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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
92話 精霊女王の首狩り馬 上
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月明かりもない夜に包まれているというのに、青白い色をまとうように目に映る森の中をしばらく走った。
ずっと、ほぼ全力で走り続けているせいだろう。さすがのスティーブンも、いつの間にか無言になってメイベルの後を追っていた。
――そもそも精霊界は、人間世界と空気も違っている。
自分とは肉体的な違いもある事を考えて、メイベルは一度、チラリと彼の方を見た。
「必要なら、補助を――」
「魔法はごめんだ」
……全部言っていないのに、たんまり文句を言いたいブチ切れ顔をされたうえ、威嚇するような声で遮られてしまった。
「お前に倒れられでもしたら、エインワースが心配して私が困るんだが……」
「視察に行った発掘地で、部族と夜盗の合戦に巻き込まれて、しかたなく軍に加勢して三日三晩を闘い抜いた俺の体力をナメんなよ」
「うーん。そういう『学者』も、不思議なんだよなぁ」
自分がよく知っている人種と違う。メイベルは、思わず口の中にもらして首を捻った。
やがて城の尖閣が森の向こうに見え始めた。やけに尖った印象がある作りをしていて、いくつもの尖塔の先には青い火が灯っている。
ふと、城の外壁まで見えてきたところで、じゃらじゃらと金属音が耳に入ってきた。
「しめたっ、まだ城の外だ!」
メイベルは走る速度を上げた。気付いたスティーブンが、「おい待てって!」と声を上げて続く。
全速力で向かって一分足らず、唐突に森を抜けて前が開けた。そこには湯気を立てる赤く染まった湖があり、その中央に禍々しい古城があった。
そこへと続く立派な長い橋を、首と手に鎖をされた【首狩り馬】が、群がった小鬼達に誘導されて進んでいる。
「おいおい、あの半身馬、大人しく付いていってるじゃねぇか! 凶暴だとか危ないとか言ってなかったか!?」
そちらへと真っ直ぐ向かいながら、スティーブンが思わずといった様子でメイベルへ視線を投げる。
「仕方ないだろ、本能的な精霊の性だ。彼らの母であり、父であり、両方の王が決めたルールのもと、処刑に疑問を覚える精霊はいやしないよ」
その時、背後から不穏な気配がゾワッと上がった。
まさかと振り返ると、そこには直前まで迫っていた気配もなかった小鬼の集団があった。四つん這いで地面を這って向かってくる。
「その辺の土の中に埋まってた連中かっ。ヤな番人だぜ!」
メイベルは、目的の【首狩り馬】がすぐそこに見えるというのに、邪魔されようとしている状況に吐き捨てる。
声帯のない小鬼達が、カチカチカと歯を噛み合わせて威嚇音を上げた。剥いた鉄色の歯が、まるで拷問用のザギザギの刃のように鋭利に尖りを見せている。
「おいおい銃と弾の予備は、そんなにねぇぞっ」
「土人形だ、吹き飛ばして時間を稼ぐ方が手っ取り早い」
メイベルは、チクショーと思いながら手に魔力で術を構築した。
せっかく、少したまった人間世界の魔力だ。もしもの場合の予備だというのに、ここで人間魔法を使って消費する事になろうとは。
チリリと、彼女の金色の『精霊の目』が淡い光りを帯びる。
「苦手な熱をくれてやるぜ精霊モドキどもッ、『とりあえず吹っ飛べ』!」
指を向け、指先で術を弾いた途端、追ってくる小鬼達の先頭が大きな爆発を起こして吹き飛んだ。
メイベルの特徴的な、とてもデタラメでひっどいネーミングの短縮詠唱だ。高火力の炎に熱風を受けて、スティーブンが「おわっ」とよろける。
「おまっ、なんっつー危ない魔法放ってんだ!」
後方からの第二弾の追っ手を振り切るように、再び全力疾走を始めたところでスティーブンが怒鳴る。
「つか、魔法を使うなよバカっ」
「私は精霊だ。魔法くらい使えるぞ」
わざと危ないように見える形ばかり派手な魔法を放ったメイベルは、しれっと答えた。ついでに以前、ヴィハイン子爵邸で与えてしまったかもしれない懸念が、払拭してくれるのならいいと思っていた。
精霊魔力や、わざと精霊魔法を制限している事を、彼に勘ぐられたくない。
スティーブンは無知な一般人の学者なので、察知する可能性は低いだろう。しかし、有名な教授をやっているだけあって、一部安心できない聡いところがある。
――ただ、脳裏にチラリと過ぎった懸念なのだ。
そもそも相手は、精霊も魔法も大嫌いな人間である。恐らく、わざわざ注意深く観察したり調べようとも思わないだろうけれど。
「あの大食らいのバカ馬に、貯めていた人間世界の魔力を、ごっそり持っていかれたせいもあるけどな」
つい、考えて苛々して呟いた。
後ろを警戒して肩越しに見やっていたスティーブンが、「あ?」と訝った。
「なんか言ったか?」
「別に」
表情を戻してスパッと返した。そのまま視線を、橋の中央を進んでいく【首狩り馬】と小鬼達のうじゃうじゃした群れに向けたところで気付く。
城へと続く橋の向こう側からも、蠢いてやってくる小鬼達の姿が見えた。
「後からあとから、うじゃうじゃとッ」
メイベルは、パッとスティーブンを見た。
「後ろのやつらと合流されたら厄介だ、急げ!」
「言われなくともッ」
ぐんっとスピードを上げて走る。
「おい【首狩り馬】っ、こまでくれば聞こえるだろ」
そうメイベルが叫ぶと、彼がゆっくりと暗黒の『精霊の目』を向けてきた。なぜ来たのか、どうして必死になって走っているのか理解していない様子だ。
その時、スティーブンが「ん?」と城の天辺に気づいた。何気なしにそちらを確認するなり、目を剥く。
「ちょっ、おいなんだあれは!?」
隣から煩く肩を叩かれて問われ、メイベルも続いてそちらを見た。
おどろおどろしい雰囲気をした城の上に、陰がかった巨大な何かがいた。大きな手足で城の尖塔を掴み、ぐつぐつと煮えたぎったように赤く光る眼孔でこちらを見ている。
「騒がしいからと出てきたか。あれが、【墓場の処刑精霊】だよ。奴は、滅多に城からは離れないが――何せ仕事熱心だ。奴自身が出てきたらアウトだぞ」
さすがに、先程のような火力程度では、全く歯が立たない相手だ。
そう考えたところで、メイベルはパッとスティーブンへ目をやった。
「お前、銃の腕に自信は?」
「あ? いきなりなんだよ」
「たとえば、走りながらこの距離で、鎖に当てるくらいの腕前はあるか?」
メイベルは、【首狩り馬】の方を指して言った。すぐにスティーブンが察して、なるほどという顔で答える。
「馬の方を、先に自由にしようって事か。銃弾で鎖をどうにかする方法があるんだな?」
「人間魔法だが、精霊が作り出した呪縛の鎖を崩すものがある。城の中に入られたら厄介だからな、まずは奴自身の足で、橋から撤退してもらう」
「そのまま脱出するのか?」
「いいや。ついでに城の上にいる【墓場の処刑精霊】にも、用があってね。私は【首狩り馬】に来てもらったところで、あのデカい奴に――」
その時、城の上にいた巨大な【墓場の処刑精霊】が、のっそりと重々しく腕を一つ持ち上げると、自分の城をドンッと叩くような仕草をした。
外壁には衝撃など走っていないというのに、そこから淡い光が伝わっていった。その直後、まるで地盤に巨大なハンマーでも落ちたかのような地響きが起こった。
「うおっ!?」
スティーブンが、バランスを崩しかけて寸でで耐える。軽量な死体である小鬼達が、軽くはねて転がった。
もう一度、【墓場の処刑精霊】が大きな手で城を叩く。
その手から発せられた精霊魔力が、再び地面へと放ち打ち込まれて大地を揺らした。ぐらぐらと足元が不安定になる振動に、メイベルは舌打ちする。
「チッ、まだいる他の子分も投じようってか」
彼女は、スティーブンに手を差し出した。
「銃を寄越せ! ここで『俺の銃に魔法を』とかごちゃごちゃ言わないだろうな!?」
「本当は言いたくてたまらないが、絶対にあとで解けよ!」
スティーブンが、自分の銃を取り出してメイベルへ手渡した。彼女は受け取るなり、左右から挟み込むように両てのひらを押し付け魔法を展開する。
淡い緑の光が起こり、放たれた風がメイベルの緑の髪とローブを揺らした。
「安心しろ、この人間魔法は、銃弾の一発に掛けるものだよ」
あとは、撃つ人間の腕次第だ。
人間の対精霊魔法を掛けたメイベルは、直後に素早くスティーブンへ投げ返した。彼が慣れたようにしっかり受け取ると、即座に銃を構える。
「相変わらず寄越し方も雑だなっ」
文句を言いながらも、スティーブンの銃口から一発の銃弾が飛び出していた。
一瞬後、橋の上にいた【首狩り馬】の鎖に小さな火花が走った。見事に銃弾が命中した。そうメイベルが視認した直後、精霊魔力を解かれた鎖がボロボロと崩れていった。
「ナイスだ教授!」
「これくらい当然だ! つか、今度また『教授』なんて呼びやがったら、ぶっ飛ばすからな!」
いっちょ前に言い返したスティーブンは、まだ小鬼が体勢を立て直しているタイミングを逃すまいと、彼女と共に猛然と駆ける。
メイベルは、息を大きく吸い込むと、わざと別の呼び方で呼んだ。
「おい『バカ馬』! とりあえず橋からこっちに戻れ!」
すると【首狩り馬】が、よく分かっていないように見つめ返しつつも、素直に馬の四肢をパカラッと鳴らして移動し始めた。
彼の、暗黒の力をまとった足で踏み付けられ橋が軋む。容赦なく踏み潰された小鬼達が、哀れにも弱者として潰される音を最後に壊される。
けれど【首狩り馬】は、足元の『一雑草』など気にかけない。
「我への、お願いか」
メイベルしか見えていない彼が、淡々と野太い声で、問う。
「ああそうだ。私が、バカ馬のお前という【首狩り馬】に言っている!」
その時、オオォォオオオオォォと【墓場の処刑精霊】が獣か異形のようなおぞましい咆哮を上げた。先程よりも精霊魔力を込めると、光る両手を振るって城に打ち当てる。
小鬼が一瞬浮くくらい、大きく地面が揺れた。
華奢なメイベルは、足を取られて「うわっ」と走る足で止まった。そのまま地響きが一帯を激しく揺らし、耐えかねた大地がいくつかに大きく割れる。
真後ろで割れた地層が、青白い鈍い光を放って、深い地の層まで覗かせた。
――深い、精霊世界の層への入口だ。
そのままバランスが崩れて、そちらへと背中から向かったメイベルは顔が引き攣った。まずい。このまま落ちたら、【首狩り馬】を奪還できない……。
直後、不意に腕を掴まれた。
「へ?」
金色の『精霊の目』を戻した彼女は、その大きな目を見開いた。
その腕を捕まえて体を引き留めたのは、咄嗟に飛び込んできたスティーブンだった。
ずっと、ほぼ全力で走り続けているせいだろう。さすがのスティーブンも、いつの間にか無言になってメイベルの後を追っていた。
――そもそも精霊界は、人間世界と空気も違っている。
自分とは肉体的な違いもある事を考えて、メイベルは一度、チラリと彼の方を見た。
「必要なら、補助を――」
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……全部言っていないのに、たんまり文句を言いたいブチ切れ顔をされたうえ、威嚇するような声で遮られてしまった。
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「うーん。そういう『学者』も、不思議なんだよなぁ」
自分がよく知っている人種と違う。メイベルは、思わず口の中にもらして首を捻った。
やがて城の尖閣が森の向こうに見え始めた。やけに尖った印象がある作りをしていて、いくつもの尖塔の先には青い火が灯っている。
ふと、城の外壁まで見えてきたところで、じゃらじゃらと金属音が耳に入ってきた。
「しめたっ、まだ城の外だ!」
メイベルは走る速度を上げた。気付いたスティーブンが、「おい待てって!」と声を上げて続く。
全速力で向かって一分足らず、唐突に森を抜けて前が開けた。そこには湯気を立てる赤く染まった湖があり、その中央に禍々しい古城があった。
そこへと続く立派な長い橋を、首と手に鎖をされた【首狩り馬】が、群がった小鬼達に誘導されて進んでいる。
「おいおい、あの半身馬、大人しく付いていってるじゃねぇか! 凶暴だとか危ないとか言ってなかったか!?」
そちらへと真っ直ぐ向かいながら、スティーブンが思わずといった様子でメイベルへ視線を投げる。
「仕方ないだろ、本能的な精霊の性だ。彼らの母であり、父であり、両方の王が決めたルールのもと、処刑に疑問を覚える精霊はいやしないよ」
その時、背後から不穏な気配がゾワッと上がった。
まさかと振り返ると、そこには直前まで迫っていた気配もなかった小鬼の集団があった。四つん這いで地面を這って向かってくる。
「その辺の土の中に埋まってた連中かっ。ヤな番人だぜ!」
メイベルは、目的の【首狩り馬】がすぐそこに見えるというのに、邪魔されようとしている状況に吐き捨てる。
声帯のない小鬼達が、カチカチカと歯を噛み合わせて威嚇音を上げた。剥いた鉄色の歯が、まるで拷問用のザギザギの刃のように鋭利に尖りを見せている。
「おいおい銃と弾の予備は、そんなにねぇぞっ」
「土人形だ、吹き飛ばして時間を稼ぐ方が手っ取り早い」
メイベルは、チクショーと思いながら手に魔力で術を構築した。
せっかく、少したまった人間世界の魔力だ。もしもの場合の予備だというのに、ここで人間魔法を使って消費する事になろうとは。
チリリと、彼女の金色の『精霊の目』が淡い光りを帯びる。
「苦手な熱をくれてやるぜ精霊モドキどもッ、『とりあえず吹っ飛べ』!」
指を向け、指先で術を弾いた途端、追ってくる小鬼達の先頭が大きな爆発を起こして吹き飛んだ。
メイベルの特徴的な、とてもデタラメでひっどいネーミングの短縮詠唱だ。高火力の炎に熱風を受けて、スティーブンが「おわっ」とよろける。
「おまっ、なんっつー危ない魔法放ってんだ!」
後方からの第二弾の追っ手を振り切るように、再び全力疾走を始めたところでスティーブンが怒鳴る。
「つか、魔法を使うなよバカっ」
「私は精霊だ。魔法くらい使えるぞ」
わざと危ないように見える形ばかり派手な魔法を放ったメイベルは、しれっと答えた。ついでに以前、ヴィハイン子爵邸で与えてしまったかもしれない懸念が、払拭してくれるのならいいと思っていた。
精霊魔力や、わざと精霊魔法を制限している事を、彼に勘ぐられたくない。
スティーブンは無知な一般人の学者なので、察知する可能性は低いだろう。しかし、有名な教授をやっているだけあって、一部安心できない聡いところがある。
――ただ、脳裏にチラリと過ぎった懸念なのだ。
そもそも相手は、精霊も魔法も大嫌いな人間である。恐らく、わざわざ注意深く観察したり調べようとも思わないだろうけれど。
「あの大食らいのバカ馬に、貯めていた人間世界の魔力を、ごっそり持っていかれたせいもあるけどな」
つい、考えて苛々して呟いた。
後ろを警戒して肩越しに見やっていたスティーブンが、「あ?」と訝った。
「なんか言ったか?」
「別に」
表情を戻してスパッと返した。そのまま視線を、橋の中央を進んでいく【首狩り馬】と小鬼達のうじゃうじゃした群れに向けたところで気付く。
城へと続く橋の向こう側からも、蠢いてやってくる小鬼達の姿が見えた。
「後からあとから、うじゃうじゃとッ」
メイベルは、パッとスティーブンを見た。
「後ろのやつらと合流されたら厄介だ、急げ!」
「言われなくともッ」
ぐんっとスピードを上げて走る。
「おい【首狩り馬】っ、こまでくれば聞こえるだろ」
そうメイベルが叫ぶと、彼がゆっくりと暗黒の『精霊の目』を向けてきた。なぜ来たのか、どうして必死になって走っているのか理解していない様子だ。
その時、スティーブンが「ん?」と城の天辺に気づいた。何気なしにそちらを確認するなり、目を剥く。
「ちょっ、おいなんだあれは!?」
隣から煩く肩を叩かれて問われ、メイベルも続いてそちらを見た。
おどろおどろしい雰囲気をした城の上に、陰がかった巨大な何かがいた。大きな手足で城の尖塔を掴み、ぐつぐつと煮えたぎったように赤く光る眼孔でこちらを見ている。
「騒がしいからと出てきたか。あれが、【墓場の処刑精霊】だよ。奴は、滅多に城からは離れないが――何せ仕事熱心だ。奴自身が出てきたらアウトだぞ」
さすがに、先程のような火力程度では、全く歯が立たない相手だ。
そう考えたところで、メイベルはパッとスティーブンへ目をやった。
「お前、銃の腕に自信は?」
「あ? いきなりなんだよ」
「たとえば、走りながらこの距離で、鎖に当てるくらいの腕前はあるか?」
メイベルは、【首狩り馬】の方を指して言った。すぐにスティーブンが察して、なるほどという顔で答える。
「馬の方を、先に自由にしようって事か。銃弾で鎖をどうにかする方法があるんだな?」
「人間魔法だが、精霊が作り出した呪縛の鎖を崩すものがある。城の中に入られたら厄介だからな、まずは奴自身の足で、橋から撤退してもらう」
「そのまま脱出するのか?」
「いいや。ついでに城の上にいる【墓場の処刑精霊】にも、用があってね。私は【首狩り馬】に来てもらったところで、あのデカい奴に――」
その時、城の上にいた巨大な【墓場の処刑精霊】が、のっそりと重々しく腕を一つ持ち上げると、自分の城をドンッと叩くような仕草をした。
外壁には衝撃など走っていないというのに、そこから淡い光が伝わっていった。その直後、まるで地盤に巨大なハンマーでも落ちたかのような地響きが起こった。
「うおっ!?」
スティーブンが、バランスを崩しかけて寸でで耐える。軽量な死体である小鬼達が、軽くはねて転がった。
もう一度、【墓場の処刑精霊】が大きな手で城を叩く。
その手から発せられた精霊魔力が、再び地面へと放ち打ち込まれて大地を揺らした。ぐらぐらと足元が不安定になる振動に、メイベルは舌打ちする。
「チッ、まだいる他の子分も投じようってか」
彼女は、スティーブンに手を差し出した。
「銃を寄越せ! ここで『俺の銃に魔法を』とかごちゃごちゃ言わないだろうな!?」
「本当は言いたくてたまらないが、絶対にあとで解けよ!」
スティーブンが、自分の銃を取り出してメイベルへ手渡した。彼女は受け取るなり、左右から挟み込むように両てのひらを押し付け魔法を展開する。
淡い緑の光が起こり、放たれた風がメイベルの緑の髪とローブを揺らした。
「安心しろ、この人間魔法は、銃弾の一発に掛けるものだよ」
あとは、撃つ人間の腕次第だ。
人間の対精霊魔法を掛けたメイベルは、直後に素早くスティーブンへ投げ返した。彼が慣れたようにしっかり受け取ると、即座に銃を構える。
「相変わらず寄越し方も雑だなっ」
文句を言いながらも、スティーブンの銃口から一発の銃弾が飛び出していた。
一瞬後、橋の上にいた【首狩り馬】の鎖に小さな火花が走った。見事に銃弾が命中した。そうメイベルが視認した直後、精霊魔力を解かれた鎖がボロボロと崩れていった。
「ナイスだ教授!」
「これくらい当然だ! つか、今度また『教授』なんて呼びやがったら、ぶっ飛ばすからな!」
いっちょ前に言い返したスティーブンは、まだ小鬼が体勢を立て直しているタイミングを逃すまいと、彼女と共に猛然と駆ける。
メイベルは、息を大きく吸い込むと、わざと別の呼び方で呼んだ。
「おい『バカ馬』! とりあえず橋からこっちに戻れ!」
すると【首狩り馬】が、よく分かっていないように見つめ返しつつも、素直に馬の四肢をパカラッと鳴らして移動し始めた。
彼の、暗黒の力をまとった足で踏み付けられ橋が軋む。容赦なく踏み潰された小鬼達が、哀れにも弱者として潰される音を最後に壊される。
けれど【首狩り馬】は、足元の『一雑草』など気にかけない。
「我への、お願いか」
メイベルしか見えていない彼が、淡々と野太い声で、問う。
「ああそうだ。私が、バカ馬のお前という【首狩り馬】に言っている!」
その時、オオォォオオオオォォと【墓場の処刑精霊】が獣か異形のようなおぞましい咆哮を上げた。先程よりも精霊魔力を込めると、光る両手を振るって城に打ち当てる。
小鬼が一瞬浮くくらい、大きく地面が揺れた。
華奢なメイベルは、足を取られて「うわっ」と走る足で止まった。そのまま地響きが一帯を激しく揺らし、耐えかねた大地がいくつかに大きく割れる。
真後ろで割れた地層が、青白い鈍い光を放って、深い地の層まで覗かせた。
――深い、精霊世界の層への入口だ。
そのままバランスが崩れて、そちらへと背中から向かったメイベルは顔が引き攣った。まずい。このまま落ちたら、【首狩り馬】を奪還できない……。
直後、不意に腕を掴まれた。
「へ?」
金色の『精霊の目』を戻した彼女は、その大きな目を見開いた。
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