67 / 97
3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
67話 続・精霊少女の散歩 下
しおりを挟む
歩き始めて数十分、大きなスーパーのある住居の多い町中まで来た。ぐいぐいメイベルを引っ張って歩くマイケルと、緑の髪を揺らして素直について歩く彼女の姿を、人々が遠巻きに見て行く。
やがて住宅街に入った。なかなか立派な家が多い場所だ。
「この近くに、お前の家もあったりするのか?」
「大正解だぜ! 俺ら少年団は、近所の幼馴染同士なんだぜ!」
「うん。なんとなくそうだろうな、とは思ってた」
チビ同士が毎日のようにつるんでいる、というところから想像してメイベルは答えた。
それからしばらくして、マイケルは一軒の家の前で立ち止まった。標札には覚えのない家名が記載されていて、彼は門扉から中を覗き込むなり、呼び鈴も押さずにずかずかと入った。
「人を呼ばなくて平気なのか?」
「平気だって。いつもこんな感じだもん。それにちゃんと確認した、ケニーの両親は仕事で不在!」
「ふうん。なるほどな」
興味はないので、いる、いない、が分かればいい、と詳細は尋ねなかった。
「ケニーはさ、歩きづらくなってから縁側の方によくいるよ。何度かおばあちゃんが訪ねてきて、母ちゃんと父ちゃんがいない間は面倒をみてくれてるんだって」
メイベルのローブの袖を掴んだまま、マイケルは玄関ではなく広い庭を突っ切って横へと向かう。
その時、ようやく彼が「あっ」と言って手を離した。
「ケニー!」
会えただけで嬉しいのか、元気良く声を上げてぶんぶんと大きく手を振る。
そんな彼の視線の先には、家の縁側に腰掛ける一人の少年の姿があった。やや細身で、少々やんちゃそうなつり目の少年だ。そのかたわらには杖が置かれてある。
こちらを見たその子供――ケニーの目が、みるみるテンションを下げて、たった数秒でとうとう顔まで真っ青になった。
「お、おおおお前っ、エインワースのお爺さんのところの『奥さん』に、まんまとおさまった『悪い精霊』を連れてきたのかよ!?」
あわわわ、とケニーが手をぶんぶん振って拒む仕草をする。
メイベルは歩み寄りながら、こっそり小さく息をついた。パタパタと走り出していたマイケルが、先に彼のもとへと辿り着いて元気いっぱいに「よっ」と笑顔で挨拶する。
「良かった! 昨日来た時より顔色良さそうだな!」
「どこが!? 俺、今お前の目野前で青くなってるわッ」
ぺぺっ、ざけんな、とケニーが続ける。
確かに、こいつ、自分が会えた嬉しさで都合よく見えていないっぽい。遅れて後ろで立ち止まったメイベルは、そう思いながら、しばし様子を見守る事にした。
「なんで『精霊の嫁』を連れてきてんだよマイケルッ」
「前にも言ったけど、メイベル、ちっとも悪者っぽい事しないんだぜ?」
「でも、俺の母ちゃんも父ちゃんも、目を合わせるな近寄るなって言ってたぞ!?」
そう言い返されたマイケルが、何やら言葉を返そうと口を開きかけたところで、メイベルはやれやれと先に言葉を切り出した。
「それは正しいよ。ケニー坊やの言う通りだ」
するとマイケルが、むすぅっとしてメイベルを見る。
「メイベル、いっつもソレばっかじゃん。なんも正しくないぞ、無視されてそばに寄るのもダメって言われたら、俺だったらヤだぞ」
メイベルは、すぐには何も言わなかった。自分を真っ直ぐ見てくる彼を、ただただ静かに見つめていた。
「――それは、お前が人間だからさ」
適当に告げて、メイベルは動き出す。
近付かれたケニーが、ビクッとして身体を強張らせた。しかし、本当に足の自由が利かないようで、縁側に座ったまま逃げ出す気配は見せないでいる。
「足、つらいか?」
「え……?」
じっ、と金色の目で見下ろされたケニーが、戸惑いを滲ませた。
マイケルが飛び込んできて、メイベルの背にアタックする勢いでローブにしがみ付き、揃ってケニーの方を覗き込みながらこう言った。
「なんか分かるかメイベル!?」
「まぁな」
メイベルは、問題の場所を、金色の『精霊の目』でじっくりと見つめた。杖のある方の足のふくらはぎ部分は、薄らと赤い二本のラインのようなものが巻きつくようにあった。
――うふふふ、【精霊に呪われしモノ】がきた。
くすくす、と精霊の声がする。
そこには、子供の細い足に抱きついている小精霊の姿があった。不思議な色合いでぼんやりと光っている四つの翅、女性のような姿をしていて昆虫のような手先を持っている精霊――。
「ちょっと近付くぜ、ガキ」
「えっ!?」
「大丈夫。触れないよ」
メイベルは言いながら、その小精霊をひょいと指先でつまんで引き離した。小さな『彼女』が、やんっ、とケラケラ笑うような可愛らしい声を上げる。
直後、ケニーがパチッと目を大きく見開いた。
「あれ? 痛いのがなくなった!」
「マジか! え、もう治ったの!?」
マイケルとケニーが、ほぼ同時にメイベルへと目を向ける。
手に小精霊をつまみ持ったまま、メイベルは二人の子供の視線を受け止めた。感情の読めない金色の『精霊の目』で見つめ返し、淡々と唇を開く。
「精霊症だよ」
「せいれいしょう……?」
ケニーが、馴染みのない病症を反芻する。マイケルも、全く初めて聞いた様子で、大きくした目を瞬いた。
「そうだ、精霊症だよ。ここの土地の人間は、精霊に馴染みがないから分からないかもしれないが、精霊と共存している場所では、原因不明の場合、すぐに魔法使いに診てもらうのが一般的だ」
そう説明してやると、敏い子供らの目がメイベルの手へと向いた。
すっかり足から赤味も引いたケニーが、縁側に座り込んだまま、ずいっと覗き込んで「なぁ」と指を向けてこう言った。
「なんか持ってる感じだけど、もしかして、そこに何かいるのか?」
「精神体の精霊だ。『見る目』を持っていないお前達には、見えないよ」
「えーっ! 俺、精霊とか見た事ない! 見たい!」
途端にマイケルがはしゃぎ出した。
メイベルは、すっかり呆れた目を彼へと向けた。勝手に触ろうとしないところはまだマシか、と思いつつも、小精霊を持っている手をそれとなくマイケルの方から離す。
「お前ね……、私も精霊なんだが?」
「えー、だってメイベルって、精霊っぽくないんだもん」
「マイケル、お前ちょっとおかしいよ。緑の髪に『精霊の目』の人間なんていねぇもん」
そう口を挟んだケニーが、「でも」と言って、同じく好奇心に輝き出している目を戻す。
「俺も精霊、見てみたい」
「お前もかよ。私が来た時にビビッてた癖に――」
「普通にお喋り出来るし、人間っぽいし、マイケルが平気って言うんだったら大丈夫!」
メイベルは返答に困って「えぇぇ……」とこぼした。どうしたもんかな、と呟きながら、クッキリとした色合いの美しい緑の髪をかき上げる。
「子供ってのは、まるで人間じゃないみたいに妙な生き物だな」
引きそうにもない二人の子供を前に、彼女は小さな溜息をこぼした。
「いいよ、一度だけなら見せてやる」
「やったぜ!」
「本当かっ?」
「ただし、今回だけだ。そうして、この事を誰から言いふらしてはいけない。その約束を守れるか?」
メイベルは、少し背を屈めて二人に確認した。緑の髪がさらりと揺れて、長い睫毛と白い頬にさらりと掛かる。
もし興味を持って呼びこんでしまったら、危険だからだ。
存在を知ったら、それだけで一つの縁のきっかけが出来て、向こうの存在を引き寄せてしまう事がある。それは人間界の魔法を学んだ折りに、教えてもらった事でもあった。
するとマイケルが、真っ先に答えた。
「分かった! 俺、誰にも言わないよ」
「俺も言わないッ」
ケニーが、ぴょんっと縁側から降り立って言う。
メイベルは「――いいだろう」と答えて、精霊として『約束通り』姿見せの魔法で小精霊を見えるようにしてやった。ここ数日で集められていた人間界の魔力を、ほんの少しだけ消費する。
その途端、魔法のように、いきなり目の前に現われたように見えた二人の少年達が、ぱぁっと目を輝かせて騒ぎ出した。
「うわーッ、本物の精霊だ! めっちゃキラキラしてる!」
「すげぇッ、絵本の中の精霊みたいだぜ!」
つい先程まで自分を悩ませていた元凶だというのに、マイケルと揃って、ケニーまで興味津々と小精霊を覗き込んでいる。
「こいつは下級精霊に分類されている小精霊だ。一番数が多い代表的な姿だからな、絵本なんかで描かれているものに近いだろうとは思う」
興奮している笑顔のマイケルとケニーを前に、そこでメイベルは口をつぐんだ。
ここに、この精霊がいるはずがないんだけどな、とは続けず心の中で思った。目も合わせていないのに、小精霊は人間の耳には聞こえない『精霊の声』で、ずっと喋り続けている。
『うふふ、【精霊に呪われしモノ】がここに帰ってきた。無事で良かったねぇ』
「…………」
『ねぇ聞いてよ、この子の母親が淹れる紅茶の香り、とてもいいの。とっても『美味しかった』わ』
くすくす、と愛らしい鳴き声が上がる。
でも、その声は子供らの『耳』では聞こえない。彼らは魔力も霊力も持ち合わせておらず、そうして精神体の異界のモノの声を聞く、波長を持ち合わせていないからだ。
『大人の人間が悪口を言っていたから、みんなの代わりに聞いておこうと思って、その子供の足にしがって家に招かれたの」
そうして排除の気配が出たら、他の精霊を呼ぶつもりだった?
メイベルは声には出さないまま、金色の目を流し向けた。お前達の種族は、子供が大の好物な主食だったよな、とそっと目を細めて伝える。
『ふふ、怖いなぁ、睨まないでよ』
「…………」
『あーあ、それにしても残念。魂に穴あけて、食べられるかと思ったのに』
優しさではない。ただ、ルールに添わない食事という非日常を楽しめるかもしれない、という好奇心――彼女達は無垢で、そこに悪意がないからこその人間とのズレ。
この精霊が、性質ゆえに悪精霊に数えられている小精霊だと知ったら、この子供達は驚くだろうか?
ああ、それならますます教えられないな。
メイベルは、この地域にはいるはずのない【森影の悪食小精霊】を、彼らから引き離して姿見せの魔法を解いた。これは、触れている生物から生命エネルギーも食べてしまう。
痛みも立ち眩みも、全てこの小精霊に『おやつ』のごとくつまみ食いされていたからだ。紅茶の香りがなかったとしたら、ケニーはほとんどベッドの上で過ごす事になっていただろう。
「もう終わりだ。私は、コレを森へ返してくるよ。じゃあな『ちびっ子リーダー』」
「えぇ、メイベルもう行っちまうのか?」
「足が良くなったのか、リーダーのお前が確認してあげろ」
そうマイケルに適当に言い付け、追って来ない理由を作った。
一度も振り返らないままその家を出た。小さな精霊は、その間もずっと楽しそうに喋り続けていた。
『ここから【精霊に呪われしモノ】がいなくなってるって、風の精霊が話していたの。だから、その風に乗って私が見に来たのよ』
そうだろうとは思っていた。
勝手な事だ、とメイベルは思った。彼女達の種族は、噂では聞いていてよく知っている。随分前にもいた【精霊に呪われしモノ】が呼び出して、人間を好きなだけ喰ったモノ共の一つだった――。
やがて住宅街に入った。なかなか立派な家が多い場所だ。
「この近くに、お前の家もあったりするのか?」
「大正解だぜ! 俺ら少年団は、近所の幼馴染同士なんだぜ!」
「うん。なんとなくそうだろうな、とは思ってた」
チビ同士が毎日のようにつるんでいる、というところから想像してメイベルは答えた。
それからしばらくして、マイケルは一軒の家の前で立ち止まった。標札には覚えのない家名が記載されていて、彼は門扉から中を覗き込むなり、呼び鈴も押さずにずかずかと入った。
「人を呼ばなくて平気なのか?」
「平気だって。いつもこんな感じだもん。それにちゃんと確認した、ケニーの両親は仕事で不在!」
「ふうん。なるほどな」
興味はないので、いる、いない、が分かればいい、と詳細は尋ねなかった。
「ケニーはさ、歩きづらくなってから縁側の方によくいるよ。何度かおばあちゃんが訪ねてきて、母ちゃんと父ちゃんがいない間は面倒をみてくれてるんだって」
メイベルのローブの袖を掴んだまま、マイケルは玄関ではなく広い庭を突っ切って横へと向かう。
その時、ようやく彼が「あっ」と言って手を離した。
「ケニー!」
会えただけで嬉しいのか、元気良く声を上げてぶんぶんと大きく手を振る。
そんな彼の視線の先には、家の縁側に腰掛ける一人の少年の姿があった。やや細身で、少々やんちゃそうなつり目の少年だ。そのかたわらには杖が置かれてある。
こちらを見たその子供――ケニーの目が、みるみるテンションを下げて、たった数秒でとうとう顔まで真っ青になった。
「お、おおおお前っ、エインワースのお爺さんのところの『奥さん』に、まんまとおさまった『悪い精霊』を連れてきたのかよ!?」
あわわわ、とケニーが手をぶんぶん振って拒む仕草をする。
メイベルは歩み寄りながら、こっそり小さく息をついた。パタパタと走り出していたマイケルが、先に彼のもとへと辿り着いて元気いっぱいに「よっ」と笑顔で挨拶する。
「良かった! 昨日来た時より顔色良さそうだな!」
「どこが!? 俺、今お前の目野前で青くなってるわッ」
ぺぺっ、ざけんな、とケニーが続ける。
確かに、こいつ、自分が会えた嬉しさで都合よく見えていないっぽい。遅れて後ろで立ち止まったメイベルは、そう思いながら、しばし様子を見守る事にした。
「なんで『精霊の嫁』を連れてきてんだよマイケルッ」
「前にも言ったけど、メイベル、ちっとも悪者っぽい事しないんだぜ?」
「でも、俺の母ちゃんも父ちゃんも、目を合わせるな近寄るなって言ってたぞ!?」
そう言い返されたマイケルが、何やら言葉を返そうと口を開きかけたところで、メイベルはやれやれと先に言葉を切り出した。
「それは正しいよ。ケニー坊やの言う通りだ」
するとマイケルが、むすぅっとしてメイベルを見る。
「メイベル、いっつもソレばっかじゃん。なんも正しくないぞ、無視されてそばに寄るのもダメって言われたら、俺だったらヤだぞ」
メイベルは、すぐには何も言わなかった。自分を真っ直ぐ見てくる彼を、ただただ静かに見つめていた。
「――それは、お前が人間だからさ」
適当に告げて、メイベルは動き出す。
近付かれたケニーが、ビクッとして身体を強張らせた。しかし、本当に足の自由が利かないようで、縁側に座ったまま逃げ出す気配は見せないでいる。
「足、つらいか?」
「え……?」
じっ、と金色の目で見下ろされたケニーが、戸惑いを滲ませた。
マイケルが飛び込んできて、メイベルの背にアタックする勢いでローブにしがみ付き、揃ってケニーの方を覗き込みながらこう言った。
「なんか分かるかメイベル!?」
「まぁな」
メイベルは、問題の場所を、金色の『精霊の目』でじっくりと見つめた。杖のある方の足のふくらはぎ部分は、薄らと赤い二本のラインのようなものが巻きつくようにあった。
――うふふふ、【精霊に呪われしモノ】がきた。
くすくす、と精霊の声がする。
そこには、子供の細い足に抱きついている小精霊の姿があった。不思議な色合いでぼんやりと光っている四つの翅、女性のような姿をしていて昆虫のような手先を持っている精霊――。
「ちょっと近付くぜ、ガキ」
「えっ!?」
「大丈夫。触れないよ」
メイベルは言いながら、その小精霊をひょいと指先でつまんで引き離した。小さな『彼女』が、やんっ、とケラケラ笑うような可愛らしい声を上げる。
直後、ケニーがパチッと目を大きく見開いた。
「あれ? 痛いのがなくなった!」
「マジか! え、もう治ったの!?」
マイケルとケニーが、ほぼ同時にメイベルへと目を向ける。
手に小精霊をつまみ持ったまま、メイベルは二人の子供の視線を受け止めた。感情の読めない金色の『精霊の目』で見つめ返し、淡々と唇を開く。
「精霊症だよ」
「せいれいしょう……?」
ケニーが、馴染みのない病症を反芻する。マイケルも、全く初めて聞いた様子で、大きくした目を瞬いた。
「そうだ、精霊症だよ。ここの土地の人間は、精霊に馴染みがないから分からないかもしれないが、精霊と共存している場所では、原因不明の場合、すぐに魔法使いに診てもらうのが一般的だ」
そう説明してやると、敏い子供らの目がメイベルの手へと向いた。
すっかり足から赤味も引いたケニーが、縁側に座り込んだまま、ずいっと覗き込んで「なぁ」と指を向けてこう言った。
「なんか持ってる感じだけど、もしかして、そこに何かいるのか?」
「精神体の精霊だ。『見る目』を持っていないお前達には、見えないよ」
「えーっ! 俺、精霊とか見た事ない! 見たい!」
途端にマイケルがはしゃぎ出した。
メイベルは、すっかり呆れた目を彼へと向けた。勝手に触ろうとしないところはまだマシか、と思いつつも、小精霊を持っている手をそれとなくマイケルの方から離す。
「お前ね……、私も精霊なんだが?」
「えー、だってメイベルって、精霊っぽくないんだもん」
「マイケル、お前ちょっとおかしいよ。緑の髪に『精霊の目』の人間なんていねぇもん」
そう口を挟んだケニーが、「でも」と言って、同じく好奇心に輝き出している目を戻す。
「俺も精霊、見てみたい」
「お前もかよ。私が来た時にビビッてた癖に――」
「普通にお喋り出来るし、人間っぽいし、マイケルが平気って言うんだったら大丈夫!」
メイベルは返答に困って「えぇぇ……」とこぼした。どうしたもんかな、と呟きながら、クッキリとした色合いの美しい緑の髪をかき上げる。
「子供ってのは、まるで人間じゃないみたいに妙な生き物だな」
引きそうにもない二人の子供を前に、彼女は小さな溜息をこぼした。
「いいよ、一度だけなら見せてやる」
「やったぜ!」
「本当かっ?」
「ただし、今回だけだ。そうして、この事を誰から言いふらしてはいけない。その約束を守れるか?」
メイベルは、少し背を屈めて二人に確認した。緑の髪がさらりと揺れて、長い睫毛と白い頬にさらりと掛かる。
もし興味を持って呼びこんでしまったら、危険だからだ。
存在を知ったら、それだけで一つの縁のきっかけが出来て、向こうの存在を引き寄せてしまう事がある。それは人間界の魔法を学んだ折りに、教えてもらった事でもあった。
するとマイケルが、真っ先に答えた。
「分かった! 俺、誰にも言わないよ」
「俺も言わないッ」
ケニーが、ぴょんっと縁側から降り立って言う。
メイベルは「――いいだろう」と答えて、精霊として『約束通り』姿見せの魔法で小精霊を見えるようにしてやった。ここ数日で集められていた人間界の魔力を、ほんの少しだけ消費する。
その途端、魔法のように、いきなり目の前に現われたように見えた二人の少年達が、ぱぁっと目を輝かせて騒ぎ出した。
「うわーッ、本物の精霊だ! めっちゃキラキラしてる!」
「すげぇッ、絵本の中の精霊みたいだぜ!」
つい先程まで自分を悩ませていた元凶だというのに、マイケルと揃って、ケニーまで興味津々と小精霊を覗き込んでいる。
「こいつは下級精霊に分類されている小精霊だ。一番数が多い代表的な姿だからな、絵本なんかで描かれているものに近いだろうとは思う」
興奮している笑顔のマイケルとケニーを前に、そこでメイベルは口をつぐんだ。
ここに、この精霊がいるはずがないんだけどな、とは続けず心の中で思った。目も合わせていないのに、小精霊は人間の耳には聞こえない『精霊の声』で、ずっと喋り続けている。
『うふふ、【精霊に呪われしモノ】がここに帰ってきた。無事で良かったねぇ』
「…………」
『ねぇ聞いてよ、この子の母親が淹れる紅茶の香り、とてもいいの。とっても『美味しかった』わ』
くすくす、と愛らしい鳴き声が上がる。
でも、その声は子供らの『耳』では聞こえない。彼らは魔力も霊力も持ち合わせておらず、そうして精神体の異界のモノの声を聞く、波長を持ち合わせていないからだ。
『大人の人間が悪口を言っていたから、みんなの代わりに聞いておこうと思って、その子供の足にしがって家に招かれたの」
そうして排除の気配が出たら、他の精霊を呼ぶつもりだった?
メイベルは声には出さないまま、金色の目を流し向けた。お前達の種族は、子供が大の好物な主食だったよな、とそっと目を細めて伝える。
『ふふ、怖いなぁ、睨まないでよ』
「…………」
『あーあ、それにしても残念。魂に穴あけて、食べられるかと思ったのに』
優しさではない。ただ、ルールに添わない食事という非日常を楽しめるかもしれない、という好奇心――彼女達は無垢で、そこに悪意がないからこその人間とのズレ。
この精霊が、性質ゆえに悪精霊に数えられている小精霊だと知ったら、この子供達は驚くだろうか?
ああ、それならますます教えられないな。
メイベルは、この地域にはいるはずのない【森影の悪食小精霊】を、彼らから引き離して姿見せの魔法を解いた。これは、触れている生物から生命エネルギーも食べてしまう。
痛みも立ち眩みも、全てこの小精霊に『おやつ』のごとくつまみ食いされていたからだ。紅茶の香りがなかったとしたら、ケニーはほとんどベッドの上で過ごす事になっていただろう。
「もう終わりだ。私は、コレを森へ返してくるよ。じゃあな『ちびっ子リーダー』」
「えぇ、メイベルもう行っちまうのか?」
「足が良くなったのか、リーダーのお前が確認してあげろ」
そうマイケルに適当に言い付け、追って来ない理由を作った。
一度も振り返らないままその家を出た。小さな精霊は、その間もずっと楽しそうに喋り続けていた。
『ここから【精霊に呪われしモノ】がいなくなってるって、風の精霊が話していたの。だから、その風に乗って私が見に来たのよ』
そうだろうとは思っていた。
勝手な事だ、とメイベルは思った。彼女達の種族は、噂では聞いていてよく知っている。随分前にもいた【精霊に呪われしモノ】が呼び出して、人間を好きなだけ喰ったモノ共の一つだった――。
0
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。
みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる