74 / 97
3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
74話 その頃、エインワース
しおりを挟む
メイベルとスティーブンが、家を出てからしばらく経った。
少しの間、エインワースはエリクトールと話しを楽しんでいた。そうしたら気配か足音でも拾っていたのか、メイベルが言っていた通り数人の友人達の訪問があった。
「エインワースの菓子を食べるのは、久しぶりな気がするなぁ」
「エリクトールさんも、美味しい紅茶をありがとう」
「まさかいれてくれるとは思わなかったよ、こりゃ得をした気分じゃわい」
「何、気にするな。エインワースにやらせるのも申し訳ないしな」
「ははは、みんなもワシらみたいに、ぐいぐいエリクトールさんに話しかければいいのにねぇ。あんたの紅茶は町一番だ。奥さんも、天国で誇らしげに思ってるだろうさ」
エリクトールは、仏頂面で照れ隠しの肘突きをしていた。エインワースは、彼がこうして数年ぶりに我が家の中で、友人達と一緒に談笑する様子を嬉しく思った。
そして彼らは、きれいにされている室内についてもよく褒めた。
「まるで、君の奥さんがいた頃みたいだなぁ――あっ、そうか、再婚したんだったな」
「……えっと、確か【精霊に呪われしモノ】、だったか……掃除も、その精霊の奥さんがやってくれているのか?」
「ああ、私にはほとんどさせてくれないんだ」
エインワースは、ティーカップを微笑み見下ろした。
「毎日、写真立ての埃一つまで拭ってくれているよ。出来るだけ変化を与えないようにと、妻と同じようにしてくれているんだ」
「へぇ。それはなんというか、少し意外だったな」
「遠目から見た感じだと、外では子供の姿をしているしなぁ」
魔法を使える精霊――エインワースは何も言わなかった。彼らも礼儀を持って、家の中では本来の大人の美女の姿をしているのだろう、などとは茶化してこなかった。
この家で、こうして集まるのは『再婚の知らせ』の前ぶりだった。
しばらく雑談も交えて、祭りのスケジュールについても話しは進んでいった。ティーカップ一杯分の間、と、ゆっくりと飲みながら菓子を食べた。
「そろそろ帰るよ。ウチの女房が心配するからな」
ここに【精霊に呪われしモノ】がいるから、とは彼は続けなかった。
妻や家族は、心配して警戒してもいる。彼らとてそんな気持ちが完全にないわけではなかったが、それでもこうして訪問してきたのはエインワースへの信頼と心配もあった。
「君が以前よりも安らかに生活出来ているようで、まずは安心だよ」
「今年は、君のお孫さんが手伝ってくれるとの事で有り難い」
「それじゃあ、また」
「エリクトールさん、ワシの荷馬車で送ってゆくよ」
「そうか。なら、お言葉に甘えよう」
エインワースは、エリクトール達が帰っていくのを門扉から見送った。
微笑み顔で手を振っていた彼は、もう見えなくなったところでゆっくりと手を下ろして――それから柵の方へ顔を向けた。
「やぁ、こんにちは『グリー君』」
いつの間にか、そこには柵にもたれかかった兎耳を持った少年がいた。金緑の『精霊の目』を持った【子宝を祝う精霊】のグリーである。
グリーが、頭の大きな兎耳ごと傾けて「おや?」と、きょとんとする。
「気付いていたの?」
「君からは、とても素敵な野の香りがするからね」
「あらま、それは気付かなかったな」
グリーが冗談に付き合うかのようにして、愛想たっぷりにくんくんと自分の腕を嗅ぐ仕草をした。それから、柵に腕を置いて「うふふふ」と上機嫌に笑う。
「『エインワースのお爺さん』は、みんなから好かれているね」
そう口にした彼の目が、外見の年齢にそぐわないあやしさを帯びる。
「ねぇ、【精霊に呪われしモノ】がどうやって産まれるか、あなたは知ってる? 何故、その数がとても少ないのかも?」
不意に彼は問う。
エインワースは、その問い掛けに対してふんわりと微笑んで見せた。するとグリーが「あら」と、またしてもちょっとだけ『精霊の目』を丸くした。
「へぇ、知ってるんだ? 知らない者が圧倒的なのに」
「そのようだね。私も偶然、詳しい人に話を聞けて幸運だったと思っているよ」
「ふうん。とすると、『メイベル』を引き取る前か――。それでいて連れて帰ったの? 変わった人間だね」
きゅるん、とグリーは兎みたいな愛らしい表情だ。
だが直後、彼はずいっと顔を寄せて内緒話のように囁いた。
「神様と人間は嫌うけど、精霊は受け入れる。精霊は気紛れだと言われているけど、僕らだって精霊王と精霊女王の『子』だ。それなりに慈悲は持ってる」
にぃっと『精霊の目』が嗤う。
精霊の言葉遊びだ。しかし、エインワースは穏やかに微笑んだままでいた。
「君は、私を見定めにきた【判断者の精霊】なのだろう?」
一切動じないどころか、そう確認されたグリーが「おや」と声を上げた。
「エインワースのお爺さんは、そこまで知ってるの?」
「共にいるのならば、必ず『お守りの代表者』が寄越されるだろう、とはその詳しい人には聞いたよ」
「へぇ。一体どこの上級魔法使いに聞いたのか、すごく気になるなぁ。それでいて、知っているのに『エインワース』は冷静なんだねぇ」
ふふっ、とグリーは楽しげに柵から手を離した。
「僕もお爺さんが考える未来と行く末に、興味はあるよ」
その言葉を残して、ふわり、と風に揺られてグリーの姿が消えていった。エインワースは「紅茶をいれてあげようと思ったのになぁ」と、少し残念そうに呟いたのだった。
少しの間、エインワースはエリクトールと話しを楽しんでいた。そうしたら気配か足音でも拾っていたのか、メイベルが言っていた通り数人の友人達の訪問があった。
「エインワースの菓子を食べるのは、久しぶりな気がするなぁ」
「エリクトールさんも、美味しい紅茶をありがとう」
「まさかいれてくれるとは思わなかったよ、こりゃ得をした気分じゃわい」
「何、気にするな。エインワースにやらせるのも申し訳ないしな」
「ははは、みんなもワシらみたいに、ぐいぐいエリクトールさんに話しかければいいのにねぇ。あんたの紅茶は町一番だ。奥さんも、天国で誇らしげに思ってるだろうさ」
エリクトールは、仏頂面で照れ隠しの肘突きをしていた。エインワースは、彼がこうして数年ぶりに我が家の中で、友人達と一緒に談笑する様子を嬉しく思った。
そして彼らは、きれいにされている室内についてもよく褒めた。
「まるで、君の奥さんがいた頃みたいだなぁ――あっ、そうか、再婚したんだったな」
「……えっと、確か【精霊に呪われしモノ】、だったか……掃除も、その精霊の奥さんがやってくれているのか?」
「ああ、私にはほとんどさせてくれないんだ」
エインワースは、ティーカップを微笑み見下ろした。
「毎日、写真立ての埃一つまで拭ってくれているよ。出来るだけ変化を与えないようにと、妻と同じようにしてくれているんだ」
「へぇ。それはなんというか、少し意外だったな」
「遠目から見た感じだと、外では子供の姿をしているしなぁ」
魔法を使える精霊――エインワースは何も言わなかった。彼らも礼儀を持って、家の中では本来の大人の美女の姿をしているのだろう、などとは茶化してこなかった。
この家で、こうして集まるのは『再婚の知らせ』の前ぶりだった。
しばらく雑談も交えて、祭りのスケジュールについても話しは進んでいった。ティーカップ一杯分の間、と、ゆっくりと飲みながら菓子を食べた。
「そろそろ帰るよ。ウチの女房が心配するからな」
ここに【精霊に呪われしモノ】がいるから、とは彼は続けなかった。
妻や家族は、心配して警戒してもいる。彼らとてそんな気持ちが完全にないわけではなかったが、それでもこうして訪問してきたのはエインワースへの信頼と心配もあった。
「君が以前よりも安らかに生活出来ているようで、まずは安心だよ」
「今年は、君のお孫さんが手伝ってくれるとの事で有り難い」
「それじゃあ、また」
「エリクトールさん、ワシの荷馬車で送ってゆくよ」
「そうか。なら、お言葉に甘えよう」
エインワースは、エリクトール達が帰っていくのを門扉から見送った。
微笑み顔で手を振っていた彼は、もう見えなくなったところでゆっくりと手を下ろして――それから柵の方へ顔を向けた。
「やぁ、こんにちは『グリー君』」
いつの間にか、そこには柵にもたれかかった兎耳を持った少年がいた。金緑の『精霊の目』を持った【子宝を祝う精霊】のグリーである。
グリーが、頭の大きな兎耳ごと傾けて「おや?」と、きょとんとする。
「気付いていたの?」
「君からは、とても素敵な野の香りがするからね」
「あらま、それは気付かなかったな」
グリーが冗談に付き合うかのようにして、愛想たっぷりにくんくんと自分の腕を嗅ぐ仕草をした。それから、柵に腕を置いて「うふふふ」と上機嫌に笑う。
「『エインワースのお爺さん』は、みんなから好かれているね」
そう口にした彼の目が、外見の年齢にそぐわないあやしさを帯びる。
「ねぇ、【精霊に呪われしモノ】がどうやって産まれるか、あなたは知ってる? 何故、その数がとても少ないのかも?」
不意に彼は問う。
エインワースは、その問い掛けに対してふんわりと微笑んで見せた。するとグリーが「あら」と、またしてもちょっとだけ『精霊の目』を丸くした。
「へぇ、知ってるんだ? 知らない者が圧倒的なのに」
「そのようだね。私も偶然、詳しい人に話を聞けて幸運だったと思っているよ」
「ふうん。とすると、『メイベル』を引き取る前か――。それでいて連れて帰ったの? 変わった人間だね」
きゅるん、とグリーは兎みたいな愛らしい表情だ。
だが直後、彼はずいっと顔を寄せて内緒話のように囁いた。
「神様と人間は嫌うけど、精霊は受け入れる。精霊は気紛れだと言われているけど、僕らだって精霊王と精霊女王の『子』だ。それなりに慈悲は持ってる」
にぃっと『精霊の目』が嗤う。
精霊の言葉遊びだ。しかし、エインワースは穏やかに微笑んだままでいた。
「君は、私を見定めにきた【判断者の精霊】なのだろう?」
一切動じないどころか、そう確認されたグリーが「おや」と声を上げた。
「エインワースのお爺さんは、そこまで知ってるの?」
「共にいるのならば、必ず『お守りの代表者』が寄越されるだろう、とはその詳しい人には聞いたよ」
「へぇ。一体どこの上級魔法使いに聞いたのか、すごく気になるなぁ。それでいて、知っているのに『エインワース』は冷静なんだねぇ」
ふふっ、とグリーは楽しげに柵から手を離した。
「僕もお爺さんが考える未来と行く末に、興味はあるよ」
その言葉を残して、ふわり、と風に揺られてグリーの姿が消えていった。エインワースは「紅茶をいれてあげようと思ったのになぁ」と、少し残念そうに呟いたのだった。
0
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる