとは、愛らしい小さな馬のイメージである。なかなか可愛いと思っていた初見の印象が、ずっと残っていただけあってメイベルは強く主張する。

 だが【首狩り馬】は、首を少し傾げただけだ。

「人間世界の馬と同じ姿になるのに、何が、だめなのか」
「まず鏡を見てみろっ、目が暗黒の普通馬がどこにいる!?」

 ビシリ、とメイベルは指を向けて指摘する。

 精霊界でのドタバタや、まがまがしい巨大な精霊の印象も強烈だったせいだろう。残っていた警戒も解いたスティーブンが、呆れたように気の抜けた声を上げる。

「まぁ、馬を飼った、と言ったとしても怪しまれるだろうな……。普通馬より、軍馬といった方がしっくりくるし」
「こいつに庭に居座られたら、庭が狭くなるッ!」
「そこかよ。でも、まぁ、確かに、その図体じゃ無理だな」

 普段の鋭い考察やら、現実な的な思考やらをどこへやったのか。ぼけっとした感じでスティーブンが庭の方を見やる。

 すると【首狩り馬】が口を挟んだ。

「なら、そこの森は? 見たところ精霊の主はいない」
「ここに出入りしている精霊は、全部、私やお前以下のクラスなんだ。お前みたいな高位精霊が居座ったら、お前自身が主みたいな形になっちまうぞ」

 ジロリとメイベルが睨み付ける。

「そもそも、この町に居座ること自体、だめっ」

 そんな彼女の様子を見て、スティーブンが「へぇ?」と不思議そうに言った。

「お前が、そんな風に言うのも珍しい気がするな。何か、身体のデカさ以外に問題でもあったりするのか?」
「……【首狩り馬】ってのは、

 じーっと見つめられたメイベルは、ややあってから一番の厄介事を申告した。

「奴らは、生命を自然摂取するんだ。お前も見ただろ、大精霊が作った城の橋が、引き返した際の踏み込みだけで劣化して、小鬼も。よくよく観察していれば、足元の草の異変にも気付けたはずだ」
「あの騒ぎの中で、そこを見る余裕なんてあるわけないだろ。で? それは一体何なんだ?」
「つまり食事だよ。首を落とすのは、ただの狩りだ。【首狩り馬】は生きている生きていないに関係なく、接しているモノの形や生命といった命を、必要になったら必要な分だけ勝手に『食事』してしまう種族なんだ」
「君は彼を、精霊女王様の兵だと言っていたけれど、その女王様の敷地も、そのせいで荒廃していたりするのかい?」

 ふと、横からエインワーズが尋ねてくる。

 問われたメイベルは、ぴたりと止まった。その幼い表情を、ちょっと考えるように顰めるのを、スティーブンとエインワースが揃って見つめている。

「いや?」

 そういえば、そんな事はちっともないなとメイベルは思い出す。

 するとエインワースが、納得したと言わんばかりににっこりと笑った。ピンッと調子よく人差し指を立て、こう提案する。

「なら、必要のない食事をしない、と本人が意識すれば済むのではないかな?」
「んなの出来るわけないだろ、【首狩り馬】だぞ。恐らくは、精霊の本能として、精霊女王の城周りで無意識に食事本能が抑えられただけで――」
「でも、もしそれが出来るのなら、君も、彼が森に住まうのはいいんだろう?」

 どこか自信たっぷりに確認された。老人なのにいまだ長身の彼に、にこにことした笑顔で覗き込まれたメイベルは、むすっとする。

「子供扱いするな。……まぁ、出来るのなら」

 口を尖らせつつも、最後はぽつりとそんな言葉を口にした。馬が自由な生き物である事は、人間世界に来て知っているから。

 これまで『望む』なんて事もしなかった【首狩り馬】が、生きている普通の生物のように思考し、自分で「こうしたい」「こうありたい」と希望を抱く。

 メイベルは、それを制限しようとは思わない。これまでもずっと、己の生き方に疑問など抱かなかった哀れさを考えれば、同じ精霊としては、思うところもあった。

「と、いうわけだけれど」

 メイベルの沈黙を見て取ったエインワースが、そこで早速と言わんばかりにくるりと振り返る。

「君、それは出来るかい? 可能ならば、メイベルはこの土地で好きにしていいと言っているよ。ちょくちょく庭に遊びに来るくらいなら怒らないと思う」
「人間の指示を聞き入れる義理はない。――が」

 しかし、と【首狩り馬】は言葉を続ける。

「そばにいていいのなら、我は、制御しよう」

 そう言ったかと思ったら、【首狩り馬】が前足を少し上げてぶるるといなないた。その長い尾がぱしりと身体にあたった直後、暗黒色の精霊魔力が一度放たれる。

 メイベルは、「うげ」と咄嗟にスティーブンを引っ張って、エインワースがいる家の敷地内へ入れると、人間魔法でその風を弾いた。

「いきなり精霊魔法を使うなよっ、お前の魔力は暗黒属性で、そのうえ濃すぎるんだ」

 闇にも耐性がある『夜の精霊』。それでいて高位精霊であるメイベルと違って、二人は魔力さえ持たないただの人間だ。

「それは、失敬した」

 答えた【首狩り馬】が、前足を戻した。精霊魔力をわずかに消費したはずだが、その踏みつけられた蹄の下は無事だった。

「……本当に、制御できるんだな。ちょっと意外だ」

 メイベルは、今更のようにそこを見つめて呟いた。

「そうすれば、そばにいていいのだろう?」
「え? あ、いや、まぁ、たまに立ち寄るくらいならという話で――」
「必要なら、いつでも我を呼べ。どこへいても、お前の声に応えよう」

 ぶるる、とたてがみを揺らした【首狩り馬】が、その堂々とした美しい漆黒の精霊姿で告げる。

 どこか満足げだ。彼が、駆けたくてうずうずしているのが分かった。物を覚え始めたばかりの子供みたいに思えて、メイベルは苦笑する息をもらした。

「そんな堅苦しい事なんて考えずに、まずは人間世界を色々と見てこいよ。本来の、精霊界で呼ばれている名に相応しい、空も駆けられる足がお前にはあるじゃないか」

 メイベルは、柔らかな苦笑いを浮かべてそう言った。精霊界を巡回る精霊女王の兵は、必要に踏み荒らさない場所を踏まないように空を駆ける。

 だから、まさか触れても大丈夫なように出来るだなんて、思ってもいなかったのだ。

「どこへなりとも行け。お前は、今や、自由なバカ馬だ」

 そうメイベルが告げると、【首狩り馬】がふっと笑う吐息をこぼした。

「我は――」

 けれど【首狩り馬】は、全てを言葉にしなかった。パカラッと音を立てて地面を踏むと、勢いよく四肢を動かして夜の空へと駆けていった。

 飛び立つ暗黒色の半身馬の精霊の姿が、不思議なキラキラとした光をこぼしながら、すぅっと夜空で解けていく。それを眺めるスティーブンは、呆け顔だ。

「あいつ、見えなくなっちまったぞ」
「元々、精神体の精霊だ」
「あ、そうだったか……にしても、空を飛べたんだなぁ」

 すっかり疲れているようだ。彼のぼけぇっとした感想を耳にしたエインワースが、ふふっと満足した様子で笑って、二人を誘った。

「さぁ、我が家へ入ろう。二人とも、本当にお疲れ様。温かいココアを飲んで、順番に風呂にも入って。それから私にも、話を聞かせてくれたのなら嬉しいよ」
「爺さんっ、いくらでも話してや――痛ぇっ」
「お前は、ココアをがーっと飲んでまずは風呂へ直行しろ」
「くそっ、このチビ精霊め――」
「スティーヴは、擦り傷もあるみたいだからねぇ。お風呂で汚れを落としたら、私が手当てしてあげよう。薬箱も用意しておくよ」
「俺、先に風呂入ってくるわ」

 スティーブンが、凛々しい表情をしてそう言った。
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