精霊魔女のレクイエム

百門一新

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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編

83話 そうして迎えた当日

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 準備は整った。あとは舞台出演者らのスケジュール調整や、屋台といったテント側を与えられている婦人会や協力飲食店の方の準備が、細々と残っているだけとなった。

 それから数日後、当日を迎えた。

 メイベルは、外出準備が進められている室内にて、微妙な表情を浮かべていた。

 昼前、食卓の椅子に腰かけている彼女の目の前には、薄地のジャケットを羽織ってきちんとした紳士に見えなくもない孫、二十七歳のスティーブンが鼻歌交じりにネクタイで仕上げていた。

 その隣に視線を移せば、同じ調子で外出の支度をしているエインワースの姿があった。なんとなく鼻歌をやる姿は、どこか血族を思わせる感じで似ていた。

「……ここ数日、休日のように過ごしていたせいか、無駄に元気な孫が嫌だな」
「おいこらチビ精霊、思った事が口からだだもれだぞ」

 スティーブンが、ビシリと指を突き付けた。眉根は寄っているが、地顔だと言わんばかりに怒ってる感じはない。

 気付いたエインワースが、家の鍵をポケットへ入れつつ振り返ってこう言った。

「ふふっ、家の中が賑やかなのはいいねぇ」
「賑やか? いちいち小精霊が出るたび、騒ぐこいつの相手をしなきゃならん私のストレスは、いつもの数割増しだ」
「おい。テメェの精霊騒動で、俺の方がストレスと爺さんへの心配で胃に穴が開きそうなんだからな? なんで家の住民よりも先に『手足がはえた栗』が入浴してんだよ」
「私が知るか。害はないとは教えたろ」

 彼は今朝、そうメイベルが説明した矢先に『栗野郎』を掴んで、浴室の窓から空高く投げて退場させていた。

 触るにしては得体が知れないとか散々言いながら、近場で遭遇すると精霊嫌いが爆発して「勝手に爺さん宅に入ってんじゃねぇよ!」と家から放り出したりしている。

「お前がいちいち私を呼ぶから、エインワースの質問と合わせると普段より説明も倍増なんだぞ。一回見た【土の恵みのモノ】くらいで騒ぐなよ」

 思わず、昨日を思い出してそう言い返した。

 そうしたら、スティーブンが「あ? なんでだよ」と真っ直ぐこちらを見てきた。少しセットされた髪の一部が、切れ長のブルーの目にかかっている。

「だって呼んだら、お前は説明してくれるだろ」
「…………」

 信じられん、こいつ分かっていて私を呼んで喋らせているのか?

 メベルは「え」と珍しく言葉に詰まってしまった。だから、それが私の行動を増やしているんだって気付けよ……説明するのが面倒に思い、言ってしまおうか悩んだ。

 これは、先日の臨時助手の一件で癖が付いたようなものなのだろうか。エインワースから助っ人で寄越されたからサポートに当たったのが、そのまま刷り込みのように……?

 そもそも私、そんなに親切に教えたか?

 必要最低限だった気がするんだが、とメイベルは先日の旅を思い返した。今朝の庭先での【土の恵みのモノ】の件だって、実は土と作物に良い効果があるとざっくり教えたら驚きもなく、彼は「へぇ」「で?」「ふうん、たとえば?」といった感じで聞いていた気がする。

 すると、じっと見つめ返していたら、スティーブンがやや背を屈めるようにして覗き込んできた。

「なんだよ。何かあんのか?」
「……別に?」
「今、どうしようか考えてなかったか?」
「…………」

 なんでバレてるんだ。

 というか私は【精霊に呪われしモノ】なんだが、と思ってメイベルは、それとなく避けるようにして椅子から立ち上がった。渋々、外出のためローブの前ボタンをしめる。

 スティーブンが、また若干眉間の皺を深くした。なんだか苛々したのを感じていると、念のため、折り畳んで仕舞えるタイプの日除け帽子を被って仕上げたエインワースが、さてと振り返ってきた。

「メイベルは、乗り気ではなさそうだねぇ」

 老いた薄いブルーの目に微笑みかけられて、メイベルは「分かっているだろ」とげんなりして答えた。

「私を連れて行くのはススメない」
「美味しい物が食べられるよ。町のボランティアだから、お金はかからないんだ」

 すぐに言いながら、エインワースがピッと人差し指を立てる。その指先をメイベルは引き気味に見つめ、スティーブンが新鮮そうに少し嬉しげに見ていた。

「お前、私の話聞いてるか?」
「エリクトールも、楽しみにしていると言っていたよ」
「いや。あの頑固ジジイは、単にエインワースと参加したいだけ――」
「爺さん、この町のオススメの料理が出ているなら、是非俺に紹介して欲しい」

 途端にスティーブンが凛々しく主張してきて、メイベルは発言を邪魔された。くそ、この祖父大好きの猛烈ファンヤローめ、と、ずいっと自分とエイワースの間に割って入ってきた彼を見て思った。

「ははは、スティーヴも楽しみなんだね。私も、久し振りにこうして家族で回れるのが、とても嬉しいんだ。一緒に回ろうか」
「最高すぎる」

 口許に手をやったものの、一足遅くスティーブンのそこから声がこぼれる。エインワースの微笑みの前に、一瞬くらりとした彼が「よし」と眼力を強くした。

「行くぞ」

 呆れていたメイベルは、直後、ガシリと肩を掴まれた。

「会場でめいいっぱい食えるんだ、乗り気でいろ」
「お前、エインワース大好きすぎて気持ち悪いぞ。私は自分で歩けるからとりあえず離せ――孫」

 玄関までずるずると引っ張られながら、メイベルは言った。

 後ろから、戸締り忘れはないかと見りながらエインワースが付いてくる。先頭を歩くスティーブンが、横顔にピキリと青筋を立てた。

「ぶっ飛ばすぞ。祖母だって主張すんなら、孫の名前くらい覚えろド阿呆」

 けれど言い方は、やや強さがない。

 そんなに祖父と町の祭りに参加できるのが嬉しいのだろうか。やっぱり、それはそれで気持ち悪いな、とメイベルが思っていたら、スティーブンの機嫌が悪化した。

「あのな。お前、とっくに俺の名前なんて覚えて――」

 その時、何かしら言い掛けたスティーブンの声が遮られた。

 唐突に門扉の方へ、ずざーっと勢いよく三人の子供達が急ブレーキを踏んで立ち止まった。それは先日に見かけたマイケルとケニー、そして見覚えのないそばかす顔の少年もいた。

「エインワースの爺ちゃん、迎えに来たんだぜ!」

 リーダーのマイケルが、パッと明るい表情を向けて途端にそう叫んだ。その目がメイベルに留まるなり、彼とケニーが「あっ!」と指を指して声を揃える。

「精霊の嫁のメイベルだ――っ!」
「聞こえてる、見えてる、いちいち叫ぶな人を指すな」

 メイベルは、鬱陶しそうに片耳を押さえる仕草をした。

 彼らが門扉を勝手に開けて、わっとメイベルのローブへと突撃した。マイケルとケニーが裾を掴み、初めて見た『副団長のリチャード』らしき少年も、すぐそばから興味津々と眺めてくる。

「本当だ、子供にしか見えない!」
「おい、お前は『副団長のリチャード』だな? ガキにガキと言われる筋合いはないぞ」
「メイベル元気にしてたか!? うちの母ちゃん達、まだ会っちゃダメなんて言うんだぜ。おかげでエインワース爺ちゃんのアップルパイを食べ損ねてる!」
「お前、菓子だけが目的なのか? なら余計に来るのはやめろ」
「見て見て! 俺、すっかり足も良くなったんだぜ! 母さん、まだ警戒してるけど以前ほどトゲトゲしくなくなった!」

 三人の子供が、ぎゃあぎゃあ元気いっぱい発言してくる。

 顔を覗かせたエインワースが、「おや、ご両親のペギー達に頼まれたのかな?」と微笑ましげに首を傾げる中、初見のスティーブンに気付いた彼らがバッとポーズを決めた。

「お前、さては父ちゃん達が話していた、エインワース爺ちゃんの孫の『』だな!?」
「俺らは町を守ってる正義の少年団だぜ!」
「エインワース爺ちゃんには、いつもお菓子をもらってるんだぜ!」

 三人が、バッチリ台詞を言い終えた。

「あ?」

 それを聞き届けた途端、スティーブンが容赦なくギロリと睨み下ろして低い声で言う。彼らが「ひぇ」と怯えてメイベルにしがみつくと、そのひめかみに更に青筋が立った。

「テメェら、ひとまずから離れろ。んでもって、爺さんの一番は俺だからな」

 ビシリ、とスティーブンは「ぶちのめす」という仕草を交えて、譲らない姿勢で告げた。

 メイベルは、マイケル達が「この大人ちょー怖いッ」と騒ぐ中、大人げない張り合いを見せるなよ、と思った。
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