精霊魔女のレクイエム

百門一新

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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編

85話 祭りと舞台と歌 上

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 食べ物を全て胃に収めた後、エインワースの案内でメイベル達は移動を始めた。

「毎年、【夏の青空舞台祭り】は舞台がメインイベントでね。婦人会も踊りを披露するし、少年会の各サークルが出し物をしたりする」
「趣味で演奏や朗読や、作ってきたドレスなんかをお披露目するのもあるぞ」

 エリクトールも教えてくれた。どうやら協力にあたっている団体が持っているサークルメンバーも、舞台出演が目的であるところもあるようだ。

「大きな町に比べると、どんなものも個人も立てる『舞台』だからな。年に数回ある町のイベントは、いつも住民達に大好評なのさ」
「頑固ジジイは出た事がないのか?」
「ぐっ……お前、なぜその推測にいきついた?」
「話している感じから、なんとなくだ」

 人付き合いが下手で、不器用で引きこもりの老人だろう。

 メイベルは、そう思った事については口にしなかった。フードを被り直して歩きながら、やや遠巻きの町の住民達の様子をそれとなく確認する。

 距離は置かれているようだが、地に来たばかりの頃と違って、やや近い。

 それを視認して、つい金色の『精霊の目』を少し細めた。バルツェの町のような反応がし、、大きな町であれば絶対にない光景でもある。

 エインワースが何か話したのか。それとも、無知で無垢なマイケルといった子供達のせいなのだろうか?

 精霊に馴染みのない、ルファの町の人。彼らは無知であるけれど、偏見と警戒を強く持たない土地柄であるのにも気付いていた。けれど、それはメイベルにとって好ましくはない。

 受け入れる努力なんて、しなくていいのに……。

「おい。なんてツラしてんだよ」

 不意に、フード越しに大きな手を押し付けられて、メイベルは「ぶっ」と変な息が出てしまった。

「何をするんだ――孫」

 見つめ返してすぐ、スティーブンがピキリと青筋を立てた。

「テメェ、いい度胸してんな」
「そっちこそいい度胸だな、いきなり淑女の頭をワシ掴みにするとは」
「どこが淑女だよ、自分のガキ姿と素行をよく振り返れ」

 子供でも『女性レディ』なのでは、とメイベルは人間世界の常識を思い返しながら、彼の手をペシッと頭から払いどけた。

「私の頭は手置きじゃない」
「くそ、なんか腹が立つな」

 俺はちょっと落ち込んている気がしたから、と、スティーブンは悔しそうに口の中でごにょごにょ呟く。

「お前さん達、口の悪さと乱暴さが意外と相性良さそうだな」
「ふふっ、スティーヴとメイベルは仲がいいんだ。ここ数日は家の中が賑やかで、本当にとても楽しいよ」
「そうか……? ワシには、喧嘩しているようにしか見えんが……」

 にこにことしているエンワースに対して、エリクトールは「賑やか、ではなく騒がしい、の間違いでは」とこっそり疑問を口にしたのだった。

 舞台が見られる芝生の上には、青いビニールシートが敷かれてあった。既に多くの町人が集まっていて、子連れの家族や、年齢層の広い男達が座り込んで鑑賞を楽しんでいる。

 今、行われているのは、年齢層の高い女性達の町伝統の踊りだった。

 大人達のためのイベントだ。メイベルは、舞台袖に掲げられているスケジュール表を視認して思った。老人会が主催しているのも、納得できるような出し物の種類のように感じた。

「かなり盛り上がっているな」

 中央の空いている方へ腰を下ろしながら、メイベルは感想を述べた。

 その隣にエインワースが座り、続いてスティーブン、エリクトールという順で腰を落ち着けていった。

「ほとんどの者が知り合いだから、応援もあってとても面白いよ」
「ふうん。あの中心にいるおばさんも、知っているのか?」
「彼女はペギー。マイケルの母親さ」

 気紛れで指名したつもりだったから、まさかマイケルの母親だとは思っていなかった。髪や目鼻立ちの雰囲気が似ているから、知らずパッと目に留まって指してしまったのだろうか?

 仲良しの近所友達だと言っていた。もしかしたらそこには、同じく少年団のケニーやリチャードの母親達、もしくは祖母達が入っていたりするのかもしれない。

 そう考えてしまったメイベルは、そっと口を閉じた。

 ああ、嫌だな、と思った。あの子供達は、自分の中でとっくに個となって刻まれてしまっている。『マイケル』と『ケニー』と『リチャード』と、名前の付いた血の通った人間になっていた。

 スティーブンが、エインワース越しにメイベルへ目をやった。

 そのタイミングで踊りが終了となった。舞台にいた女性達が、揃って頭を下げ、拍手を浴びながら退場していく。

「次は商店街名物の、男衆のトークか」

 エリクトールが、舞台袖にあるスケジュールを確認して言った。

「あいつら、町ラジオの常連組だよな。ワシはここ数年の方は知らないが、確か今回は、外のラジオ局に就職した息子を呼んで司会させるとか?」
「実は数年前から、トークの司会をお願いしているんだよ」

 舞台上に、普段の仕事が分かるような、宣伝をかねた名前入りエプロンを付けた男達が登場してきた。そちらへ目を向けたまま、スティーブンが訊く。

「そういう助っ人ってのは、結構来てんのか? この町じゃ少ない車が、後ろ側に入っていくのも見えた」
「外で暮らしているルファの町出身の人達にも、どうですかと知らせを出して、協力してもらっているからねぇ。後半は、音楽関係でまとめられているからもっと盛り上がるよ」

 そう答えたエインワースが、楽しげに唇の前で人差し指を立てた。顔はこちらに向いていなかったものの、メイベルは自分に振っている台詞なのだと分かって「ふん」と顔をそらした。

 商店街名物の『商品売りトーク』の合戦が始まった。野菜屋、肉屋、魚屋、菓子屋……それぞれが全く違った商品を扱っているというのに、その「俺の商品はめっちゃ美味い」のオススメ演説は観客達を楽しませた。

 続いてはラジオ番組のようにして、町の話題について取り上げつつのトークが始まった。帰省した男性の進行は上手くて、とくに会場のご婦人達には好評だった。

 子供達の発表会や、手品の披露、大道芸など次々に舞台上で出し物がされていった。

 やがてジャンルが音楽へと絞られて、一回目に出演した伝統踊りの主婦達が再び登場して後半部の開幕を祝った。自分達がこうして大人になれたのも、今の伝統が受け継がれているのも老人達のおかげであるとして、彼らを敬うような感謝の言葉も贈られた。

 教え手も語り手も、次の世代へ。そうして子から孫へ……メイベルは、彼女達の言葉を不思議な気持ちで聞いていた。

「さて、続いては陽気な演奏です!」

 司会者へと移った現役ラジオマンの男性が、テンションを上げて次の出演者を紹介していく。その間に舞台へと上がったのは、ギターを持った老人達である。

 彼らによる、優しいローカルな弾き語りが始まった。

「へぇ。悪くねぇな」

 大都会人のスティーブンが、ちらりと口笛を吹いた。メイベルはローブとスカート越しに足を抱き寄せて、優しいテノールの歌に耳を澄ませていた。

 エインワースとエリクトールは、彼らとは共通の知り合いだったらしい。周りの老人達と揃って、「さすがはアブジャーノ!」やら「いいぞライジー」やら、褒めて応援していた。

 小さなピアノが運ばれて、町の女性音楽サークルの合唱、子供達の合唱と続いた。経験豊かな老人達の見事なアカペラで合唱部門がシメられると、今度はトランペットやバイオリンといった楽器演奏が入った。

 町の外で活躍中のプロと、素人の音楽に境界線などない。メイベルはリズムを指先で叩いて、被ったフードの下に表情を隠してこっそり笑っていた。悔しいけれど、確かにエインワースが誘っていた際に言っていた通り、様々な音楽に触れられて楽しかった。

 やがてトリを飾る、都会で活躍中の現役中年バンドグループが舞台へと上がった。小さなピアノ、ドラムセット、サブギター、メインギターを持った男性ボーカルが立った。

「数年ぶりに、ここへ帰ってこられたのを嬉しく思います。僕らを育てて支えて下さった、今はご高齢になってしまっている方々に心から愛と感謝を! 本日は、どうか楽しんでいってください!」

 彼らはカントリーな音楽から、老人達を楽しませる少し懐かしい陽気な曲。元気になるような楽しいリズムの曲や、力強く奏でつつ全力で歌うものなど幅広かった。

 会場はとても盛り上がった。彼らはコピー音楽も得意で、子供らもよく知っている曲を奏でて歌い、子供らや母親達に手拍子やコーラスを求めたりした。

「まだ時間が余っていますね。誰か僕らと一曲歌ってみたい人はいませんか?」
 
 最後に自分達のオリジナル曲をやった後、彼らが汗を拭いながら提案した。

「僕らが音楽を奏でます。是非、この機会に本格的なボーカルを体験してみませんか!?」

 ボーカル担当の男が、瞳をキラキラとさせてそう言った。本当に歌う事が好きで、音楽が好きで、だからこの想いを分かち合いたいのだという意思が伝わってきた。

 青いビニールシートに座っていた町の人々が、そこで少しだけ困ったようにして互いを見合った。

「さすがにプロ演奏だとなぁ……」
「私も、一人で歌うのはちょっと」
「カリー爺さんは、どうだ?」
「うーむ。一番目に行くのは、緊張が……」

 さてどうする、とざわざわと小さな囁き声が上がっている。

 その時、エインワースが手を上げた。全員の目が「え?」と向いた途端、彼は自分の横にいるローブで全身を隠したメイベルを指してみせた。

「私の妻、『メイベル』を推薦したい」

 にこにことして、エインワースがそう述べた。
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