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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
81話 準備を手伝わされているスティーブンは 下
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するとグリーが、フッとあやしげな笑みを浮かべて顔を寄せてきた。少し背を屈めて覗き込んでくる感じは、少年姿にわざと寄せているような違和感を覚えさせた。
それはそうか、彼は精霊であって人ではない。
元は人型ですらないので、その少年容姿はただの魔法で作ったものだ。数十年どころか、何百年だって生きている精霊の可能性だってある。
「人間世界の『禁書以外の図鑑』には、極めて数が少ない種族の一つであるとしか書かれていないんだけれど、どうして数がとても少ないのか知ってる?」
ニヤリ、と不意にグリーの笑みが深まった。
分からない、と分かっていて問いかけているのだ。精霊の言葉遊びだ。考え事をしていたスティーブンは、いちいち癇に障るこの精霊にひどく苛々した。
「――んなの、知るわけないだろ」
「ふふっ、だよねー。そもそも君ら『学者』は、精霊も魔法も奇跡も嫌いだものねー。そこに疑問なんて覚えないかー」
わざとらく間延びした言い方だった。
ほんと、いちいち人を苛々させる精霊である。精霊というやつらは、みんな揃って明確に答えを教える気がない生き物なのか?
とはいえ、禁書以外の図鑑には載っていない、というのは初耳だ。
そうすると魔法協会の奥に情報が隠されている、とも取れる台詞だろう。
スティーブンは、一旦怒りの方は脇に置いて理性的に少し考えた。こちらの反応を待っている感じからすると、ある程度は言葉遊びとして付き合うつもりがある気もする。
何故メイベルや祖父の方ではなく、こちらに出てきたのかは分からない。正直言うと、こいつと会話するのも嫌であるが、せっかくのチャンスだと思えば『ヒント』は欲しい。
「わざわざ公開を制限するような情報なのかよ?」
質問を選んで尋ね返してみたら、グリーがにんまりとした。
「君は若いのに、やっぱり賢くて柔軟な『学者』だねぇ」
褒められているのか、嫌味を交えられて、おちょくられているのか分からない。
スティーブンは、今すぐ立ち上がって奴をぶん殴りたくなってきた。しかし、ひとまずはじっと耐える。
「それは人が決める事さ。僕ら精霊にとっては、ぜーんぜん、どちらでも構わない」
「魔法使いではなく、人、か?」
「そう。魔法使いではなく、人」
なんだか、精霊の言葉遊びとやらが、少しだけ分かってきた気がする。
ふうん、とスティーブンは思案顔て顎に手をやった。魔法使い側が決めたわけではなく、外部から要請かなんらかの事情があって情報を絞っている、という部分もあるらしい。
「そういう精霊ってのは、他にあるのか?」
「あるよ。判断の付かない無知な者に、混乱と『必要のない恐怖』を煽る場合があると判断されたモノ。時と場合、条件によって精霊は無害ではなくなる」
「無害でなくなる条件?」
「君が知ってる【土の恵みのモノ】だってそうでしょ。土地にいれば作物は決して病気にならずよく育つ、けれど土から取り出して顔を見てはいけない」
にーっこりとグリーが笑う。
スティーブンは思い出して、「そんないい効果をもたらす精霊だとは知らなかったな」とぼやいた。
「あのチビ精霊、不法侵入だとか言ってぶん投げていたぞ」
「あははは、彼女ならやりそうだね~。だから人間は、土に恵みを与えるモノ、という名前を勝手に付けたんだけどね~」
「なんだ、本来の呼ばれ方と別の精霊もいんのか?」
「沢山いるよ。本来アレだって他の名前があるけれど、他種族がポンポン明かすのは、精霊らのマナーに反するんだよねぇ――まっ、【土の恵みのモノ】は情報を絞られていない精霊だけれど、そういう事もあって、だから魔法使いは、師匠から技術と情報を受け継ぐんだよ」
一部はぐらかされような気がしたが、後半の台詞はスティーブンにとって有益だった。つまり文書や記録として持ち出せない情報は、魔法使いが頭の中に入れている。
恐らくは、全ての魔法使いが共有しているわけではないのだろう。けれど討伐課でも上のクラスらしい例の『あの弟弟子』とやらは、確実に全てを知っているはずだ。
掴まえられればいいんだがな、とスティーブンはチラリと思った。
先日、地方都市サーシスに帰った際に、連絡を取れそうな人物に心当たりがあるとトムは言っていた。時間はかかるかもしれないが、まずは任せて反応を待つしかない。
――俺は、あんたを助けたかったんだ……
大の男である屈強な魔法使いが、本気で泣いていた。こちらの存在に気付いて、どこか情報を与えるようにして会話に挟み込んでもいたから、こちらに意思があれば教えてくれる気がしていた。
その時、スティーブンは【子宝を祝う精霊】のグリーが、おかしそうに笑うのが目に留まった。下に見られているというか、小馬鹿にされているような嫌な感じだ。
「何がおかしい?」
「なぁんにも?」
すぐに答えてきたグリーが、「ただ、ね」と金緑の瞳を向けてきた。
「一つだけ教えてあげるよ、『エインワースの孫の教授』。僕は信用してもいいけど、あまり他の精霊には、素直に耳を貸さない方がいい」
「何故だ?」
「僕は、人寄りの考え方を知っている。人間なら困るだろうな、という限度だって、まぁまぁ分かってる。でも、ほとんどの精霊は、人間をよく知らないし知ろうとはしない」
そういえばメイベルも、人間と同じ思考だと思うなと口にしていた気がする。
そう記憶を辿っていると、グリーの声が聞こえてきた。
「まぁ、君は精霊嫌いで魔法嫌いの『教授さん』だから、せっかくメイベルが言ってやっても、話に耳を傾けないだろうけれど――」
「話は聞いてる」
その途端、スティーブンは思考も中断してキッパリ答えていた。
「気分がのらないと話してくれない。だから話してくれる時は、話してくれる分の全部を聞いてる」
だってメイベルは、よくよく観察してみると自ら言葉を抑えているような感じもあった。何か言いたい事があるんじゃないかと思っていたら、ふっと話を終わらせたりした。
以前まで、ろくに会話のキャッチボールもしないのかと思っていた。
だが助っ人で依頼の仕事に付いてきた彼女は、たとえ話を交えて説明もしてくれた。話を振ったら付き合うように答えてくれて、思い返してみれば、その時間が心地良かったのは認めるしかない。
でも、自分相手で言葉を切るところも、祖父にはもっと話しているのではないか?
そう思ったら、なんだかとてもやもやしてしまってもいた。エインワースには平気で近づけさせる癖に、スティーブンがそばを通ると、ふと思い出したように距離を置くのにも気付いていた。そのたびムカムカするのだ。
「へぇ。それはなんというか、素直だね?」
グリーが言いながら、小首を傾げる。頭に生えている兎耳が、その動きに合わせて一緒にあちらへ傾いていた。
「てっきり『学者』だから、全部が全部大嫌いなのかと」
「勘違いするなよ、俺は魔法も奇跡も精霊も嫌いだ。あのチビ精霊と違って、テメェの事は大嫌いだ」
「ふんふん。つまりメイベルのことは嫌いじゃない、と」
そう言われて、スティーブンは何故か一瞬、頭の動きが止まるのを感じた。
直後、グリーがニヤリとするのを見て、ただただ精霊に茶化されたのだと推測してブチリと切れた。そのまま拳を付き出したら、「おっと」と逃げられてしまう。
「落ち着きなよー、坊や」
「誰が坊やだバカヤロー!」
思わず立ち上がって蹴りを放ったものの、グリーはひらりとバックして避けた。
「おっと。火に油を注いじゃったかな?」
余裕綽々の声を聞いて、スティーブンはギロリと睨み付けた。
そうしたら降参するようにして、グリーが軽く両手を胸の前で上げてみせた。そのまま後退していく姿が、ゆらりと消え始める。
「ふふっ、僕は君に『ナイト』を期待しているんだよねぇ。あのお爺さんの考えている事、なぁんとなく分かってきちゃった」
そんな奇怪な言葉を残して、グリーの姿は完全に見えなくなっていったのだった。
それはそうか、彼は精霊であって人ではない。
元は人型ですらないので、その少年容姿はただの魔法で作ったものだ。数十年どころか、何百年だって生きている精霊の可能性だってある。
「人間世界の『禁書以外の図鑑』には、極めて数が少ない種族の一つであるとしか書かれていないんだけれど、どうして数がとても少ないのか知ってる?」
ニヤリ、と不意にグリーの笑みが深まった。
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「――んなの、知るわけないだろ」
「ふふっ、だよねー。そもそも君ら『学者』は、精霊も魔法も奇跡も嫌いだものねー。そこに疑問なんて覚えないかー」
わざとらく間延びした言い方だった。
ほんと、いちいち人を苛々させる精霊である。精霊というやつらは、みんな揃って明確に答えを教える気がない生き物なのか?
とはいえ、禁書以外の図鑑には載っていない、というのは初耳だ。
そうすると魔法協会の奥に情報が隠されている、とも取れる台詞だろう。
スティーブンは、一旦怒りの方は脇に置いて理性的に少し考えた。こちらの反応を待っている感じからすると、ある程度は言葉遊びとして付き合うつもりがある気もする。
何故メイベルや祖父の方ではなく、こちらに出てきたのかは分からない。正直言うと、こいつと会話するのも嫌であるが、せっかくのチャンスだと思えば『ヒント』は欲しい。
「わざわざ公開を制限するような情報なのかよ?」
質問を選んで尋ね返してみたら、グリーがにんまりとした。
「君は若いのに、やっぱり賢くて柔軟な『学者』だねぇ」
褒められているのか、嫌味を交えられて、おちょくられているのか分からない。
スティーブンは、今すぐ立ち上がって奴をぶん殴りたくなってきた。しかし、ひとまずはじっと耐える。
「それは人が決める事さ。僕ら精霊にとっては、ぜーんぜん、どちらでも構わない」
「魔法使いではなく、人、か?」
「そう。魔法使いではなく、人」
なんだか、精霊の言葉遊びとやらが、少しだけ分かってきた気がする。
ふうん、とスティーブンは思案顔て顎に手をやった。魔法使い側が決めたわけではなく、外部から要請かなんらかの事情があって情報を絞っている、という部分もあるらしい。
「そういう精霊ってのは、他にあるのか?」
「あるよ。判断の付かない無知な者に、混乱と『必要のない恐怖』を煽る場合があると判断されたモノ。時と場合、条件によって精霊は無害ではなくなる」
「無害でなくなる条件?」
「君が知ってる【土の恵みのモノ】だってそうでしょ。土地にいれば作物は決して病気にならずよく育つ、けれど土から取り出して顔を見てはいけない」
にーっこりとグリーが笑う。
スティーブンは思い出して、「そんないい効果をもたらす精霊だとは知らなかったな」とぼやいた。
「あのチビ精霊、不法侵入だとか言ってぶん投げていたぞ」
「あははは、彼女ならやりそうだね~。だから人間は、土に恵みを与えるモノ、という名前を勝手に付けたんだけどね~」
「なんだ、本来の呼ばれ方と別の精霊もいんのか?」
「沢山いるよ。本来アレだって他の名前があるけれど、他種族がポンポン明かすのは、精霊らのマナーに反するんだよねぇ――まっ、【土の恵みのモノ】は情報を絞られていない精霊だけれど、そういう事もあって、だから魔法使いは、師匠から技術と情報を受け継ぐんだよ」
一部はぐらかされような気がしたが、後半の台詞はスティーブンにとって有益だった。つまり文書や記録として持ち出せない情報は、魔法使いが頭の中に入れている。
恐らくは、全ての魔法使いが共有しているわけではないのだろう。けれど討伐課でも上のクラスらしい例の『あの弟弟子』とやらは、確実に全てを知っているはずだ。
掴まえられればいいんだがな、とスティーブンはチラリと思った。
先日、地方都市サーシスに帰った際に、連絡を取れそうな人物に心当たりがあるとトムは言っていた。時間はかかるかもしれないが、まずは任せて反応を待つしかない。
――俺は、あんたを助けたかったんだ……
大の男である屈強な魔法使いが、本気で泣いていた。こちらの存在に気付いて、どこか情報を与えるようにして会話に挟み込んでもいたから、こちらに意思があれば教えてくれる気がしていた。
その時、スティーブンは【子宝を祝う精霊】のグリーが、おかしそうに笑うのが目に留まった。下に見られているというか、小馬鹿にされているような嫌な感じだ。
「何がおかしい?」
「なぁんにも?」
すぐに答えてきたグリーが、「ただ、ね」と金緑の瞳を向けてきた。
「一つだけ教えてあげるよ、『エインワースの孫の教授』。僕は信用してもいいけど、あまり他の精霊には、素直に耳を貸さない方がいい」
「何故だ?」
「僕は、人寄りの考え方を知っている。人間なら困るだろうな、という限度だって、まぁまぁ分かってる。でも、ほとんどの精霊は、人間をよく知らないし知ろうとはしない」
そういえばメイベルも、人間と同じ思考だと思うなと口にしていた気がする。
そう記憶を辿っていると、グリーの声が聞こえてきた。
「まぁ、君は精霊嫌いで魔法嫌いの『教授さん』だから、せっかくメイベルが言ってやっても、話に耳を傾けないだろうけれど――」
「話は聞いてる」
その途端、スティーブンは思考も中断してキッパリ答えていた。
「気分がのらないと話してくれない。だから話してくれる時は、話してくれる分の全部を聞いてる」
だってメイベルは、よくよく観察してみると自ら言葉を抑えているような感じもあった。何か言いたい事があるんじゃないかと思っていたら、ふっと話を終わらせたりした。
以前まで、ろくに会話のキャッチボールもしないのかと思っていた。
だが助っ人で依頼の仕事に付いてきた彼女は、たとえ話を交えて説明もしてくれた。話を振ったら付き合うように答えてくれて、思い返してみれば、その時間が心地良かったのは認めるしかない。
でも、自分相手で言葉を切るところも、祖父にはもっと話しているのではないか?
そう思ったら、なんだかとてもやもやしてしまってもいた。エインワースには平気で近づけさせる癖に、スティーブンがそばを通ると、ふと思い出したように距離を置くのにも気付いていた。そのたびムカムカするのだ。
「へぇ。それはなんというか、素直だね?」
グリーが言いながら、小首を傾げる。頭に生えている兎耳が、その動きに合わせて一緒にあちらへ傾いていた。
「てっきり『学者』だから、全部が全部大嫌いなのかと」
「勘違いするなよ、俺は魔法も奇跡も精霊も嫌いだ。あのチビ精霊と違って、テメェの事は大嫌いだ」
「ふんふん。つまりメイベルのことは嫌いじゃない、と」
そう言われて、スティーブンは何故か一瞬、頭の動きが止まるのを感じた。
直後、グリーがニヤリとするのを見て、ただただ精霊に茶化されたのだと推測してブチリと切れた。そのまま拳を付き出したら、「おっと」と逃げられてしまう。
「落ち着きなよー、坊や」
「誰が坊やだバカヤロー!」
思わず立ち上がって蹴りを放ったものの、グリーはひらりとバックして避けた。
「おっと。火に油を注いじゃったかな?」
余裕綽々の声を聞いて、スティーブンはギロリと睨み付けた。
そうしたら降参するようにして、グリーが軽く両手を胸の前で上げてみせた。そのまま後退していく姿が、ゆらりと消え始める。
「ふふっ、僕は君に『ナイト』を期待しているんだよねぇ。あのお爺さんの考えている事、なぁんとなく分かってきちゃった」
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