精霊魔女のレクイエム

百門一新

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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編

74話 その頃、エインワース

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 メイベルとスティーブンが、家を出てからしばらく経った。

 少しの間、エインワースはエリクトールと話しを楽しんでいた。そうしたら気配か足音でも拾っていたのか、メイベルが言っていた通り数人の友人達の訪問があった。

「エインワースの菓子を食べるのは、久しぶりな気がするなぁ」
「エリクトールさんも、美味しい紅茶をありがとう」
「まさかいれてくれるとは思わなかったよ、こりゃ得をした気分じゃわい」
「何、気にするな。エインワースにやらせるのも申し訳ないしな」
「ははは、みんなもワシらみたいに、ぐいぐいエリクトールさんに話しかければいいのにねぇ。あんたの紅茶は町一番だ。奥さんも、天国で誇らしげに思ってるだろうさ」

 エリクトールは、仏頂面で照れ隠しの肘突きをしていた。エインワースは、彼がこうして数年ぶりに我が家の中で、友人達と一緒に談笑する様子を嬉しく思った。

 そして彼らは、きれいにされている室内についてもよく褒めた。

「まるで、君の奥さんがいた頃みたいだなぁ――あっ、そうか、再婚したんだったな」
「……えっと、確か【精霊に呪われしモノ】、だったか……掃除も、その精霊の奥さんがやってくれているのか?」
「ああ、私にはほとんどさせてくれないんだ」

 エインワースは、ティーカップを微笑み見下ろした。

「毎日、写真立ての埃一つまで拭ってくれているよ。出来るだけ変化を与えないようにと、妻と同じようにしてくれているんだ」
「へぇ。それはなんというか、少し意外だったな」
「遠目から見た感じだと、外では子供の姿をしているしなぁ」

 魔法を使える精霊――エインワースは何も言わなかった。彼らも礼儀を持って、家の中では本来の美女の姿をしているのだろう、などとは茶化してこなかった。

 この家で、こうして集まるのは『再婚の知らせ』の前ぶりだった。

 しばらく雑談も交えて、祭りのスケジュールについても話しは進んでいった。ティーカップ一杯分の間、と、ゆっくりと飲みながら菓子を食べた。

「そろそろ帰るよ。ウチの女房が心配するからな」

 ここに【精霊に呪われしモノ】がいるから、とは彼は続けなかった。
 妻や家族は、心配して警戒してもいる。彼らとてそんな気持ちが完全にないわけではなかったが、それでもこうして訪問してきたのはエインワースへの信頼と心配もあった。

「君が以前よりも安らかに生活出来ているようで、まずは安心だよ」
「今年は、君のお孫さんが手伝ってくれるとの事で有り難い」
「それじゃあ、また」
「エリクトールさん、ワシの荷馬車で送ってゆくよ」
「そうか。なら、お言葉に甘えよう」

 エインワースは、エリクトール達が帰っていくのを門扉から見送った。

 微笑み顔で手を振っていた彼は、もう見えなくなったところでゆっくりと手を下ろして――それから柵の方へ顔を向けた。

「やぁ、こんにちは『グリー君』」

 いつの間にか、そこには柵にもたれかかった兎耳を持った少年がいた。金緑の『精霊の目』を持った【子宝を祝う精霊】のグリーである。

 グリーが、頭の大きな兎耳ごと傾けて「おや?」と、きょとんとする。

「気付いていたの?」
「君からは、とても素敵な野の香りがするからね」
「あらま、それは気付かなかったな」

 グリーが冗談に付き合うかのようにして、愛想たっぷりにくんくんと自分の腕を嗅ぐ仕草をした。それから、柵に腕を置いて「うふふふ」と上機嫌に笑う。

「『エインワースのお爺さん』は、みんなから好かれているね」

 そう口にした彼の目が、外見の年齢にそぐわないあやしさを帯びる。

「ねぇ、【精霊に呪われしモノ】がどうやって産まれるか、あなたは知ってる? 何故、その数がとても少ないのかも?」

 不意に彼は問う。

 エインワースは、その問い掛けに対してふんわりと微笑んで見せた。するとグリーが「あら」と、またしてもちょっとだけ『精霊の目』を丸くした。

「へぇ、知ってるんだ? 知らない者が圧倒的なのに」
「そのようだね。私も偶然、詳しい人に話を聞けて幸運だったと思っているよ」
「ふうん。とすると、『メイベル』を引き取る前か――。それでいて連れて帰ったの? 変わった人間だね」

 きゅるん、とグリーは兎みたいな愛らしい表情だ。

 だが直後、彼はずいっと顔を寄せて内緒話のように囁いた。

「神様と人間は嫌うけど、精霊は受け入れる。精霊は気紛れだと言われているけど、僕らだって精霊王と精霊女王の『子』だ。慈悲は持ってる」

 にぃっと『精霊の目』が嗤う。

 精霊の言葉遊びだ。しかし、エインワースは穏やかに微笑んだままでいた。

「君は、私を見定めにきた【判断者の精霊】なのだろう?」

 一切動じないどころか、そう確認されたグリーが「おや」と声を上げた。

「エインワースのお爺さんは、そこまで知ってるの?」
「共にいるのならば、必ず『お守りの代表者』が寄越されるだろう、とはその詳しい人には聞いたよ」
「へぇ。一体どこの上級魔法使いに聞いたのか、すごく気になるなぁ。それでいて、『エインワース』は冷静なんだねぇ」

 ふふっ、とグリーは楽しげに柵から手を離した。

「僕もお爺さんが考える未来と行く末に、興味はあるよ」

 その言葉を残して、ふわり、と風に揺られてグリーの姿が消えていった。エインワースは「紅茶をいれてあげようと思ったのになぁ」と、少し残念そうに呟いたのだった。
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