精霊魔女のレクイエム

百門一新

文字の大きさ
上 下
58 / 97
2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編

58話 形勢逆転×メイベルの決断×結末

しおりを挟む
「なんで、子爵が……」

 静まり返った場で、誰かがそんな呟きを上げた。

 ゴクリ、とした嚥下の音は、呪った亡霊が時代を超えて復活した事への恐れか。それとも無法魔法使いを凌ぐ、この場を一気に支配してしまった魔力量に圧倒されたせいか。

「だから言っただろう。地獄より舞い戻った、と」

 学者か宣教者のような、穏やかなよく通る声でヴィハイン子爵が答える。見た事もない黒々とした魔法の杖を、紳士の嗜みのステッキのように振って魔法使い達に顔を向けた。

「こんにちは。領民、非領民の皆さん」

 控え目な微笑を浮かべて彼が言う。

「私が眠る土地の上で、そしてこの領地で勝手に騒がしくしてくれたようで。このたびは少々度が過ぎたようだね、――鎮魂を祈ってくれた精霊側の助太刀に出てきたよ」

 にこっと笑顔を向けられて、メイベルはしゃきっと背筋が伸びた。

 チャンスを作れるのは、この一度だけだよ。
 そう眼差しに伝えられた気がした。

 ほんの少しの間、目を合わせただけで、彼は声に出して何かを伝えてくる事はなかった。メイベル達に背を向けると、優しげな目に強さを宿して魔法使い達を見据える。

「派手に色々とやってくれているようだが、そもそも君達は忘れていないかね――この屋敷の主は私だ」

 重々しく告げた子爵が、杖を構えて小さく降った。

「我が屋敷内での、許可なき魔法を禁ずる」

 そう短く唱えられた途端、取締局とジョルジュの手元から魔力放出が断たれた。魔法使い達の間に動揺が走る中、素人であるジョルジュが、バチンッと手に伝わった魔法衝撃に「うわっ」と杖を落としてしまう。

 本来であれば、たったそれだけの言葉で行使出来る魔法ではない。それだけ、魔法の素質と魔力の高さにメイベルとアレックスは驚き、そしてスティーブンも呆気に取られていた。

 そんな中、遅れてジョルジが、落ちた杖を慌てて拾おうとした。

「動く事を禁ずる」

 直後、ヴィハイン子爵が魔法の杖を下に向けて、ジョルジュと取締局の魔法使い達が床に縫い付けられていた。

 容赦のない制限と束縛の連続魔法だった。ジョルジュが、魔力に押さえ付けられながらも、ぶるぶると力を入れて忌々しげに睨み付けた。

「拷問の禁呪……!  くそっ、この亡霊め――」
「話す事を禁ずる」
「!?」

 声を封じられたジョルジュが、恐怖が込み上げたかのような表情を浮かべる。縋るような目を向けられた【いにしえの悪精霊】は、無声の指示は受理せず首を捻っている。

 取締局のリーダーの中年男が、問うように強い疑問の目を向けた。

 眼球以外の動きと声を封じているヴィハイン子爵が、気付いて「ああ、なるほど」と彼の方を見た。

「何故亡霊であるのに、と心底不思議であるみたいだね。言っておくけれど、死界の許可を受けて地上に出た私の力は、生きていた頃に比べれば数割程度の再現しかされていない」
「――っ!?」
「私も無法魔法使いだったんだよ。家族を皆殺しにされたあの日、目に飛び込んできた残酷な光景で魔力と才能が開花した。――でも、そこらの無法魔法使いや君らとは、格が違う」

 ヴィハイン子爵は、魔法の杖一本で『身』と『声』を封じ続けたまま告げる。まさにその通りだと思わせる一変した状況を前に、魔法使い達がゾクリと表情を強張らせた。

 しばし呆けてしまっていたメイベル、ハッとしてアレックスの腕を叩いた。

「アレックス、急いで動くぞ! 憑依状態での魔法は、そんなに長くもたないッ」
「へ? あ、そ、そうだな確かに」

 ハタと我に返ったアレックスが、メイベルを見つめ返す。

「でもメイベル、魔法陣のある奥の部屋までは、行けそうにないぞ。さっきの攻撃のやりとりで分かったが、あの闇の精霊が契約範囲内で守って――」
「別の方法でいく」

 メイベルは、疲労のせいで動きも鈍くなっているアレックスの胸倉を掴んだ。スティーブンが「おい、ちょっと落ち着けよ」と声を掛けるのも構わず「いいかアレックス」と言い聞かせる。

「今すぐ空間隔離の魔法を展開、その直後に多重魔法でするっ!」
「は――はあああああああ!? おまッ、待てメイベル、それだと精霊が止――」
「いいから指示された通りにやれッ」

 他に方法があるのか、とメイベルにギロリと睨まれて、気圧されたアレックスがぐっと口をつぐんだ。ややあってから彼も「確かに……」と呟く。

 取締局の中年男が、なるほどと察した表情を浮かべた。話せず、動けないでいる彼の視線の動きに気付いたアレックスが「くそっ」と呻き、残っている力を振り絞って駆け寄る。

「この小隊の中で、あんたの杖がなんだな!?」

 そう確認してから、アレックスが彼の手から魔法の杖を取った。ざっと辺りへ目を走らせると、人と瓦礫に邪魔されないスペースへ滑り込んで、そのまま両膝をつく。

「くそくらえ!」

 彼がそう悪態をついて、床に二本の魔法の杖を立てた。呪文を唱え始めたアレックスの下に、二色の異なった形をした二つの大きな魔法陣が浮かび上がった。中心にいる彼のローブとマントが、魔力の影響を受けてふわりと舞う。

 直後、プツリ、と空間隔離によって外界の気配が断たれた。続いて空間がピリピリと震えるほどの魔力展開が開始され、発光する魔法言語が次々に宙に現われ始める。

「さすが討伐課の上級魔法使い!」

 その方法を知っているとは踏んでいたものの、もっとも強い方の魔法陣だと気付いて、メイベルは絶賛の声を上げた。

 するとアレックスが、一旦呪文を止めて叫んできた。

「だが俺の魔力だけじゃ到底足りんぞっ! 普通なら、数人がかりの『対高位精霊用』の大魔法だ!」
「んなの、分かってるよ」

 メイベルは強がった笑みを、ニッと浮かべた。

「大丈夫だ、がいる。みくびるな、こう見えて高位精霊だ」

 自分に言い聞かせるように口にして、そちらにに向かって駆け出す。体力も魔力も色々とギリギリな状況もあるアレックスが、杖から手を離せないまま「はぁあああああ!?」と煩く騒いだ。

「まさかメイベル、おまっ――精霊魔力を使うとか正気か!?」
「そのまさかだ! いいから、お前は呪文を続けろ!」

 その時、ハッとスティーブンが追い駆けて、パシリとメイベルの手を掴んだ。

「ちょ、待て! 一体何をどうしようってんだ!?」
「無法魔法使いが用意しているデカい魔法は、精霊に魔力を借りて行っている事だ。だから、あの無法魔法使いが動けないでいる今の状況であれば、全部が終わる」

 振り返ったメイベルは、そういえば彼にもやってもらう事があったと気付いた。そうテキパキ早口に説明してやると、言い聞かせるようにしてスティーブンの腕を掴み引き寄せる。

「いいか、スティーブン。よくお聞き」

 背の高い彼の顔を、ぐっと見上げて言い聞かせる。

「アレックスの魔法が完成したら、今、金色の文字が飛び交っているところに菱形の特別な魔法陣が形成される。だがアレックスは、術の支えで手いいっぱい。だからお前が、その辺に転がっている魔法使いの杖を魔法陣の中央に突き刺して、その魔法を発動させるんだ」

 彼に魔力を送り続けないといけないから加勢は出来ない。そもそも精霊である自分には、その類の魔法陣にだけは触れる事が出来ないのだと早口で教えて、――メイベルは離れた。

 呼び止める声を振り切って、アレックスの許に駆け寄った。呪文を必死に早口で唱え続けている彼が、少年だった頃の面影で不安そうな目を向けてくる。

「準備はいいか、アレックス」

 嫌だ、とアレックスは表情で語ってくる。

 メイベルは強がって、男の子みたいに笑って見せた。「心配すんな」と言い、両手でぎゅっと拳を作り、それを開いてから彼の大きな肩に手を置いた。

「久々の私の精霊魔力は、高位精霊とあって、踏ん張れよ」

 そう耳元に囁き掛けた直後、メイベルは金色の目を見開いた。

「――精霊魔力、最大解放!」

 直後、エメラルド色の強い光りが放たれて空間内が震えた。あまりにも高濃度の力がビリビリと魔力放電を起こしたが、メイベルは「ぐぅ」と反動に呻きながらも魔力を送り続ける。

 まとう魔力の変化と共に、彼女の姿が成長した。手と足の長さが伸びて、子供らしかった横顔は大人の女性へ。そしてキラキラと光の粒子をこぼしながら、緑の髪がざぁっと伸びて床にまで広がった。

 宙を飛び交っていた魔法言語が、黄金色の輝きを放って集まり始めた。互いの文字同士がしっかりと結び付き合って、それは見事に菱形の複合型魔法陣を形成する。

 スティーブンが唖然として、動くのも忘れ目を見開く。

「お、おい、その姿――」

 浮いている魔法陣ではなく、苦しそうにしている大人のメイベルを見て、彼がそう声を発した直後、アレックスが「うるっせぇぞ教授野郎!」と怒鳴った。

「そんな事に答えている暇もねぇって事くらい分かれ! とにかくテメェは、さっさと動きやがれ! 頼むからッ、これ以上メイベルに魔力を使わせるなよっ!」

 目も向けずにアレックスが叫ぶ。それは、どこか必死な心からの悲痛な声だった。

 見守る取締局の魔法使い達が、眼球を動かしてそっと目をそらした。ジョルジュが充血した目を向けて怒りを伝えてくる中、スティーブンが「くそっ」と困惑のまま走り出す。

「何がなんだか、分かりゃしねぇよ!」

 そう愚痴りながら全力で走る。ヴィハイン子爵が「私がいられるのも、あと十数秒」と静かに教えるそばを通過し、スティーブンは伏している魔法使いの杖をぶんどって再び走った。

 真っすぐその魔法陣に向かうと、一気に床を蹴り上げて高く跳躍した。

「俺に魔法の発動係りをさせた事ッ、覚えてろよっ!」

 菱形の魔法陣に飛び込んだ彼が、恨み言を吐き捨てて中央に深々と杖を突き立てた。その途端に黄金色の光が強くなり、続いて中央から激しく閃光を放って回り始めた。

 ああ、スティーブンがスイッチを押してくれたのか。

 成功した事に気付いたメイベルは、直後、放たれた光と共に身体から全ての力が抜けるのを感じた。糸の切れた操り人形のように、そのままぐらりと傾いて床に崩れ落ちる。

 そうやって、精霊の『』は止まる。

 それは自分も例外ではない事を思いながら、メイベルは向こうにいる【いにしえの悪精霊】が、影に戻って消失する光景を最後に、意識を失った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...