精霊魔女のレクイエム

百門一新

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2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編

54話 精霊少女と教授、地下屋敷へ突入

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 墓地を出た後、二人が向かったのはヴィハイン子爵邸だった。

 先日に下見した時と変わらず、そこはひっそりと静まり返っていた。深くなり始めた西日の弱々しい日差しを受けて、ぼんやりと浮かび上がっている様は、幽霊屋敷の雰囲気を増させる。

 敷地の門扉をくぐったメイベルは、そのまま屋敷の裏へと足を進めながら言った。

「昨夜見たあの霧も、恐らくは闇の精霊によるものだと思う。この森に死骸を埋める際に、あの魔法使いは少しでも人の目を晦まそうと思ったんだろうな」
「なんで動物を殺して、埋めていく必要があるんだ?」

 結局、ヴィハイン子爵邸までの案内役となったスティーブンが、ますます強まったメイベルの『道順が覚えきれない説』を思いながらも、そういえばと疑問の言葉を投げ掛ける。

「殺した動物から買った怨みを、少しでも土地に溜めて、当時あったような呪いの土地の状態に持って行くためだろ」

 可哀そうにな、とメイベルが続けて口の中に呟きを落とす。

 それを耳にした彼は、悪精霊である彼女が言うその対象が『小動物である』のを考えさせられた顔で、ややあってから「――そうだな」と答えた。

 静まり返った敷地内で、二人が土や雑草を踏む足音がサクサクと上がっていた。断崖を持った巨大な穴には、相変わらず地上と瓜二つの屋敷があった。

 僅かな夕日があたった尖塔の下は、影となっていて薄気味悪さが強くなる。

 そこを見下ろしたメイベルは、フードを背中に降ろすと、小さく詠唱して指先を宙に滑らせた。

「魔法で『入口』を開ける。我慢しろよ」

 そう言う彼女の指先に淡い光が灯り、緑の髪先がふわりと舞い上がる。

 足元に二人分の魔法陣が浮かんだ。その瞬間、強烈な光の波が二人の姿を呑み込み、スティーブンが「うわっ」と声あげて咄嗟に目を閉じた。

 またしても、現実から切り離されたような時間感覚の欠如。

 ブツリと音が絶え、平衡感覚が歪む。

 けれど、それはほんの僅かな時間の消失だった。コツリ、と足に触れた踏み心地に気付いて、スティーブンがハッと目を開ける。

「…………ここが、地下屋敷の中……?」

 そんな呆けた彼の呟きを聞いて、メイベルは淡々とした口調で「そうだ」と答えた。

 そこは屋敷の玄関フロアだった。見渡せるメイン・フロア。二階へと上がる階段に、置かれた棚と装飾品。壁に飾られている絵も、他上で見た屋敷の見取りと全く同じである。

 資料によると、棺桶が並べられていたのはここだ。その当時の調査の名残なのか、上下二列にずらりと色の付いたテープで印がされていた。

 地表よりも低い位置にあるせいで、窓の向こうは断崖だ。しかし、外の光は差していないというのに、室内は不思議と薄暗さを感じずハッキリと視認出来た。

 おかげでスティーブンは、口をポカンとして辺りを見渡している。

「視界がすごくクリアなんだが………これ、物理に反してるだろ」
「ここは地上の屋敷と違って、呪いで満ちているからな。こうやって視界がクリアなのも、先に入った奴がいくつかの呪いを発動して影響を受けているせいだ」
「先にって事は、あの無法魔法使いか?」

 役所のジュゼの兄、なんだよな、と続けられる声は小さくなる。その兄弟の顔を実際に確認したわけではなく、つい先程まであやしいとも考えていなかったせいだろう。

 メイベルはざっと見回して、大階段の向こうを差した。

「色々と呪いの気配やらがごちゃまぜになっているが、奥に大きな力の動きを感じる。行ってみよう」

 本来、真っすぐ行った先はサロンになっていたばずだ。しかし、メイベルを筆頭にスティーブンも駆け寄ってみたところ、そこには覚えのない黒い鉄の扉が一つあった。

「…………違和感ありまくりの扉なんだが」
「一部の空間と通路が、魔力でバラバラに繋げられているのかもしれないな」

 そうなると、全く造り変えられた景色が出てもおかしくはない。既に頭に入っている見取り図は、この先あてにならなくなるだろう。

「お前が大嫌いな魔法で出来たルートだ――フッ、それでもいいのか『孫』。なんならココで待っていてもいいんだぜ」
「おい、ここで孫呼びすんなぶっ飛ばすぞ」

 それからニヤニヤすんな、テメェに小馬鹿にされるより全然マシだ。そうぐちぐち言いながら、スティーブンが静かな怒りを滲ませて扉を開けた。

 そこは、ヴィハイン子爵邸内では見た事がない廊下だった。かなり広々としており、まるで王城のような上品な赤い絨毯が、ずっと奥まで続いている。

 左右には、騎士の甲冑の置き物がずらりと並んでいた。窓はあるものの、向こうには赤黒い異空間のような色ばかりが広がっていて風景はない。よくよく目を凝らすと、突き当たりとなっている廊下の終わりに、同じ黒い鉄製の扉があるのに気付いた。

 眺めている二人の後ろで、パタン、と扉が閉まった。

 メイベルは、手を半分隠しているローブで思わず口許を押さえる。

「かなり濃い闇属性の魔力が満ちてるな……」
「俺はそういうのを全く感じないんだが、ひとまず女がそんな品のない顔をするのはやめろ」

 隣に立つ彼女の横顔が視界に入ってきたスティーブンが、苦々しい表情で注意する。

 その時、ギシリ、と硬質な『嫌な音』が耳についた。

 濃い魔力で紛れてしまっているせいで、その反応に気付くのが遅れた。メイベルは、ハッとして目を走らせた。置かれている騎士の甲冑が小さく震えている。

 次の瞬間、彼の向こうに見えていた甲冑の置き物が、勢いよく動き出すのが見えた。

「おいおいなんだよこりゃッ」

 反射的に反応したスティーブンが、そう言いながら咄嗟に甲冑兵の頭部を蹴り飛ばした。見事な威力で放たれた足技は、兜ごと甲冑兵を壁まで弾き返していた。

 助けようと思って身構えていたメイベルは、呆気に取られて拳から力が抜けた。自分よりも速く動いたスティーブンの背を、ちょっと呆れて眺めつつ声を掛ける。

「元々あった仕掛けの呪いに、オリジナルで防衛の魔法を盛り込んだみたいだな。追っ手がくると見越しての事だろうと思う」

 他の甲冑兵たちも動き出し、立ち台から降り始めた。騎士の如く剣を抜いた際、彼らの重々しい足音と共にその金属音も上がっていた。

「中身がない鉄人形だと考えると、まぁまぁ厄介な相手ではあるなぁ……込められた魔力が完全に切れるか、中にある魔法陣を壊さない限りほぼ不死身の――」
「くそッ、めんどくせぇ事しやがって!」

 その途端、スティーブンがブキ切れモードで吠えた。魔法やら魔術やらとストレスが溜まっていた彼は、唐突に私怨のこもった声でこう言いながら走り出す。

「邪魔するやつらから片っ端にノシてくれるわああああああッ」

 まず近くの甲冑兵に飛び蹴りを放った。かなり固い相手だというのに素手で殴り、蹴り飛ばし、甲冑兵の剣まで奪い取って、有言実行で次々に沈めていく。

 上流階級紳士の護身術にしては、体術も剣術も本番仕様の本格的な戦闘術だ。

 メイベルは後に続いて走り出したものの、全部彼が殴って蹴って斬って投げ捨てるものだから、サポートしようにも魔法攻撃で補助するタイミングが掴めないでいる。

「…………つか、エインワースの孫、めっちゃ荒っぽいな」

 おかげで魔力が温存出来るのは有り難いが、本来であれば協力を頼まれている自分せいれいが動くべきなのになと思う。

 毎日少しずつ溜めている魔力分を使えば、ある程度の人間魔法には対応出来る。ただ、欲を言えば、本来の精霊魔法をあまり使わずに済めばいいのだけれど。

 そう思っていると、横から甲冑兵が向かってきた。

 それを捉えたメイベルの、金色の『精霊の目』が淡い光りを帯びる。反射的に戦闘体勢へと入りながら、流れるような動きで手に身体強化の魔法を施す。

 しかし、拳を構えた途端、またしてもスティーブンが間に入ってきて甲冑兵を吹き飛ばしていた。手に剣を持っていると言うのに、続いて襲いかかってきた別の甲冑も彼は足蹴りする。

「おい、今のは絶対に私の攻撃が届く範囲内だったのに――うわっ」

 直後、ぐいっと持ち上げられて、メイベルは脇に抱えられてしまった。

 そのままスティーブンが走り出した。剣を右手に構えると、廊下を一直線に駆け抜けながら、襲いかかってくる甲冑兵を力任せにどかしていく。

「いや待て、なんで私を抱えるんだよ」
「うるっせぇ! ちっこい身体でやりあうとか無理だろッ」
「私はそもそも精霊だし、魔法で強化するから問題な――」
「その前に女だろうがッ!」

 叱り付けるように言って、スティーブンが目の前に飛び出してきた甲冑兵を剣でしたたかに打ち付けて吹き飛ばした。かなりの力技を見て、メイベルは「え」と目を丸くする。

「……お前のそれ、もはや剣技じゃなくないか? というか、身体強化の魔法をやっても、ああいう風に吹き飛ばないはず――」
「こいつら、次から次へと出てくるから切りがねぇんだよ」

 復活すると気付いたスティーブンが、ようやく『不死身で厄介な』という説明に納得した様子で、メイベルの個人的な呟きを聞き流してそう言った。

「とっととここを抜けたい、真っすぐでいいのか!?」

 続けざま、見下ろしてきた彼に質問をされた。

 メイベルは、気を引き締めると真面目な顔で「ああ」と答えた。

「素人だと、さすがに複雑な異空間迷路までは造れないだろう。だから、とにかく真っすぐ進め。そうしたら恐らく、術者である魔法使いまで辿り着くはずだ」

 邪魔してくる甲冑兵を、スティーブンが剣で斬り払いながら猛進した。やがて廊下の終わりが見えてきて、先程と全く同じ鉄の扉が目前まで迫った。

 スティーブンが「よっしゃ!」と言って、持っていた剣を後ろへと放った。それが近くまで来ていた甲冑兵の首元を貫く中、自由になった右手で扉を開け放つ。

 慌ただしく突入した直後、甲冑兵たちまで入って来ないよう扉を閉める。

 一気に辺りが静かになった。
 
 そこは、古い時代を思わせる立派な別の廊下が続いていた。雰囲気がガラリと変わって、石造りの城の内部のような印象が強い。

「……まさか、ここにも何か仕掛けられているんじゃないだろうな」

 壁にずらりと掛かっている絵画が、全て同じ生き物が描かれた物騒なものであると気付いて、スティーブンが一気にテンションの下がった顔でそうぼやく。

「俺はな、この手のタイプの、迷惑な呪い現象には覚えがある」
「それを経験している『教授』やら『学者』も少ないと思うけどな」

 脇に抱えられたまま、メイベルは率直な感想を口にした。

 不意に、廊下の奥まで並んでいる絵画からずるりと何かが出始めた。鼻をついたのは獣の匂い。つんとする腐敗臭に、飢えた獣の低い呻り声。

 次から次へと廊下に降り立ったのは、四足歩行の獣だった。その半分腐敗したような身体の様は、まさに絵画に描かれていたまんまの『地獄犬』を思わせた。

「マジかよ」

 ようやく安堵、とはならなかったらしいと察したスティーブンが、口角を引き攣らせる。

 メイベルはそんな彼に、吐息混じりにテンションの低い声で言った。

「箒で飛べば、少しは楽に通過出来ると思うんだがな――どうだ?」
「断る! 断固拒否だッ!」

 箒になぞまたがってたまるか。もしくは、箒に乗った精霊魔女に吊り下げられての移動も、まっぴらごめんである。こうなったら蹴散らして先に進んでくれるわ、と、スティーブンはありったけの魔法嫌いを口にして猛然と走り出したのだった。
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