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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
68話 知らされた祭りのこと
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それから数日後、珍しい事があった。
午前中の時間、エインワースが町の会へと出席するため出掛けて行った。
夏の日差しの中、紳士のたしなみといって薄地のロングコートを着ての外出した彼は、しばらくもしないうちに帰ってきた。
昼食の下準備を先に済ませていたメイベルは、出迎えて「紅茶か? 珈琲か?」と訊いてから、彼のコートを預かってリビングのソファへと促した。
「祭りの招待、ねぇ」
少し前に帰ってきた彼が持ってきたものを前に、メイベルは紅茶を一口飲んだところで呟いた。向かい側のソファには、テーブルの上からチラシを寄越してきたエインワースが座っている。
「これ、『会』というより『祭り』で正しいのか?」
「祭りだよ。年に一回、真夏になる前にある、小さなイベントの一つなんだ」
そう答えたエインワースは、湯気が立ち上っているティーカップの中身をふぅっとした。
チラシをざっと流し読んだメイベルは、「ふむ」と眉を顰めた。とうとうティーカップをテーブルに置くと、その紙を手に取って、理解を確認していくように読み上げる。
「町の老人会主催の『夏の青空舞台祭り』。ボランティアで町の店や個人も参加する――って、一体なんだ?」
主要部分をざっくり読み上げたところで、チラシをぞんざいに振って問う。
「そもそも私は聞いていないんだが? いつの間に老人会のお前の名前の横に、妻枠として参加メンバーとして加えられているんだよ」
「君がスティーヴと出掛けていってすぐ、今年も開催が決定したと知らせがあったんだ。その間に、何度か集まりもあったんだよ」
「タイミングの良さには呆れるぜ」
メイベルは、言いながらチラシをテーブルに軽く放るように戻すと、ソファに背をもたれて足を組んだ。見下ろすようにして、ジロリと彼を見つめ返す。
「私がその話し合いを、リアルタイムで見ていたとしたら、妻枠の参加は反対してやった」
「ふふっ、その切り出しと仕草を見ていると、男の子の孫がもう一人出来たみたいだねぇ」
「別にいいだろ」
「だって、昨夜もまた『お話し聞かせて』って可愛らしかったのに――いたっ」
メイベルは、彼がティーカップを戻したタイミングで、小さなクッションを投げつけた。
「お前、学習しろよな」
イラッとした低い声で注意する。
「前々から言っているが、分かっていて改善しない分、余計に性質が悪いんだよ」
すると、エインワースが「ふふっ」と肩で笑って、姿勢を戻してクッションを肘掛の方へ置いた。
「おい、何を笑っているんだよ?」
「そうだね、私は分かっていて、そう言っているところもある」
「おい開き直るなよ」
「私のこと、嫌いになったかい?」
老いの覗く薄いブルーの目で、控え目に微笑みかけられる。
メイベルは、途端にぷいっと顔をそむけた。
「――意地悪を言うなよ。精霊が嘘を付けないのを、知っている癖に」
向かいから、ギシリ、と立ち上がる音が聞こえた。
見ていなくとも、彼が立ち上がったのが分かった。いちいち感情表現がオープンなのは、どうにかならないもんかと思ってメイベルは唇を尖らせる。
「来るなよ」
「来るよ。少し意地悪をしすぎて、君を困らせてしまったみたいだから」
歩み寄ってきたエインワースが、隣に腰掛けてきた。
見つめ返してみると、にこっと彼が目尻の皺も動かせて笑い掛けてきた。腕を広げられたけれど、メイベルが分かっていて動かないでいたら、いつものように抱きしめてきた。
「お前は、なんでいつも、いちいちハグするんだ」
「こうした方が、とても伝わるから」
何が、とは尋ね返せなかった。
人間は温かい。生きている温もりが、じんわりと伝わってきてメイベルは何も言えなくなる。背中をポンポンと叩かれて、子か孫扱いされているのも分かった。
「精霊という以前に、君自身が嘘を付けない子なのも知っているよ。君は、とても優しい子だね、メイベル」
優しい、なんて言う人間はほとんどないのに――メイベルは、老人にしてはガタいもあり逞しいエインワースの胸を感じながら、目を閉じた。
今更、ソレが欲しいだとかは思わない。
もうずっと遠い昔に、僅かな希望と期待ごと捨ててしまった。それでも、この胸の奥は今更教えられるたび、現実を見た『あの時』を思い出して、シクシクと痛む気がするのだ。
「――……お前の子や孫は、とても幸せ者だね」
思わず、ぽつりと呟いた。
そうしたら、魔法使いとはほぼ無縁の世界で生きてきたエインワースが、不思議そうに「おや」と言う声が聞こえた。
「精霊王と精霊女王は、精霊達の親なのだろう?」
「そうだよ、彼らにとって私達は皆、『子』だ」
メイベルは、こっそり拳をぎゅっとした。
でもお前達の言う『子』とは違うんだ、とは続けなかった。他の誰が拒絶しようと、たった一人の人が望んでくれたのなら、と、まるで人間みたいな憧れを抱いた事があったのを思い出す。
多分、こんな事を思う精霊がおかしいのだ。
精霊ならば、そんな思考はしない。
メイベルは、最近自分が揺らいでいるのを自覚して皮肉気に嗤ってしまった。先日、少し大きく精霊魔力を失ってしまったせいか。
「で、どうするんだ?」
気丈な声を出して、いつもの調子に無理やり戻してエインワースを押し返した。
「言っておくが、町への私の印象は最悪だぞ。楽しみたいのなら、妻役の精霊と一緒に参加するのは勧めない」
年下の子に言い聞かせるように口にした。
そうしたら、エインワースはやっぱり無知な子供みたいに、ふわふわとした空気感で笑ってきた。
「楽しみたいから、君と一緒に参加するんだよ」
むぅ、とメイベルは喉の奥で唸った。
しばし考えても、こうやって言い出した彼を、説得して納得させられた事などなかったのを思い出して――とうとう諦めたように溜息をこぼした。
「きっと後悔するぞ」
もし、お前にとって、これが最後の『夏の青空舞台祭り』だったとしたのなら――。
メイベルは、そうは続けなかった。彼も、後悔するという問い掛けに対して詳細を尋ねてはこなかった。知っていて決めているのだろう。
「大丈夫さ。みんな、とてもいい人達だよ。きっと、君の事も好きになる」
どうして、いつもエインワースはそんなに自信があるのか。
ただの人間なのにな、と、メイベルはいつもとても不思議だった。
午前中の時間、エインワースが町の会へと出席するため出掛けて行った。
夏の日差しの中、紳士のたしなみといって薄地のロングコートを着ての外出した彼は、しばらくもしないうちに帰ってきた。
昼食の下準備を先に済ませていたメイベルは、出迎えて「紅茶か? 珈琲か?」と訊いてから、彼のコートを預かってリビングのソファへと促した。
「祭りの招待、ねぇ」
少し前に帰ってきた彼が持ってきたものを前に、メイベルは紅茶を一口飲んだところで呟いた。向かい側のソファには、テーブルの上からチラシを寄越してきたエインワースが座っている。
「これ、『会』というより『祭り』で正しいのか?」
「祭りだよ。年に一回、真夏になる前にある、小さなイベントの一つなんだ」
そう答えたエインワースは、湯気が立ち上っているティーカップの中身をふぅっとした。
チラシをざっと流し読んだメイベルは、「ふむ」と眉を顰めた。とうとうティーカップをテーブルに置くと、その紙を手に取って、理解を確認していくように読み上げる。
「町の老人会主催の『夏の青空舞台祭り』。ボランティアで町の店や個人も参加する――って、一体なんだ?」
主要部分をざっくり読み上げたところで、チラシをぞんざいに振って問う。
「そもそも私は聞いていないんだが? いつの間に老人会のお前の名前の横に、妻枠として参加メンバーとして加えられているんだよ」
「君がスティーヴと出掛けていってすぐ、今年も開催が決定したと知らせがあったんだ。その間に、何度か集まりもあったんだよ」
「タイミングの良さには呆れるぜ」
メイベルは、言いながらチラシをテーブルに軽く放るように戻すと、ソファに背をもたれて足を組んだ。見下ろすようにして、ジロリと彼を見つめ返す。
「私がその話し合いを、リアルタイムで見ていたとしたら、妻枠の参加は反対してやった」
「ふふっ、その切り出しと仕草を見ていると、男の子の孫がもう一人出来たみたいだねぇ」
「別にいいだろ」
「だって、昨夜もまた『お話し聞かせて』って可愛らしかったのに――いたっ」
メイベルは、彼がティーカップを戻したタイミングで、小さなクッションを投げつけた。
「お前、学習しろよな」
イラッとした低い声で注意する。
「前々から言っているが、分かっていて改善しない分、余計に性質が悪いんだよ」
すると、エインワースが「ふふっ」と肩で笑って、姿勢を戻してクッションを肘掛の方へ置いた。
「おい、何を笑っているんだよ?」
「そうだね、私は分かっていて、そう言っているところもある」
「おい開き直るなよ」
「私のこと、嫌いになったかい?」
老いの覗く薄いブルーの目で、控え目に微笑みかけられる。
メイベルは、途端にぷいっと顔をそむけた。
「――意地悪を言うなよ。精霊が嘘を付けないのを、知っている癖に」
向かいから、ギシリ、と立ち上がる音が聞こえた。
見ていなくとも、彼が立ち上がったのが分かった。いちいち感情表現がオープンなのは、どうにかならないもんかと思ってメイベルは唇を尖らせる。
「来るなよ」
「来るよ。少し意地悪をしすぎて、君を困らせてしまったみたいだから」
歩み寄ってきたエインワースが、隣に腰掛けてきた。
見つめ返してみると、にこっと彼が目尻の皺も動かせて笑い掛けてきた。腕を広げられたけれど、メイベルが分かっていて動かないでいたら、いつものように抱きしめてきた。
「お前は、なんでいつも、いちいちハグするんだ」
「こうした方が、とても伝わるから」
何が、とは尋ね返せなかった。
人間は温かい。生きている温もりが、じんわりと伝わってきてメイベルは何も言えなくなる。背中をポンポンと叩かれて、子か孫扱いされているのも分かった。
「精霊という以前に、君自身が嘘を付けない子なのも知っているよ。君は、とても優しい子だね、メイベル」
優しい、なんて言う人間はほとんどないのに――メイベルは、老人にしてはガタいもあり逞しいエインワースの胸を感じながら、目を閉じた。
今更、ソレが欲しいだとかは思わない。
もうずっと遠い昔に、僅かな希望と期待ごと捨ててしまった。それでも、この胸の奥は今更教えられるたび、現実を見た『あの時』を思い出して、シクシクと痛む気がするのだ。
「――……お前の子や孫は、とても幸せ者だね」
思わず、ぽつりと呟いた。
そうしたら、魔法使いとはほぼ無縁の世界で生きてきたエインワースが、不思議そうに「おや」と言う声が聞こえた。
「精霊王と精霊女王は、精霊達の親なのだろう?」
「そうだよ、彼らにとって私達は皆、『子』だ」
メイベルは、こっそり拳をぎゅっとした。
でもお前達の言う『子』とは違うんだ、とは続けなかった。他の誰が拒絶しようと、たった一人の人が望んでくれたのなら、と、まるで人間みたいな憧れを抱いた事があったのを思い出す。
多分、こんな事を思う精霊がおかしいのだ。
精霊ならば、そんな思考はしない。
メイベルは、最近自分が揺らいでいるのを自覚して皮肉気に嗤ってしまった。先日、少し大きく精霊魔力を失ってしまったせいか。
「で、どうするんだ?」
気丈な声を出して、いつもの調子に無理やり戻してエインワースを押し返した。
「言っておくが、町への私の印象は最悪だぞ。楽しみたいのなら、妻役の精霊と一緒に参加するのは勧めない」
年下の子に言い聞かせるように口にした。
そうしたら、エインワースはやっぱり無知な子供みたいに、ふわふわとした空気感で笑ってきた。
「楽しみたいから、君と一緒に参加するんだよ」
むぅ、とメイベルは喉の奥で唸った。
しばし考えても、こうやって言い出した彼を、説得して納得させられた事などなかったのを思い出して――とうとう諦めたように溜息をこぼした。
「きっと後悔するぞ」
もし、お前にとって、これが最後の『夏の青空舞台祭り』だったとしたのなら――。
メイベルは、そうは続けなかった。彼も、後悔するという問い掛けに対して詳細を尋ねてはこなかった。知っていて決めているのだろう。
「大丈夫さ。みんな、とてもいい人達だよ。きっと、君の事も好きになる」
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