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2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
58話 形勢逆転×メイベルの決断×結末
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「なんで、子爵が……」
静まり返った場で、誰かがそんな呟きを上げた。
ゴクリ、とした嚥下の音は、呪った亡霊が時代を超えて復活した事への恐れか。それとも無法魔法使いを凌ぐ、この場を一気に支配してしまった魔力量に圧倒されたせいか。
「だから言っただろう。地獄より舞い戻った、と」
学者か宣教者のような、穏やかなよく通る声でヴィハイン子爵が答える。見た事もない黒々とした魔法の杖を、紳士の嗜みのステッキのように振って魔法使い達に顔を向けた。
「こんにちは。領民、非領民の皆さん」
控え目な微笑を浮かべて彼が言う。
「私が眠る土地の上で、そしてこの領地で勝手に騒がしくしてくれたようで。このたびは少々度が過ぎたようだね、――鎮魂を祈ってくれた精霊側の助太刀に出てきたよ」
にこっと笑顔を向けられて、メイベルはしゃきっと背筋が伸びた。
チャンスを作れるのは、この一度だけだよ。
そう眼差しに伝えられた気がした。
ほんの少しの間、目を合わせただけで、彼は声に出して何かを伝えてくる事はなかった。メイベル達に背を向けると、優しげな目に強さを宿して魔法使い達を見据える。
「派手に色々とやってくれているようだが、そもそも君達は忘れていないかね――この屋敷の主は私だ」
重々しく告げた子爵が、杖を構えて小さく降った。
「我が屋敷内での、許可なき魔法を禁ずる」
そう短く唱えられた途端、取締局とジョルジュの手元から魔力放出が断たれた。魔法使い達の間に動揺が走る中、素人であるジョルジュが、バチンッと手に伝わった魔法衝撃に「うわっ」と杖を落としてしまう。
本来であれば、たったそれだけの言葉で行使出来る魔法ではない。それだけ、魔法の素質と魔力の高さにメイベルとアレックスは驚き、そしてスティーブンも呆気に取られていた。
そんな中、遅れてジョルジが、落ちた杖を慌てて拾おうとした。
「動く事を禁ずる」
直後、ヴィハイン子爵が魔法の杖を下に向けて、ジョルジュと取締局の魔法使い達が床に縫い付けられていた。
容赦のない制限と束縛の連続魔法だった。ジョルジュが、魔力に押さえ付けられながらも、ぶるぶると力を入れて忌々しげに睨み付けた。
「拷問の禁呪……! くそっ、この亡霊め――」
「話す事を禁ずる」
「!?」
声を封じられたジョルジュが、恐怖が込み上げたかのような表情を浮かべる。縋るような目を向けられた【古の悪精霊】は、無声の指示は受理せず首を捻っている。
取締局のリーダーの中年男が、問うように強い疑問の目を向けた。
眼球以外の動きと声を封じているヴィハイン子爵が、気付いて「ああ、なるほど」と彼の方を見た。
「何故亡霊であるのに、と心底不思議であるみたいだね。言っておくけれど、死界の許可を受けて地上に出た私の力は、生きていた頃に比べれば数割程度の再現しかされていない」
「――っ!?」
「私も無法魔法使いだったんだよ。家族を皆殺しにされたあの日、目に飛び込んできた残酷な光景で魔力と才能が開花した。――でも、そこらの無法魔法使いや君らとは、格が違う」
ヴィハイン子爵は、魔法の杖一本で『身』と『声』を封じ続けたまま告げる。まさにその通りだと思わせる一変した状況を前に、魔法使い達がゾクリと表情を強張らせた。
しばし呆けてしまっていたメイベル、ハッとしてアレックスの腕を叩いた。
「アレックス、急いで動くぞ! 憑依状態での魔法は、そんなに長くもたないッ」
「へ? あ、そ、そうだな確かに」
ハタと我に返ったアレックスが、メイベルを見つめ返す。
「でもメイベル、魔法陣のある奥の部屋までは、行けそうにないぞ。さっきの攻撃のやりとりで分かったが、あの闇の精霊が契約範囲内で守って――」
「別の方法でいく」
メイベルは、疲労のせいで動きも鈍くなっているアレックスの胸倉を掴んだ。スティーブンが「おい、ちょっと落ち着けよ」と声を掛けるのも構わず「いいかアレックス」と言い聞かせる。
「今すぐ空間隔離の魔法を展開、その直後に多重魔法で精霊魔力の流れを遮断するっ!」
「は――はあああああああ!? おまッ、待てメイベル、それだと精霊が止――」
「いいから指示された通りにやれッ」
他に方法があるのか、とメイベルにギロリと睨まれて、気圧されたアレックスがぐっと口をつぐんだ。ややあってから彼も「確かに……」と呟く。
取締局の中年男が、なるほどと察した表情を浮かべた。話せず、動けないでいる彼の視線の動きに気付いたアレックスが「くそっ」と呻き、残っている力を振り絞って駆け寄る。
「この小隊の中で、あんたの杖が一番頑丈なんだな!?」
そう確認してから、アレックスが彼の手から魔法の杖を取った。ざっと辺りへ目を走らせると、人と瓦礫に邪魔されないスペースへ滑り込んで、そのまま両膝をつく。
「くそくらえ!」
彼がそう悪態をついて、床に二本の魔法の杖を立てた。呪文を唱え始めたアレックスの下に、二色の異なった形をした二つの大きな魔法陣が浮かび上がった。中心にいる彼のローブとマントが、魔力の影響を受けてふわりと舞う。
直後、プツリ、と空間隔離によって外界の気配が断たれた。続いて空間がピリピリと震えるほどの魔力展開が開始され、発光する魔法言語が次々に宙に現われ始める。
「さすが討伐課の上級魔法使い!」
その方法を知っているとは踏んでいたものの、もっとも強い方の魔法陣だと気付いて、メイベルは絶賛の声を上げた。
するとアレックスが、一旦呪文を止めて叫んできた。
「だが俺の魔力だけじゃ到底足りんぞっ! 普通なら、数人がかりの『対高位精霊用』の大魔法だ!」
「んなの、分かってるよ」
メイベルは強がった笑みを、ニッと浮かべた。
「大丈夫だ、私がいる。みくびるな、こう見えて高位精霊だ」
自分に言い聞かせるように口にして、そちらにに向かって駆け出す。体力も魔力も色々とギリギリな状況もあるアレックスが、杖から手を離せないまま「はぁあああああ!?」と煩く騒いだ。
「まさかメイベル、おまっ――精霊魔力を使うとか正気か!?」
「そのまさかだ! いいから、お前は呪文を続けろ!」
その時、ハッとスティーブンが追い駆けて、パシリとメイベルの手を掴んだ。
「ちょ、待て! 一体何をどうしようってんだ!?」
「無法魔法使いが用意しているデカい魔法は、精霊に魔力を借りて行っている事だ。だから、あの無法魔法使いが動けないでいる今の状況であれば、精霊さえ止まれば全部が終わる」
振り返ったメイベルは、そういえば彼にもやってもらう事があったと気付いた。そうテキパキ早口に説明してやると、言い聞かせるようにしてスティーブンの腕を掴み引き寄せる。
「いいか、スティーブン。よくお聞き」
背の高い彼の顔を、ぐっと見上げて言い聞かせる。
「アレックスの魔法が完成したら、今、金色の文字が飛び交っているところに菱形の特別な魔法陣が形成される。だがアレックスは、術の支えで手いいっぱい。だからお前が、その辺に転がっている魔法使いの杖を魔法陣の中央に突き刺して、その魔法を発動させるんだ」
彼に魔力を送り続けないといけないから加勢は出来ない。そもそも精霊である自分には、その類の魔法陣にだけは触れる事が出来ないのだと早口で教えて、――メイベルは離れた。
呼び止める声を振り切って、アレックスの許に駆け寄った。呪文を必死に早口で唱え続けている彼が、少年だった頃の面影で不安そうな目を向けてくる。
「準備はいいか、アレックス」
嫌だ、とアレックスは表情で語ってくる。
メイベルは強がって、男の子みたいに笑って見せた。「心配すんな」と言い、両手でぎゅっと拳を作り、それを開いてから彼の大きな肩に手を置いた。
「久々の私の精霊魔力は、高位精霊とあってかなり重いだろうが、踏ん張れよ」
そう耳元に囁き掛けた直後、メイベルは金色の目を見開いた。
「――精霊魔力、最大解放!」
直後、エメラルド色の強い光りが放たれて空間内が震えた。あまりにも高濃度の力がビリビリと魔力放電を起こしたが、メイベルは「ぐぅ」と反動に呻きながらも魔力を送り続ける。
まとう魔力の変化と共に、彼女の姿が成長した。手と足の長さが伸びて、子供らしかった横顔は大人の女性へ。そしてキラキラと光の粒子をこぼしながら、緑の髪がざぁっと伸びて床にまで広がった。
宙を飛び交っていた魔法言語が、黄金色の輝きを放って集まり始めた。互いの文字同士がしっかりと結び付き合って、それは見事に菱形の複合型魔法陣を形成する。
スティーブンが唖然として、動くのも忘れ目を見開く。
「お、おい、その姿――」
浮いている魔法陣ではなく、苦しそうにしている大人のメイベルを見て、彼がそう声を発した直後、アレックスが「うるっせぇぞ教授野郎!」と怒鳴った。
「そんな事に答えている暇もねぇって事くらい分かれ! とにかくテメェは、さっさと動きやがれ! 頼むからッ、これ以上メイベルに魔力を使わせるなよっ!」
目も向けずにアレックスが叫ぶ。それは、どこか必死な心からの悲痛な声だった。
見守る取締局の魔法使い達が、眼球を動かしてそっと目をそらした。ジョルジュが充血した目を向けて怒りを伝えてくる中、スティーブンが「くそっ」と困惑のまま走り出す。
「何がなんだか、分かりゃしねぇよ!」
そう愚痴りながら全力で走る。ヴィハイン子爵が「私がいられるのも、あと十数秒」と静かに教えるそばを通過し、スティーブンは伏している魔法使いの杖をぶんどって再び走った。
真っすぐその魔法陣に向かうと、一気に床を蹴り上げて高く跳躍した。
「俺に魔法の発動係りをさせた事ッ、覚えてろよっ!」
菱形の魔法陣に飛び込んだ彼が、恨み言を吐き捨てて中央に深々と杖を突き立てた。その途端に黄金色の光が強くなり、続いて中央から激しく閃光を放って回り始めた。
ああ、スティーブンがスイッチを押してくれたのか。
成功した事に気付いたメイベルは、直後、放たれた光と共に身体から全ての力が抜けるのを感じた。糸の切れた操り人形のように、そのままぐらりと傾いて床に崩れ落ちる。
そうやって、精霊の『時』は止まる。
それは自分も例外ではない事を思いながら、メイベルは向こうにいる【古の悪精霊】が、影に戻って消失する光景を最後に、意識を失った。
静まり返った場で、誰かがそんな呟きを上げた。
ゴクリ、とした嚥下の音は、呪った亡霊が時代を超えて復活した事への恐れか。それとも無法魔法使いを凌ぐ、この場を一気に支配してしまった魔力量に圧倒されたせいか。
「だから言っただろう。地獄より舞い戻った、と」
学者か宣教者のような、穏やかなよく通る声でヴィハイン子爵が答える。見た事もない黒々とした魔法の杖を、紳士の嗜みのステッキのように振って魔法使い達に顔を向けた。
「こんにちは。領民、非領民の皆さん」
控え目な微笑を浮かべて彼が言う。
「私が眠る土地の上で、そしてこの領地で勝手に騒がしくしてくれたようで。このたびは少々度が過ぎたようだね、――鎮魂を祈ってくれた精霊側の助太刀に出てきたよ」
にこっと笑顔を向けられて、メイベルはしゃきっと背筋が伸びた。
チャンスを作れるのは、この一度だけだよ。
そう眼差しに伝えられた気がした。
ほんの少しの間、目を合わせただけで、彼は声に出して何かを伝えてくる事はなかった。メイベル達に背を向けると、優しげな目に強さを宿して魔法使い達を見据える。
「派手に色々とやってくれているようだが、そもそも君達は忘れていないかね――この屋敷の主は私だ」
重々しく告げた子爵が、杖を構えて小さく降った。
「我が屋敷内での、許可なき魔法を禁ずる」
そう短く唱えられた途端、取締局とジョルジュの手元から魔力放出が断たれた。魔法使い達の間に動揺が走る中、素人であるジョルジュが、バチンッと手に伝わった魔法衝撃に「うわっ」と杖を落としてしまう。
本来であれば、たったそれだけの言葉で行使出来る魔法ではない。それだけ、魔法の素質と魔力の高さにメイベルとアレックスは驚き、そしてスティーブンも呆気に取られていた。
そんな中、遅れてジョルジが、落ちた杖を慌てて拾おうとした。
「動く事を禁ずる」
直後、ヴィハイン子爵が魔法の杖を下に向けて、ジョルジュと取締局の魔法使い達が床に縫い付けられていた。
容赦のない制限と束縛の連続魔法だった。ジョルジュが、魔力に押さえ付けられながらも、ぶるぶると力を入れて忌々しげに睨み付けた。
「拷問の禁呪……! くそっ、この亡霊め――」
「話す事を禁ずる」
「!?」
声を封じられたジョルジュが、恐怖が込み上げたかのような表情を浮かべる。縋るような目を向けられた【古の悪精霊】は、無声の指示は受理せず首を捻っている。
取締局のリーダーの中年男が、問うように強い疑問の目を向けた。
眼球以外の動きと声を封じているヴィハイン子爵が、気付いて「ああ、なるほど」と彼の方を見た。
「何故亡霊であるのに、と心底不思議であるみたいだね。言っておくけれど、死界の許可を受けて地上に出た私の力は、生きていた頃に比べれば数割程度の再現しかされていない」
「――っ!?」
「私も無法魔法使いだったんだよ。家族を皆殺しにされたあの日、目に飛び込んできた残酷な光景で魔力と才能が開花した。――でも、そこらの無法魔法使いや君らとは、格が違う」
ヴィハイン子爵は、魔法の杖一本で『身』と『声』を封じ続けたまま告げる。まさにその通りだと思わせる一変した状況を前に、魔法使い達がゾクリと表情を強張らせた。
しばし呆けてしまっていたメイベル、ハッとしてアレックスの腕を叩いた。
「アレックス、急いで動くぞ! 憑依状態での魔法は、そんなに長くもたないッ」
「へ? あ、そ、そうだな確かに」
ハタと我に返ったアレックスが、メイベルを見つめ返す。
「でもメイベル、魔法陣のある奥の部屋までは、行けそうにないぞ。さっきの攻撃のやりとりで分かったが、あの闇の精霊が契約範囲内で守って――」
「別の方法でいく」
メイベルは、疲労のせいで動きも鈍くなっているアレックスの胸倉を掴んだ。スティーブンが「おい、ちょっと落ち着けよ」と声を掛けるのも構わず「いいかアレックス」と言い聞かせる。
「今すぐ空間隔離の魔法を展開、その直後に多重魔法で精霊魔力の流れを遮断するっ!」
「は――はあああああああ!? おまッ、待てメイベル、それだと精霊が止――」
「いいから指示された通りにやれッ」
他に方法があるのか、とメイベルにギロリと睨まれて、気圧されたアレックスがぐっと口をつぐんだ。ややあってから彼も「確かに……」と呟く。
取締局の中年男が、なるほどと察した表情を浮かべた。話せず、動けないでいる彼の視線の動きに気付いたアレックスが「くそっ」と呻き、残っている力を振り絞って駆け寄る。
「この小隊の中で、あんたの杖が一番頑丈なんだな!?」
そう確認してから、アレックスが彼の手から魔法の杖を取った。ざっと辺りへ目を走らせると、人と瓦礫に邪魔されないスペースへ滑り込んで、そのまま両膝をつく。
「くそくらえ!」
彼がそう悪態をついて、床に二本の魔法の杖を立てた。呪文を唱え始めたアレックスの下に、二色の異なった形をした二つの大きな魔法陣が浮かび上がった。中心にいる彼のローブとマントが、魔力の影響を受けてふわりと舞う。
直後、プツリ、と空間隔離によって外界の気配が断たれた。続いて空間がピリピリと震えるほどの魔力展開が開始され、発光する魔法言語が次々に宙に現われ始める。
「さすが討伐課の上級魔法使い!」
その方法を知っているとは踏んでいたものの、もっとも強い方の魔法陣だと気付いて、メイベルは絶賛の声を上げた。
するとアレックスが、一旦呪文を止めて叫んできた。
「だが俺の魔力だけじゃ到底足りんぞっ! 普通なら、数人がかりの『対高位精霊用』の大魔法だ!」
「んなの、分かってるよ」
メイベルは強がった笑みを、ニッと浮かべた。
「大丈夫だ、私がいる。みくびるな、こう見えて高位精霊だ」
自分に言い聞かせるように口にして、そちらにに向かって駆け出す。体力も魔力も色々とギリギリな状況もあるアレックスが、杖から手を離せないまま「はぁあああああ!?」と煩く騒いだ。
「まさかメイベル、おまっ――精霊魔力を使うとか正気か!?」
「そのまさかだ! いいから、お前は呪文を続けろ!」
その時、ハッとスティーブンが追い駆けて、パシリとメイベルの手を掴んだ。
「ちょ、待て! 一体何をどうしようってんだ!?」
「無法魔法使いが用意しているデカい魔法は、精霊に魔力を借りて行っている事だ。だから、あの無法魔法使いが動けないでいる今の状況であれば、精霊さえ止まれば全部が終わる」
振り返ったメイベルは、そういえば彼にもやってもらう事があったと気付いた。そうテキパキ早口に説明してやると、言い聞かせるようにしてスティーブンの腕を掴み引き寄せる。
「いいか、スティーブン。よくお聞き」
背の高い彼の顔を、ぐっと見上げて言い聞かせる。
「アレックスの魔法が完成したら、今、金色の文字が飛び交っているところに菱形の特別な魔法陣が形成される。だがアレックスは、術の支えで手いいっぱい。だからお前が、その辺に転がっている魔法使いの杖を魔法陣の中央に突き刺して、その魔法を発動させるんだ」
彼に魔力を送り続けないといけないから加勢は出来ない。そもそも精霊である自分には、その類の魔法陣にだけは触れる事が出来ないのだと早口で教えて、――メイベルは離れた。
呼び止める声を振り切って、アレックスの許に駆け寄った。呪文を必死に早口で唱え続けている彼が、少年だった頃の面影で不安そうな目を向けてくる。
「準備はいいか、アレックス」
嫌だ、とアレックスは表情で語ってくる。
メイベルは強がって、男の子みたいに笑って見せた。「心配すんな」と言い、両手でぎゅっと拳を作り、それを開いてから彼の大きな肩に手を置いた。
「久々の私の精霊魔力は、高位精霊とあってかなり重いだろうが、踏ん張れよ」
そう耳元に囁き掛けた直後、メイベルは金色の目を見開いた。
「――精霊魔力、最大解放!」
直後、エメラルド色の強い光りが放たれて空間内が震えた。あまりにも高濃度の力がビリビリと魔力放電を起こしたが、メイベルは「ぐぅ」と反動に呻きながらも魔力を送り続ける。
まとう魔力の変化と共に、彼女の姿が成長した。手と足の長さが伸びて、子供らしかった横顔は大人の女性へ。そしてキラキラと光の粒子をこぼしながら、緑の髪がざぁっと伸びて床にまで広がった。
宙を飛び交っていた魔法言語が、黄金色の輝きを放って集まり始めた。互いの文字同士がしっかりと結び付き合って、それは見事に菱形の複合型魔法陣を形成する。
スティーブンが唖然として、動くのも忘れ目を見開く。
「お、おい、その姿――」
浮いている魔法陣ではなく、苦しそうにしている大人のメイベルを見て、彼がそう声を発した直後、アレックスが「うるっせぇぞ教授野郎!」と怒鳴った。
「そんな事に答えている暇もねぇって事くらい分かれ! とにかくテメェは、さっさと動きやがれ! 頼むからッ、これ以上メイベルに魔力を使わせるなよっ!」
目も向けずにアレックスが叫ぶ。それは、どこか必死な心からの悲痛な声だった。
見守る取締局の魔法使い達が、眼球を動かしてそっと目をそらした。ジョルジュが充血した目を向けて怒りを伝えてくる中、スティーブンが「くそっ」と困惑のまま走り出す。
「何がなんだか、分かりゃしねぇよ!」
そう愚痴りながら全力で走る。ヴィハイン子爵が「私がいられるのも、あと十数秒」と静かに教えるそばを通過し、スティーブンは伏している魔法使いの杖をぶんどって再び走った。
真っすぐその魔法陣に向かうと、一気に床を蹴り上げて高く跳躍した。
「俺に魔法の発動係りをさせた事ッ、覚えてろよっ!」
菱形の魔法陣に飛び込んだ彼が、恨み言を吐き捨てて中央に深々と杖を突き立てた。その途端に黄金色の光が強くなり、続いて中央から激しく閃光を放って回り始めた。
ああ、スティーブンがスイッチを押してくれたのか。
成功した事に気付いたメイベルは、直後、放たれた光と共に身体から全ての力が抜けるのを感じた。糸の切れた操り人形のように、そのままぐらりと傾いて床に崩れ落ちる。
そうやって、精霊の『時』は止まる。
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