精霊魔女のレクイエム

百門一新

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2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編

57話 魔法を使う者共の戦い

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「う、そだろ……!」

 メイベルは、咄嗟に防御魔法を展開した。しかし力任せの魔力に殴られて、彼女の小さな身体は結界壁と共に吹き飛んだ。

 一直線に後方の床へと向かう。衝突の衝撃に備えて、魔法で身体の耐性値を一気に引き上げた時、慌てて剣を捨てスティーブンが走り出てきた。

「メイベルっ!」

 初めて、名を呼ばれそうような気がした。

 直後、メイベルは、走りながら両手を広げて向かってきた彼の腕に抱き留められていた。大事そうにぎゅっと受け止められたかと思った直後、一緒になって床の上を転がる。

 向こうからアレックスの「教授、でかした!」と初めて彼を褒める声が聞こえてきた。向かってくる魔法攻撃を打ち落とすように、そのまま箒で飛んでいく音が遠くなる。

 しっかり抱き締められていたおかげで、床への衝突はなかった。しばし呆気に取られていたメイベルは、背後から聞こえる苦痛の呻きを聞いてようやく、彼に助けられたのだと理解した。

「って、なんでお前が出てくるんだ!」

 すぐに動けない様子で、こちらをぎゅっと抱き締めたまま痛みを堪えているスティーブンに声を投げた。彼の手の甲に擦り傷が出来ているのを見て、またしても胸のあたりが冷えた。

「お、おいおいまさか他にも怪我してないだろうな? エインワースの孫、いいか、傷を確かめるから、とりあえず私を離せッ」
「………………まご、って呼ぶんじゃねぇよ。俺は『スティーブン』だ」

 言いながら痛みが少し引いた様子で、彼が最後は叱り付けてきた。

 そのまま、ごろんと仰向けに転がられて、メイベルは「うおっ!?」と声を上げた。抱きしめるスティーブンの上に乗った状態で、動きが止まってパチリと目が合う。

「なんだよ? さっさと離せってば」
「これで俺がよく見えんだろ。怪我は擦り傷くらいのもんだ」

 不機嫌な表情で彼が言う。

 セットされていた髪は乱れていて、降りた前髪の一部が端整な顔にパサリとかかっていた。ざっと見る限り、首や肩の方も大きな怪我はなさそうだ。

「けど、擦り傷があるのが問題というか……スーツも破けてるし」
「んなの買い換えればいいだろ。そっちこそ、平気かよ」

 言いながら手を伸ばされて、ぐいっと頬の方を親指で拭われた。

 見せられた指先には、煤らしい黒いものが付いていた。ああ、なんだと察して、ようやく少し身体が自由になったメイベルは、ローブの袖でぐしぐしと頬を擦る。

「ちょっとだけ炎と電撃が掠ったくらいだ。精霊だし、すぐ治る」
「……精霊なのに、やっぱりあったかいんだよな」
「は?」

 上空からの戦闘音がうるさくて、よく聞こえない。メイベルはアレックスを一人にさせていると思い出して、「ありがと」と彼の胸をポンポン叩いて上から退いた。何故か彼がピキリと固まって、――かなり困惑した表情でゆっくりと起き上がる。

 メイベルは、その様子に気付かないまま立ち上がっていた。ざっとローブを整えながら、それにしてもと思う。

「チッ……、体重が軽いのも問題だな」

 首の後ろを撫でさすりながら、思わず小さな声で愚痴った。この姿になってから、ここまで激しい戦闘は久しい。

 その時、ごぉっと風を巻き起こして、真上を次々と何かが通過していった。唐突の登場に驚いて目を向けたメイベルは、それが取締局の魔法使い達だと気付いて「あ」と声を上げた。

 すると先頭の箒にまたがっている中年男が、カッと目を見開いて怒声を放った。

「第二十三本部の取締局、第七小隊である! 無法魔法使い、大人しく降伏せよ!」

 アレックスも彼らに気付いて、「ようやくかッ」と吐息交じりに言った。他の魔法使い達が飛び交いながら、援助するようにして攻撃魔法を打ち消していく。

 向こうにいるジョルジュが、淀んだ目で怨恨を孕むように睨み付けた。

「僕の邪魔をするなッ、魔法使い共!」

 そう怒号した直後、ギリッと魔法の杖を握ったかと思うと「契約精霊よ力を貸せ!」と叫び、一切を拒絶するかのようにまとう魔力量をはね上げて、杖を思い切り振り払った。

 望みを受けた【いにしえの悪精霊】が、闇精霊としての属性を露わに影を噴き出した。それに守られ、強化されたジョルジュが、炎、風、光、乱れ打ちの怒涛の魔法攻撃を始めた。

 炸裂する光と衝撃音の嵐の中、スティーブンが身を庇う。メイベルは「そのまましゃがんでろ!」と声を掛けて、アレックスをサポートすべく、すぐに空中戦へ戻っていた。

 飛び交う攻撃と防御の魔法の嵐。色々な光がぶつかって弾け飛び、威力も考えずほぼ全力で放たれる攻撃魔法同士の強い衝撃で、空間内の空気が振動する。

 壁や柱が破壊され、残骸が砕け散って落下した。

「アレックス、伏せろ!」

 次第に、注意力が欠け始めた彼に気付いて、メイベルはぐいっと襟の後ろを掴んで引き寄せた。向かってきた魔法攻撃を、魔力で作られた自分の特注ローブで弾いて軌道を変える。

「メイベル、すまない」

 アレックスが、ぜぇぜぇと息を切らしながら声を出した。

「きつそうだな。お前の魔力は残り少ない、か」
「メイベルもだろ。人間世界で溜められる魔力量には、限りがある――こっちは、杖に蓄えていた分も全部使ったってのに、あの野郎はちっとも倒れそうにない」

 取締局の魔法使い達も、小隊として陣形を組んで攻撃し続けているものの、ジョルジュ本人まで届いていない状況だった。彼の周りに漂う影が、近づく魔力を勝手に『』いるせいもある。

 その様子を、改めて上空から眺めてみるとよく分かった。取締局の魔法使い達が契約している精霊は、あまりにも強い闇精霊の気配にあてられて出て来られていない。

「あの影そのものみたいな精霊を、ここにいる俺らでどうにかするのは、ほぼ不可能だと思う。魔法使いを止めないと駄目だ。それは連中だって気付いてる」

 もしくは、どうにか気を引きつけている間に、向こうの部屋まで突破できる方法を――そう口にしたところで、箒に乗っているアレックスの身体が、ぐらりと傾いた。

 もう浮遊魔法を保っていられないくらいに消耗している。

 箒が落下していく中、咄嗟に彼を抱き留めたメイベルは、そう気付いて一緒に下へと降りた。重さを支えていられなくて身体がぐらついた時、後ろからパシリとアレックスの腕を掴む手があった。

「おいおい大丈夫かよ、かなりボロボロみてぇじゃねぇか」

 メイベルの後ろから顔を覗かせて、スティーブンがそう言った。二人は彼へと目を向けたところで、しばし戦いの状況下を忘れてじっと見つめてしまっていた。

「なんだよ?」

 肩に剣を担いだスティーブンが、怪訝そうに問い掛ける。するとアレックスが、こらえきれないんだけどという表情で「あのさ」とぎこちなく指を向けた。

「…………お前、なんで俺がさっき見た時より、スーツがよれよれになってんだ?」
「んなの、こっちから戦いに参加していたからに決まってんだろ」
「魔法も使えないのに……?」

 メイベルも、不思議でならずそう訪ねてしまう。

 そうしたら彼が、今になって気付いたかのように「ああ、実はさ」と元気の戻った声で言って説明した。

「この剣、魔法を触れるみたいで、試しに向こうに飛ばせ返せるのに気付いた。んで、とりあえずクソ忌々しい魔法を手当たり次第、斬って斬って斬りまくって、打ち返して、をずっとやってた」
「………………そうか」
「………………荒っぽいな」
「おい、なんだよ、その長い間は?」

 その時、三人はゾワッと悪寒を感じてほぼ同時に振り返った。何十、何百と続いていた魔法攻撃がやんで、ジョルジュが黒々と光る巨大な魔法を練っているのが見えた。

 上空にいる取締局の魔法使い達が、「緊急防御の展開!」と叫んで素早く着地し、陣形を取った。続いて「最大攻撃の用意ッ」と穏やかではない様子で、全員で巨大な複合魔法陣の光りを浮かび上がらせる。

 アレックスが、ひくりと口角を引き攣らせた。

「おいおい嘘だろ、このタイミングで高濃度の精霊魔力による攻撃かよ……っ。あの闇精霊、まだ発動準備中の魔法に、自分の魔力を割いているはずだろ!?」

「一気に仕留めて、奥にある大魔法を発動しようとでも思ったんだろ。しかも、あの取締局の連中も破壊威力も考えず、制限されている魔力を全力解放するつもりだぞ」

 答えたメイベルは、そちらを緊張気味に睨みつけて「杖を構えろアレックス!」と指示した。

「どちらか一方のバランスに強弱が起こっていたら、あの魔力量だと相殺どころか、あの【いにしえの悪精霊】が守っている以外の場所は吹き飛ぶぞっ! その魔力衝撃で、待機している身近な魔法も、!」

 つまり、双方の魔法がぶつかった直後に、ココは死界へ落ちる。

 察したスティーブンが、さーっと顔色を青くしてこう言った。

「どっちの魔法攻撃も止める手だてはねぇのか!?」
「それ以上の魔力で、上から押さえ付ければ可能だが――」

 メイベルはローブを手で払い、足場を踏み締めて両手に魔力を集める。その金色の『精霊の目』は、向こうからの魔力影響で淡い輝きを宿した。

「疲弊しきった討伐課のA級魔法部隊軍人と、媒体の契約者も持たないたった一人の高位精霊には無理だ。取締局の放つ魔力量を、向こうと合わせて相殺に持ち込めれば上出来ってところだな」
「それこそ無理だろメイベル! 俺らの魔力を足しても、無法魔法使いが練り上げている魔力量は取締局の倍はあるぞッ」

 アレックスが、彼女の隣で魔法の杖を構えながら鋭く叫ぶ。

 それがもっとも問題だ。でも、……とメイベルは思う。精霊魔力を全解放して最大出力まで放出し、高位精霊としての命まで燃やして魔力を捻出すれば、補える不足分なのではないだろうか?

 いってらっしゃい、と見送ってくれたエインワースの顔が脳裏を過ぎった。きっと自分メイベルが付けていれば大丈夫だろうと、信頼して孫を預けてくれた人。

 ここで、お別れか。

「……アレックス、私は――」

 胸が締め付けられるだなんて、きっと気のせいだ。私は精霊だ。どうか彼のもとへ孫を送り届けてくれないか、とメイベルは弟弟子に最後のお願いをしようとした。

 その時、突如頭上で蒼い光が巻き起こった。目も開けていられないほどの強烈な光が炸裂して、ジョルジュと魔法使い達が「一体なんだ!」「くそっ、見えない!」と騒ぎ出す。

 直後起こったのは、転移魔法による空間の亀裂――そして静寂だった。放出を続けていた双方の魔力が、上から圧倒的な魔力でのだ。

 気付いた全員が、転移魔法を感知した上へと目を向けて、なんだアレは、と目を見開いた。

 空間の亀裂から現われたのは、眠っているかのように目を閉じた一人の華奢な青年だった。まとった青白い魔力がふわりと髪や衣服を揺らし、その彼はゆっくり降下してくる。

 それはエプロンをした喫茶店『ポタ』の若い店主、マクベイだった。ジョルジュと取締局、そしてメイベル達の間にそっと降り立つと、すぅっと目を開ける。

 その瞳は、ハッと目を引くほどに美しいブルーだった。強い魔力の揺らめきでぼんやりと光らせて、本物の青い宝石のようにも見える。おかげで大人びた落ち着いた横顔の雰囲気を、マクベイとは別人かのように引き立てていた。

 一体誰だ、何者だと場がざわめく。

 緊張気味に様子を見守ったまま、スティーブンが違和感を覚えたようにメイベルへ問い掛けた。

「あいつ、喫茶店のマクベイだよな……? でも気配が違うというか、全くの別人みたいにも感じるんだが……目の色も違うし、様子もおかしいし」
「憑依状態だ。――彼の中に『誰か』が入っている」

 メイベルは言いながら、霊を見る目を持っているアレックスを見やった。すると、彼はマクベイを見たまま「え」「マジか」「嘘だろ」「さっき見掛けた絵のまんま」とわたわたと呟いている。

 その時、青い目をしたマクベイがこちらを見据えてきた。ハッと目を戻したメイベルは、視線が合った途端に、ふんわりと優しげに微笑みかけられた。


「『


 え、とメイベルが言葉をこぼす間にも、そう口にしたマクベイの姿が、青年から大人へと変化していった。

 衣装は古い時代を思わせる貴族紳士へと様変わりし、魔力に揺れる髪は、清潔感あるようにセットされた焦げ茶色へ変わる。

 それは、壁に掛かっている『古い絵画』に見た姿そのものだった。

「…………ヴィハイン、子爵……?」

 まさか、というように目を見開いてスティーブンが口にした。にこっと品のある微笑みを返した相手の貴族紳士が、魔法の杖を右手に召喚しながら、

「いかにも、私はヴィハイン子爵――少し彼の身体を借りて、こうして地獄より舞い戻ったよ」

 と、鈍く光るブルーの目で見据え、落ち着いた大人の男性の声色で答えた。
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