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2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
56話 姉弟子と弟弟子、奮闘する
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いかつい顔には、野獣とも指摘されそうな鋭い目があった。いかにも戦士といった屈強で大きな男であるアレックスが、パッとメイベルを目に留めて近寄る。
「そこにいる無法魔法使いの目的は聞こえた――すまない、結界をくぐり抜けるのにメイベルの位置を辿って直に転移したんだが、待たせたか?」
「いや、一旦話が終わったばかりさ」
メイベルが顎で促すと、アレックスがジョルジュへと目を向けて「あれはもうダメそうだな」と残念そうな声をこぼした。
「常識や一般論を説いたところで、理解しそうにもない」
「だろうな。魔力量も上がり出してる、そろそろ動くだろう――取締局共は?」
「手近にいたやつを掴まえて伝言をもたせた。俺が突入した際に、こっちの声が向こうにも伝わるようにし掛けてもおいたから、状況は伝わっていると思う」
「上出来だ、そっちの方が説明の手間も省けて手っ取り早い」
メイベルとアレックスは、手短にやりとりしながら警戒して無法魔法使いを見つめていた。ジョルジユは頭を抱えて、ぶつぶつ口にしている。
と、人の姿をした【古の悪精霊】が、ふっとこちらを見た。
「――……せいれいに、のれわれし、もの……」
その声を耳にしたスティーブンが「あ?」と眉を寄せて、自分よりもかなり背丈が低いメイベルを見下ろした。
「あいつ、お前のこと知ってんのか?」
「精霊ってのは、大抵お互いの種を分かっているもんだよ」
しれっと答えるそばで、アレックスが「ごほっ」と不自然に咽る。メイベは、こちら側の事情を知らないでいるスティーブンに、余計な詮索をされる前にと話を振った。
「ここを死界に落とさせないための方法は、原因となっているあの魔法使い本人に解除させるか、起動準備中の魔法陣を壊すかのどちらかだ。もしくは、加勢しているあの闇精霊の魔力供給の受信を断つ。魔法使いってのは、大掛かりな術の場合は精霊の魔力に頼っているからな」
「とは言ってもなぁ。こうして見る限り、あの無法魔法使いの魔力量は半端ない。それはそれで、どれも至難そうだぞメイベル」
実際に無法魔法使いを前にしたアレックスが、その三択について口を挟む。
「契約している精霊から引き離すとすると、本人をボコボコにして強制解除に持ち込むか、精霊契約の維持に必要な分を下回るほど魔力を消費させるしかない。準備されている魔法陣の本体をどうにかしようとしたら、邪魔してくるだろうしなぁ……」
「私達を絶対に奥には行かせないだろうな。素人で、体得している高位魔法の種類も限られることを考えると、魔力を無駄にぶつけてくる可能性しか浮かばない」
「…………だろうな。俺もその可能性しか浮かばなくて、うんざりしてる」
言っておくが、俺の魔力量は平均より少し高いくらいしかないんだよ、とアレックスが顔を手で押さえる。霊を見る体質のせいで、精霊と契約をし続けられない欠点もあった。
「それでいて、メイベルと俺で、取締局が来るまで時間稼ぎが出来るかどうか……そいつらが到着したとして、術を壊せる隙が作れるのかも不安だ」
「今のところ、あの無法魔法使いの力量が分からんからな」
メイベルが、思案顔で腕を組む。
そこでスティーブンが、やりとりの中で違和感を覚えたように目を向けて言った。
「向こうの精霊を忘れてないか? 相手にするのは、魔法使い野郎だけじゃないだろ」
「基本的に『契約精霊』は、別件の魔法に魔力を注いでいる間は動かない」
アレックスが、向こうを警戒しつつ横目を向けて教える。
「精霊にとっては、契約範囲内で手を貸して動いてやっているにすぎないんだ。それに死界を繋げて、そこに土地ごと落とすほどのデカい魔法。それでいて死者の身体の再生魔法にも魔力を向けているとなると、あとは契約している魔法使いへの魔力提供でいっぱいだろう」
「魔法使いをどうにか出来て、魔法が失敗したとしたら、その法則はきかなくなるんじゃないか?」
「あの無法魔法使いは、そもそもルールもぶっとばして死界の一部を繋げている。もし失敗すれば――精霊との契約が吹き飛ぶほどの『代償』を死界側から負わされる」
だから後の事は考えなくてもいい。そらされたアレックスの顔から、察せられたスティーブンが「そうかよ」と言って追求せず目をそらす。
「どちらにせよ、こうして死界に道を繋げた時点でアウトだ。落とそうが落とさないこうが、あの無法魔法使いは『手順のミス』『ルール違反』で死界側に裁かれる事になる」
メイベルは、向こうに目を向けたままそう告げた。問題なのは大魔法が成功するか失敗するかの結果に、土地一帯の人間が、全死亡してしまうかどうかが左右される事だ。
不意に、狂気を漂わせてぶつぶつと呟いていたジョルジュの声が、ピタリとやんだ。
「迷いが消えたな」
引き締まった気配を察知して、メイベルは魔力を静かに集めて指先を鈍く光らせた。漂う空気がピンと張り詰めるのを感じたアレックスも、ローブの下から特注の魔法の杖を取り出す。
ゆらり、とジョルジュが魔法の杖を構えた。
淀んだ目が、こちらをまっすぐ見据えている。急激に魔力量が増すのを感知して、メイベルとアレックスはスティーブンの前に立った。
「まだ取締局の連中は来ない。――とすると、出来るところまでは私達でやるしかないな」
「そうらしい。ったく、ホントとんでもない事になったもんだよ」
そう言ったアレックスが、言葉を掛けようとしたスティーブンをパッと肩越しに見やった。
「おい教授、魔法も使えないんだったら隠れてろ。出来るだけ俺らに注意を引き付けてはやるが、勝手に飛び出してきても守れない可能性が高い」
そう声を掛けられた途端、スティーブンが「あ?」とピキリと青筋を立てた。
「守れなんて頼んでねぇッ」
スティーブンは肩を怒らせてそう言い返したかと思うと、くるりと踵を返して歩き出した。転がしていた剣を拾い上げ、慣れたように片手で振りまわして握り直しながら壁際に向かう。
それを見送ったアレックスが、訝しげに目を細めた。
「……あの教授、実は秘密の軍人だったりするのか?」
「ふっ――気にするな。私としても、あいつがよく分からん。バッチリ剣が似合う教授というのも、珍しい気はしているが」
さて、とメイベルは前に向き直ってこう続けた。
「なんなら、魔法陣が隠れている奥の部屋でも目指すか」
「それは、さすがに難易度がはね上がるんじゃないか?」
「さぁな。どちらにせよ、やってみなけりゃ分から――」
直後、メイベルはぐっと口をつぐんで言葉を切っていた。小さく呪文を唱えたジョルジュの魔法の杖の先から、黒々と燃える巨大な炎の渦が巻き起こって向かってきたのだ。
咄嗟に両足に強化魔法を掛けて跳躍すると、続けざま「浮遊ッ」と魔法を重ね掛けて空気を踏み台にした。炎の柱は、二つに分かれて追ってくる。
「チッ、なんて量の魔力を練り込んでんだよ!」
忌々しげに言いながら壁の高い位置を蹴り上げ、迎え討つべく身体の向きを変えた。魔法の杖の代わりに指先で人間魔法を刻み、強烈な明るい炎を起こしてぶちあてる。
アレックスは、瞬時に呼び出した箒を足場に飛び上がっていた。追い掛けてきた炎の柱を回避しながら、杖を向けて何弾も水の攻撃魔法を放つ。
ジョルジュが額に汗を浮かべながら、炎を起こし続けている杖をグッと動かした。
そこから、炎に巻き付くようにして赤い雷撃が向かってくる。それを見たアレックスが、ハッとして「対精霊向けかッ」と気付き警戒の声を投げた。
「メイベル! 俺が今、そっちに行――」
「構うなッ、私は人間の魔法で対応出来てる!」
メイベルは怒鳴り返すと、空中を踏んで移動しながら右手を構えた。
「精霊魔女と呼ばれてる私をナメんなよッ」
指先がエメラルド色をまとった白に光った直後、メイベルは向かってくる炎と赤い雷撃に狙いを定めて、自分流の省略呪文を叫んだ。
「雷降臨! 『吹き飛べクソ炎』!」
直後、振るわれた手を合図に、頭上からズンッと魔力の圧が掛かって雷撃が降り注いだ。自分の方の炎の柱を、巨大な光魔法で弾いたアレックスが「おいいいいい!?」と目を剥く。
「相変わらずひっどいネーミングだな! 師匠が見たら泣くぞ!?」
「弟弟子の癖に煩いぞ、私は元々このスタイルだ」
完全に炎が消失したのを見届けたメイベルは、真面目な顔で言い返しながら床に着地した。
身体に溜めていた人間界の魔力が、消耗されて一部なくなった違和感に足元がぐらつきそうになった。上空で次の攻撃に備えるアレックスに知られないよう、両足を踏ん張った。
水が少し足りなくなった植物は、きっとこんな気持ちなのだろう。身体の中の力の一部一部が欠けて、空洞になったかのように四肢がくたりとなりそうになる。
ジョルジュが、次の魔力を引きずり上げるのを感じた。
魔法の杖を大きく振る彼から、ありえない量の魔力が淡い光となって可視化した。随分『火』と相性がいい男らしい。動かされる手と呪文から、攻撃魔法の炎弾が来るのが分かった。
ここにいたら、後ろ側にいるスティーブンが巻き添えをくらう。
エインワースの孫だ。守らなければならない。
メイベルは、どうにか足に力を入れ直した。ふぅっと息を吐いた直後、人間魔法を発動して靴に箒代わりの浮遊を掛けて宙に飛び出した。
直後、ジョルジュの身体の周りに圧縮された魔力から、炎の大弾が生成されて次々に放たれてきた。アレックスが「チッ」と舌打ちして、足場にしていた箒にまたがる。
二人は、素早く回避と魔法攻撃を繰り出しながら攻防にあたった。逃げ場をなくして迫る炎の弾に攻撃魔法を当てて打ち消し、宙を旋回しつつ身体を回して攻撃を避け続ける。
「あいつの魔力量どうなってんだよ!」
「私が知るかッ」
メイベルは怒鳴り返しながら、後ろへと身をそらして炎攻撃を避けた。ふわりと舞った緑の髪先が、僅かに触れてチリッと音を立てる。
「これっ、討伐課が使っている結構上位の攻撃魔法だぞ!?」
「よほど炎と相性がいいんだろ、尽きそうにない魔力量が嫌になるなッ」
そんな彼女の声を聞きながら、アレックスが攻撃魔法を発動した。連続して魔法の杖を振るい、近づいた炎弾をことごとく水弾で撃ち落としていく。
「無法魔法使いを対応するのは初めてだが、チクショー想像以上だ!」
「恐らくは禁術書のせいだ。そこに記されていた攻撃系魔法の簡易版ってとこか。つか、あのそばにいる闇精霊の感知能力が使われて、私達の間合いを計られているせいで、全然近付けな――」
言い掛けて、メイベルはハッとした。
続いてジョルジュが、複合型の大魔法を展開した。一気に膨大な数の炎の矢が放たれ、同時に小竜の形を成した雷撃が何本も宙を駆けてくる。
「『守護に水! 風と共に巻き上げて打ち消せ!』」
水魔法と相性のいいアレックスが、素早く片手で印を刻み、続いて魔法の杖を振って膨大な水で出来た竜を放った。竜巻のように暴れながら、炎の矢を飲み込み雷撃を蹴散らしていく。
メイベルは、「よしきた!」と空中で両手をパンッと合わせた。
「ならばこっちも水で加勢する! お返ししてやるぜ、野良のド素人魔法使い――『ぶちのめせ』!」
短い言葉が唱えられた直後、ごぉっと風が起こって凶暴な水の矢が何本も放たれた。メイベルは魔力を集めた右手を振り上げ、それを遠隔から誘導して炎の矢に衝突させる。
その時、ジョルジュのそばに浮いていた【古の悪精霊】が、ぼんやりとした表情のまま真っ黒い目を向けて、「あ」と呟きをもらした。
回避と攻撃の連続に動き回り続けていたアレックスが、気付いてメイベルを振り返る。
「メイベル! 空間魔法からの攻撃だ!」
「へ?」
空間魔法って、まさか、とメイベルは『素人魔法使い』であれば体得していないはずの魔法を考えて、口角が引き攣るのを感じながら目を向けた。
背後にあったのは、気配がキレイに遮断された『空間の穴』だった。そこから、バカデカイ攻撃魔法が向かってくるのが見えて、久々にさーっとあっという間に血の気が引いた。
「そこにいる無法魔法使いの目的は聞こえた――すまない、結界をくぐり抜けるのにメイベルの位置を辿って直に転移したんだが、待たせたか?」
「いや、一旦話が終わったばかりさ」
メイベルが顎で促すと、アレックスがジョルジュへと目を向けて「あれはもうダメそうだな」と残念そうな声をこぼした。
「常識や一般論を説いたところで、理解しそうにもない」
「だろうな。魔力量も上がり出してる、そろそろ動くだろう――取締局共は?」
「手近にいたやつを掴まえて伝言をもたせた。俺が突入した際に、こっちの声が向こうにも伝わるようにし掛けてもおいたから、状況は伝わっていると思う」
「上出来だ、そっちの方が説明の手間も省けて手っ取り早い」
メイベルとアレックスは、手短にやりとりしながら警戒して無法魔法使いを見つめていた。ジョルジユは頭を抱えて、ぶつぶつ口にしている。
と、人の姿をした【古の悪精霊】が、ふっとこちらを見た。
「――……せいれいに、のれわれし、もの……」
その声を耳にしたスティーブンが「あ?」と眉を寄せて、自分よりもかなり背丈が低いメイベルを見下ろした。
「あいつ、お前のこと知ってんのか?」
「精霊ってのは、大抵お互いの種を分かっているもんだよ」
しれっと答えるそばで、アレックスが「ごほっ」と不自然に咽る。メイベは、こちら側の事情を知らないでいるスティーブンに、余計な詮索をされる前にと話を振った。
「ここを死界に落とさせないための方法は、原因となっているあの魔法使い本人に解除させるか、起動準備中の魔法陣を壊すかのどちらかだ。もしくは、加勢しているあの闇精霊の魔力供給の受信を断つ。魔法使いってのは、大掛かりな術の場合は精霊の魔力に頼っているからな」
「とは言ってもなぁ。こうして見る限り、あの無法魔法使いの魔力量は半端ない。それはそれで、どれも至難そうだぞメイベル」
実際に無法魔法使いを前にしたアレックスが、その三択について口を挟む。
「契約している精霊から引き離すとすると、本人をボコボコにして強制解除に持ち込むか、精霊契約の維持に必要な分を下回るほど魔力を消費させるしかない。準備されている魔法陣の本体をどうにかしようとしたら、邪魔してくるだろうしなぁ……」
「私達を絶対に奥には行かせないだろうな。素人で、体得している高位魔法の種類も限られることを考えると、魔力を無駄にぶつけてくる可能性しか浮かばない」
「…………だろうな。俺もその可能性しか浮かばなくて、うんざりしてる」
言っておくが、俺の魔力量は平均より少し高いくらいしかないんだよ、とアレックスが顔を手で押さえる。霊を見る体質のせいで、精霊と契約をし続けられない欠点もあった。
「それでいて、メイベルと俺で、取締局が来るまで時間稼ぎが出来るかどうか……そいつらが到着したとして、術を壊せる隙が作れるのかも不安だ」
「今のところ、あの無法魔法使いの力量が分からんからな」
メイベルが、思案顔で腕を組む。
そこでスティーブンが、やりとりの中で違和感を覚えたように目を向けて言った。
「向こうの精霊を忘れてないか? 相手にするのは、魔法使い野郎だけじゃないだろ」
「基本的に『契約精霊』は、別件の魔法に魔力を注いでいる間は動かない」
アレックスが、向こうを警戒しつつ横目を向けて教える。
「精霊にとっては、契約範囲内で手を貸して動いてやっているにすぎないんだ。それに死界を繋げて、そこに土地ごと落とすほどのデカい魔法。それでいて死者の身体の再生魔法にも魔力を向けているとなると、あとは契約している魔法使いへの魔力提供でいっぱいだろう」
「魔法使いをどうにか出来て、魔法が失敗したとしたら、その法則はきかなくなるんじゃないか?」
「あの無法魔法使いは、そもそもルールもぶっとばして死界の一部を繋げている。もし失敗すれば――精霊との契約が吹き飛ぶほどの『代償』を死界側から負わされる」
だから後の事は考えなくてもいい。そらされたアレックスの顔から、察せられたスティーブンが「そうかよ」と言って追求せず目をそらす。
「どちらにせよ、こうして死界に道を繋げた時点でアウトだ。落とそうが落とさないこうが、あの無法魔法使いは『手順のミス』『ルール違反』で死界側に裁かれる事になる」
メイベルは、向こうに目を向けたままそう告げた。問題なのは大魔法が成功するか失敗するかの結果に、土地一帯の人間が、全死亡してしまうかどうかが左右される事だ。
不意に、狂気を漂わせてぶつぶつと呟いていたジョルジュの声が、ピタリとやんだ。
「迷いが消えたな」
引き締まった気配を察知して、メイベルは魔力を静かに集めて指先を鈍く光らせた。漂う空気がピンと張り詰めるのを感じたアレックスも、ローブの下から特注の魔法の杖を取り出す。
ゆらり、とジョルジュが魔法の杖を構えた。
淀んだ目が、こちらをまっすぐ見据えている。急激に魔力量が増すのを感知して、メイベルとアレックスはスティーブンの前に立った。
「まだ取締局の連中は来ない。――とすると、出来るところまでは私達でやるしかないな」
「そうらしい。ったく、ホントとんでもない事になったもんだよ」
そう言ったアレックスが、言葉を掛けようとしたスティーブンをパッと肩越しに見やった。
「おい教授、魔法も使えないんだったら隠れてろ。出来るだけ俺らに注意を引き付けてはやるが、勝手に飛び出してきても守れない可能性が高い」
そう声を掛けられた途端、スティーブンが「あ?」とピキリと青筋を立てた。
「守れなんて頼んでねぇッ」
スティーブンは肩を怒らせてそう言い返したかと思うと、くるりと踵を返して歩き出した。転がしていた剣を拾い上げ、慣れたように片手で振りまわして握り直しながら壁際に向かう。
それを見送ったアレックスが、訝しげに目を細めた。
「……あの教授、実は秘密の軍人だったりするのか?」
「ふっ――気にするな。私としても、あいつがよく分からん。バッチリ剣が似合う教授というのも、珍しい気はしているが」
さて、とメイベルは前に向き直ってこう続けた。
「なんなら、魔法陣が隠れている奥の部屋でも目指すか」
「それは、さすがに難易度がはね上がるんじゃないか?」
「さぁな。どちらにせよ、やってみなけりゃ分から――」
直後、メイベルはぐっと口をつぐんで言葉を切っていた。小さく呪文を唱えたジョルジュの魔法の杖の先から、黒々と燃える巨大な炎の渦が巻き起こって向かってきたのだ。
咄嗟に両足に強化魔法を掛けて跳躍すると、続けざま「浮遊ッ」と魔法を重ね掛けて空気を踏み台にした。炎の柱は、二つに分かれて追ってくる。
「チッ、なんて量の魔力を練り込んでんだよ!」
忌々しげに言いながら壁の高い位置を蹴り上げ、迎え討つべく身体の向きを変えた。魔法の杖の代わりに指先で人間魔法を刻み、強烈な明るい炎を起こしてぶちあてる。
アレックスは、瞬時に呼び出した箒を足場に飛び上がっていた。追い掛けてきた炎の柱を回避しながら、杖を向けて何弾も水の攻撃魔法を放つ。
ジョルジュが額に汗を浮かべながら、炎を起こし続けている杖をグッと動かした。
そこから、炎に巻き付くようにして赤い雷撃が向かってくる。それを見たアレックスが、ハッとして「対精霊向けかッ」と気付き警戒の声を投げた。
「メイベル! 俺が今、そっちに行――」
「構うなッ、私は人間の魔法で対応出来てる!」
メイベルは怒鳴り返すと、空中を踏んで移動しながら右手を構えた。
「精霊魔女と呼ばれてる私をナメんなよッ」
指先がエメラルド色をまとった白に光った直後、メイベルは向かってくる炎と赤い雷撃に狙いを定めて、自分流の省略呪文を叫んだ。
「雷降臨! 『吹き飛べクソ炎』!」
直後、振るわれた手を合図に、頭上からズンッと魔力の圧が掛かって雷撃が降り注いだ。自分の方の炎の柱を、巨大な光魔法で弾いたアレックスが「おいいいいい!?」と目を剥く。
「相変わらずひっどいネーミングだな! 師匠が見たら泣くぞ!?」
「弟弟子の癖に煩いぞ、私は元々このスタイルだ」
完全に炎が消失したのを見届けたメイベルは、真面目な顔で言い返しながら床に着地した。
身体に溜めていた人間界の魔力が、消耗されて一部なくなった違和感に足元がぐらつきそうになった。上空で次の攻撃に備えるアレックスに知られないよう、両足を踏ん張った。
水が少し足りなくなった植物は、きっとこんな気持ちなのだろう。身体の中の力の一部一部が欠けて、空洞になったかのように四肢がくたりとなりそうになる。
ジョルジュが、次の魔力を引きずり上げるのを感じた。
魔法の杖を大きく振る彼から、ありえない量の魔力が淡い光となって可視化した。随分『火』と相性がいい男らしい。動かされる手と呪文から、攻撃魔法の炎弾が来るのが分かった。
ここにいたら、後ろ側にいるスティーブンが巻き添えをくらう。
エインワースの孫だ。守らなければならない。
メイベルは、どうにか足に力を入れ直した。ふぅっと息を吐いた直後、人間魔法を発動して靴に箒代わりの浮遊を掛けて宙に飛び出した。
直後、ジョルジュの身体の周りに圧縮された魔力から、炎の大弾が生成されて次々に放たれてきた。アレックスが「チッ」と舌打ちして、足場にしていた箒にまたがる。
二人は、素早く回避と魔法攻撃を繰り出しながら攻防にあたった。逃げ場をなくして迫る炎の弾に攻撃魔法を当てて打ち消し、宙を旋回しつつ身体を回して攻撃を避け続ける。
「あいつの魔力量どうなってんだよ!」
「私が知るかッ」
メイベルは怒鳴り返しながら、後ろへと身をそらして炎攻撃を避けた。ふわりと舞った緑の髪先が、僅かに触れてチリッと音を立てる。
「これっ、討伐課が使っている結構上位の攻撃魔法だぞ!?」
「よほど炎と相性がいいんだろ、尽きそうにない魔力量が嫌になるなッ」
そんな彼女の声を聞きながら、アレックスが攻撃魔法を発動した。連続して魔法の杖を振るい、近づいた炎弾をことごとく水弾で撃ち落としていく。
「無法魔法使いを対応するのは初めてだが、チクショー想像以上だ!」
「恐らくは禁術書のせいだ。そこに記されていた攻撃系魔法の簡易版ってとこか。つか、あのそばにいる闇精霊の感知能力が使われて、私達の間合いを計られているせいで、全然近付けな――」
言い掛けて、メイベルはハッとした。
続いてジョルジュが、複合型の大魔法を展開した。一気に膨大な数の炎の矢が放たれ、同時に小竜の形を成した雷撃が何本も宙を駆けてくる。
「『守護に水! 風と共に巻き上げて打ち消せ!』」
水魔法と相性のいいアレックスが、素早く片手で印を刻み、続いて魔法の杖を振って膨大な水で出来た竜を放った。竜巻のように暴れながら、炎の矢を飲み込み雷撃を蹴散らしていく。
メイベルは、「よしきた!」と空中で両手をパンッと合わせた。
「ならばこっちも水で加勢する! お返ししてやるぜ、野良のド素人魔法使い――『ぶちのめせ』!」
短い言葉が唱えられた直後、ごぉっと風が起こって凶暴な水の矢が何本も放たれた。メイベルは魔力を集めた右手を振り上げ、それを遠隔から誘導して炎の矢に衝突させる。
その時、ジョルジュのそばに浮いていた【古の悪精霊】が、ぼんやりとした表情のまま真っ黒い目を向けて、「あ」と呟きをもらした。
回避と攻撃の連続に動き回り続けていたアレックスが、気付いてメイベルを振り返る。
「メイベル! 空間魔法からの攻撃だ!」
「へ?」
空間魔法って、まさか、とメイベルは『素人魔法使い』であれば体得していないはずの魔法を考えて、口角が引き攣るのを感じながら目を向けた。
背後にあったのは、気配がキレイに遮断された『空間の穴』だった。そこから、バカデカイ攻撃魔法が向かってくるのが見えて、久々にさーっとあっという間に血の気が引いた。
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だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
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