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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
67話 続・精霊少女の散歩 下
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歩き始めて数十分、大きなスーパーのある住居の多い町中まで来た。ぐいぐいメイベルを引っ張って歩くマイケルと、緑の髪を揺らして素直について歩く彼女の姿を、人々が遠巻きに見て行く。
やがて住宅街に入った。なかなか立派な家が多い場所だ。
「この近くに、お前の家もあったりするのか?」
「大正解だぜ! 俺ら少年団は、近所の幼馴染同士なんだぜ!」
「うん。なんとなくそうだろうな、とは思ってた」
チビ同士が毎日のようにつるんでいる、というところから想像してメイベルは答えた。
それからしばらくして、マイケルは一軒の家の前で立ち止まった。標札には覚えのない家名が記載されていて、彼は門扉から中を覗き込むなり、呼び鈴も押さずにずかずかと入った。
「人を呼ばなくて平気なのか?」
「平気だって。いつもこんな感じだもん。それにちゃんと確認した、ケニーの両親は仕事で不在!」
「ふうん。なるほどな」
興味はないので、いる、いない、が分かればいい、と詳細は尋ねなかった。
「ケニーはさ、歩きづらくなってから縁側の方によくいるよ。何度かおばあちゃんが訪ねてきて、母ちゃんと父ちゃんがいない間は面倒をみてくれてるんだって」
メイベルのローブの袖を掴んだまま、マイケルは玄関ではなく広い庭を突っ切って横へと向かう。
その時、ようやく彼が「あっ」と言って手を離した。
「ケニー!」
会えただけで嬉しいのか、元気良く声を上げてぶんぶんと大きく手を振る。
そんな彼の視線の先には、家の縁側に腰掛ける一人の少年の姿があった。やや細身で、少々やんちゃそうなつり目の少年だ。そのかたわらには杖が置かれてある。
こちらを見たその子供――ケニーの目が、みるみるテンションを下げて、たった数秒でとうとう顔まで真っ青になった。
「お、おおおお前っ、エインワースのお爺さんのところの『奥さん』に、まんまとおさまった『悪い精霊』を連れてきたのかよ!?」
あわわわ、とケニーが手をぶんぶん振って拒む仕草をする。
メイベルは歩み寄りながら、こっそり小さく息をついた。パタパタと走り出していたマイケルが、先に彼のもとへと辿り着いて元気いっぱいに「よっ」と笑顔で挨拶する。
「良かった! 昨日来た時より顔色良さそうだな!」
「どこが!? 俺、今お前の目野前で青くなってるわッ」
ぺぺっ、ざけんな、とケニーが続ける。
確かに、こいつ、自分が会えた嬉しさで都合よく見えていないっぽい。遅れて後ろで立ち止まったメイベルは、そう思いながら、しばし様子を見守る事にした。
「なんで『精霊の嫁』を連れてきてんだよマイケルッ」
「前にも言ったけど、メイベル、ちっとも悪者っぽい事しないんだぜ?」
「でも、俺の母ちゃんも父ちゃんも、目を合わせるな近寄るなって言ってたぞ!?」
そう言い返されたマイケルが、何やら言葉を返そうと口を開きかけたところで、メイベルはやれやれと先に言葉を切り出した。
「それは正しいよ。ケニー坊やの言う通りだ」
するとマイケルが、むすぅっとしてメイベルを見る。
「メイベル、いっつもソレばっかじゃん。なんも正しくないぞ、無視されてそばに寄るのもダメって言われたら、俺だったらヤだぞ」
メイベルは、すぐには何も言わなかった。自分を真っ直ぐ見てくる彼を、ただただ静かに見つめていた。
「――それは、お前が人間だからさ」
適当に告げて、メイベルは動き出す。
近付かれたケニーが、ビクッとして身体を強張らせた。しかし、本当に足の自由が利かないようで、縁側に座ったまま逃げ出す気配は見せないでいる。
「足、つらいか?」
「え……?」
じっ、と金色の目で見下ろされたケニーが、戸惑いを滲ませた。
マイケルが飛び込んできて、メイベルの背にアタックする勢いでローブにしがみ付き、揃ってケニーの方を覗き込みながらこう言った。
「なんか分かるかメイベル!?」
「まぁな」
メイベルは、問題の場所を、金色の『精霊の目』でじっくりと見つめた。杖のある方の足のふくらはぎ部分は、薄らと赤い二本のラインのようなものが巻きつくようにあった。
――うふふふ、【精霊に呪われしモノ】がきた。
くすくす、と精霊の声がする。
そこには、子供の細い足に抱きついている小精霊の姿があった。不思議な色合いでぼんやりと光っている四つの翅、女性のような姿をしていて昆虫のような手先を持っている精霊――。
「ちょっと近付くぜ、ガキ」
「えっ!?」
「大丈夫。触れないよ」
メイベルは言いながら、その小精霊をひょいと指先でつまんで引き離した。小さな『彼女』が、やんっ、とケラケラ笑うような可愛らしい声を上げる。
直後、ケニーがパチッと目を大きく見開いた。
「あれ? 痛いのがなくなった!」
「マジか! え、もう治ったの!?」
マイケルとケニーが、ほぼ同時にメイベルへと目を向ける。
手に小精霊をつまみ持ったまま、メイベルは二人の子供の視線を受け止めた。感情の読めない金色の『精霊の目』で見つめ返し、淡々と唇を開く。
「精霊症だよ」
「せいれいしょう……?」
ケニーが、馴染みのない病症を反芻する。マイケルも、全く初めて聞いた様子で、大きくした目を瞬いた。
「そうだ、精霊症だよ。ここの土地の人間は、精霊に馴染みがないから分からないかもしれないが、精霊と共存している場所では、原因不明の場合、すぐに魔法使いに診てもらうのが一般的だ」
そう説明してやると、敏い子供らの目がメイベルの手へと向いた。
すっかり足から赤味も引いたケニーが、縁側に座り込んだまま、ずいっと覗き込んで「なぁ」と指を向けてこう言った。
「なんか持ってる感じだけど、もしかして、そこに何かいるのか?」
「精神体の精霊だ。『見る目』を持っていないお前達には、見えないよ」
「えーっ! 俺、精霊とか見た事ない! 見たい!」
途端にマイケルがはしゃぎ出した。
メイベルは、すっかり呆れた目を彼へと向けた。勝手に触ろうとしないところはまだマシか、と思いつつも、小精霊を持っている手をそれとなくマイケルの方から離す。
「お前ね……、私も精霊なんだが?」
「えー、だってメイベルって、精霊っぽくないんだもん」
「マイケル、お前ちょっとおかしいよ。緑の髪に『精霊の目』の人間なんていねぇもん」
そう口を挟んだケニーが、「でも」と言って、同じく好奇心に輝き出している目を戻す。
「俺も精霊、見てみたい」
「お前もかよ。私が来た時にビビッてた癖に――」
「普通にお喋り出来るし、人間っぽいし、マイケルが平気って言うんだったら大丈夫!」
メイベルは返答に困って「えぇぇ……」とこぼした。どうしたもんかな、と呟きながら、クッキリとした色合いの美しい緑の髪をかき上げる。
「子供ってのは、まるで人間じゃないみたいに妙な生き物だな」
引きそうにもない二人の子供を前に、彼女は小さな溜息をこぼした。
「いいよ、一度だけなら見せてやる」
「やったぜ!」
「本当かっ?」
「ただし、今回だけだ。そうして、この事を誰から言いふらしてはいけない。その約束を守れるか?」
メイベルは、少し背を屈めて二人に確認した。緑の髪がさらりと揺れて、長い睫毛と白い頬にさらりと掛かる。
もし興味を持って呼びこんでしまったら、危険だからだ。
存在を知ったら、それだけで一つの縁のきっかけが出来て、向こうの存在を引き寄せてしまう事がある。それは人間界の魔法を学んだ折りに、教えてもらった事でもあった。
するとマイケルが、真っ先に答えた。
「分かった! 俺、誰にも言わないよ」
「俺も言わないッ」
ケニーが、ぴょんっと縁側から降り立って言う。
メイベルは「――いいだろう」と答えて、精霊として『約束通り』姿見せの魔法で小精霊を見えるようにしてやった。ここ数日で集められていた人間界の魔力を、ほんの少しだけ消費する。
その途端、魔法のように、いきなり目の前に現われたように見えた二人の少年達が、ぱぁっと目を輝かせて騒ぎ出した。
「うわーッ、本物の精霊だ! めっちゃキラキラしてる!」
「すげぇッ、絵本の中の精霊みたいだぜ!」
つい先程まで自分を悩ませていた元凶だというのに、マイケルと揃って、ケニーまで興味津々と小精霊を覗き込んでいる。
「こいつは下級精霊に分類されている小精霊だ。一番数が多い代表的な姿だからな、絵本なんかで描かれているものに近いだろうとは思う」
興奮している笑顔のマイケルとケニーを前に、そこでメイベルは口をつぐんだ。
ここに、この精霊がいるはずがないんだけどな、とは続けず心の中で思った。目も合わせていないのに、小精霊は人間の耳には聞こえない『精霊の声』で、ずっと喋り続けている。
『うふふ、【精霊に呪われしモノ】がここに帰ってきた。無事で良かったねぇ』
「…………」
『ねぇ聞いてよ、この子の母親が淹れる紅茶の香り、とてもいいの。とっても『美味しかった』わ』
くすくす、と愛らしい鳴き声が上がる。
でも、その声は子供らの『耳』では聞こえない。彼らは魔力も霊力も持ち合わせておらず、そうして精神体の異界のモノの声を聞く、波長を持ち合わせていないからだ。
『大人の人間が悪口を言っていたから、みんなの代わりに聞いておこうと思って、その子供の足にしがって家に招かれたの」
そうして排除の気配が出たら、他の精霊を呼ぶつもりだった?
メイベルは声には出さないまま、金色の目を流し向けた。お前達の種族は、子供が大の好物な主食だったよな、とそっと目を細めて伝える。
『ふふ、怖いなぁ、睨まないでよ』
「…………」
『あーあ、それにしても残念。魂に穴あけて、食べられるかと思ったのに』
優しさではない。ただ、ルールに添わない食事という非日常を楽しめるかもしれない、という好奇心――彼女達は無垢で、そこに悪意がないからこその人間とのズレ。
この精霊が、性質ゆえに悪精霊に数えられている小精霊だと知ったら、この子供達は驚くだろうか?
ああ、それならますます教えられないな。
メイベルは、この地域にはいるはずのない【森影の悪食小精霊】を、彼らから引き離して姿見せの魔法を解いた。これは、触れている生物から生命エネルギーも食べてしまう。
痛みも立ち眩みも、全てこの小精霊に『おやつ』のごとくつまみ食いされていたからだ。紅茶の香りがなかったとしたら、ケニーはほとんどベッドの上で過ごす事になっていただろう。
「もう終わりだ。私は、コレを森へ返してくるよ。じゃあな『ちびっ子リーダー』」
「えぇ、メイベルもう行っちまうのか?」
「足が良くなったのか、リーダーのお前が確認してあげろ」
そうマイケルに適当に言い付け、追って来ない理由を作った。
一度も振り返らないままその家を出た。小さな精霊は、その間もずっと楽しそうに喋り続けていた。
『ここから【精霊に呪われしモノ】がいなくなってるって、風の精霊が話していたの。だから、その風に乗って私が見に来たのよ』
そうだろうとは思っていた。
勝手な事だ、とメイベルは思った。彼女達の種族は、噂では聞いていてよく知っている。随分前にもいた【精霊に呪われしモノ】が呼び出して、人間を好きなだけ喰ったモノ共の一つだった――。
やがて住宅街に入った。なかなか立派な家が多い場所だ。
「この近くに、お前の家もあったりするのか?」
「大正解だぜ! 俺ら少年団は、近所の幼馴染同士なんだぜ!」
「うん。なんとなくそうだろうな、とは思ってた」
チビ同士が毎日のようにつるんでいる、というところから想像してメイベルは答えた。
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「平気だって。いつもこんな感じだもん。それにちゃんと確認した、ケニーの両親は仕事で不在!」
「ふうん。なるほどな」
興味はないので、いる、いない、が分かればいい、と詳細は尋ねなかった。
「ケニーはさ、歩きづらくなってから縁側の方によくいるよ。何度かおばあちゃんが訪ねてきて、母ちゃんと父ちゃんがいない間は面倒をみてくれてるんだって」
メイベルのローブの袖を掴んだまま、マイケルは玄関ではなく広い庭を突っ切って横へと向かう。
その時、ようやく彼が「あっ」と言って手を離した。
「ケニー!」
会えただけで嬉しいのか、元気良く声を上げてぶんぶんと大きく手を振る。
そんな彼の視線の先には、家の縁側に腰掛ける一人の少年の姿があった。やや細身で、少々やんちゃそうなつり目の少年だ。そのかたわらには杖が置かれてある。
こちらを見たその子供――ケニーの目が、みるみるテンションを下げて、たった数秒でとうとう顔まで真っ青になった。
「お、おおおお前っ、エインワースのお爺さんのところの『奥さん』に、まんまとおさまった『悪い精霊』を連れてきたのかよ!?」
あわわわ、とケニーが手をぶんぶん振って拒む仕草をする。
メイベルは歩み寄りながら、こっそり小さく息をついた。パタパタと走り出していたマイケルが、先に彼のもとへと辿り着いて元気いっぱいに「よっ」と笑顔で挨拶する。
「良かった! 昨日来た時より顔色良さそうだな!」
「どこが!? 俺、今お前の目野前で青くなってるわッ」
ぺぺっ、ざけんな、とケニーが続ける。
確かに、こいつ、自分が会えた嬉しさで都合よく見えていないっぽい。遅れて後ろで立ち止まったメイベルは、そう思いながら、しばし様子を見守る事にした。
「なんで『精霊の嫁』を連れてきてんだよマイケルッ」
「前にも言ったけど、メイベル、ちっとも悪者っぽい事しないんだぜ?」
「でも、俺の母ちゃんも父ちゃんも、目を合わせるな近寄るなって言ってたぞ!?」
そう言い返されたマイケルが、何やら言葉を返そうと口を開きかけたところで、メイベルはやれやれと先に言葉を切り出した。
「それは正しいよ。ケニー坊やの言う通りだ」
するとマイケルが、むすぅっとしてメイベルを見る。
「メイベル、いっつもソレばっかじゃん。なんも正しくないぞ、無視されてそばに寄るのもダメって言われたら、俺だったらヤだぞ」
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「――それは、お前が人間だからさ」
適当に告げて、メイベルは動き出す。
近付かれたケニーが、ビクッとして身体を強張らせた。しかし、本当に足の自由が利かないようで、縁側に座ったまま逃げ出す気配は見せないでいる。
「足、つらいか?」
「え……?」
じっ、と金色の目で見下ろされたケニーが、戸惑いを滲ませた。
マイケルが飛び込んできて、メイベルの背にアタックする勢いでローブにしがみ付き、揃ってケニーの方を覗き込みながらこう言った。
「なんか分かるかメイベル!?」
「まぁな」
メイベルは、問題の場所を、金色の『精霊の目』でじっくりと見つめた。杖のある方の足のふくらはぎ部分は、薄らと赤い二本のラインのようなものが巻きつくようにあった。
――うふふふ、【精霊に呪われしモノ】がきた。
くすくす、と精霊の声がする。
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「ちょっと近付くぜ、ガキ」
「えっ!?」
「大丈夫。触れないよ」
メイベルは言いながら、その小精霊をひょいと指先でつまんで引き離した。小さな『彼女』が、やんっ、とケラケラ笑うような可愛らしい声を上げる。
直後、ケニーがパチッと目を大きく見開いた。
「あれ? 痛いのがなくなった!」
「マジか! え、もう治ったの!?」
マイケルとケニーが、ほぼ同時にメイベルへと目を向ける。
手に小精霊をつまみ持ったまま、メイベルは二人の子供の視線を受け止めた。感情の読めない金色の『精霊の目』で見つめ返し、淡々と唇を開く。
「精霊症だよ」
「せいれいしょう……?」
ケニーが、馴染みのない病症を反芻する。マイケルも、全く初めて聞いた様子で、大きくした目を瞬いた。
「そうだ、精霊症だよ。ここの土地の人間は、精霊に馴染みがないから分からないかもしれないが、精霊と共存している場所では、原因不明の場合、すぐに魔法使いに診てもらうのが一般的だ」
そう説明してやると、敏い子供らの目がメイベルの手へと向いた。
すっかり足から赤味も引いたケニーが、縁側に座り込んだまま、ずいっと覗き込んで「なぁ」と指を向けてこう言った。
「なんか持ってる感じだけど、もしかして、そこに何かいるのか?」
「精神体の精霊だ。『見る目』を持っていないお前達には、見えないよ」
「えーっ! 俺、精霊とか見た事ない! 見たい!」
途端にマイケルがはしゃぎ出した。
メイベルは、すっかり呆れた目を彼へと向けた。勝手に触ろうとしないところはまだマシか、と思いつつも、小精霊を持っている手をそれとなくマイケルの方から離す。
「お前ね……、私も精霊なんだが?」
「えー、だってメイベルって、精霊っぽくないんだもん」
「マイケル、お前ちょっとおかしいよ。緑の髪に『精霊の目』の人間なんていねぇもん」
そう口を挟んだケニーが、「でも」と言って、同じく好奇心に輝き出している目を戻す。
「俺も精霊、見てみたい」
「お前もかよ。私が来た時にビビッてた癖に――」
「普通にお喋り出来るし、人間っぽいし、マイケルが平気って言うんだったら大丈夫!」
メイベルは返答に困って「えぇぇ……」とこぼした。どうしたもんかな、と呟きながら、クッキリとした色合いの美しい緑の髪をかき上げる。
「子供ってのは、まるで人間じゃないみたいに妙な生き物だな」
引きそうにもない二人の子供を前に、彼女は小さな溜息をこぼした。
「いいよ、一度だけなら見せてやる」
「やったぜ!」
「本当かっ?」
「ただし、今回だけだ。そうして、この事を誰から言いふらしてはいけない。その約束を守れるか?」
メイベルは、少し背を屈めて二人に確認した。緑の髪がさらりと揺れて、長い睫毛と白い頬にさらりと掛かる。
もし興味を持って呼びこんでしまったら、危険だからだ。
存在を知ったら、それだけで一つの縁のきっかけが出来て、向こうの存在を引き寄せてしまう事がある。それは人間界の魔法を学んだ折りに、教えてもらった事でもあった。
するとマイケルが、真っ先に答えた。
「分かった! 俺、誰にも言わないよ」
「俺も言わないッ」
ケニーが、ぴょんっと縁側から降り立って言う。
メイベルは「――いいだろう」と答えて、精霊として『約束通り』姿見せの魔法で小精霊を見えるようにしてやった。ここ数日で集められていた人間界の魔力を、ほんの少しだけ消費する。
その途端、魔法のように、いきなり目の前に現われたように見えた二人の少年達が、ぱぁっと目を輝かせて騒ぎ出した。
「うわーッ、本物の精霊だ! めっちゃキラキラしてる!」
「すげぇッ、絵本の中の精霊みたいだぜ!」
つい先程まで自分を悩ませていた元凶だというのに、マイケルと揃って、ケニーまで興味津々と小精霊を覗き込んでいる。
「こいつは下級精霊に分類されている小精霊だ。一番数が多い代表的な姿だからな、絵本なんかで描かれているものに近いだろうとは思う」
興奮している笑顔のマイケルとケニーを前に、そこでメイベルは口をつぐんだ。
ここに、この精霊がいるはずがないんだけどな、とは続けず心の中で思った。目も合わせていないのに、小精霊は人間の耳には聞こえない『精霊の声』で、ずっと喋り続けている。
『うふふ、【精霊に呪われしモノ】がここに帰ってきた。無事で良かったねぇ』
「…………」
『ねぇ聞いてよ、この子の母親が淹れる紅茶の香り、とてもいいの。とっても『美味しかった』わ』
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でも、その声は子供らの『耳』では聞こえない。彼らは魔力も霊力も持ち合わせておらず、そうして精神体の異界のモノの声を聞く、波長を持ち合わせていないからだ。
『大人の人間が悪口を言っていたから、みんなの代わりに聞いておこうと思って、その子供の足にしがって家に招かれたの」
そうして排除の気配が出たら、他の精霊を呼ぶつもりだった?
メイベルは声には出さないまま、金色の目を流し向けた。お前達の種族は、子供が大の好物な主食だったよな、とそっと目を細めて伝える。
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「…………」
『あーあ、それにしても残念。魂に穴あけて、食べられるかと思ったのに』
優しさではない。ただ、ルールに添わない食事という非日常を楽しめるかもしれない、という好奇心――彼女達は無垢で、そこに悪意がないからこその人間とのズレ。
この精霊が、性質ゆえに悪精霊に数えられている小精霊だと知ったら、この子供達は驚くだろうか?
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メイベルは、この地域にはいるはずのない【森影の悪食小精霊】を、彼らから引き離して姿見せの魔法を解いた。これは、触れている生物から生命エネルギーも食べてしまう。
痛みも立ち眩みも、全てこの小精霊に『おやつ』のごとくつまみ食いされていたからだ。紅茶の香りがなかったとしたら、ケニーはほとんどベッドの上で過ごす事になっていただろう。
「もう終わりだ。私は、コレを森へ返してくるよ。じゃあな『ちびっ子リーダー』」
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「足が良くなったのか、リーダーのお前が確認してあげろ」
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一度も振り返らないままその家を出た。小さな精霊は、その間もずっと楽しそうに喋り続けていた。
『ここから【精霊に呪われしモノ】がいなくなってるって、風の精霊が話していたの。だから、その風に乗って私が見に来たのよ』
そうだろうとは思っていた。
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