精霊魔女のレクイエム

百門一新

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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編

89話 その首狩り馬は 下

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 メイベルは、真意を探るように【首狩り馬】を睨み付けている。その後ろで体勢を整えたスティーブンが、剣を構え直しながらこそっと尋ねた。

「おい。一撃目を防げればいい、と言っていたが、マジなんだろうな?」
「ああ。そもそも【首狩り馬】相手に、騙し打ちは一度きりしかきかない。二撃目が来たら、人間のお前なんて、あっさり確実に首が落ちるぞ」

 メイベルは、【首狩り馬】を警戒しながら早口で答える。

 その回答を受けたスティーブンが、ぞーっとした様子でやや間を置いた。

「……お前が、一撃目を防げなかったかもしれない可能性がある中で、俺に、この役目を平気で押し付けた鬼畜ぶりについては理解した」
「お前なら一撃目は防げるだろうと思って、私は役目を振ったまでだ」

 エインワースの家に戻ったあとの話し合いを思い返しながら、メイベルはちらりと顰め面で横目に彼を見やる。

「【首狩り馬】は、お前の事を随分下に見ていたからな。つけ入る隙はあった。エインワースに気配を隠す魔術を施した鞘を預けて、そこに影移動に対応出来るよう感知するためのものも埋め込んだ。あれは持っているだけで作動し続ける。一回目の防衛は、ほぼ失敗しない」
「つってもなぁ……」

 まだ停止中の圧巻な半身馬精霊を前に、スティーブンは半信半疑だ。

「打ち合わせでは、話す場が出来ればいいって事だったが、一体どうする気だ?」
「今のこいつは、暴走していて正規の【首狩り馬】から外れかけているから、契約も命令もきかない――となればを揺さぶる」

 その時、メイベルは【首狩り馬】が思案をやめそうになるのを察知した。すぐに視線を戻し、緑の髪をふわりと揺らして向き合う。

 その思案を終わらせてはいけない。狩りに移られる前に、先手を講じる。

 さぁ、ここからが勝負だ。推測が合っていれば、彼が真っ先に殺そうとしていたであろうスティーブンとエインワースの身については、一旦安全が確保できる。

「おい【首狩り馬】、なぜ襲う?」

 問いかけると、彼が、人間の頭をゆっくりと傾げた。

 それは、メイベルにとって予想していた反応だった。やはりかと思った彼女は、続いてわざとらしいくらい皮肉っぽい笑みを口元に浮かべてみせた。

「そりゃ、そうだろうな。人間と違って、お前は『理由なく動く事をしないはずのモノ』だ。それなのに、今、どうして襲っているのかと、お前自身が分からないでいるんだろう?」

 確認すれば、【首狩り馬】が黙ったまま白い吐息をこぼした。

 図星。沈黙による肯定だ。メイベルは自分の言葉については、彼がひとまずは理解してくれていると分かって説明を続けた。

「【首狩り馬】。それは、感情による衝動的行動だよ」
「かん、じょう」

 野太い声で繰り返した彼に、メイベルは深く頷く。

「お前がまず殺そうとしたのは、エインワース。それからスティーブンを殺して、その後に、祭りに参加していた町の人々の首を狩っていくつもりだった。そうだろう?」

 指摘してやったら、またしても間があった。

 だからメイベルは、自宅で待たせずにエインワースをここへ連れて来た。それは【首狩り馬】の出現場所を、町中にしないための策の一つでもある。

 スティーブンが、警戒を強めて剣を握り直した。その音を聞いたメイベルは『まだ動くな』と手で合図を送ると、暗黒色の目を持ったその精霊に話を続けた。

「お前の行動は、どれも突発的で衝動的だ。その感情を人がなんと呼んでいるのか、知っているか?」

 すると疑問符を浮かべて、【首狩り馬】が首を傾げる。

「それは、だよ、【首狩り馬】」

 メイベルは、事実を突き付けるようにして言った。

「嫉妬……」
「そう、嫉妬だ。あんたは精霊女王のための多くの中の一頭という状況に、種族としては有り得ない疑問を覚えて、自分の存在意義を疑った。そして今、私が特定のオスを連れていて、ソレが相手になるのかもしれない、と考えて嫉妬したのさ」

 たった一人、たった一つに固執するなどあり得ない。だって【首狩り馬】という精霊は、精霊女王のための兵だ。そして彼らは、どんな精霊の相手にでもなれる種馬。

 ――それはただの役目である。そこに自我も、欲も、個も、ない。

 ゆらり、と【首狩り馬】の姿が揺らぎ始めた。

「そう、なのかもしれん……我は……考えている」

 やや理解に追いつき出したらしい。彼が、自分の馬の下半身を見下ろした。黒い尻尾が揺れて、馬の尻に当たってパシリと音を立てる。

「我は、否、なぜ我らは、個としての名を持たないのか?」

 ふと、彼が首を捻って口にする。

 メイベルは、自分が以前『バカ馬』などと呼んだ事を思い出した。その際に彼が、僅かながら奇妙な間を置き、そして同種族とは違う反応を見せていたのに気付く。

「ああ、なるほど」

 それが、きっかけの一つにもなっていたのか。

 なんの気なしに口にした文句だ。しかし頭が固いがゆえか、ニックネームとでも受け取られたのかもしれない。

 名がない彼にとっては、初めての、自分だけの掛け声――。なんとも面倒で、そしてメイベルは哀れと同情に「はぁ」と吐息をもらした。

「そう自分で考えている事が、既に【首狩り馬】としては異なっているんだよ」

 前髪を、くしゃりとかき上げつつそう言った。

 すると【首狩り馬】は否定しなかった。中身が揺らいだのか、その馬の足が、ややふらつくようにして音を立てて後退する。

「……最近、我がおかしい」

 彼が野太い声をこぼしたかと思ったら、その姿は、夜の影に溶けるようにしてすぅっと消えていった。

 完全に気配がなくなった。まるで時間の流れでも戻ったかのように、再び夜風が流れ出したところでエインワースが茂みから立ち上がる。

「もう、出ても平気かな?」
「ああ、もういいぞ。やつは精霊界に移動した」

 そうメイベルが答えるそばで、スティーブンが剣を下ろしつつ訝って尋ねる。

「なぁ、『多くの中の一頭』ってどういう意味だ? なんで嫉妬なんてする?」
「どうやら、私がバカ馬やらアホ馬やらと口にしたのが、呼び分けられたみたいで嬉しかったらしいな。アレらは、個としての区別がされない種。首を狩る『精霊女王の兵』として知られているが、もう一つの役目は【精霊のための子作りの精霊】だ。子を欲しがる精霊のため、一晩限りの『つがい』になれる特別な精霊として存在している」

 何を思い出したのか、スティーブンが「げほっ」とやたら大きく咽た。きょとんとしたエインワースが「はい、どうぞ」と彼に鞘を返していた。

「群れでいる精霊は、どうしてどれもが同じなのか、分かるか?」

 唐突にメイベルに質問を投げ掛けられ、剣を鞘に収めたスティーブンと、エインワースが頭に疑問符を浮かべて見つめ返した。

「それは、お前がさっきから口にしている、自我だとかいう事が関わっているのか?」

 スティーブンが言い、メイベルは頷く。

「察しがいいな」
「お前は、必要な分は喋ってくれるみたいだからな」
「なんでそこでイラッとするんだ?」

 よく分からない男である。必要だから説明してやっているのになと、メイベルは、話を求めてにこにこと待っているエインワースに聞かせるように続ける。

「たとえば花を愛でる集団の小精霊達は、みんなが同じだ。好きな花の色は決まっているし、質問をしたら全員が全く同じ内容で答えてくる」
「個人的な考え方の違いはないんだねぇ」
「考える範囲も全く同じだ。精霊の中には、と定められているモノ達がいる。精霊王や精霊女王から、役目をもらって生み出された種族で、【首狩り馬】もその内の一つだ」

 それを聞いたエインワースが、彼なりには理解している様子で、先程の一件の緊張感もないまま納得顔で頷く。

「本来は集団行動で、群れ、というわけだね」
「そうだ。それでいて役目を持って生まれ落とされた精霊達に、例外をあまり見掛ける事がないのも、精霊界が自らその均衡をたもっているためだ」

 メイベルは、物憂げに視線を落とした。

「群れに戻れずに外れた精霊は、精霊王と精霊女王の【処刑人】によってしまつされる」
「はぁ!? 少し群れと違っただけで、始末されるのか?」
「同じでなくてはならない、というのが決まりだからだよ。アレが【首狩り馬】である以上、精霊界で【首狩り馬】と呼ばれるための範囲内に

 そうと決まればと、メイベルは考えを固めて目を戻した。視線がぶつかった途端、エインワースが察したように柔和な笑みを浮かべてくる。

「すまんな。私はアレを助けに行くよ。先に戻っていてくれ」
「そう言うと思ったよ。私は、温かいココアの準備でもして待っておこう」
「無理はするな。別に、眠っていてもいい」

 小さく苦笑を返してやったら、スティーブンが「ちょっと待った」と戸惑いがちに口を挟んだ。

「行くって、どこへだよ?」
「精霊界へ。お前の剣の鞘には、まだ守りの魔術が残っている。それを持って、エインワースと一緒に一旦家へ帰れ。そうすれば家は、絶対の安全地帯になる」

 メイベルは、答えるとローブをひるがえした。じゃあなと伝えるように雑に片手を振りながら、ニッと勝ち気な笑みを浮かべてみせる。

「ここへ来て、初めて出会っただった。私がきっかけの一つになったというのなら、私の手でけじめをつけるべきだろう」
「待て待て、方法はあるのかっ?」
「簡単な話だ。アレが、精霊女王の兵でなくなればいい」

 疑問たっぷりの表情をしたスティーブンに、メイベルはニヤリとする。

「馬ってのは自由なもんだ。アレは、別に私をどうこうしたいわけじゃなくて、それを不器用に考え出しているんだよ。なら、責任を取って、私がそれを与えてやろうと思ってな」

 影響を与えた相手だからこそ、まるで親か先生かのように理由が知りたくて固執しているにすぎないのだろう。

 そしてメイベルは、あのバカ馬を追うべく走り出した。
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