66 / 97
3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編
66話 続・精霊少女の散歩 上
しおりを挟む
リックの家を出た後、メイベルはのんびりと足を進めた。
本当は、体力が戻った事を確認するための散歩だった。エインワースは昼食後に仮眠をする事になり、なら買い物がてら歩いてくる、と彼の昼寝を見届けてから出てきたのだ。
日中の日差しに含まれている人間界の魔力が、夜の精霊に属するメイベルの肌にやや肌寒く触れていた。太陽はポカポカで温かいのに、風だけが少し寒い季節みたいだな、とメイベルは忌々しく思う。
でも、仕方がない。
そう分かっていて、ふっと力を抜く。自分は、精霊女王が治める夜の精霊。今や魔力をまとって弾くほどの余力もなくなった――。
その時、メイベルはピタリと足を止めた。
向かう先の道のド真ん中に、うつ伏せになって倒れている子供がいた。それは先日にエインワースの家に突撃してきた、正義の少年団だとかいうマイケルである。
チラリと目を向けてみれば、道には小さな凸凹の小石。もし彼が走っていたとしたならば、それに躓く可能性はゼロではない。
「んー」
メイベルは、先日の彼の様子を思い返して推測した。やっぱりその線だろうと納得したところで、「ふむ」と顎に手をあてて考える。
「――よし。何も見なかった事にしよう、戻るか」
直後、その声を聞いた子供――マイケルが「うえええええ!?」とビックリした声を上げてパッと顔を向けてきた。
「ここで俺を見捨てて行くとか、ひっでぇよ!」
額と鼻先を少し赤くした彼は、涙目だった。
「おれ、俺っ、こんなところで転んだのも恥ずかしかったのに! しかも誰もいないと安心していたら、まさか『メイベル』が来るなんて思ってもみなくってぅぇええ」
「泣くな。煩い」
「煩い!?」
歩み寄ってしゃがみ込むメイベルに、マイケルが「びぇっ」と目を見開く。
「しかも年上を呼び捨てとは、けしからんガキだな」
「じゃあ『メイベルさん』って呼べばいいのか?」
唐突に、子供なりの素直さを発揮して、マイケルがきょとんとして尋ねてくる。
おかげで涙は止まってくれていた。しかし、対するメイベルは少しだけ反応に困って、しばし止まってしまう。風が吹き抜けて、彼女の緑の髪を揺らしていった。
「…………冗談だ。好きに呼べばいい」
「ふうん。んじゃあ、メイベルはこんなところで何してるんだ?」
「ちょっとした散歩。そのあと、エインワースに頼まれている買い物をする」
メイベルは答えながら、転倒したのを忘れているみたいなマイケルの額の汚れを払った。
「エインワースの爺ちゃんの買い物か~。へへっ、爺ちゃん助かってるだろうな~」
「お前、エインワースのこと好きだよな」
「まぁね! 俺にも超優しいんだぜ! あと、手作りの菓子もケーキもめっちゃ美味い!」
「はいはい。他に痛いところは?」
「ちょっと額がじんじんするんだぜ。でも、メイベルの手で触られても痛くない」
「そうか」
彼のズボンのポケットから、ハンカチが覗いているのが見えた。メイベルはそれを引っ張り出すと、マイケルの目元の涙をぐしぐしと拭い、赤くなっている鼻先の汚れもきちんと拭う。
「お前の母ちゃんは、しっかりし人だな。皺一つない柔らかいハンカチだ」
「そうなのか? 俺の母ちゃん、『紳士のたしなみだ』なんて訳の分からないこと言うんだぜ」
世話され慣れているマイケルが、続いて頬を拭われながら答える。
「それは正解だよ。誰かに貸すためにも、一つは持っておくべきだ」
メイベルは、マイケルの小さな手を取って立ち上がらせた。服についている汚れを、ざっと払い落していく。
「なんで誰かに貸す前提で持っておくんだ?」
「お前はゆくゆく、レディー・ファーストというのも学ばなければならないようだな」
「それ、学校で習うやつ?」
「さぁ、どうだろうな」
メイベルは『学校』とやらを少し考え、彼のハンカチを手でぱんぱんと払って、キレイに畳んだ。
「なくさないようにポケットに入れておくぞ」
声を掛けて、ポケットを引っ張ってその中にきちんと入れる。その様子を目で追いながら、マイケルが「うん」と答えて不思議そうにしていた。
「メイベルって、俺の母ちゃんより丁寧な気がする」
「それは気のせいだ。お前が子供だからそう思うんだろう」
メイベルは淡々と答え、背を起こすと、話をそらすように「で?」と問い掛けた。
「お前は、どうして躓くほどまで慌てて走っていたんだ?」
するとマイケルが、大変驚いた様子で「え!?」とメイベルを見上げた。
「なんで俺が、慌てて走っていたのが分かるの!?」
「性格と状況からの推測だ」
「へぇ、メイベルって精霊なのに頭いいんだな!」
メイベルは、ちらりと眉を顰めて見せた。
そうしたらマイケルが、察した様子で「ごめん」と話がそれた事を謝った。
「実はさ、正義の少年団のケニーに、問題が発生したんだ」
唐突に名前を出されて、メイベルは金色の『精霊の目』を、考える風によそへ流し向けた。
「――ああ、この前来た時に口にしていた『副団長のケニー』か」
「覚えててくれたの!?」
「まぁな。それから、リチャードというやつも副団長なんだろ?」
「そう! 俺ら、三人で町を守ってるんだ!」
マイケルが嬉しそうに言う。
つまり団長のこいつと、副団長の二人しかいない少年団なのか。他にちゃんとした団員もいないのに少年団なのか……とか、メイベルはチラリと思ったりしていた。
「ケニーさ、今週の半ばから、ずっと学校を休んでいるんだ」
「病気か?」
それにしては、見舞いの品がなさそうな。
メイベルは、彼が手ぶらなのを確認する。するとマイケルが、「病気じゃないみたいなんだけど」と困ったような顔で続けてきた。
「家族もみんな不思議がってるんだけど、足がさ、すごく痛いんだって」
「足?」
「めっちゃ痛いのは時々らしいんだけど、ずっと重くてズキズキしているんだって。病院でみてもらったけど異常は見付けられなくて、それでも杖がないときつくて動けないんだって」
言いながら、だんだんマイケルの声は不安を帯びて小さくなる。
「だからさ、俺、一度メイベルに訊いてみようかなと思って、走って向かっていたんだ」
この道は、エインワースの家のある道にも繋がっている。メイベルはそう思い返しながら、来た道からマイケルへと目を戻して尋ね返した。
「どうして私なんだ?」
「だって、メイベルは長く生きてるし、外の病気とかも色々知ってるかな、て……」
「ふうん。それは、お前が『不思議』だと感じる症状だったわけか?」
そう確認のために問い掛けると、彼がパッと顔を上げた。
「なんでソレも分かるの!?」
「子供ってのは、鋭い勘が強く残っている者が多い。お前はケニーを見舞いに行って、本人から話しを聞きながら、その足を見て『違和感』を覚え、だから私に訊こうと思ったんだろ?」
違うか? とメイベルは、静寂を宿したような金色の『精霊の目』で尋ねた。
その途端にマイケルが、首を左右にぶんぶん振って「ううん、違わない」と答えた。
「まさにその通りなんだ。俺、お医者さんじゃなくて、別の誰かにみせるべきだって思ったんだよ。よく分かんないけど、きっと普通のお医者さんじゃダメなんだって」
言いながら、彼の目がくしゃりと潤う。
「俺、変なの? そう思ったりするのは変だ、どうしてそんな変なこと言うのって、ケニーの家族が困ってたんだ」
「変じゃないさ。お前は直感が敏い子なんだろう」
メイベルは、間髪入れずに言った。
まだ何も知らない子供。ならば今だけは、と思って手を伸ばし、涙がこぼれそうな目尻を親指でぐしぐしと擦る。
「泣くな、男の子だろう」
「なっ、泣かねぇし!」
「だといいがな――それで、彼の足はどういう感じなんだ?」
「ふくらはぎが、少しだけ腫れてる。薄らと赤い線みたいなのが二本くらい入っていて、でも目立つほどじゃないのに、骨折でもしたみたいに痛いし力が入らないんだって」
マイケルは、自分の腕で目元をこするとそう答えた。
「ベッドでじっとしていてもさ、まるで全力疾走でもしているみたいに、疲労感が増すんだって言ってた」
「――その症状は、一日の中で何度も起こるのか? 小刻みに?」
「うん。頻繁らしいぜ。ちょっとマシになったかと思ったら、またガクンってくるんだってケニーは言ってた。それでいて、すごく痛くなる時があって、そうすると頭までくらくらするんだって」
頭まで、ということは全身的にくらりとしているわけか。
メイベルは、青い空を見やって思案顔で呟く。
「前の日は、とくに異変もなかったんだぜ。森にも行かなかったし、町の見周りをして公園で少し遊んで。その翌日にさ、学校に行こうとして歩いていた最中に、いきなり痛くなったらしいんだ」
その時、メイベルは、話し続けていたマイケルへと目を戻した。
「そこに案内しな」
「そこにって……ケニーん家?」
「ああ、ケニー坊やがいるところだよ。その病気とやら、もしかしたら治るかもしれない」
「本当に!?」
思わずといった様子で、マイケルがローブを掴んでくる。
メイベルは、ほんの少しだけ目を細めた。――それから、それとなく彼の手を、自分のローブからゆっくりと離させながら言った。
「喜ぶのはまだ早いぞ。今のところは推測の範囲内だ。確証はない。それでもいいのなら案内しろ」
「案内するよ! 本当は、メイベルを連れて行こうと思ってたんだから!」
言いながら、彼が袖の部分を掴んで「こっち!」と意気揚々と引っ張り出す。
離させたばかりだというのに、とメイベルは鼻から小さく息をこぼした。さっき転倒していたのも忘れているみたいだな、と前を進み始めた自分よりも低いマイケルの頭を見て思う。
と、彼が肩越しにこちらを振り返ってきた。
「へへっ。なんか、メイベルが『坊や』って言うの変な感じ」
つい先程の涙目が残る顔で、彼が調子よく笑う。
それを見ていたら、強く言えなくなった。泣かないのなら、それでいい。こうしてぐいぐい手を引っ張っている彼の感じが、小さかった頃の弟弟子、エリックとの思い出と重なった。
「――何言ってんだ。私はエインワースより年上だぞ」
メイベルは、落ち着いた声で、そうとだけ言った。
本当は、体力が戻った事を確認するための散歩だった。エインワースは昼食後に仮眠をする事になり、なら買い物がてら歩いてくる、と彼の昼寝を見届けてから出てきたのだ。
日中の日差しに含まれている人間界の魔力が、夜の精霊に属するメイベルの肌にやや肌寒く触れていた。太陽はポカポカで温かいのに、風だけが少し寒い季節みたいだな、とメイベルは忌々しく思う。
でも、仕方がない。
そう分かっていて、ふっと力を抜く。自分は、精霊女王が治める夜の精霊。今や魔力をまとって弾くほどの余力もなくなった――。
その時、メイベルはピタリと足を止めた。
向かう先の道のド真ん中に、うつ伏せになって倒れている子供がいた。それは先日にエインワースの家に突撃してきた、正義の少年団だとかいうマイケルである。
チラリと目を向けてみれば、道には小さな凸凹の小石。もし彼が走っていたとしたならば、それに躓く可能性はゼロではない。
「んー」
メイベルは、先日の彼の様子を思い返して推測した。やっぱりその線だろうと納得したところで、「ふむ」と顎に手をあてて考える。
「――よし。何も見なかった事にしよう、戻るか」
直後、その声を聞いた子供――マイケルが「うえええええ!?」とビックリした声を上げてパッと顔を向けてきた。
「ここで俺を見捨てて行くとか、ひっでぇよ!」
額と鼻先を少し赤くした彼は、涙目だった。
「おれ、俺っ、こんなところで転んだのも恥ずかしかったのに! しかも誰もいないと安心していたら、まさか『メイベル』が来るなんて思ってもみなくってぅぇええ」
「泣くな。煩い」
「煩い!?」
歩み寄ってしゃがみ込むメイベルに、マイケルが「びぇっ」と目を見開く。
「しかも年上を呼び捨てとは、けしからんガキだな」
「じゃあ『メイベルさん』って呼べばいいのか?」
唐突に、子供なりの素直さを発揮して、マイケルがきょとんとして尋ねてくる。
おかげで涙は止まってくれていた。しかし、対するメイベルは少しだけ反応に困って、しばし止まってしまう。風が吹き抜けて、彼女の緑の髪を揺らしていった。
「…………冗談だ。好きに呼べばいい」
「ふうん。んじゃあ、メイベルはこんなところで何してるんだ?」
「ちょっとした散歩。そのあと、エインワースに頼まれている買い物をする」
メイベルは答えながら、転倒したのを忘れているみたいなマイケルの額の汚れを払った。
「エインワースの爺ちゃんの買い物か~。へへっ、爺ちゃん助かってるだろうな~」
「お前、エインワースのこと好きだよな」
「まぁね! 俺にも超優しいんだぜ! あと、手作りの菓子もケーキもめっちゃ美味い!」
「はいはい。他に痛いところは?」
「ちょっと額がじんじんするんだぜ。でも、メイベルの手で触られても痛くない」
「そうか」
彼のズボンのポケットから、ハンカチが覗いているのが見えた。メイベルはそれを引っ張り出すと、マイケルの目元の涙をぐしぐしと拭い、赤くなっている鼻先の汚れもきちんと拭う。
「お前の母ちゃんは、しっかりし人だな。皺一つない柔らかいハンカチだ」
「そうなのか? 俺の母ちゃん、『紳士のたしなみだ』なんて訳の分からないこと言うんだぜ」
世話され慣れているマイケルが、続いて頬を拭われながら答える。
「それは正解だよ。誰かに貸すためにも、一つは持っておくべきだ」
メイベルは、マイケルの小さな手を取って立ち上がらせた。服についている汚れを、ざっと払い落していく。
「なんで誰かに貸す前提で持っておくんだ?」
「お前はゆくゆく、レディー・ファーストというのも学ばなければならないようだな」
「それ、学校で習うやつ?」
「さぁ、どうだろうな」
メイベルは『学校』とやらを少し考え、彼のハンカチを手でぱんぱんと払って、キレイに畳んだ。
「なくさないようにポケットに入れておくぞ」
声を掛けて、ポケットを引っ張ってその中にきちんと入れる。その様子を目で追いながら、マイケルが「うん」と答えて不思議そうにしていた。
「メイベルって、俺の母ちゃんより丁寧な気がする」
「それは気のせいだ。お前が子供だからそう思うんだろう」
メイベルは淡々と答え、背を起こすと、話をそらすように「で?」と問い掛けた。
「お前は、どうして躓くほどまで慌てて走っていたんだ?」
するとマイケルが、大変驚いた様子で「え!?」とメイベルを見上げた。
「なんで俺が、慌てて走っていたのが分かるの!?」
「性格と状況からの推測だ」
「へぇ、メイベルって精霊なのに頭いいんだな!」
メイベルは、ちらりと眉を顰めて見せた。
そうしたらマイケルが、察した様子で「ごめん」と話がそれた事を謝った。
「実はさ、正義の少年団のケニーに、問題が発生したんだ」
唐突に名前を出されて、メイベルは金色の『精霊の目』を、考える風によそへ流し向けた。
「――ああ、この前来た時に口にしていた『副団長のケニー』か」
「覚えててくれたの!?」
「まぁな。それから、リチャードというやつも副団長なんだろ?」
「そう! 俺ら、三人で町を守ってるんだ!」
マイケルが嬉しそうに言う。
つまり団長のこいつと、副団長の二人しかいない少年団なのか。他にちゃんとした団員もいないのに少年団なのか……とか、メイベルはチラリと思ったりしていた。
「ケニーさ、今週の半ばから、ずっと学校を休んでいるんだ」
「病気か?」
それにしては、見舞いの品がなさそうな。
メイベルは、彼が手ぶらなのを確認する。するとマイケルが、「病気じゃないみたいなんだけど」と困ったような顔で続けてきた。
「家族もみんな不思議がってるんだけど、足がさ、すごく痛いんだって」
「足?」
「めっちゃ痛いのは時々らしいんだけど、ずっと重くてズキズキしているんだって。病院でみてもらったけど異常は見付けられなくて、それでも杖がないときつくて動けないんだって」
言いながら、だんだんマイケルの声は不安を帯びて小さくなる。
「だからさ、俺、一度メイベルに訊いてみようかなと思って、走って向かっていたんだ」
この道は、エインワースの家のある道にも繋がっている。メイベルはそう思い返しながら、来た道からマイケルへと目を戻して尋ね返した。
「どうして私なんだ?」
「だって、メイベルは長く生きてるし、外の病気とかも色々知ってるかな、て……」
「ふうん。それは、お前が『不思議』だと感じる症状だったわけか?」
そう確認のために問い掛けると、彼がパッと顔を上げた。
「なんでソレも分かるの!?」
「子供ってのは、鋭い勘が強く残っている者が多い。お前はケニーを見舞いに行って、本人から話しを聞きながら、その足を見て『違和感』を覚え、だから私に訊こうと思ったんだろ?」
違うか? とメイベルは、静寂を宿したような金色の『精霊の目』で尋ねた。
その途端にマイケルが、首を左右にぶんぶん振って「ううん、違わない」と答えた。
「まさにその通りなんだ。俺、お医者さんじゃなくて、別の誰かにみせるべきだって思ったんだよ。よく分かんないけど、きっと普通のお医者さんじゃダメなんだって」
言いながら、彼の目がくしゃりと潤う。
「俺、変なの? そう思ったりするのは変だ、どうしてそんな変なこと言うのって、ケニーの家族が困ってたんだ」
「変じゃないさ。お前は直感が敏い子なんだろう」
メイベルは、間髪入れずに言った。
まだ何も知らない子供。ならば今だけは、と思って手を伸ばし、涙がこぼれそうな目尻を親指でぐしぐしと擦る。
「泣くな、男の子だろう」
「なっ、泣かねぇし!」
「だといいがな――それで、彼の足はどういう感じなんだ?」
「ふくらはぎが、少しだけ腫れてる。薄らと赤い線みたいなのが二本くらい入っていて、でも目立つほどじゃないのに、骨折でもしたみたいに痛いし力が入らないんだって」
マイケルは、自分の腕で目元をこするとそう答えた。
「ベッドでじっとしていてもさ、まるで全力疾走でもしているみたいに、疲労感が増すんだって言ってた」
「――その症状は、一日の中で何度も起こるのか? 小刻みに?」
「うん。頻繁らしいぜ。ちょっとマシになったかと思ったら、またガクンってくるんだってケニーは言ってた。それでいて、すごく痛くなる時があって、そうすると頭までくらくらするんだって」
頭まで、ということは全身的にくらりとしているわけか。
メイベルは、青い空を見やって思案顔で呟く。
「前の日は、とくに異変もなかったんだぜ。森にも行かなかったし、町の見周りをして公園で少し遊んで。その翌日にさ、学校に行こうとして歩いていた最中に、いきなり痛くなったらしいんだ」
その時、メイベルは、話し続けていたマイケルへと目を戻した。
「そこに案内しな」
「そこにって……ケニーん家?」
「ああ、ケニー坊やがいるところだよ。その病気とやら、もしかしたら治るかもしれない」
「本当に!?」
思わずといった様子で、マイケルがローブを掴んでくる。
メイベルは、ほんの少しだけ目を細めた。――それから、それとなく彼の手を、自分のローブからゆっくりと離させながら言った。
「喜ぶのはまだ早いぞ。今のところは推測の範囲内だ。確証はない。それでもいいのなら案内しろ」
「案内するよ! 本当は、メイベルを連れて行こうと思ってたんだから!」
言いながら、彼が袖の部分を掴んで「こっち!」と意気揚々と引っ張り出す。
離させたばかりだというのに、とメイベルは鼻から小さく息をこぼした。さっき転倒していたのも忘れているみたいだな、と前を進み始めた自分よりも低いマイケルの頭を見て思う。
と、彼が肩越しにこちらを振り返ってきた。
「へへっ。なんか、メイベルが『坊や』って言うの変な感じ」
つい先程の涙目が残る顔で、彼が調子よく笑う。
それを見ていたら、強く言えなくなった。泣かないのなら、それでいい。こうしてぐいぐい手を引っ張っている彼の感じが、小さかった頃の弟弟子、エリックとの思い出と重なった。
「――何言ってんだ。私はエインワースより年上だぞ」
メイベルは、落ち着いた声で、そうとだけ言った。
0
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる